うさぎの花と幸せのクッキー
ふわふわのシッポにちょこんと長い耳。自慢の毛色はまっしろけ。大好きなものはクローバーとタンポポの綿毛さん。うさぎのミミコは青い空を見上げて鼻をくすぐる香りにくしゃみをしました。
いい匂い。
そして、もう一つくしゃみをします。ミミコの周りには白いタンポポ畑が広がっています。
これはタンポポの匂いかしら?
「ねぇ、ミミスケさん。この匂いは何だと思う?」
ミミコの横でうつらうつらお昼寝をしていたミミスケは目をしょぼしょぼさせてミミコに鼻をくっつけます。
「うーん。これはミミコの匂い」
ヒクヒクお鼻を動かして、ミミスケはやっぱり寝ぼけて応えます。
「違うよ。ミミスケさん。ほら、この鼻をくすぐるいい匂いは何だと思う?」
「えっと……」
目をつぶったまま鼻をヒクヒクさせているミミスケを見て、ミミコはとうとう呆れてしまい、トン、と後ろ足を地面にたたきつけます。
「え、何か来たの?」
はっと目を覚ましてミミスケはミミコの顔をのぞき込み、周りをキョロキョロ見回します。もちろん、何にもいるわけがありません。ゆったり雲を追いかける大きなオオカミなんているはずもありません。
「もう、いいわよ」
ミミコはミミスケを放って置いて、ぴょんと駆け出しました。飛び出した先は青い空でした。
ここは青い空町原っぱ一丁目。雲の動物たちの住む場所です。ミミコが降り立った一個目の場所はわた雲さん。二個目はすじ雲さんで、さいごはうろこ雲さん。
匂いはずっと向こうから。
そこは雲の上とちがって、固いアスファルトの黒い道でした。匂いの元はこの辺りでした。ミミコは同じように鼻を突き出して、空をくんくん匂わせます。
あぁ、やっぱりいい匂い。くんくんくん。いったい何の匂いかしら。
ミミコは匂いにつられてぴょんぴょん跳びはねていきます。
タンポポでもないし、クローバーでもない。スミレの花でもハルジオンでもない。
なんだか甘い匂いです。なんだかおいしい匂いです。きっとミミコの食べたことのないおいしい食べ物に違いありません。アスファルトの道はちょっぴり足に熱いのですが、匂いはずっと向こうから。
小さな川を渡ります。水の音が跳ねたので、覗いてみるとメダカたちがミミコを不思議そうに見ています。
「せんせー。あれはだれ?」
チャポンと音を立てた小さなメダカが尋ねます。でも、ミミコにはいったい誰が先生なのか分かりません。それでも、メダカたちはおしゃべりを続けます。
「ふわふわだね」
「うん」
「あたしたちのベットの藻みたい」
藻、だなんて、失礼な。ミミコの毛はまっしろけ。あんなに緑くさいものと一緒にされては困ります。まったく、先生とやらはどうしてそれを訂正しないのでしょう。
「ちょっと、おちびちゃん」
訂正しようとしたその後から、すぐにメダカがしゃべります。
「わ、しゃべった」
「せんせー、あれ、しゃべったよ」
「へんなの」
「へんなの」
一向に終わりそうにないおしゃべりに呆れて、ミミコはふいと横を向き、本来の目的に向かうことにしました。
きっと、先生なんていないのね。
ミミコはそんな風に考えてぴょこんと跳びはねました。
匂いはずっと向こうから。
黒い道を歩いて行くと、小さな黒いありさんが列を作って何かの食べものを運んでいます。小さな小さなそのかけらはクリーム色をしていて、ちょっぴりあの匂いに似ています。
「ねぇ、ありんこさん」
ありさんはミミコの声に耳を貸そうとせずに、もくもくと歩いて行きます。
「ねぇ、ありさんってば」
少し大きな声で呼びかけてみても、チラリと顔を向けるだけで全く応えてくれようとしませんでした。
「なんて不親切なありさんなんでしょう」
ミミコはありさんを見送りながら、残念な気持ちでいっぱいになりました。
空の匂いを嗅いでみます。
匂いはどうやらあのクリーム色の建物の方から。
大きな建物の大きな木からふたたび誰かがミミコに声をかけました。
「やぁ、空うさぎとは珍しい」
「あら、キジバトさん」
「いったいぜんたい、こんなところまでどうしたんだい?」
クルル、ポッポ~という声とともに、ミミコの耳に言葉が届きます。
「あのね、とってもいい匂いがするの」
「あ、あぁ、あの匂いかい?」
「そうそう、あの匂い」
ミミコの耳は嬉しくなってぴこんと空に向かいます。
「あれはいったい何なの?」
「あれは、人間の食べものの匂いだよ、空うさぎさん。そうだね、多分あの辺り」
