表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/99

20話 少女はまだ、それを恋とは知らず その2

 電車はしばらく海沿いを走る。

 朝の水平線は、乱反射した陽光でスパンコールのようだ。


 ぼんやりしていると、ちょんと肩をつつかれる。


「ねえ、あれからずっと気になっていたのだけど。阿月くんはどこから来たの?」

「札幌から」


「遠いのね」

「そうでもないさ。飛行機を使えば、半日もせずに行ける」


「本当?」

「飛行機って、物凄く速いんだ。下手したら空港までの時間のが長いくらい」


 感覚としての距離感と、実際の距離感は違う。交通手段が発達するほど、地球は小さくなっていく。


「まあ、高いけど」

「そうよね」


 氷雨は少し安心したようだった。

 それから、北海道という地について興味が湧いてきたらしい。


「雪は降るの?」

「そりゃあ毎年。街中が真っ白になるよ」


「真っ白……そんな雪は、見たことがないわ」

「過酷だけど、綺麗でもある。過酷だけど」


 膝下まで積もった雪の中を、学校まで行軍する。傘は意味を為さず、雪かきは大自然の前には無力だ。作業した数時間後にはまた元通り。賽の河原かよ。


「行ってみたいわね。夏に」

「それがいい。向こうは快適だから。こっちの夏も、嫌いじゃないけど」


「そうなの?」

「札幌は蝉が鳴かないからな。風情が足りない」


「あれが好きな人なんていないと思っていたけれど……無い物ねだりなのね。結局、私たちって」

「違いない」


 トンネルをいくつか抜けて、海が見えなくなる。線路は関東平野に入って、田園地帯を通り抜ける。

 青々とした自然。息苦しいくらいの生命の色彩。暑さで揺らぐ空気。


 隣で氷雨がくすりと笑う。


「いいわね。阿月くんは」

「なにが?」


「景色を見ているだけで楽しそうなんだもの。ずっと移動ばかりで、退屈じゃないか不安だったから」

「そういう氷雨さんは? ちょっと退屈してる?」


「…………してないけれどね」

「じゃあ、しりとりでもするか?」


 口にしてから、もしかすると俺はバカなのかもしれないと思う。

 高校二年生にもなってしりとりとか、絶対乗ってこないだろ。しかも相手は今をときめく女子高生なわけで。当然、もっと洒落た遊びのほうが好きなわけで。


「するわ」

「だよな。やっぱりもっと別の――」


「するに決まっているのよ」

「するの!?」


「さあ、最初のお題をちょうだい。時間が惜しいわ」

「モチベが高い!」


 なぜか氷雨は目を輝かせていた。早く早くと急かすように、こっちに体を近づけてくる。

 やめろ。ほんと、軽く腕が当たってたりするのが心臓に悪いし。気にしないようにしてもいい匂いだし。これだから女子ってのは。


「じゃ、じゃあ、しりとりの『り』からな」

「リービッヒ冷却器」


「リービッヒ冷却器!?」


 化学の実験でごくたまに使われるあれのこと!?

 氷雨は自信ありげにこくりと頷く。


「次は『き』よ」

「お、おう……。じゃあ、キツツキ」


紀貫之きのつらゆき

「紀貫之!?」


 土佐日記のあの人!?

 言葉選びの癖が強いよ氷雨さん。


「これが同文字返しなのね……。ふふっ」


 やけに楽しそうだし。


「き、……じゃあ、木」

「さすが阿月くん。手強いわね」


 しりとりってこんな遊びだったっけ?







 結局『る』が最後の言葉を相手に回すのが強いよな。という結論を得てしりとりが終わる。決着がつかなかったのは、降りる駅が来たからだ。


「今日は引き分けにしましょう」

「さすがに高校生の語彙力だと続くな」


 なにか縛りを設けないと、終わりが見えない。『る』から始まる言葉には悩まされたけど。


 ホームに降り立つ。田舎の小さな駅だ。無人ではないが、コンビニも併設されていない。改札から外に出て、体を伸ばす。

 視界に入るのは、木と田んぼと、瓦葺きの屋根。絵に描いたような日本の原風景。

 野焼きの匂いもしてくる。


「田舎ぁ!」

「嬉しそうね」


「ちょっとアガると思うんだけど……そうでもない?」

「そうでもないわ。でも、嬉しそうな阿月くんを見るのは楽しい」


「恥ずかしいなおい!」


 はしゃいでる子供を見守る親の目をしていた。そんな母性を向けないでほしい。

 悲しくなって肩を落とす。


「それで、ここでなにをするんだ」

「待機ね。次の電車まで」


「乗り換えか。どのくらいだ」

「四十分後。だから、少し早いけどお昼にしない?」


 駅前広場の時計を確認する。11時20分。まあ、ちょうどいい頃合いか。


「おし。じゃあ、そうするか」

「あっちの方に川があるらしいから、そこにしましょう」


 頷いて歩き出す。

 知らない町。北も南も分からない場所を、氷雨と二人で。それはあまりに特別なことで、意識すると妙にくすぐったい。ポケットに手を入れて、気にしないよう振る舞う。


 小さな川だった。浅く、透き通っていて、子供が遊んでいる。


「…………」


 その光景を見て、なにを思ったのだろうか。しばらく氷雨は黙っていた。

 先に座って、使い捨てのおしぼりで手を拭く。今更ながら、レジャーシートは必要だったかななんて思う。氷雨のロングスカートは、地面とは相性が悪い。


 立ち上がって、ベンチを探す。幸い近くにあった。

 氷雨はまだ、子供たちを見つめている。心ここにあらず。


「どうした?」


 問いかけると、氷雨は首を横に振る。


「いえ、なんでもないわ。どうでもいいことよ」

「ふうん。あそこのベンチに座ろうぜ。服が汚れる」


 氷雨はやはり、なにかを考えているようだった。けれど、本人がなにもないと言うのなら気にしないでおこう。

 嫌なことを思い出した、という雰囲気ではないし。


 ベンチに座って、菓子パンをかじる。のどかな空気だ。会話はない。時折吹く風が心地よく、このままここにいるのも悪くない。と思ってしまう。

 まあ、そういうわけにもいかず。次の電車の時間は近づいてくる。


 立ち上がった氷雨は、どこか吹っ切れた表情をしていた。


「さあ、行きましょう。絶品スイーツが待ってるわ」

「マジでか」


「マジでよ」


 不敵に笑う少女に連れられ、旅はまだ続く。

いちゃつきやがってよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 阿月と氷雨の距離がグッと近づき、より互いに 気が置けない仲になった雰囲気がありますね。 [気になる点] いちゃつきやがってよ。 [一言] るから続く言葉で咄嗟に出てきた言葉 ルマンド ル…
2020/09/03 17:18 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