28話 太陽に咲く花 その1
夏休みが始まってからの壮絶な二日間が終わり、三日目。
月曜の学校に、なぜか俺はいた。
「はい今日もごくろうさん」
「あの、ルリ先生。俺の記憶が正しければ、夏休みは登校の義務がないはずですけど」
「通常授業でも義務じゃないでしょ。あんたらには権利が与えられてるのよ。学校に来てもいい、という権利が」
「じゃあ夏休みの間は来たくないんですが」
「留年させられたいの?」
「どうして!?」
「教員が働いてるのに生徒が休むなんて生意気よ」
「それが夏休みなんですって! っていうかルリ先生も学生だったでしょ」
「そんな時代は存在しないわ」
「理不尽ッ!」
ルリ先生はコーヒーカップを揺らしながら、へらへら笑っている。
そんなに俺で遊ぶのが楽しいか。
「話は変わるけど、文化祭の実行委員。今年もやるでしょ?」
「やらないです」
「もう話は通してあるから無駄よ」
「人権っ!」
「あんた以外に適任がいないのよ」
「帰宅部だからですよね? 他に適性なんていらないでしょう」
「そうよ」
「断言された!」
「通知表に『元気があってクラスを引っ張ってくれます』って書いてあげるから」
「小学生しか喜ばねえよ!」
「これ以上の反論は受け付けないから、去りなさい」
「パワハラすぎる……」
本当になにを言っても無駄なので、大人しく退散する。
文化祭実行委員とか……やりたくねえ。本気でやりたくねえ。教室の隅っこでミジンコみたいに生きていたいのだ。
そうすれば一輝や小日向が引っ張っているのを見ればいいだけだから。
去年もこんな感じだった。平穏になるはずの文化祭は、実行委員にぶち込まれたがために波乱に満ちあふれ、平和とはほど遠かった。
もう受け容れるしかない。俺の人生、こんなんばっかだ。
せっかく学校に来て帰るのもあれだし、教室に行ってみる。空っぽの教室。ベランダに出れば、部活動をやっているのが見える。
十一時を少し回って、ほとんどの部活は終わりにさしかかっている。午後も続きそうなのは野球部くらいか。
……やっぱあの部活、ぶっちぎりでヤバいよな。入らなくてよかった。
「あれ、もしやテツくん?」
ぼんやりしていると、後ろから声を掛けられた。
「小日向じゃん。どうした」
「いやいや、どうしたはこちらのセリフですよ。ゆーはなにしに教室に?」
「ルリ先生に召集されて」
「あー。なるほど。あたしは忘れ物を取りに来たら」
「忘れ物?」
「夏休みの宿題、置いて行っちゃって」
それは大変なものを忘れたな。
「でも、テツくんに会えたからラッキーかな。なんて」
えへへと笑う小日向。
俺は肩をすくめて、冗談っぽく言ってみる。
「ラッキーついでに、昼でも食べに行くか?」
「うん! 一輝も誘おうよ」
「あいつ、サッカー部のやつらとなんかありそうだけど……」
スマホを確認。一分前になんか来てる。一輝からだ。
『昼飯行きたいマン』
「あいつ、なんで俺がここにいることを」
グラウンドに視線を戻せば、いつの間にか練習を終えているサッカー部。グラウンドから、見知った顔がガン見してきている。
「きっも」
顔をしかめると、投げキッスしてきた。あいつとは早く縁を切ったほうがいいのかもしれない。
「おおっ、一輝の投げキッス気持ち悪いね」
「微妙に様になってるのがムカつくよな」
「今って、彼女いるんだっけ。テツくんは知ってる?」
「あいつの恋愛事情なんて知りたくもない……けど、今はいないんじゃなかったっけ」
佐藤一輝はイケメンで、運動ができ、頭も悪くない。当然ながらモテるのだが、絶対に他校にしか彼女をつくらない。
なぜか。
別れることが前提だからだ。
あいつは恋愛を遊びと割り切っているので、入れ替えも激しい。
「もっと落ち着けばいいのにねえ」
「ま、あいつなりの考えがあるんだろ。知らんけど」
「人には人の乳酸菌?」
「違う。そうじゃない」
絶妙に気の抜けるボケに、いろいろどうでもよくなる。
一輝がどんな恋愛をしようと、俺の知ったことではない。どうせあいつのことだ。なんだかんだ上手くやる。
「迎えに行ってやるか」
「そだねー」
◇
思えば奇妙な三人組だ。
一輝と小日向は中学が同じだったのだが、元から仲が良かったわけではない。俺は当然関わりがなく、関わるはずもなかった。
それが今では、適当な理由を見つけてはつるんでいる。
始まりは去年の五月。
俺が小日向ひまりを見つめていたところから。




