22話 少女はまだ、それを恋とは知らず その4
雨音は一層激しく、轟々と地面を打ち鳴らす。遠くでは雷も鳴っていて、この世の終わりのようですらあった。
「……どうしましょう」
「……どうしような」
帰ることはできない。ならばやるべきことは一つなのだが、それを口にするのは時間がかかった。
「……宿、探すか」
やっとの思いで言うと、ああそうだよな。やっぱそれしかないよな。と諦める方向に気持ちが固まっていく。
スマホを取り出して、周辺地図を開く。
ホテル……ホテル、と。なんか嫌だな。ホテルって響き。すっげえ生々しい。宿泊施設。うん。こっちのが健全だ。なんなら青少年の家とかでもいい。
「駅前にいくつかあるみたいね」
「電話してみるか」
当日予約だし、土曜日だし。この様子だと、他にも帰れなくなった人はいそうだし。
急がないと。
電話……繋がらねえ。今頃フロントは地獄と化しているのだろう。
「いや、まだ次がある」
繋がらない。
「だめか……」
三軒目で繋がった。
「あ、もしもし。今日の部屋って、まだ空いていますか?」
『申し訳ありません。本日、満室となっております』
「そうですよね。……ありがとうございます」
各ホームページから確認すると、物凄い勢いで満室へと文字が変わっていく。
あっという間に、近場にあった宿泊施設は全滅した。
ならばと思ってネットカフェを探すも、この近辺にはないらしい。
なにが田舎ぁ!だよ。文明をくれ。文明を。
完全に詰みの状態に入っている。俺はファミレスとかでもいいのだが、せめて氷雨は、まともな場所で夜を明かしてほしい。
「少し遠いところでもいい?」
「この際、仕方ないか。タクシーでもつかまえられればいいけど」
視線の先、タクシー乗り場は渋滞している。簡単にはいきそうもない。
目星をつけたところがあるらしい。氷雨はスマホを耳に当て、電話をかけている。
俺も探してはいるが、目につくところは満室ばかり。そもそも、泊まれるような場所自体が少ない。かき氷屋は有名でも、この地域自体は観光地ではないのだろう。
「もしもし、あの、今晩泊まりたいと思っていて――はい。二人です」
なんだこの状況。改めてよくわからん。よかった。一輝とかに今日の話してなくて。あいつにバレたら、とんでもないことになる気がする。
「え、一部屋しか空きがない?」
そこもダメか。じゃあ、他を探さないと。どうすればいいんだろ、こういうとき。いっそルリ先生に電話しようか。ないな。ぶっ飛ばされる。
「――はい。大丈夫です」
「…………?」
「今、駅にいます。いいんですか? お願いします」
「…………?」
なんだろう。今、まとまってはいけない話が、まとまった気がする。完全に断る流れだったのに、お願いしますとか言ってるんだけど。
氷雨はスマホを耳から離す。
ほっと一息ついて、
「見つかったわ」
「なにが!?」
「宿よ」
「一部屋って言ってなかった?」
「一部屋取れたわ。これで安心ね」
「足りねえよ! もう一部屋足りねえよ!」
「背に腹はかえられないでしょう」
「そこは譲らないでくれ!」
「大丈夫よ。阿月くんも一緒の部屋だから」
「それが大丈夫じゃねえんだよなぁ!」
一番の懸念要素なんだよ。なに平気そうな顔してんの?
もうやだこいつ。俺のこと全然警戒してない。もっと怖がって。男はケダモノだって。
「……氷雨さんだけ行ってくれ。俺、適当にやるから」
「だめよ。阿月くんが風邪を引いてしまうわ」
「風邪よりよっぽど致命的だ!」
「いいから、行きましょう」
「無理だ……」
「行くわよ」
立ち上がった氷雨が俺の手を引く。
「嫌だ! 行きたくない! 俺、アスファルトとかけっこう好きだから! 大丈夫だから!」
「なら私がアスファルトで寝るわ」
「強情かよ……っ!」
高校生にもなってなにをやっているんだろうか。恐ろしいほど低レベルの争い。
だが、ここで譲るわけにはいかない。俺の中にある倫理観が、全力で拒否しろと言っている。
「あのな、氷雨さん。男子と女子が同じ部屋でいても安全だって保証は、どこにもないんだよ」
「阿月くんは危険なの?」
「うっ……」
「男子の話をしているんじゃないわ。阿月くんの話をしているのよ。そもそも私、阿月くんじゃなかったら、一緒にここまで来ていないわ」
「うぐぐっ……」
掴まれた手の先で、氷雨がじっと見つめてくる。
「それに、私は知っているわ。阿月哲は、私のことを傷つけないって」
それは俺が、彼女に言った言葉だ。
とんだブーメランだった。
大きなため息がこぼれる。
雨よ止んでくれ。願ってもまだ、空は閉ざされている。
今夜は眠れなさそうだ。悪い意味で。
◇
迎えに来てくれた車に乗って、宿屋へ到着。
駅からはけっこう距離があって、シャトルバスも出ているらしい。
なんというか、いい感じの旅館だった。温泉って看板に書いてある。
同じ学校の女子と二人で温泉、ね。
客観的に見たときのインパクト強すぎだろ。
中に入って、フロントでてきぱきと受付を済ませる氷雨。その背中をぼんやり見つめる俺。
もういっそお節介な女将さんあたりに「お若いねえ」とか言われたい。そっちのが気が楽だ。スルーされると、なんかマジっぽいじゃん……。
部屋まで仲居さんに案内してもらって、軽く説明を受けて、本当に何事もなく二人きりにされる。
俺が混乱しているうちに、どんどん事が進んでいく。イレギュラーに弱い男、阿月哲。野球やってるときもそう呼ばれてたな。
部屋。そう。部屋は普通の二人部屋で、畳で、テレビがあって、障子の奥には椅子とテーブルがあって、窓の向こうには川が流れている。
クローゼットには浴衣があり、布団は押し入れ。
普通の温泉旅館だ。それを自覚する。
鈍っていた脳が、ゆっくり動き始める。
なんとかするしかない。いや、なにもするまい。今夜の俺は、なにもしないということを徹底しなければならないのだ。
「先にお風呂に行きましょう。体が冷えているから」
「お、おう……」
「私は時間がかかるから、鍵は阿月くんが持っていってね」
「わかった」
「じゃあ、また後で」
「また後で」
さっさと準備を済ませて、氷雨が部屋を出て行く。
お風呂。浴衣。氷雨小雪。
……やめよう。
頭を振って、思考をリセットする。
「――風呂行こ」
下着は売店にあんのかな。
二人きりの温泉、若い男女二人がすることといえば〇〇だろ!
感想欄、せっかく開いてるんで募集します。みんなの願いを見せてくれ。
エッチなのはだめ。