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踊る死者と夢見る黄金  作者: 堤明文
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第一話「無情な死と偽りの再生」





 雨が降っていた。

 雨期の訪れを告げる、矢衾のような豪雨だ。それが地表に降り注ぎ、谷底の渓流を倍以上の太さに変えていた。

 渓流を挟む急峻な崖の片側には、細い道が築かれている。その途上に、数人が雨宿り出来るほどの横穴があった。

 今その中で、焚火が赤々と燃えている。

 岩壁に背を預け、身を寄せ合いながら暖をとっているのは、小柄な女と幼い男児。二人きりで旅をしている親子だった。

 女は若い。まだ二十代の半ばにさしかかったばかりだ。彼女は質素な木綿の服の上に、房飾りの付いた外衣を羽織っている。その細い体によりかかる形で、もうじき五つになる息子が座っていた。

 女は息子とともに毛布にくるまりながら、陰鬱な顔で外を見やる。朝方から降り始めた雨は、未だ止む気配を見せていない。

 急ぐ旅をしている彼女にとっては、好ましくない状況であった。一刻も早く、一歩でも先に進みたいのに、この雨ではそうすることが出来ない。早く止んでくれと祈りながら、この洞穴でじっとしているしかないのだ。

 いや――止んだところで、すぐに出発出来るだろうか。幼い息子の足は、長旅の疲れでもう限界だ。これ以上無理をさせたら倒れてしまいかねない。そして自分には、息子を背負ったまま歩くような体力は無い。

 そんな不安に駆られていると、それまで黙っていた息子が顔を上げた。

「……おかあさん」

 幼いなりに状況を理解しているのだろうか。母親によく似たその顔に、不安そうな陰が見て取れる。

「なあに?」

「あめ、やまないね」

「……そうね」

「あしたは、やむ?」

「分からないわ……止まなかったら、もう一日ここで足止めね……」

 力なく呟いてから、女はかぶりを振った。こんな弱気でどうする、と自らを叱咤する。

「もう寝なさい。明日は、一日中歩くかもしれないからね」

「うん……おやすみなさい、おかあさん」

「ええ……おやすみ、マルティン」

 優しく微笑んで、我が子の頭をそっと撫でる。かけがえのない宝物を、そのか細い手で包み込むように。

 けれども彼女の笑顔が続いたのは、我が子を寝かしつけるまでだった。

 安らかな寝顔から洩れる息遣いを聞きながら、彼女は静かに、自己の裡に埋没する。

 どうして、こんなことになったのだろう。

 頭の中を占めているのは、そんな思いだ。

 ある男を愛した。その男の力になりたいと思って、自分に出来る限りのことをしてきた。遠い異国の言葉を学んで、長い遠征に従軍して、現地人との交渉役を務めて、子供を産んで、懸命に育て、そして――

 気付いたら、逃亡者になっていた。

 もう頼れる人はいない。祖国の人々も、遠い異国の人々も、自分は敵に回してしまった。気を許せる相手は、まだ幼い息子だけ。その息子の手を引いて、これから未開の地に踏み入っていかねばならない。

