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学校一の美少女は、告白されると俺の名前を出して断るらしい  作者: 城野白
三章 その未来に、あなたがいないなら
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42話 嵐の前の嵐 その4

 最近忘れそうになるが、氷雨小雪は周囲から隔絶した美人である。

 こういう表現は嫌いなのだが、一部からは顔面偏差値80とまで言われている。


 少なくとも、そうそうお目にかかれるレベルではない。


「あわわわわわ……すっごい美少女だよ。美少女図鑑の中にいる人だよ」

「怖じ気づくな凛。相手は普通の人間だ」


 さっそく腰が引けている妹を前に押して、氷雨の前に突き出す。

 ずいっと。


 するとなぜか、氷雨が一歩後ずさった。手で体をブロックするように。

 二人の間に、妙な緊張が産まれる。


 ああ、そういえば氷雨、人見知りするタイプなんだっけか。凛が警戒する理由はよくわからんけど。

 しばらく待っていよう。


「…………」

「…………」


 両者なにも言わない。会いたいって言ったの、お前らだよな?

 黙っているのを観察すると、じぃっと氷雨が見つめてくる。助けてくれの合図だ。相変わらず、こいつは目で喋る。


「あー、こいつが俺の妹。阿月凛。アホの子だ。んで、そこにいるのが氷雨小雪さん。俺の同級生で……人間だ」


「「ちょっと!?」」


 ざっくり紹介すると、二人からツッコまれた。


「あにぃ! アホの子って、なんで隠してくれないのさ!」

「阿月くんにとって、私はその程度の存在なの?」


 揃ってめんどくさいことを言い出した。

 いや、俺の紹介も悪かったけどさ。じゃあ他にどう言えばよかったんだ?


 しばらく考えて、じゃあ、と前置き。


「やり直させてくれ」


 セカンドチャンス。


「こっちが俺の可愛い妹、阿月凛。んで、こっちが仲のいい同級生、氷雨小雪さん」


「面白味に欠けるわね」

「あにぃ、そんなんじゃモテないよ」


 謎に結託して責めてくるじゃん。


「じゃあ、自分でやれよ」


 それだけ息が合っていれば、もう大丈夫だろ。

 半ば投げやりに任せると、今度はいけそうな雰囲気。凛がコホンと咳払いして、


「阿月凛です。昨日はあにぃと寝ました」

「…………」


 氷雨はぽかーんとしている。


「ちょっと待てお前」


 首根っこを掴んで、五メートルほど引きずる。


「お前、言い方、お前」

「てへっ☆」


「ぶっ飛ばすぞ!?」


 確信犯かよ!