キジバトさんがくちばしを向けた場所は大きなクリーム色の建物の三階辺り。
「ありがとう、キジバトさん」
ミミコはぴょこんと跳びはねてお礼を言って、ウキウキ走って行きました。
建物の真下でもう一度匂いを確かめます。
あぁ、いい匂い。甘くてほっぺがとろけそうで。もう我慢できません。ミミコはぴょーんとジャンプします。
たどり着いた場所は洗濯物がいっぱい干してあるベランダでした。
大きな白いお花もようのシーツと白いシャツ、タオルが風に揺れていて、その足下には何も植えられていないプランターがあります。それから小さい靴下と中くらいの靴下。大きな黒い靴下と桃色の靴下が干してあります。ミミコが着地した時にレースのカーテンがふわりと膨らみ、しぼんでいきます。ちらりと見えた部屋の中には小さい方の靴下の持ち主だろう女の子が二人、桃色の靴下の持ち主だろうお母さんが黒い鉄板を大きな手袋で持っているのが見えました。
「あ、ひとちゃん、熱いから。あっち行ってて」
「ひとちゃん、もう少しで出来るから待っててね」
ひとちゃんと呼ばれた一番小さな人間が、しょうがなく椅子から降りてベランダのある部屋へとつまらなそうに歩いてきました。でも、ミミコと目が合ったひとちゃんの瞳が大きく見開かれます。
「うたぎさんっ」
ベランダの窓までやってきたひとちゃんがにっこり笑っていました。ミミコはちょっとびっくりしてじっとしてしまいましたが、ひとちゃんが続けます。
「うたぎさんも、クッキーいる?」
そっと網戸を開けたひとちゃんに、ミミコは怖かったのも忘れて思わず頷きました。
「まっててね」
その言い方はさっきのお母さんとそっくりです。ミミコがもう一度頷くのを確かめて、ひとちゃんがパタパタ走って行きました。
ひとちゃんがお姉ちゃんとお母さんに見つからないようお皿に入れられたクッキーにそっと手を伸ばしています。
「あ、ひとちゃん」
お姉ちゃんに見つかってしまいました。ミミコも気が気じゃありません。
「おかぁさん、ひとちゃん持って行っちゃった」
お姉ちゃんがお母さんに告げ口しましたが、お母さんは「仕方ないわね」と言って「熱いから気をつけてね」とひとちゃんの背中に向かって付け足しました。
「まったく、仕方ないわね」
「ひとちゃん、ちっちゃいし」
そんな言葉も続きます。でも、ひとちゃんは気にしません。無事にお使いを果たして得意そうな表情でミミコに言いました。
「あちゅいから、きをちゅけてね」
小さな手に乗せられていたのは、うさぎの形のクッキーでした。ミミコはこくんと頷いて、それをくわえて空へと飛び跳ねました。
甘い甘いクッキーです。ミミコは嬉しくて仕方なく、ミミスケのもとに飛びつきました。
「ミミスケさん、見てみて。クッキーだって」
飛びつかれてミミスケは驚いてしまいましたが、慌てて「さっきはごめん」とふわふわのタンポポを差し出しました。ミミコは首を傾げながら「いいよ」と言ってそれを受け取ります。
でも、受け取ったその拍子にふわふわの綿毛が風に飛ばされてしまいました。
「あ、あああ」
慌てるミミスケにミミコがまた「いいよー」と綿毛を見つめ、「あ、そうだ」と言いました。
「タンポポのわたげさん、あの子のお家にとんでいけ~」
なんだか楽しそうなミミコにミミスケも言葉を合わせます。
「たくさんたくさんとんでいけ~」
そして、ミミコはクッキーを半分ミミスケにあげるとパクリとその味を楽しみました。
口いっぱいに広がった甘い味。ミミコとミミスケは幸せいっぱいでお昼寝を再開するのです。
*****
次の日の朝、洗濯物を干すお母さんと一緒にベランダに出たひとちゃんはその足下にしゃがみ込んで「かあちゃ」と呟きました。ひとちゃんの見つめる先にはプランターがあります。
「あら、いつの間に」
ひとちゃんの呟きに気づいたお母さんは不思議そうにひとちゃんの隣にしゃがみ込みました。
「白いタンポポなんてめずらしいわね」
それはミミコと同じまっしろけなタンポポでした。
「うたぎさんっ」
とつぜん立ち上がったひとちゃんは嬉しそうにお勉強中のお姉ちゃんに叫びました。
「ねえちゃ、うたぎさんっ」
顔を上げたお姉ちゃんが「うさぎさん?」と首を傾げてひとちゃんを見つめていました。
今日もいいお天気です。空を見上げればいい匂いに誘われて青い空に跳び出したうさぎ雲が見えるかもしれません。
白いタンポポの花言葉は「私を探して。見つけて。そして見つめて」らしいです。