 白い悪魔共の手から、逃れるために。

「神よ……大いなる……戦と、狩りと、太陽の神よ……」

 炎を見つめて、祈る。

 白い肌の異人達が、彼らの神に祈るように――彼女もまた、祖国の神に祈る。

「私は、罪を犯しました」

 絞り出した懺悔の言葉は、ひどく震えていた。

「多くの人を死なせました。多くの命を、この手で奪いました。国を……私を育んでくれた、この大地を……裏切りました」

 怨嗟の叫びを上げ、死んでいく人々。

 燃えて、崩れて、灰になっていく家々。

 そんな光景が、今も瞼に焼き付いている。きっと生涯消えはしない。

「罪深い私は、これからどうなろうと構いません。どんな報いでも受けます……ですが、どうか……この子は、マルティンだけは……お救い下さい」

 神などいないと知っている。奇跡など起きないと知っている。

 それでも、母は祈る。愛しい我が子の幸福を願って。

「どうか……」

 その時、雨水を蹴立てる音が聞こえた。驚いて顔を上げた彼女の目に、鎖帷子を着込んだ男達の姿が映る。

 見覚えのある男達だ。

 白い肌をした異国の軍勢。

 鉄の刃と火を吐く筒でこの地を蹂躙し尽くした、残虐なる征服者達。

「おやおや……長旅になるかもしれんと覚悟していたのだが、もう追いついてしまったか」

 そう言って、一人の男が愉快げに笑いながら進み出た。

「しかしまあ、それも仕方のないことかな。幼子を連れてこの険しい道を行くのは大変だっただろう? マリーナ」

 顎髭をたくわえ、髪を短く刈り込んだ男。兵卒とは違う、金と宝石で豪者に彩られた甲冑を着込んだ壮年の将官。

その男こそが征服者達の首魁であることを、マリーナと呼ばれた女は知っていた。

 その忌まわしき名を、知っていた。

「エルナン……!」

 名を呼ばれ、男は愉快げな笑みをさらに深めた。

「いやはやまったく、困ったことをしてくれたものだ……いや気持ちは分かるよ。実によく分かるとも。あのまま僕と一緒にいれば我が子が危険に晒されると思って、我々の目の届かないところに行こうと思ったのだろう? 実に君らしい行動だ。息子のためにそこまでする君は、母の鑑と言うべき存在だね」

 爬虫類じみた大きな目が、親子を舐めるように睨む。

「だがね、はっきり言って迷惑だったのだよ。これから征服活動の総仕上げをしようというのに、君ら親子がいなくてはどうにもならない。特にその子……マルティンは必要不可欠だ。代わりなど見繕いようがない」

