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4話 帰り道を送る役割。ただし恋人ではない。

 放課後、宣言通り氷雨は教室までやってきた。

 周りのざわめきも気にせず、真っ直ぐに俺のところへやってくる。


「悪い。こっちから行こうと思ってたんだけど」

「いいのよ。それより、どうだったかしら」


「めっちゃ美味かった」

「本当?」


「具体的に言うとカボチャの煮物がよかった」

「どうよかったの?」


「ちゃんと形があって、ほろほろしてて、味が染みてて。あんな美味いの初めて食べたぞ」

「そう」


 氷雨はくるりと背を向けて、受け取った弁当箱をしまう。

 ほんの一瞬。ちらっと見えただけだけど……笑ったよな。こっち向いて笑ってくれればよかったのに。


「ところで阿月くん。今日はこの後、なにか予定が入っていたりする?」

「今日はなにもない」


「じゃあ、ちょっと付き合ってもらってもいい?」


 そんなことを言い出すもんだから、教室はすごいことになっていた。

 中でも、小日向の動揺っぷりは物凄かった。


「氷雨さんは男嫌い……でもテツくんと仲がいい……つまり、テツくんは女の子?」

「落ち着け。俺は男だから」


「阿月くんの男らしさは私が知ってるわ」

「待って! それなんかすごい誤解されるやつだから!」


 氷雨は不思議そうにしている。

 想像力豊かな男子たちは「まさかっ」「もう!?」「高校生の三割は経験すると言うぞ!?」などと絶叫している。本当になにもないって。


「ここはうるさいわね。移動しながら話すから、行きましょう」

「……そうするか」


 うるさい原因は氷雨なのだが、本人は気にも留めていない。誤解は後で解くとして、今は黙って従おう。


 さようなら。俺の平和な生活。







「森本珈琲についてきてもらっていい?」


 学校を出て、通学路を歩き、駅に着いたところでようやく目的地が発表された。


「ああ、あの。働いてるところか」

「そうよ」


 電車に乗って、自宅の最寄り駅で降りる。

 森本珈琲は、家からそう遠くない場所にある。


「阿月くんは、なにも聞かないのね」

「聞いたほうがよかったのか?」


「どうかしら。それって、難しい質問だと思うわ」


 俺はペースを合わせ、氷雨の横を歩く。道路側を歩くとかいうのは、意識しているみたいなのでやらない。


「難しい、ね」

「今は少しだけ、話したいような気もするのよ。でも、聞かれていたらそう思わなかったかもしれないわ」


「天邪鬼な」

「そうね。だけど、あなたのことを信頼してみようと思ったのは、なにもしてこなかったからなのよ」


「なにもしなかった?」

「二回も助けてくれたのに、見返りを求めなかったでしょう」


 真っ直ぐそうやって言われると、くすぐったい。


「別に、ただのお節介だ」

「助けられたっていうのは、された側の主観よ」


 正論なのだろうか。わからない。

 ただ、信頼されている。誰にも心を開かない相手から。


 そのことがほんの少しだけ心を浮つかせる。

 小さく息を吐いて、首を横に振る。


「つーか、見返りを求めたら助けたってことにならないだろ。それはある意味、脅迫だ」


 助けた後に条件を提示するなんて、金を押しつけて言うことを聞かせるのと同義。俺が最も忌み嫌うことだ。


「そうね。阿月くんの言うとおりだわ」

「だろ? これが普通なんだよ。だから過剰に恩なんか感じないでくれ」


「ボランティア精神っていうのかしら」

「自己満足で十分だよ」


 肩をすくめる。

 くすりと、氷雨は表情をほころばせた。そのことに自分が驚いたようで、口元をさっと手で隠してしまう。


「……笑ってないわ」

「いや、無理があるだろ」


「…………笑ったかもしれないわね」

「頑なだなぁ。ま、いいけどさ」


 イロモネアをやってるわけじゃないから、判定は適当でいいだろう。

 そのまましばらく歩いて、森本珈琲に到着。表には定休日と出ていたが、中の灯りはぼんやり点いている。


 氷雨は迷わずにドアに手をかけ、開ける。


「店長。連れてきました」

「やあ、いらっしゃい」


 カウンター越しに老紳士が頭を下げてくれる。俺も会釈を返して、招かれるまま店の中へ。定休日のカフェは、非現実感に包まれている。


「どうぞお掛けください。いつものコーヒーでよろしいですか?」

「ありがとうございます」


「小雪さんも座って。君はアイスティーでいいかい?」

「コーヒーは飲めません」


