40話 嵐の前の嵐 その2
俺の部屋に到着すると、凛は一直線にベッドにダイブ。
「ひゃっほーい」
野球部の妹よろしく、ナイスダイビング。ちなみにこいつは中学でテニスをやっていた。関係ないね。
「お前……高校生になったんだよな?」
「妹の年齢を忘れるなんて酷いよ!」
「妹が知能を失って残念だよ」
ここまで兄貴べったりなやつだったろうか。記憶の中の妹は、もうちょっと距離のあるやつだった気がする。
それとも、……会えない反動ってやつだろうか。
会えない時間がブラコンを育てる? 最悪かよ。
凛は布団の上でゴロゴロ転がっている。枕をぺすぺす叩いている。既にちょっとヒマそうだ。
「来たはいいけど、やることないだろ」
「うーん。あにぃは気が利かないからね」
「前日に来るって言い出したやつに言われたくないんだが!?」
「アポ取ったじゃん!」
「取れてねえよアホ!」
「アホって言った方がアポ取ってないんだ!」
「お前はなにを言ってるんだ!?」
日本語まで不自由ときた。これはいよいよかもしれない。
「はぁ……。まったく、とんでもない妹を持ってしまった」
「とんでもなく可愛い?」
「キレそう」
凛はにまにま笑っている。そんなに俺が面白いか。
見下ろしていると、なにかを思いついたようだ。起き上がって、テレビを指さす。
「あにぃ、ゲームしようよ」
「ゲームだ?」
「そう。格ゲー、今日こそフルボッコにするよ!」
「え、……別にいいけど」
頷いてやると、ゲーム機に駆け寄って準備を始める。電源を入れて、持ってきた鞄からコントローラーを取り出して接続する。
そんなもん持ってきたのかよ。
どうりで重たいわけだ。
俺も自分のコントローラーを持って、床に座る。椅子は光の速さで凛に取られた。
「いざ尋常に、勝負!」
キラキラした目で画面を見つめる凛。練習を積んだのだろうか。やけに自信ありげだ。
だが、侮ってはならない。
一人暮らしの帰宅部。やることがないやつの、本気ってやつを。
二時間後。
「ううっ……ぐすっ、……もう一回、もう一回!」
「いや、もうやめようぜ」
「もう一回!」
インドア男子の全力が、うちの妹を打ちのめしていた。
あまりに退屈すぎたから、ひたすら重ねたコンボ練習。入力の精度を上げまくった結果、前よりも差が開いてしまった。
どんだけヒマだったんだよ、俺。自分でもちょっと引いている。
「じゃあ、最後の一戦だぞ。終わったら買い物行くからな」
「うん……」
ぎゅっと唇を噛みしめ、画面を睨む凛。コントローラーを握る手にも、自然と力が入る。
まあ、それとは関係なくボコボコにした。
兄貴に理不尽を押しつけるからだ。思い知ったか。
◇
「夜、もう一回、たいおね」
「もう今日はいいだろ。家帰ったら寝ろ」
「まだ昼の三時なのにっ!」
「飛行機は疲れただろ。お兄ちゃん、妹の体調を心配してるんだ」
「見え透いた嘘!」
「正直に言うと、お前の相手はけっこう疲れる」
「ひどいっ!」
右腕にしがみついて、うーっと唸る凛。お前は犬か。
「ほら、さっさと行くぞ」
エコバッグに財布を入れて、靴を履く。凛が寝る用のマットレスを買わなくてはならない。
そのマットレス、家に置いていくんだよな……。置く場所はあるけど。その後、使う機会がない。どうしたもんか。捨ててしまおうか。そうするのがベストな気がする。
アパートを出て、少し歩いたところにある家具のチェーン店に入る。
「ハンモックを強く所望するよ」
「全霊をもって棄却する」
そういうのは自分の部屋でやれ。
二万いくらの設置型ハンモックを素通りして、寝具コーナーへ。
「これでいいよな。夏用寝具、五点セット」
「興味ないね」
「お前が一番興味を示せ」
特に意見もなさそうなので、カートに載せる。
敷き布団とシート、薄い掛け布団に、枕と枕カバー。素晴らしきオールインワン。
他に買うものもないので、会計を済ませてせっせと運ぶ。サイズもそれなりにあるので、端を持って二人で。
後ろを歩く凛は、楽しげにしている。
呆れというか、なんというか。悪くないため息がこぼれる。
「……ったく、こんなに仲良い兄妹、滅多にいないぞ」
「あにぃが構ってくれるからね。凛ちゃんは嬉しいよ」
「そういうもんなのか?」
「うん。友達に聞くと、お兄ちゃんってだんだん冷たくなるんだって。で、気がついたら仲が悪くなってるとか」
「ふうん」
我が家では考えられないことだ。
どう足掻いても凛が絡んでくるからな。冷たくするとかは苦手だし。結局いつも、こいつのペースだ。
まあでも、仲が悪いよりはずっといいか。
ちょっと面倒なくらいが、可愛いもんだ。