「だから……この子をあなたに引き渡せっていうの?」

「そうとも。是が非でも引き渡してもらいたい」

 マリーナの息子、マルティンは既に眠りから覚めていた。今は不安そうに母の袖を掴みながら、洞穴の入口に並ぶ男達を見上げている。

 そんな我が子を守るために、マリーナは声を張り上げた。

「嫌よ! あなたに……あなたみたいな人に、この子は渡さない! この子を邪悪な儀式の生贄になんて、絶対にさせない!」

「やれやれ……マリーナ、いい子だからあまり我儘を言わないでくれ。僕は君と喧嘩したくはないんだ。これからも仲良くやっていきたいと思っている」

白々しい台詞を並べながら、男が前へと踏み出す。

「来ないで!」

 マリーナは、右の掌を突き出した。

 その意味が分からない者は、この場に一人としていない。

「今すぐ、ここを立ち去って……でないと、撃つわよ」

「ほう……」

 男の笑みが、より嗜虐的なものに変わった。

「撃てるのかね? 君に、僕が」

「撃つわ……それ以上近付くなら、撃つ」

 言葉とは裏腹に、マリーナの手は小刻みに震えている。呼吸も、悲惨なほど乱れきっていた。

「そうか。なら撃つがいい」

 男が両腕を大きく広げる。その行為には、後ろで見守っていた彼の部下達までもが唖然となった。

「君を奴隷の境遇から救った僕を」

 言葉が、脳に染み込んでくる。

「これまで死なせてきた、この国の連中と同じように」

 悪意しかない視線が、心臓に突き刺さる。

「その手で、殺してみせるがいい」

 心が、音を立てて罅割れた。

 折れそうになる膝を支えながら、マリーナは必死に言葉を紡ぐ。

「やめて……もう、やめてよ……エルナン」

 その瞳から、涙が零れた。

「もう、手に入ったでしょう……? あなたの欲しかったものは、全部……土地も、宮殿も、財宝も……この国の人達から、奪っていったでしょう……?」

 彼女の愛した男は、人の皮を被った悪魔だった。

 彼が率いる軍勢は欲望の赴くままに掠奪と蛮行を繰り返し、それまで繁栄の極みにあった国を滅亡へと追いやった。

 それがどれほどの悪業だったのか、マリーナは痛いほど知っている。

 彼女も、悪魔の軍勢の一員だったのだから。

「なのに、まだ……奪い足りないっていうの……?」

 ずぶり、と何かが胸を突き通す。

 それは、刃。男がいつの間にか抜いていた、両刃の短剣だった。

「あ……」

 口から、洪水のように血が零れる。膝から力が抜けていく。前のめりに倒れながら、マリーナはエルナンという男の狂った言葉を聞いた。

「ああ足りないさ……まだまだ全然足りないんだよ、マリーナ。僕はまだ、黄金を手に入れていない」

 欲深い征服者の目は、倒れ伏した女から、幼い男児へと移る。

「だから必要なんだよ、その子が……僕と君との、愛の結晶が」

 大人達の事情など、幼いマルティンはほとんど理解していない。

 彼はただ、叫んでいた。

 父が母を刺し殺す瞬間を目にして、悲痛な叫びを上げていた。

「おかあさん……おかあさん……!」

 呼びかけられても、マリーナは起き上がれない。我が子に触れることも、笑いかけることも出来ない。

 男の一刺しは、彼女の心臓を貫いていた。どうすることも出来ないほどの致命傷だった。

 それでも彼女は力を振り絞り、我が子の名を呼んだ。

「マ……マル……ティン……」

 視界がぼやけ、黒く塗り潰されていく。彼女の世界から光と音が消えていく。

 最期の瞬間、耳に届いた声。

 それは愛しい子供の泣き声ではなく、悪魔のような男が吐き出す皮肉だった。

「残念だが、君とはここでお別れだ。君がもっと卑しくて俗っぽい女だったなら、僕らはいつまでも恋人同士でいられたのにね」

 薄暗い洞穴の中。血の海に沈む女を見下ろし、悪魔は嗤う。

 嘲りと恍惚を、醜い顔に滲ませて。

「さようなら。愛しい、僕のマリーナ」

 西暦一五二七年。

 一人の女が、非業の死を遂げた。





 夕焼けの空から降り注ぐ光が、農地の乾いた土を淡い橙色に染めていた。

 昼の蒸し暑さが過ぎ去り、吹き抜ける風に涼しさが含まれてきた時刻。小高い山の中腹にある小さな畑で、二人の男が野良仕事に勤しんでいた。

 一人は二十歳前後の青年。もう一人は十代前半の少年だ。同じ色の作業着を着た彼らは、スコップを使って地面に平行線を描いていた。

 じゃがいもを植えるための溝を掘っているのだ。

「しかし、何だな……飽食の時代っつーだけあって、今の世の中は食うもん豊富だよなー」

 額に浮かんだ汗を拭いながら、青年はふと思ったことを口にした。

 彼はこの土地の人間ではない。白い肌と青い目をしたコーカソイドだ。やや癖のある黒髪を長く伸ばし、後頭部で一括りに結わえている。

 線の細い中性的な顔をしているが、スコップを握る両腕はそれなりに太い。スポーツ選手のように鍛え抜かれた体の持ち主だった。

 彼はその容貌に似つかわしくないほど流暢な日本語で、隣で作業をしている少年に語りかける。

「ちょっと店に行けば肉も魚も新鮮なのが山ほどあるし、よその国から運ばれてくるへんてこな果物もある。調味料だって何種類もありやがるし、主食なんて米、パン、麺の三種類ときた。正直ありえねーってくらい贅沢な暮らししてるよな、今の奴らは」

 年寄りじみた物言いをしてから、青年は故郷の食事を思い出した。ろくなものを食べた記憶が無いせいで、自然としかめ面になってしまう。

「俺の故郷なんて酷かったぜ。庶民の料理っていったら野菜とかを適当に煮込んだやつしかなくってさ、年がら年中そればっか食ってんだな……あとはパンとチーズと果物と、たまーに塩漬けの魚を食うくらいか……パンっていっても今のやつと違って石みたいに固くってさ、汁にでも漬けなきゃ食えたもんじゃねえんだな、これが……あとは肉だよ、肉。祝い事の時は肉も食うんだけどさ、血抜きもろくにしてねえから死ぬほど生臭いんだよ。マジで」