 やけに自信満々に言う氷雨。店長は笑顔で応じ、滑らかな動作で二人分の準備をしてくれる。

 準備をしながら、店長が話を切り出す。


「先日はありがとうございました」

「いえ、別に大したことはしてないです」


「君は不思議な人ですね」

「そうですか?」


「ええ。怒るでもなく、躊躇うでもなく、ああやって動ける人は稀です。――どうぞ」


 コーヒーが出される。小さくおじぎして受け取り、カップを傾けた。

 ほどよい苦味と、豊かな香り。頭の奥までスッキリして、落ち着く。


「そんな君に一つ、頼みたいことがあるのです」

「……内容によりますけど」


「小雪さんがアルバイトの日、彼女を家まで送っていただけないでしょうか」

「……それが、ここで働く条件だって。言われたのよ。前まではそんな条件なかったのに」

「この時期になると、変質者が増えますから。女の子を一人で帰らせるわけにはいきません」


 氷雨は不満そうにしている。

 だが、店長の言っていることが正論だとは認めているのだろう。ぎゅっと閉じた唇で、不満を言葉にはしない。


 やがてなにかを決意したようで、氷雨が口を開いた。


「二人にしてもらっていいですか」

「まとまったら呼んでください」


 カウンターから奥のスペースに消えていく。

 コーヒーを飲む。視線はぼんやり前に向けて。隣は見ない。そうしていたほうが、氷雨も話しやすいだろうと思って。


「お金が必要なのよ」


 ぽつりとこぼれた言葉には、驚かなかった。じゃなきゃ、わざわざバイトなんてしないだろう。

 だからこそこの先は、言うのも、聞くのも気が重い。


「家庭の問題だよな……」

「そうよ」


 嫌な空気が流れる。その正体は明白だ。


「正直に言って、聞く覚悟はない」

「じゃあ、この話は忘れてくれると助かるわ。ごめんなさい、変なことに巻き込んでしまって」


「断ったわけじゃない」


 俺のことを見る氷雨は。やっぱり不思議そうにしている。

 そんなに珍しいのだろうか。ここは動物園じゃないってのに。


「俺に聞く覚悟ができたら、そのときに教えてほしいんだ」


 一歩。歩み寄ってみたいと思った。

 誰にも心を開かない少女が、俺のことを頼ろうとしてくれているのなら。応えてみたい。

 お互いが傷ついてしまわないように、ゆっくりと。

 確かめるように、問う。


「それでいいか?」

「それでいいの?」


 声は重なって、そのことがどこかくすぐったい。

 はぐらかすように笑うと、氷雨も表情を緩めた。


「んじゃ、適当によろしく。金曜と土日なら空いてるから。他は相談してって感じで」


 こくっと頷いても、大きな目は俺のことを見つめたまま。表情の変化は乏しいが、決して無感情じゃない。


「……本当に、感謝しかないわ」

「大したことじゃない。俺もここに来る口実ができてちょうどいい」


「あとね、阿月くん」

「おう。どうした」


「ここでやっているのはアルバイトではなくて、知り合いのお手伝いよ」

「なるほどな。完璧に理解した」


 空になったカップを置いて、この話をひとまず終わりにする。


 氷雨は店長に話し、正式に俺の手伝いが決まったのだった。






 氷雨と別れて帰り道、なんとなく自販機でコーヒーを買った。川辺をつらつら歩きながら、カフェインで心を落ち着ける。


 自分のスタンスを思い出せ。


 求められれば手を貸す。手を差し伸べることもある。だが、見返りを求めてはならない。

 あくまで俺は、良き支えでありたいと思う。

Q&A (回答者)氷雨小雪

――阿月哲のこと、どう思ってる?

「嫌いじゃないわ。信用のできる人よ」




※誤字報告ありがとうございます

 自分の中での基準として、使い分けの難しい漢字はひらがなで記載することにしているので、修正させていただきました。

 ただ、誤用に気がつけたのはありがたいです。今後もよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] (前乾燥の続き)このネタがわかるなら一言…貴方、最近の仮面ライダー観てますね?
[一言] まぁ、どっかの自意識過剰な正義のヒーローも「見返りを求めたら正義とは言わねぇぞ」って言ってるからな。阿月の気持ちもわかる
[気になる点] 以前からアルバイ…手伝いしていたのに、手伝いの条件が送ることになってるのはなぜでしょう?? 以前からではなくこの日面接だった??時系列が微妙にわかりにいくいっす [一言] 楽しんで読ま…
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