33話 太陽に咲く花 その6
翌日の学校で、教室に入るや声を掛けられる。
そいつはサッカー部の男で、朝練帰りだろう。制汗剤の爽やかな匂いを身に纏っている。
「おはようさん」
「おう」
「その後、どうだった?」
「普通に、普通だよ」
なにかがあったわけじゃない。俺の知ってることを、知ってる範囲で話しただけだ。
「小日向とは仲良くなれそうか」
「知るかよ」
「俺、阿月とは仲良くやれそうだと思ってるけど。――うっわ露骨に嫌そうな顔」
「はぁ……冗談もほどほどにしろ。サッカー部未来の部長さん」
席について、授業の準備をする。予鈴が鳴って、佐藤は背を向けた。最後に「覚えてろよ」と捨て台詞を残したけど、まあそれも冗談だろ。
◇
「アヅくんアヅくん」
「阿月阿月」
なんか増えてる?
昼休み。まったりサンドイッチでも食べようかとしていたところに、二人やってきた。
小日向と佐藤。
っていうか、アヅくんってなに?
「お昼、一緒にいい?」
「一緒に昼飯食おうぜ」
「…………え、は? はぁ?」
困惑している間に二人は前の席に座って、三人組みたいな形になる。
「一輝ってアヅくんの友達なの?」
「おうよ。バチバチに友達やってる」
「そうなんだ。知らなかった」
へぇ、と頷く小日向。俺は首を横に振る。
まともに話したの、一昨日とかだぞ。
「阿月、俺は友達じゃないのかよ!?」
「驚くようなことか。自分の居場所に戻れサッカー野郎」
「えー、それは傷つくぞー。俺はただ、阿月の第一友人になりたいだけなのに」
「ダーツの旅かよ」
そんなモチベでくるんじゃねえ。
佐藤を軽く流すと、今度は小日向がじっと見てくる。上目遣い。
「アヅくん、……あたしは、友達を名乗ってもいいんでしょうか」
「え、あ、まあいいんじゃないのか。別にそんな大層なもんじゃないし」
「あー。女子にだけ優しい!」
「うるせえ」
ここぞとばかりに食いついてくる佐藤。
「男の子にも優しくしてほしいなぁ」
「絶対に嫌だ。特にお前は」
こいつは、少し勘が良すぎる。近くに置いておくには危険なのだ。
俺は、俺がどういう人間なのかを知られるわけにはいかない。
きっと佐藤は、その警戒に気がついているのだろう。だから余計に興味を持つ。
「こいつは長期戦になりそうだな……」
「さっさと諦めてくれ」
いっそすべて明かしてしまおうか。明かして、終わらせてしまえば――いや。
それをさせないために、俺は札幌から追い出されたのだ。
言えば楽になる。
楽になるのは、好きじゃない。
俺のため息で、場の空気が重くなる。
それを察した小日向が、明るい声で切り出した。
「……ええっと、そうだ! アヅくんの趣味ってなに?」
「読書とゲーム」
「そうなんだ。どんなの?」
「ミステリーとRPG」
「へえ。……ちょっとわからないかも」
そうだろうな。どっちも一人で楽しむものだし、流行じゃない。特に女子には伝わらないだろう。
申し訳ないけど、俺も上手く繋げない。
「運動、今はしてないの?」
「たまにランニングくらいは」
「走るんだ。いいよね、ランニング」
頷く小日向はやけに嬉しそうで、俺も一安心する。
女子相手に空気が重いのは、かなり心苦しい。
「そういや阿月って、妙に怪我に詳しいよな」
「経験と、あとは周りにも多かったからな。自然と調べるようになったんだよ」
「ふうん。じゃあ、疲労回復にも詳しげ?」
「まあ、ある程度は……」
「マジ!? ちょっと最近、やたらトレーニングがきつくてさ。腰にきてるんだよな」
「前屈やっとけ。裏股が硬いと後ろ側に負担でかいから。トレーニングの形も崩れて良くない」
「なるほどなー」
「ためになるねえ」
素直に感心されるとやりづらい。
しかも二人いるから、逃げ場がない。
逃げられないから、善意は苦手だ。
「また話そうぜ」
「アヅくん、今晩もいいかな?」
「……問題ない」
あまりに温かいから、振り払うのも躊躇われる。
すべてはなし崩し的に進んでいった。
宣言通り、佐藤は何度でも俺に話しかけてくるし、小日向とは怪我の関係でこまめに話す。
結果として三人でいることが増えた。
大した意味がなくとも、当たり前のように一緒にいる。
それを友人と呼ぶのだろう。
避けようとしても避けられないから、人と人は、繋がらざるを得ないのだ。
なら、次はもっと上手くやれ。
次はもっと上手くやれ。
次はもっと……。
「次はもっと、上手く……か」
上手くやることの意味も、目的もわからないままだ。
だけどもうすぐ、なにかが掴める気がした。
言い忘れていました。
温泉の頃に募集していたものから、どれか選んでSSを作る予定です。
待ってて。