 今こうして振り返ってみれば、ひどいものばかり食べていたと思う。

 不味い上に栄養も乏しく、衛生という概念など欠片も存在していなかった。今の若い連中があれらと同じものを食べたら、餓死寸前でもない限り完食出来ないと断言出来る。

 本当に、豊かで幸せな時代になったものだ――と、青年はしみじみ思うのだった。

「おまけに断食なんていう訳わかんねえ貫習までありやがったし……神様信じることと食い物断つことに何の関係があんだよ? いや俺は食ってたけどね、人目を盗んで」

 愚痴と一緒に自分の不信心さを暴露した後、彼は隣にいる少年に視線を向けた。

「お前んとこはどうだった? お前の国の奴らって普段何食ってたの?」

 問いかけられた少年もまた、この土地の人間ではなかった。長髪の青年とは対照的な色素の濃い肌の持ち主である。

 彼は地面にスコップを突き刺しながら、吐き捨てるように言った。

「いちいち無駄口の多い野郎だ……黙って仕事できねえのか?」

 まだ変声期を迎えていない、少女のような声音。

 その声と同じく、容貌も幼い。身長は青年の胸のあたりまでしかなく、体つきにも年相応の幼さが残っている。

 しかし眼差しは鋭く、表情も険しい。その口から出る言葉は、常に毒と棘を含んでいる。この少年のそういう部分を、長髪の青年は苦手としていた。

「はいはい、そりゃ悪うございましたね……黙りゃいいんだろ黙りゃ……」

 面白くなさそうに溜息をついて、青年はスコップを地面に突き刺す。

 食い物の話をしたのは、会話のきっかけを作るためだった。

正直なところ、彼はこの褐色の少年が嫌いであり、自分もこの少年に嫌われていることを知っている。しかしそれでも、一応は同じ集団に属している仲間であり、同じ屋根の下で暮らしている間柄だ。いつまでも険悪な関係のままでいては息苦しいことこの上ない。ここは一つ、自分の方から歩み寄ってみる必要があるだろう。

そう思い、適当な話を振ってみたのだが――そんな心配りは全く伝わらなかったようだ。

本当に可愛くないガキだなと思い、自然と口から溜息が洩れた。

「……ん」

 土を掘りながら気を取り直そうとしていた彼は、ふとあることに気付いて手を止めた。スコップを持ち上げ、その柄と先端をまじまじと見つめる。

「待てよ……さっきから繰り返している、この動き……」

 脳裏で火花が散った。それまで暇を持て余していた脳細胞達が、まるで一斉蜂起したかのように活性化していく。

「先端の刃に足を乗せて、土を掘る……当然だ。体重をかけた方が深く突き刺さるし体力も使わない。理に適っている。だが……いかんせん時間がかかりすぎる。体勢も不安定だ。この欠点を克服し、実戦で通用する技に変えるには……軸足の膝を抜く動作を加え、そこから生じる回転運動で上体を加速させ、さらに……いや、違うな。利用すべきは足首の弾性だ」

