表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/99

24話 少女はまだ、それを恋とは知らず その6

 友達とは便利な言葉だな、とつくづく思う。

 その言葉の内側にねじ込んでしまえば、明らかに異質なものすら同格として扱うことができる。


 一輝と小日向の二人が、最たる例だろう。

 二人とは紛れもなく友達で、仲が良くて、一緒にいる時間も長い。だが、二人に対して抱いている感情は明確に違う。かける言葉も違えば、一緒にいるタイミングも異なる。


 だけど友達という呼び方があるから、普段はその差異に気がつきすらしない。


 気がつかなくていいのに、と思う。


 それが自然な形なのだ。友達一人一人に優劣をつけるのも、違いを見出すのも面倒だ。そんなことをしていたら、世界はずっと複雑になってしまう。


 なのに。

 俺は出会ってしまった。

 自分を友達と呼ぶことを許さない少女と。


 だから、考えている。

 この感情の正体を。


 目を離そうとしても離せず、呼ばれれば応えてしまい、必要以上に気にかけてしまう。恋ではないのに、限りなく大切だと思ってしまう。


 なんなんだろうな、ほんと。


 旅館の料理を前に目を輝かせる氷雨。そういう表情を見るたびに、胸の奥が妙にくすぐったい。

 目を逸らすように、口を開く。


「急に来たのに出てくるなんて、ありがたいな」

「そうね。ありがたいことだわ」


 場所は食堂で、周りには他の宿泊客もいる。もっと注目されるかと思ったが、だいたいが飲酒をしているようで、こっちに気がつきすらしない。


「冷めてももったいないし、食べるか」


 こくりと氷雨が頷いて、俺たちは手を合わせる。


 食事中は、ほとんど会話がなかった。興味深そうに料理を口に運ぶ氷雨を見て、ときどき「これはなに?」「わからんけど、美味かった」という会話があって、それだけ。


 海なし県の栃木だからか、山菜が中心だった。米は炊き込みご飯で、ワラビにキノコ、タラの芽なんかが使われていた(気がする。正確にはわからない)。


 俺のほうが早く食べ終わって、静かにお茶を飲んで待つ。始終楽しそうにしていた氷雨は、デザートに入ったところでふと顔を上げる。


 目が合った。


「あ……」

「あ……」


「いや、……あの、……なんでも、ないぞ?」

「そ、そう? なら、いいのだけど」


 テンションが上がっているのがバレて、恥ずかしくなったのだろう。氷雨は顔を赤くして俯いてしまう。俺も罪悪感で口ごもる。なんかすまん。


「そんなに微笑ましかったかしら」

「微笑ましい?」


「阿月くん、すごく優しい顔をしていたわ」


 胸にそっと手を当て、氷雨は小さく首を傾げる。


「あ、そうだったんだ。無意識だった」

「今日、何度もそんな顔をしていたけど」


「マジで?」


 いつなんだろう。全然心当たりがない。

 自分の表情とか、意識しないとわからないからな。


「……いいわ。待たせてごめんなさい」

「ん、おう」


 ごちそうさまでした。何事もなかったように手を合わせ、氷雨は立ち上がる。


 俺も椅子から立ち、並んで食堂を後にする。

 前を歩いて行く少女は、ちっとも表情が見えない。しかも、向かう先は部屋ではないらしい。


「どこ行くんだ?」

「どこに行くのかしら」


「迷ったのかよ」


 そういうことは早く言え。

 とはいえ、俺も適当に歩いていたから自信がない。辺りを見回すと、ちょうどいいところに館内地図があった。


 近づいて全体を確認。部屋まではこの先の非常階段を使えばいいか。


 そのほかもざっと確認して、地下一階に面白そうなものを見つける。


「ゲーセンあるじゃん」

「卓球スペースがあるらしいわね」


 ほとんど同時に、別々の場所に興味を示す。そして、


「卓球いいな」

「ゲームセンター、興味があるわ」


 思いっきりすれ違った反応をする。


「…………っ、ははっ」

「…………ふふっ」


 こればっかりは笑わずにいられない。堪えようとしても堪えきれず、廊下の隅で二人笑う。


「両方いくか」

「そうしましょう」


「食後すぐだから、先にゲーセンでどうだ?」

「賛成よ」


