12話 すべての黒歴史を青春と呼ぶんだ
裏切った。
その一言で、みのりんさんは意図を汲んでくれたらしい。
「いーよ別に。最初っからチクる気なんてなかったでしょ?」
「まあな」
「ウチだって、先生にチクって停学させてやろうとまでは思ってなかったし。……ただ、イライラしちゃっただけで」
申し訳なさそうに視線を落とす。
悪いことをしているのは氷雨だ。けれど、それは罰する権利にも、害する理由にもならない。きっと彼女はそのことに気がついている。
「ほんっと、自分が嫌になる」
グラウンドを見下ろして、ぽつりとこぼす。
俺は探るように、彼女の名前を呼ぶ。
「名取……」
「みのりんでいい」
「俺は女子を名前で呼ぶのが苦手なんだ」
「なにそれ、陰キャってやつ?」
「オブラートに包まないと死人がでるぞ」
そのツッコミは俺に効く。
「あははっ、阿月ってそうなんだ。てっきり遊びまくりなのかと思ってた」
「俺のイメージどうなってんの?」
「量産型陽キャ」
「ひどい」
シンプルに傷つく。
チャラい格好をしてるわけじゃないし、真面目に生きてるんですが。
陽キャが真面目じゃないとは言わないけど、量産型がつくと一気に質が下がる気がするのはなぜだろう。
「つーか、陰キャと陽キャって死語らしいぞ」
「そーなの?」
「おう。言葉の寿命は短いな」
あれだけ使い勝手のいい言葉ですら、簡単に使われなくなる。
じゃあ今はなんて言うのだろう?
影の者って言われるのかな。忍者かよ。
「ねー、阿月」
「おうおう。どうしたよ」
「あんた、変わってるよね。いい意味で」
「そうか?」
名取は力強く頷く。
「だってさ、普通あんなことがあったらギスギスするじゃん。なのに、普通に喋れてる」
「名取のコミュ力が高いんだろ」
「あははっ。高くないよ。ウチは、自分のことをちゃんと伝えられない」
なにかツボに入ったのか、大きく笑う。それから吹っ切れた表情になって、名取は話し始めた。
「ウチ、フラれたって言ったじゃん。あの時は『氷雨ばっかり顔がよくて理不尽だー』って思ってたけど、そうじゃないよね。
最初っから甘えてたんだ。氷雨小雪が原因でフラれるなら、仕方がない。顔が勝てないんだから。ウチは悪くないって。
好きだった人さ、けっこう前から氷雨に片想いしてるっぽくて。告白する前から薄々感じててね。テキトーになっちゃったんだ。
もっとちゃんと話して、ちゃんと遊んで、ちゃんと悩めばよかったのに。
テキトーに、恋しちゃったんだ」
しばらくの間、俺たちは黙っていた。
本当は気の利いた言葉を投げるべきだったんだろうけど、俺の辞書にそんなものはなくて。ただ、名取の言葉を噛みしめる。
素直にすごいと思った。すごい。幼稚な表現だけど、これ以上が思いつかない。
一番新しくて、一番深い傷に向き合って結論を出して、反省して前を向いている。
「……青春だな」
やっとの思いで絞り出したのは、アホみたいな一言だった。
「ぷはっ」
堪えきれずに噴き出したのは名取で、お腹を抱えて笑い出す。
「青春だって、青春! 確かにそうかも! あははっ、阿月いいこと言うじゃん」
「やめてくれ! なんか恥ずかしい。一生残る恥な気がする!」
「『青春だな』――だって」
「バカにするんじゃねえ!」
「赤くなってるのカワイイじゃん」
「これだからJKは、なんでもかんでもカワイイって言いやがって!」
その後もしばらく、やいややいやと言い合いは続いた。
不毛の極み。
久しぶりに低レベルな争いをしてしまった……。激しい後悔に襲われ、ぐったりと壁に寄りかかる。
涼しい風が吹いて、二人分の笑い声が非常階段に響く。
「今度、あの子とも話してみようかな」
「ああ。話せばわかる」
どうせ拾われないだろうと、ボケてみる。
「撃たれるやつじゃん」
綺麗にツッコミがきて、驚いた。
名取とは話が合うのかもしれない。
カフェで名取が身を引いたとき、根はいいやつなんだろうなと思った。
だから今日会ったのは、口封じでもあるし、氷雨への誤解を解くためでもあったけど。
俺が彼女と話してみたかったというのも、ある。
◇
やることが終わったので、昇降口に向かう。
途中でなんとなくスマホを開くと、メッセージが来ていた。
氷雨からだ。
『話があるの。図書室まで来てくれない?』
送信されたのは十分前。まだいるだろう。
「あっぶね。帰るとこだった」
短く返信。
『今行く』
『待ってるわ』
「返信早っ!」
階段を一段飛ばしで登って、特別棟の三階へ。
氷雨は奥の席、窓際に腰掛けていた。スマホを脇に置いて、教科書を読んでいた。
近づくと顔を上げ、俺のことをじっと見つめてくる。
じっと見つめてくる。
じぃっと、見つめてくる。
「なんか言えよ」
「……なぜ人は、勉強会というものをするのかしら」
「そういえば来週は期末だったな。やりたいのか?」
「そんなこと言ってないわ」
「やりたいんだな」
「やってみたいわ」
「素直か! ……わかった。明日でいいか?」
氷雨はキラッと目を輝かせる。こいつの感情、目にははっきり出るんだよな。ちゃんと見ないとわからないけど、わかると面白い。
「ついでだから、一輝と小日向も呼ぶか」
「佐藤くんもいるのね」
「あいつは大丈夫だよ。他校の女子しか好きにならんっていう奇病にかかってるし」
「そうなの?」
「俺が保証する」
恋愛感情を抱かれない相手なら安心。という理屈も奇妙に感じるが。
氷雨が納得するなら、それでいいだろう。
「じゃあ、送るぞ」
同じ文面を一輝、小日向に送る。
『明日、放課後、勉強会feat.氷雨』
一輝からの返信。
『御意』
小日向からの返信。
『らじゃ!』
「あいつらも返信早すぎだろ!」
秒で来た。そんなことやってないで勉強してほしい。
「どうだったの?」
「やるぞ」
ちゃんと準備しておくかね。
帰宅部として、運動部には負けられん。
今日、もう一話載せられますように。
誤字報告ありがとうございます。めっっちゃ助かります。