 ぶつぶつ、ぶつぶつと、余人には理解し難いことを呟き続ける白人男性。傍から見ると不審極まりない図なのだが、本人はそれに気付いていない。

「……そうすることで通常は二動作だったものが一動作に短縮され、貫通力も大幅に上昇する。そして重心の移動が無理なく完了するため、足腰にかかる負担がぶべっ!」

 彼の思索を強制終了させたのは、後頭部に叩き込まれた一撃だった。

 褐色の少年に、スコップの刃で殴打されたのだ。

「アホやってねえで仕事しろ。もうじき日が暮れんだからよ」

 頭を抱えて悶絶する青年を見下ろし、少年は冷たく言い放つ。青年は立ち上がり、怒りを露わにした顔で少年に詰め寄った。

「ってえな! 仕事ならやってんじゃねえか、アホ!」

「やってなかっただろうが、今」

 鋭く指摘され、青年は一瞬口ごもる。しかしすぐに開き直って、弁明の言葉を並べた。

「これは……あれだ! この農具見てたらふと新しい技の着想が湧いちまったんだよ! 何てーか……その、ほら、剣士の性ってやつだ!」

「んなもんは知らねえしどうでもいい。俺がお前に言いてえのは、下らねえこと考えてる暇があったら手ぇ動かせってことだけだ」

 少年の言葉は、どこまでも冷たく刺々しい。ついに我慢の限界を迎えた青年は、その額に血管を浮かべた。

「本当に嫌な野郎だな、てめえは……俺に何か恨みでもあんのか? 俺がお前に何したっつーんだよ、おい」

「聞こえなかったか? 手ぇ動かせっつってんだよ」

 両者の間の空気が、どんどん険悪になっていく。

 口論が口論でなくなるまでに、そう時間はかからなかった。

「もう我慢ならねえ! 表出ろてめえ!」

「もう出てんよ、馬鹿」

 そうして、果てしなく不毛な争いが始まりかけた時――

「ほらほら、駄目ですよ、喧嘩しちゃ」

横から割り込んできた穏やかな声が、二人の気勢を削いだ。

「外で喧嘩してたらお巡りさんが飛んできちゃう時代ですからね。やるなら人気の無い森の中とかでやって下さい。じゃがいも植えてから」

 二人を制止したのは、まだ若い女だった。

 やや糸目気味なものの整った作りの顔をしていて、左の目元に小さな黒子がある。髪は肩に届く程度の長さで切り揃えていた。

 服装は白い夏物のチュニックの上に無地のエプロンという、主婦然としたもの。しかしその容貌は、主婦というには些か若い。

 その姿を見て、青年は気まずそうな顔をする。

「いや俺は別に、そういうつもりじゃないんだけど……こいつが……」

「五歳児みたいな言い訳しないで下さいね、ヨハンさん。私は保母さんじゃありませんよ」

「ぬぐっ……」

 ぴしゃりと言われ、青年は口ごもる。少年の方はといえば、何事もなかったかのように作業を再開していた。

「で……何かあったのかよ? まだ飯の時間ってわけでもねえだろ」

 土を掘り返しながら、少年が問う。

 糸目の女は、澄ました顔で簡潔に答えた。

「つい先程、降霊の儀式が済みました」

 青年が目を見張る。少年が眉間に皺を寄せる。二人は真剣な面持ちで、淡々と語る糸目の女を凝視した。

「四人目の方が、もうじきお目覚めになります。きっと混乱されるでしょうから、色々と説明してあげて下さい」

「わかった……すぐに行く」

 少年は作業を中断し、女とともにその場を後にする。青年はその場に立ったまま、畑の隣に建つ白い教会を見上げた。

「四人目、か……」

 その表情はどこか冴えない。

 まだ見ぬ新たな仲間に、彼は同情を抱かずにいられなかった。

「……可哀想に」





ここはどこなのだろう。

 自分はいつから、ここにいるのだろう。

 砂粒ほどの明かりもない闇の中で、彼女はそんな自問を繰り返していた。

 そこには何も無い。光も、音も、風も、踏み締める足場さえも無い。故に彼女の体は、何一つ無い暗闇の中で、延々と落下し続けていた。

 いや――体は、あるのだろうか。

 さっきから手足の感覚が無い。呼吸をしている感覚も無い。暑さも寒さも感じないし、心臓の鼓動も感じない。肉体を構成する部品が、一つ残らずどこかへ消えてしまったような感覚だ。何も見えないのも、眼球そのものがなくなっているからかもしれない。

 けれど、分かる。感じる。自分が、とてつもなく深い穴の底に向かって落下し続けていることを。

 気が付いた時は、もうここにいた。それから、もう長いこと落ち続けている。いつまでこの状態が続くのかと、不安になってしまうくらいに。

 本当に、ここはどこなのか。

 自分はどこまで落ちていくのか。

 そもそも、この落下に終わりはあるのか。永遠にこれが続くのではないか。

 そう思い、不安を抑えきれなくなった頃――彼女はようやく、深い穴の底に辿り着いた。

 そこには何かがあった。いや、何かがいた。

 大きな何かだ。本当に、とてつもなく大きな何かだ。山よりも、海よりも、あるいは星よりも大きいかもしれない何かだ。そんな馬鹿げた大きさでありながら、まるで生き物のように身じろぎしている何かだ。

