35話 太陽に咲く花 終
あれから一年が経って、俺たちは今の関係に落ち着いている。
クラスが同じなのは、教師としてもその方が楽だから。ということらしい。
ルリ先生は、「女子は小日向がまとめて、男子は佐藤が。でもって、その二人をまとめるのが阿月っちでしょ」と言っていた。
この二人を、ねえ。
「はいはい俺はラーメンが食べたい!」
「えー、たまには違うところがいいよ」
「じゃあ、まぜそばだな」
「同じでしょ!」
「まぜそばはスープがないからゼロカロリー」
「むむむっ……」
この二人を、……ねえ。
難易度高すぎるだろ。
小さくため息をついて、話し合いに割り込む。
「小日向は具体的に、どこがいいとかあるのか?」
「駅前にできたもんじゃ焼き!」
「ああ、あれか」
確かそんなのもあった。最近、女子高生の間で人気なんだとか。
これぞ田舎って感じだよな。もんじゃ焼きが流行るのって。
「一輝はそれじゃダメなのか?」
「焼くのがめんどい」
「素直でよろしい」
後で不機嫌になられるより、よっぽどマシだ。
しかしこうなると、どっちを選ぶのが正しいのか……ううむ。
「テツくんはどっちがいいの?」
「選べテツ。俺か、小日向か――どちらかを!」
「え、そ、そういう流れ⁉ よーし、じゃあ選んで!」
「重い重い」
なんで昼飯を決めるだけで友情崩壊しそうなんだよ。頼むから仲良くしてくれ。
「お前が選ばないなら……」
「選ばないなら?」
「テツくんが決められないなら……」
「えっ、待って、なんかあんの? ペナルティ? 友情の臨界点?」
おもむろに、一輝が右拳を持ち上げる。それに習って、小日向も。腕まくりをして、手首を回して……ああ。なるほど。
「じゃんけんを執り行う」
「執り行うよ!」
「勝手にやってくれ。マジで。マジで勝手にやってくれ」
できれば俺のいないところでな。
でもって決まってから声を掛けてほしい。
ほんと、こいつらを引っ張るのなんて無理だから。引きずられてるの、俺のほうだから。
ルリ先生、わかってないんだよなぁ。
「いくぞ小日向、俺はグーを出す!」
「ならあたしはチョキを出す!」
目の前では意味不明な心理戦が繰り広げられていた。遠い。遠いよ二人とも。
俺には手の届かない場所にいる。一輝も、小日向も。俺がここにいられるのは、二人が手を伸ばしてくれたからだ。
だから、この中で俺ができることと言えば――
「「じゃんけんぽん!」」
二人のことを、見守ること。それくらいしかないけど、それだけで十分だ。
「やったー!」
「ラーメンがぁぁあああ!」
小さく笑うと、小日向が気がつく。
目が合うと、笑い返してくれる。なにを言うでもなく、優しく微笑んで、また前を向く。
こんなに眩しいのに、なにより優しい。その温かさに触れると、まだ夢を見ていたいと願える。
理想だって間違ってないと、胸を張っていられる。
◇
結局、店に入れば一輝ももんじゃ焼きをせっせと作る。面倒だとはいいながらも、手際はかなりいい。
一方で小日向は、初手から土手を崩す。という大惨事を引き起こしていた。目も当てられない状態で、「て、テツくん~」と助けを求めてきた。手後れかと思われたが、気合いでなんとか修復。
「テツくんは命の恩人だよ」
もんじゃの恩、でかすぎだろ。
内心でツッコミを入れつつ、自分のも完成させる。
鉄板の火力を弱めたタイミングで、一輝が切り出した。
「まだ先のことだけど。お盆の前くらいに休み取れるか?」
「あたしは多分、一輝と同じタイミングでオフだと思うよ」
陸上部の顧問と、サッカー部の顧問は付き合っているらしい。だからその二つの部活は、休みが被りやすい。あと、夏祭りの日は絶対にオフになるんだとか。
「俺は基本休みだから。合わせられるぞ」
「よしよし……。良い子だ」
「B級映画のノリやめろ」
正面で小日向が笑う。俺は笑わんよ。悔しいからな。
「んで、なんかやるのか?」
「夏と言えば海だろ?」
「海!」
「海?」
喜ぶ小日向と、首を傾げる俺。
北海道出身の俺は、あまり海水浴という文化に詳しくない。関東ほど活発ではないのだ。
俺の困惑をスルーして、一輝は続ける。
「実はな。親戚のやってるキャンプ場で、キャビンを一棟借りられたんだ」
「ケビン? ボブの友達?」
「小日向。ケビンじゃなくてキャビン。キャンプ場にある木造の建物だと思うぞ」
「あっ、あれのことなんだ」
ぽんと手を打って納得。
ボブって誰だよ……知り合いにいるのか? どうなってんだ人脈。
「で……なにするんだ?」
「なにって、海水浴、花火、BBQ、肝試し、夏にやること全部だろ」
「わお」
キラキラ目を輝かせる小日向。
いまいちイメージのできない俺。
「はいはい。質問! お泊まりですか?」
「お泊まりだ。ちなみに、もう何人か誘いたいと思ってる」
ざわっと背筋が震える。理由は簡単に思い出せるけど、誰にも悟られるわけにはいかない。表情に出さないよう努める。
お泊まりという響きはまだ、……ちょっと刺激が強い。
「ということで、進めていいだろうか」
「賛成!」
「テツは?」
「お、おう……いいんじゃないか。楽しそうだし」
…………。
俺の夏休み、充実しすぎて死ぬんじゃなかろうか。