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1話 どうやら噂は本当だったらしい

「四組の氷雨ひさめ小雪こゆきは知ってるよな、テツ」


 唐突に切り出してきたのは、前の席に座った佐藤さとう一輝かずき


 氷雨小雪なら知っている。というか、この学校で彼女の名前を知らない人などいないだろう。

 長い漆色の髪の毛に、すらりと伸びた手足。綺麗にくびれた腰回りに、制服のブラウスを押し上げる胸。人形のように綺麗な顔のパーツ。

 テレビの向こうから出てきたような、圧倒的美人。


 彼女の外見に心を奪われない男はいないとまで言われた女子生徒。

 確か、こんな呼び名があったはずだ。


「【氷雪の女王】だっけ」

「そ。誰にも笑顔を見せない、近づけない、男嫌いで有名な氷雨」


「それがどうした?」

「いや、『どうした?』じゃなくて。お前、あいつとなんかあったのか?」


「……?」


 読みかけの本から顔を上げる。

 一輝が言っていることはよくわからなかった。そもそも、俺と氷雨の関係をこいつが知っているはずないのだが。


 というか、関係というほどのものですらないし。

 偶然が重なって、ほんの少しお節介をしただけの相手。

 だから本当になにもない。なのにどういうわけか、真剣な顔で一輝は口にする。


「実はお前ら、付き合ってるとか」

「どういう経緯でそんな話がでてきたんだよ。俺に浮いた話がないことは知ってるだろ」


「そうか?」

「そうなんだよ」


 なにが気に入らないのか、腕組みして口を尖らせている。


「テツってわりと女子と仲良いような気もするけど……」

「どうして俺と氷雨のことなんか気にするんだ?」


「いや、氷雨ってモテるじゃん。だからテツもこっそり、みたいな」

「だったら、そういうお前はどうなんだよ」


 佐藤一輝。サッカー部の次期主将候補にして、文武両道を体現する男。それでいてフットワークは軽く、かといってちゃらさはなく、顔もいい。

 この学校で最も有名な佐藤にして、最もイケメンな男子生徒である。


 俺よりもむしろこいつのほうが、よっぽど氷雨と噂を立てられそうなものだが。


「こっちのことは置いといてだ。最近らしいんだけどな――」

 

 ――どうやら氷雨は告白してきた男子に対して断るとき、『阿月くん』とかいう名前を使っているらしい。


 阿月。

 阿月哲。

 アヅキテツ。

 つまり、俺のことだ。

 …………え、俺のことじゃん。





 放課後。担任から頼まれた雑用をこなして、他の人よりも遅く帰路につく。

 この時間帯の校内が一番静かだ。部活は始まったばかりで、帰宅部ならとっくに帰っている。


 だからこそ、だろうか。


「氷雨さん! 俺と付き合ってください!」

「嫌」


 静まりかえった階段の踊り場。

 手を差し出して頭を下げる男子生徒と、蔑んだ目を向ける氷雨小雪。


 バレちゃまずいと思って、咄嗟に引き返す。

 マジか。マジで告白されてんじゃん。っていうか秒で断ってるし。すごいな。さすが【氷雪の女王】の名はだてじゃない。


「じゃ、じゃあ友達に」

「嫌」


 男子生徒も負けちゃいない。

 最初に極端な条件を見せてから、次に本命の小さな条件を提示する。人間の断ることへの罪悪感などを利用した心理テクニック。

 しかし、それすらも通さない氷雨の冷酷なNO。誰もいない階段に、冷え切った声が反響する。


「はぁ……。友達でいいなら他の友達で満足して。私、あなたみたいな気色の悪い人と関わるのはごめんなの」


 めちゃめちゃ言うじゃん。


「なっ――」

「早く消えて。それとも通報されたいの?」


 言葉の暴力が止まらねえよ。心の傷害罪だよ氷雨さん。

 さすがに苛立ったのか、男子生徒が声を荒げる。


「なんで阿月なんかがいいんだよ! 俺のほうが絶対マシだろ!」

「は?」


 一段と冷えた氷雨の声がした。


「ねえ、あなたって自分の価値観を人に押しつけるタイプでしょ? 特につまらなかったとか、マズいとか、そういうネガティブな共感を求めてきそう。自分が周りの空気を冷やしているのにも気がつかないで、よくのうのうと生きてこられたわね。恥知らず――っ、なによ。どういうつもり……!」


 嫌な予感がして、飛び出した。やっぱりだ。

 男子生徒は手を振り上げていた。


 腹の底から振り絞って、大声で怒鳴る。


「おい!」


 氷雨はそれを、相変わらず冷えた目で見つめて。けれど確かに彼女の足は小さく震えている。

 振り返った男子は俺に気がつくと、怯えた目をした。自分がなにをしようとしたのか。そしてそれを、他人に見られてしまったこと。


「帰れ。頭、冷やしたほうがいい」


 睨みつけると、男子は慌ててその場から逃げ出した。

 残った氷雨は、驚いた表情で俺のことを見上げてくる。あまりに整った表情で、反省の色はちっともない。


 そのすがすがしさに、ため息がこぼれる。


「で、お前はなに挑発してるんだよ」


 階段を降りて、同じ踊り場に立つ。それでも俺のほうが目線は高い。

 スタイルがよくても、氷雨は女の子だ。華奢で脆く、きっと簡単に壊れてしまう。


 体の前で腕を組んで、彼女はそっぽを向く。気まずさはあるらしかった。


「いたのね」

「たまたまな」


「人のプライベートを覗いて、楽しかった?」

「あれはお前のプライベートじゃない。さっきの男子のだ」


「そうね」


 屁理屈を指摘すると、むっと唇を突き出す。ガキか。


「私、イライラしてるわ」

「なんでだよ」


「阿月くんのこと、バカにされたから」

「つーかなんで、俺の名前が出てくるんだよ。おかしいだろ」


「…………確かに」

「ん?」


「どうして私、阿月くんの名前を出したのかしら」


 心底不思議そうに、氷雨は俺を見てくる。

 いや、そんな顔されても知らんがな。


「具体的にどうやって断ったんだ?」

「……『阿月くんを見習ってほしいわ』、とは言ったことがあるわね」


「ほんとにどういうことだよ!?」

「なんでかしらね。でも、理由を説明しろって言われると……阿月くんのことが浮かんだのよ」


「…………」


 視線を下に向けた氷雨は、頬をほんのり赤く染めている。

 え、あの、それって。

 もしかしてなんだけど。自意識過剰かもしれないんだけどさ。


「もしかして、俺のこと好きなのか?」

「は? べ、別に、そんなことないんだけど。勝手に決めないでくれる?」


「ごめんなさい」


 物凄く怖い顔をされてしまった。咄嗟に謝ってしまうくらいには。

 氷雨さん怖いって。あまりに整った顔は、一周回って威圧感がある。


「怒ってないわよ。別に。……勝手に名前を使ったのはごめんなさい。阿月くんに迷惑をかけるつもりはなかったの」

「お、おう」


「用事があるから、もう帰るわね。さよなら」

「気をつけろよ」


 ひらひらと手を振って、漆色の髪の毛が去って行く。

 まったく。女心ってのは難しい。

なにがあったのかは2話で!

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