 穴の底で待っていたのは、そんな名状し難い何かだった。

 彼女は戦慄し、悟る。自分は落ちていたのではなく、この何かに吸い寄せられていたのだということを。

 慌てて逃れようとするが、もう遅い。どうにもならない。彼女の長い落下は終わり、その何かの上に着地した。

 埋没と侵食が始まる。肉体の有無さえ不明な彼女が、巨大な何かの中に埋まっていく。そして見えざる無数の顎が、彼女という存在を噛み千切っていく。

「ひぎっ……! あぎいゃあああああああああああああ!」

 激痛。百億の獣に貪り喰われるような痛みが、彼女の心を蹂躙した。

「おぼっ……げぼあっ! あ……ひあ……ひぐっ……あがああああああ! いぎやああああああああああああ!」

 痛い。痛い。信じられないくらい痛くて、痛いとしか考えられない。

 頭の中に詰まっていたものが、吹き飛んでしまいそうだ。

「ひぎいああああああああああ! ぐげああああああああああああああああああ!」

 もがけばもがくほど、喰われる。引き裂かれる。悪夢のような激痛が、あるかどうかも定かでない体を隅々まで襲う。

 なのに、死ねない。意識が途切れない。楽になれない。いつまでも、どこまでも、苦悶の時間が無慈悲に続いていく。

「ひっ……ひぐう……!」

 彼女は救いを求めた。

 この悪夢からの解放を、心底から希った。

 百億の獣に食い千切られながら、それでも必死に手を伸ばした。

 そして――





「――っ! はあっ……!」

 荒い吐息とともに、目を見開く。その瞬間、彼女の見ていた悪夢は霧散した。

「は……え……?」

 白い壁と、天井が見える。小さな硝子張りの窓が見える。窓の外に広がる、夕焼けの色に染まった空が見える。

 一瞬遅れて、自分が柔らかい寝台の上に寝かされていたことに気付く。そしてその寝台を囲むようにして、三人の若い男女が立っていた。

 短髪で、目が細い女。

 白人と思しい長髪の青年。

 小柄な褐色の少年。

 三人はそれぞれ微妙に異なる表情を浮かべたまま、目覚めたばかりの少女に視線を注いでいた。

「おはようございます」

糸目の女が、落ち着いた声音で微笑みかける。少女はどう反応したらいいか分からず、目を見開いたまま呆然となった。

「怖い夢でも見ていたんですね……随分うなされていましたよ?」

 そう言って、女が身を寄せてくる。少女は反射的に身を起こし、寝台の端まで下がった。

「怖がらないで。私達は、あなたを苛めたりしませんから」

 女は濡れた手拭いを手にしていた。それを少女の額にあてがい、浮かんでいた汗を丁寧に拭き取る。その優しい手つきは、少女の警戒心をいくらか和らげた。

「ドンデ……?」

 半ば反射的に、少女はそう尋ねていた。すると、目の前の三人が若干目を丸くする。

「ド、ドンデ、エストイ……?」

 もう一度尋ねる。やはり返答は返ってこない。

 そこで、少女は気付いた。言葉が違うのだ。たった今、糸目の女が使った言語と自分の使った言語とでは、全く違う。

「あー……俺達の使ってる言葉、分かるかな? きっと分かると思うんだけど……これと同じ言語で喋ってくれないか? そうすりゃ会話できるから」

 長身の青年がそう言った。

 彼らの言っていることは、きちんと聞き取れる。意味も分かる。しかし自分も話せるかどうかは、やってみないと分からない。

 すっと息を吸い、頭の中から言葉を探す。

 そしてゆっくりと、感触を確かめるように発声した。

「こ、ここ……どこ、ですか……?」

 かなりたどたどしいものの、どうにか言えた。

 長髪の青年と糸目の女が、ほっとしたような顔をする。問いに答えてくれたのは、女の方だった。

「教会です。御門ヶ原福音教会。御門ヶ原市西尾台五七番地。敷地面積五四二平方メートル」

「え? きょ、教会? みかどがはら……?」

 答えてはくれたが、残念ながら意味不明な返答だった。いきなり地名や番地など言われても、少女には何が何だか分からない。

 長髪の青年が、呆れた顔で溜息をつく。

「彩花さん……もうちょっとわかりやすく説明してやんなよ……彼女が余計混乱するだろ?」