「ネタに走っちゃったよね」

「よね。じゃねえよ! 許せるか!」


「許してマッスル」

「やかましいわ」


 額にチョップして、大きくため息。氷雨の方に戻って、謝っておく。


「すまん。うちのアホが」

「アホの子でごめんなさい」


 ぺこり、凛も頭を下げる。自覚があるのはいいことだ。改善する気があればだけどな。


「え、ええ、いいのよ別に。阿月くんとは、私も寝たことが……寝たことはないけれど」

「氷雨さん!?!?」


 軽く凛を後ろにどかして、今度は氷雨と作戦会議だ。


「なに言ってるんだ、お前、なに言ってるんだマジで?」

「寝たことはないわ」


「そうだな。じゃあ、言う必要はないだろ?」

「…………そうね」


「なんで悩んだ!? なにを悩んだ!? いや、言うな。もう何も言うな」


 今世紀で一番パニクってる自信がある。

 ダメだこいつら。お互いに地雷を抱えすぎている。


 ……俺が主導権を握らなければ。


「どしたのあにぃ?」


 後ろからひょこっと、凛が割り込んでくる。その目が明らかに、俺のことを疑っている。

 母さん譲りの、有無を言わせぬ視線。


「いや、なんでもないぞ」


 それに対して俺は、父さん譲りの落ち着いた対応を見せる。

 表情筋一つ動かさず、声の抑揚もなくす。阿月家では常に、高度な心理戦が行われているのだ。


「ふうん」


 引き下がったように見えるが、それはブラフだ。こいつ、確実になにかを察していやがる。

 それに引き換え、氷雨はどうだ。いつも通りの不思議そうな、一見すればミステリアスな表情をしている。俺は知っている。この顔のとき、氷雨はなにも考えていない。


 俺が、……俺がしっかりしないと。


「立ち話もなんだし、移動しようぜ」


 とりあえず、会話の中心はキープだ。







 茨城県でご当地のものが食べたい! と言った子供は、スーパーの納豆エリアに連行されるという怪談を聞いたことがある。

 他県民が想像するとおり、この県は異様に納豆が強い。


 茨城に生まれ育った子供は気がつかないが、それは立派な洗脳教育の結果である。

 北海道のスーパーには納豆なんて三種類くらいしかないし、藁納豆なんて歴史の資料集でしかお目にかかれない。

 だがどうだ、ここのスーパーは、棚が一区画納豆に占拠されている。タレの種類もゲル状だとか、あるいはタレなしとか、豆も小粒、極小、果ては黒豆納豆なんてものまである。


 逆に言えば、それくらいしかとっつきやすいものがないのだが……。


 ということで、やってきたのは普通のファミレス。お手軽イタリアンの、あの店。

 全国どこにでもあって、いつでも同じクオリティ。近代文明の為せる技だと思う。


 茨城らしいものが食べたい! と言っていた凛には、あとで干し芋を買ってやろう。お土産もあれでいいだろ。日持ちするし。美味しいし。


 そんな素晴らしい店のソファに座っても、俺の心臓はおかしなリズムを刻んでいた。明らかに一定じゃない。強すぎるストレス。圧倒的なプレッシャーが、体の調子を狂わせる。

 座席は、俺と凛が隣。俺の正面に氷雨。


 ちなみに凛が通路側をキープしているので、文字通り逃げ場がない。


 メニューを眺めながら、我が妹が聞いてくる。


「はいっ、あにぃ。注文は何万円までオッケーですか?」

「単位が千を越えることはねえよ。店ごと食う気か」


「店ごと食べたらゼロ円になるかな」

「思考が怪獣のそれなんだよな」


 ウルトラマンに倒されてしまえ。


 そんなやり取りをしていると、ちょんちょんと氷雨に袖を引っ張られた。


「ん。どうした?」

「阿月くんって、そんなふうに話すことがあるのね」


「あ、悪い。ちょっと凛相手だと口が悪くなりがちで」

「違うわ。少し、……羨ましいと思っただけ」


「羨ましい?」


 彼女と話していると、時折、あまりにもストレートに感情が差し出される。普通はもっとわかりやすく噛み砕いて、あるいは包み隠すものだから、少し戸惑ってしまう。

 羨ましいとは、なにに対してなのだろうか。


「俺と凛みたいに話したいのか? でも、ボケが必要だぞ」

「そうなのです。凛ちゃんがボケ担当だから、あにぃが気持ちよくツッコめるのです」


「お前は天然だろ」

「本当にそうだよ」


「本当にそうかな? みたいなノリで言うな。紛らわしい」


 どこまで本気なんだか。十五年兄貴をやっていても、わからないことばかりだ。

 誰かのことなんて、わかるはずがない。


「そういうのじゃ、ないのだけど……難しいわね」

「あにぃともっと仲良くなりたい、ってことじゃないんですか?」


「そうなのかしら?」

「そうなのではないかと!」


「らしいわ、阿月くん」


「お、おう……?」


 なにが決まったのだろうか。凛の不可解なペースと、氷雨の不可思議な脳内が相乗効果を示して、さらなる高みへ昇ってしまっている。

 もはや俺にはついていけない。


「そして注文はドリアとピッツァがいいよ、あにぃ」

「私はサラダとカルボナーラにするわ」


「お、おう……? この流れで……?」


 さっきの話はもう終わったらしい。

 ダメだこれ。主導権、どこにもねえ。

茨城好きすぎて帰省したら2ヶ月経ってました。

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― 新着の感想 ―
[一言] この二人、放っておいても会話は成立する。 …ツッコミが存在しない、平和な世界へ… 茨城県の各SAPAの納豆コーナーは本当に充実しすぎてる。 脳内の常識を破壊してくるレベルで。 ポテトチップ…
[気になる点] 納豆エリアに連行… 納豆、好きだから興味あるw [一言] 小雪ちゃんと凛ちゃん。このコンビには勝てないと思うよ…
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