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11話 ヒーローになりたいわけじゃない。

 テツって、脇役みたいな名前だよなぁと思う。二文字だし、やけに呼びやすいし。なんか真面目そうだし。


 だから気に入っている。


 脇役っていいよな。理想はラブコメの脇役だ。あたふたする主人公がいて、そいつに的確なアドバイスをする。どっしりしていて、女心もわかって、ヒロインのこともこっそり支える。


 かっけーんだよな。そうなりたいんだよな。


 でも、脇役って大変だ。気がつくのに時間がかかった。俺たちが動くのは舞台裏だ。誰も見たくないものを、誰かに見せられるようにしなきゃならない。


 理想を目指せば現実が立ち塞がる。わめいてるだけじゃ、なにも変わってくれない。


 だから俺は、悪人になることを選んだ。


 誰も傷つけない、ひとりよがりの悪人に、俺はなりたい。







「今日もご苦労さん、アヅキチ」


 授業に使う教材を運び終え、職員室で優雅にコーヒーを飲むルリ先生に報告。この人、ありとあらゆる雑用を俺に押しつけてきやがる。

 週明けの月曜から扱いがひどいぜ。


 他のクラスのぶんまで運ばされた。一人で。筋トレかと思った。ムキムキになったらどうしよう。海にでも行こうか。きっとモテる。


「その呼び方、妙にしっくりくるので嫌なんですけど」

「小豆ぃ」


「その間違いはまじでされる」


 阿月の「づ」を「ず」と聞き間違えると小豆になる。

 けっこうな頻度で書き間違えとかがあって、卒業式の寄せ書きでも間違われたことがある。


「阿月っち、うん。やっぱりこれがしっくりくるな」

「育成されそうだなぁ」


「ん? 元ネタ知ってるのか。私の世代だと思うんだが」

「知ってますよ。親がハマってて、昔の家にありましたから」


「なるほどだ。ちなみに私は、総プレイ時間千時間の猛者だからな。舐めるなよ」

「どういうマウント?」


 空になったマグカップを置いて、ルリ先生は立ち上がる。白衣のポケットにタバコをねじ込んだのは、コンビニまで行く合図だ。


「阿月っちは暇だから来るよな」

「俺の予定を決めつけないでもらえませんかね?」


「私との時間より大事なものがあるのか」

「生徒相手になに言ってるのこの人!?」


「いいから行くぞ」

「了解です」


 昼休みだから、本当はいつも通り一輝たちと談笑する予定だったんだけど。


 まあ、仕方がない。ルリ先生からのお誘いを断ると、取り返しのつかないことになりかねないから。


 小日向は今日ミーティングだからいいとして、氷雨には送っておくか。もう教室まで来てるかもしれないけど。俺がいなかったら帰るかな?


 一輝と二人で話してたら……ホラーだ。怖すぎる。マジでやめてほしい。

 風船が爆発するまで膨らませるみたいな、ああいうドキドキがある。ホラーではないか。どっちも似たようなもんだ。


「コーヒーでいいでしょ」

「俺、水がいいです。ルリ先生も控えたほうがいいんじゃないですか」


「……このガキ、正論を」

「今の発言は聞かなかったことにしますね。教育上よろしくないので」


 俺もルリ先生も、考え事をしているとコーヒーを飲みたくなる傾向がある。ひらたく言えばカフェイン中毒ってやつで、身体によくないのは確かだ。


 渋々買ってきてくれた水を受け取り、蓋を開く。


「ごちそうさまです」

「出世したら、いつか必ず返させる……ふふっ、回らない寿司の準備をしておきなさい」


「回らない寿司……っ!?」

「残念だったわね阿月っち。あんたが社会に出て最初に孝行するのは親でも恋人でもなく、アタシなのよ」


「嫌すぎる!」


 お世話になってはいるけど、思いっきり要求されると抵抗したくなる。


 くっくっくと不気味に笑いながら、ルリ先生はタバコを取り出す。今日もライターは持っていない。

 指の先でタバコが回る。それが切り出しの合図だった。


「で、なんか進展はあったの?」

「どうなんですかね。難しいところです」


「はぐらかしたら評定を二段階下げる」

「怖い怖い怖い!」


 権力者の横暴じゃん。


 ああくそ、冗談がきつすぎる……いや。違うのか?

 表情こそいつものダラッとした感じだが、目が笑っていない。怒ってもいないけれど、真剣だ。


「えっと、あの、けっこうヤバい感じになってますか?」

「生徒のバイトを見逃して、ヤバくないわけがないでしょ。首飛ぶわよ首」


「ですよねぇ」


 わりとリアルな問題で、引きつった笑みになってしまう。笑っている場合でもない。


 俺や氷雨は子供扱いだから、きっと許してもらえる。だけど、ルリ先生は違う。大人だから間違えてはいけない。

 そのリスクを背負って、加担してくれているのだ。


「さっさとなんとかしなさい。なんとかならないなら、早めに言いなさい。最終手段を使うから」

「最終手段?」


「三者面談。この世の終わりに使う、教員のユニークスキルよ」

「それは……使わせるわけにはいかないですね」


「でしょ?」

「はい」


 じわりと汗が滲むのは、暑さのせいだけではなかった。

 強硬手段を使えば、表面上の問題は解決するだろう。けれど、氷雨は二度と心を開いてくれなくなる。根っこに深く残った問題は、いつか彼女自身を消してしまう。


 悠長にしている時間は無い。一方で、強引に事を運ぶこともできない。


「あとどのくらい、猶予はありますか?」

「2週間あげる」


「わかりました」


 その期間が意味するところは、一つだった。


「夏休みまでに決着をつけます。なので先生、力を貸してください」


 真っ当な手段だけで足りないのなら、裏技だって使うしかない。

 理想の裏側はきっとつぎはぎで、それを縫うのが悪人の仕事だ。







 俺の放課後、いっつも誰かと会ってるな。

 帰宅部なのに贅沢なことだと思う。面倒事はあれど、総じて見れば悪くない。


 非常階段の踊り場で待つ。


 俺は裏切り者だ。最初からずっと、裏切り続けている。嘘を吐いていなくても、氷雨を騙していることになるのだろう。


 だから、本当に。

 氷雨小雪は俺のことをよく理解してる。


 俺は嘘を吐く。必要とあらば、誰に対してでも。

 ただ、傷つけようとは思っていない。そこには確固たる基準があって、自分の中では納得している。


 どれだけ理屈を並べても、嘘は嘘だけど。


 上履きの音がして、目的の人物の声がする。


「やっほ阿月。ごめんね遅くなって」

「いいよ。気にしないで」


 振り返ると、ショートカットの女子生徒が立っている。


 名取なとりみのり。


 カフェで会ったときはポニーテールだったが、あれ以降にばっさり切ったらしい。短いほうが似合っていると思う。

 ちゃんと話すのは初めてだ。


「で、話ってなに? ウチ相手に告白はないでしょ」

「もちろん。氷雨の件だ」


 空気がひりつく。まだこの話題を取り出すには、彼女の傷は新しすぎる。


 けれど。

 話をしなければと思った。口封じの意味も確かにある。だけどそれだけじゃない。

 それだけなら、こんな回りくどいやり方はしない。


「みのりんさん。俺は君のことを裏切った。だけどそのことを、許してほしいんだ」

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