「わかりやすく丁寧に説明していますよ。建物の正式名称から番地まで」

「だから、そんなこといきなり言われてもわけわかんねえっての。俺だって混乱したぞ、初めてここであんたに説明された時」

 女のとぼけた物言いを非難した後、彼は少女の方に向き直った。そして表情を穏やかなものに変え、優しい声音で問いかける。

「えっと、君……名前、なんていうのかな……?」

「え、あ……」

 問われて、少女は一瞬固まった。

 名前。自分という存在を示す記号。記憶の中に埋まっている筈のそれを、必死に掘り起こそうとする。

「わたしは……」

 自分は誰か。誰だったか。

 何という名で呼ばれ、生きてきたのか。

「マ、マリ……」

 そうだ、確か、自分は――

「マリーナ……わたしの名前は、マリーナです」

 口に出した瞬間、何かがかちりと嵌ったような感じがした。

 自分というものの意識が、自分という存在の型枠に嵌まり、正常に機能し始めたような気がしたのだ。

 頭の中の靄が晴れた、と言うべきだろうか。

「じゃあ、マリーナさん……これからこの状況について色々説明しなきゃいけないんだけど……その前に、一応確認しておきたいんだ。君は、ここで目覚める前のこと覚えてるかな?」

「目覚める、前……?」

「その、つまりだな……」

 青年は視線を逸らし、言葉を探すそぶりを見せる。代わりに言葉を放ったのは、それまで口を噤んでいた褐色の少年だった。

「お前、自分が死人だって自覚あるか?」

 抉るような言葉と、視線。

 はっと息を呑むマリーナに、少年はもう一度言い放つ。

「とっくの昔に死んで、この世からいなくなった人間だって自覚……それがあるかって訊いてんだよ」

 空気が凍る。時間が止まる。

 心臓までもが止まってしまいそうな衝撃を、マリーナは受けていた。

「死人……」

 呟いて、自覚する。

 死。最期。人生の終わり――その記憶は、ある。どこかの洞穴と思しき場所で息絶えた記憶が、脳髄に刻まれている。

「わたし……死んで……」

 声が震えた。動悸が早まり、顔から血の気が引いていく。

 その反応を見て、少年は僅かに目を細めた。

「どうやら、自覚はあるみたいだな」

 冷静な分析をしている彼に、長髪の青年が非難がましい目を向ける。

「おい、あまり無遠慮にずばずば言うな。こういう話には手順ってもんが……」

「自分が死人だってこと理解させなきゃ話になんねえだろうが。後回しにしたって意味ねえよ、アホ」

 そう言われてしまうと、青年も容易に反論出来ない。酷なようだが、少年の言っていることは正論なのだ。

 少年は首を回し、青ざめている少女を見下ろした。

「ま……青くなるのも無理はねえが、そう気落ちすんな。別にお前は死人だから墓穴に帰れとか言いたいわけじゃねえ。ただ単に、お前は俺らの同類だってことをわからせたかっただけだ」

「同類……?」

 思いもしなかった言葉を浴びせられて、マリーナの困惑はさらに深まる。

「その女は違うが……俺とそこのアホは死人だ。お前と同じさ。とっくの昔に人生終わって土に還ったってのに、後世のアホ共の勝手な都合でこの世に呼び戻されたっていう、どうしようもなくツイてねえ奴らだ」

 少年は隣に立つ青年を顎で指し示した。青年は憮然とした顔のまま、口を引き結んでいる。

すると、糸目の女が困ったような顔で口を開いた。

「ひどい言われ様ですねえ……みなさんこうして第二の人生送れてるんだから、ちょっとくらい感謝してくれてもいいと思うんですけれど……」

「生き返らせてくれって頼んだ憶えねえんだよ。人生なんざ一度で充分だ」

 即座に少年が非難の言葉を返す。

 話に全くついていけないマリーナに、長髪の青年が再び話しかけた。

「あー、マリーナ……いきなりで混乱するのはわかる。すげーよくわかる……いや俺もさ、初めてここ来た時はわけわからん奴らにわけわからんことまくし立てられてマジで混乱した。これはタチの悪い夢かと思ったりもした……正直今でも、わからんことや半信半疑なことがたくさんある。でもまあ……残念ながらこれは現実で、こいつらの言ってることは大体本当なんだ。信じられないと思うけど……信じてくれ」