 まだ夜は長い。だらだら過ごしたっていいはずだ。


 なんなら、部屋に帰ってからトランプをする時間もある。売店にあったから、下着と一緒に買っておいたのだ。

 しりとりであれだけ喜ぶのだから、トランプも楽しんでくれるかと思って。


 我ながら、なにをしているんだと思う。氷雨小雪を笑顔にするのに、必死すぎやしないか? まあでも、いいだろ。このくらい必死になって。


 彼女が笑ったくらいで、誰も不幸になりやしないのだから。







 ゲームセンターに入った氷雨は、おそらく初体験だったのだろう。耳を両手でおさえて、小動物みたいに小さくなってしまった。


 一時撤退。

 少し離れて、静かなところへ避難。


「無理そうか?」

「どうしてみんな平気そうなのか、理解できないわ。私の鼓膜、弱いのかしら」


「鼓膜に強弱はないと思うけどな」

「阿月くんも平気そうね」


「慣れ」

「慣れ?」


「そう。慣れ」


 氷雨は心底不可解そうに見上げてくる。生まれて初めて根性論に出会った子供みたいだ。わかる。元野球部だから、俺も通った道だ。


「とりあえず、適当に一個プレイしてみようぜ。それで無理なら退却だ」

「そうしてみる」


 弱々しく頷く。この調子だと、一回が限界か。ま、人には合う合わないがあるからな。ゲーセンなんかは特に。


「どれがいい?」

「あれ、太鼓を叩いてみたい」


「たいてつか。いいじゃん」


 太鼓の鉄人。この国に生まれた人間なら、一度は耳にしたことのあるゲーム。ゲーセンと言えばまずこれ。上位プレーヤーの民度が低いことでも有名。そんなこと言い始めたら、ゲーセン自体の民度も相当低いと思うのだが。


 やめよう。これ以上は多くの人が傷つく。もちろん、俺も。


 幸いなことに空いていたので、すぐに入れる。


「お手本を見せてくれる?」

「おっけ。じゃあ、お先に」


 難易度を普通に設定して、古き良きゲームソングを選択。難しいをサクッと選べないのがダサいけど、あれは難しすぎる。


 ゲームスタート。

 ファミコン時代の軽快な電子音に合わせ、たたき方を指示する記号が流れてくる。


「赤いのは太鼓の真ん中、青いのはフチ、でかいのは両手で、あとはだいたい連打」


 軽く口で説明しながら、久しぶりに二本のバチを動かす。

 結果はまあまあ。ノルマクリアでもう一曲遊べるから、十分だろう。


「ほれ、次やってみ」


 こくりと頷き、真剣な表情で少女出陣。ぎこちなくバチを持って、難易度はやさしいを選択。ピンとくる曲がなかったのだろうか。一周ぶん悩んで、一昔前のドラマ主題歌に落ち着いた。


 曲が流れる。

 流れてくる記号に合わせ、氷雨がバチを振る。それに合わせ、ぴょん、と体ごと跳ねる。


「――フッ」


 噴き出すかと思った。

 俺が見守る先で、氷雨はぴょんぴょん跳ねながら集中している。


「――っっっ」


 ダメだ。笑うな。笑っちゃダメだ。堪えろ阿月哲!!


 演奏が終了する。ノルマクリア。

 氷雨はこっちを見て、画面を指さす。


「私、このゲームは得意かもしれないわ」

「……そう、だな、うん」


「どうしたの? そんなに複雑な顔をして」

「ちょっと感情の選別をしてるんだ」


 言うべきか? ぴょんぴょんしてウサギみたいだったって。言うべきなのか? いやでも、そんなことをすれば、氷雨小雪の人生初ゲームセンターが恥ずかしい思い出になってしまう。


 やめておこう。実際、ノルマクリアはすごいことだ。


「楽しそうでなによりだよ」

「ええ。でも、やっぱり音がだめみたい」


「それは仕方ないさ。実際、かなりうるさいし」


 名残惜しそうにする氷雨は、エアホッケーのほうを見つめていた。そこではちょうど、四人家族が楽しそうに遊んでいる。


「気になるか?」


 家族か、エアホッケーか。どちらかはわからない。きっと氷雨もわからないのだろう。彼女の頷きはとても小さかった。


「また来ようぜ。ゲーセンなら、どこにでもあるから」


 きっとそういうことではないのだろうな。


 わかっていながら、俺にはそれしか言えない。


 言葉も感情も、なにもかもが不十分だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