3話 彼女なりのお礼らしい
翌日の昼休み。
俺と氷雨が話しているところが、通りかかった人に見られたらしい。そこから噂の火は広がり、いよいよ一輝からの追及を逃れられなくなった。
あまり勘違いされたくもないし。できるだけ簡潔に、氷雨のバイトは伏せて伝える。
「……ってことがあっただけだよ」
「それをだけって断言するから、テツは信頼されるんだろうなぁ」
呆れた顔で一輝は肩をすくめ、席を立つ。
「昼飯、買いに行こうぜ」
「おーけー」
中学時代からの腐れ縁で、俺と一輝はだいたい一緒にいる。一輝はサッカー部で忙しいはずだけど、いいやつだから仲良くしてくれる。
おかげでクラスでも一定の立場をもらえて、堅苦しさを感じたことはない。
トップ陽キャの後光、恐るべし。
「あれ? 氷雨じゃね」
「ああ、ほんとだ」
廊下の向こうから歩いてくるのは、今日も今日とて圧倒的な美貌を振りまく少女。
冷たくされるとわかっていても、男子は目を奪われてしまっている。
もはや暴力だな。
「テツに会いに来たとか」
「まさか」
そんなことあるわけ
「ちょっといいかしら、阿月くん」
「邪魔者は消えるぞー」
驚異の反応速度でどこかに行ってしまった。すげーな。さすがサッカー部。
感心してる場合か?
「もしかして、迷惑だったかしら」
目の前で立ち止まった氷雨は、小さく首を傾げている。
手を後ろに組んでいるから、いつもよりさらに細く小さく見えた。
「いいんじゃないか。なんかあいつ、楽しそうだったし」
「阿月くんはどう思ってるの」
さすがに誤魔化せないか。
「正直、廊下で話しかけられると目立って困る。俺は注目されるのが苦手だから」
「どうして注目されるのかわからないわ」
「氷雨さんが誰かと話してるところが珍しいからだ」
「じゃあ、話しかけないほうがいいのかしら」
「…………」
罪悪感が湧いてきた。
上目遣いで見つめてくる氷雨が、どこか寂しそうにしていたから。
「やっぱり気にしなくていい。悪い。いつでも話しかけてくれ」
「いいのね」
ぱぁっと明るくなる。表情はあまり変わってないけど、全然違う。
っていうかこんな表情するのかよ。【氷雪の女王】って。
「お、おう。……それで?」
「これ。昨日のお礼」
後ろに隠していたものは、薄手の布で包んだ弁当箱。
「?」
「助けてくれたでしょ」
「気にしなくていい」
「私なりのけじめだから。受け取って」
「……じゃあ、ありがたく」
ああすごい。俺、女子から弁当受け取ってる。
周りが明らかにざわついてるのがわかる。気にするな。気にしちゃダメだ。
「食べ終わったら感想を教えて。じゃあ、放課後にまた来るわ」
「ん。ありがとな」
ひらひら手を振って去って行く。
なんか俺、見送ってばっかりだ。
◇
「じーっ」
「じーっ」
俺のことを見つめてくる人物が二人。
一人はサッカー部の次期主将候補、佐藤一輝。こっちは好奇心に満ちた目をしている。
もう一人は、俺の数少ない女友達。小日向ひまり。
陸上部所属で、いつもにこにこしている太陽のような少女だ。誰に対しても分け隔てなく笑顔を振りまき、みんなに元気をくれる。
ポニーテールが特徴的で、その揺れ方はf分の1のゆらぎを示すとか、示さないとか。癒やし効果があるのは間違いない。
明るい性格なので、小日向もかなり男ウケがいい。
うちの学年の男子は、ほとんどが小日向派か氷雨派に属する。と言われるほどだ。
その小日向が、一輝の隣から俺をじっと見つめてくる。
「テツくんテツくん」
「はい小日向。なんぞ」
「そのお弁当は美味しいでしょうか」
「うむ。とんでもなく美味いぞ」
とても女子高生が作ったレベルとは思えない。
この時期は痛みやすいから保冷剤で冷やさなくてはならないのだが、味が落ちていない。冷たくても美味しく感じるように調整されているのがよくわかる。
「うぐぐっ……」
小日向は険しい顔でうめいていた。ころころ変わる表情は見ていて飽きない。
「なんでお前が悔しそうにするんだよ」
「あたしは料理ができません」
「だからなに!?」
「リンゴの皮も剥けません」
「おう。うん。だからどうした!?」
「料理の練習、します」
「いや……無理しなくていいと思うけど」
「するから! できたら食べてね!」
「俺? じゃあ楽しみにしてるけど」
なにかを決意した顔で、小日向は教室を飛び出していく。
「いいなぁテツは。女子から弁当恵んでもらえて」
「…………」
下手なことを言えば氷雨や小日向に悪いし。だからと言って素直に喜んでしまうのはいかがなものか。
いろんな方向から殺気の混ざった視線を感じるし。
そりゃそうだよな。だって、氷雨の弁当。小日向の手料理。正真正銘のプレミアだ。オークションにかけようものなら、冗談抜きで一万円はくだらないだろう。
「一輝はモテるからいいだろ」
「サッカーが恋人なので」
「ないわー。その言い訳で乗り切るのないわー」
「ふっはっはっは。この技、帰宅部の貴様には使えまい」
「で、そのサッカーさんとは最近どうなんだ?」
「練習なら真面目にやってるよ」
「知ってる。俺が聞いてるのは身体のこと」
「筋肉痛があるくらいかな」
ふくらはぎと太ももを指さして、一輝は言う。よく鍛えられている脚だ。筋肉フェチではないが、でかい筋肉には目を引かれる。
「あれやるといいぞ。交代浴って言って、温かい風呂と冷たい風呂を往復するやつ。血行がよくなるし、自律神経が整うから治りが早くなる」
「おっ、さすがケアの達人」
「つまんねー怪我で終わったら嫌だろ。俺みたいにさ」
「そうだな」
もう痛まない右肘を押さえながら、冗談めかして言ってみる。
俺は昔、野球部に所属していた。だからちょっとだけ、身体のケアに関しては詳しかったりするのだ。
さっき話していた小日向とも、そういう知識があったから仲良くなれたってのがあるし。案外役に立つものなんだなと思う。
「ってかテツよ、ほんとに氷雨と付き合ってないの? ほんとに?」
「しつこい。友達かすら怪しいわ」
教室にやってきた氷雨の影響で、テツは注目の的になってしまう。テツは平和な学校生活を守れるのか!?
次回 平穏、死す。