 色々と実感のこもった言葉だった。この男とは話しやすそうだと思ったマリーナは、おずおずと問いかける。

「あのー……わたしは、死んで……るんですか?」

「うん、まあ……残念ながら……」

「その、みなさん……も……?」

「ああ……俺と、そこの口の悪いガキは君と同じ。理屈はさっぱり分からんが、死んだ後に妙な術で生き返らせられた……そこの彩花さんっていう修道女にさ」

「用があるのでマリーナさんには生き返ってもらいました。あと私は修道女じゃありません。牧師です」

 彩花と呼ばれた女は、さらりと言う。深刻さの欠片もないほど軽い口調だった。

「あ、でも厳密に言うと生き返ったのとは違いますよ? 詳しく説明したら長くなっちゃいますけど……」

「は、はあ……」

 戸惑うマリーナは、ただ曖昧に頷く他ない。

 この奇妙で現実離れした状況に、彼女の理解は全く追いついていなかった。

「いきなりこんなこと話されても、信じられませんか?」

「は、はい……」

 こくりと頷く。

「いきなりで……その……何て言ったらいいか……」

「そうでしょうね……まあ、小難しい話はご飯でも食べてゆっくりしてからにしましょうか。ちょうどそろそろ……」

 そこで、部屋の外から大きな音が聞こえてきた。どこかの扉が勢いよく開け放たれた音だ。

 次いで、何者かのけたたましい足音が聞こえてくる。

「……巴さん、帰ってきましたね」

 あまりのタイミングの良さに、クスリと笑う彩花。

「……来たよ、うるせえのが」

 心底からうんざりした顔で、深い溜息をつく少年。

「え、え……?」

 状況の変化についていけず、おろおろするマリーナ。そんな彼女に、長髪の青年が疲労感の漂う顔で説明した。

「実はな……もう一人いるんだよ。俺らと同じ境遇の……面倒臭い奴が」

 その直後、バタンと大きな音を立てて、部屋のドアが開け放たれる。反射的にびくっとするマリーナの瞳に、若い女の姿が映った。

 第一印象は、綺麗の一言。

 二十歳に届くか届かないかといった年頃と思しいその女は、同性のマリーナから見ても、思わず息を呑んでしまうほどの美人だった。

 肌は白磁のように滑らかで、傷はおろか沁み一つ無い。鼻は小作りで、唇は薄い。長い睫毛に縁取られた切れ長の双眸は、丹念に研がれた刃のようだ。柔和な微笑みよりも、凛とした澄まし顔の方が似合いそうな顔立ちをしている。

 腰まで届く長い黒髪の持ち主で、その髪と同じく手足も長かった。女性にしては長身な部類と言えよう。しかしながら余分な肉の無い整った体つきをしているため、大きいというよりは背が高いという印象を見る者に与える。

 黒いブラウスにロングスカートという落ち着いた装いが、その美貌と見事に調和していた。

「あ、えっと……」

 女と目を合わせたまま、かける言葉を探すマリーナ。

女は走ってきたせいで乱れた呼吸を整えながら、無言でマリーナを見つめていた。あたふたとうろたえている少女の姿を、切れ長の目がじっと観察する。

 やや小柄で、華奢な肢体。少女期特有のあどけなさを残した顔立ち。淡い光沢を放つ栗色の髪。澄んだ栗色の瞳。

 飾り気のない貫頭衣を着せられ、寝台の上に座っていたのは、十代半ばに見える少女だった。

「か……」

 女の口から、声が洩れる。

「可愛いーッ!」

 絶叫。疾走。跳躍。抱擁。以上の四動作を約一秒で完了させ、女はマリーナと密着した。そして強姦でもするような勢いで、寝台の上に押し倒す。

「え……あ……? ちょ、ちょっと……!」

「可愛い可愛い可愛い! すっごい可愛い! すっ飛んで帰ってきた甲斐がありましたよ、もー!」

 喜色満面といった様子で、女はマリーナの体に頬をすり寄せる。その美貌をドブに捨てるかのように、甲高い声で叫びまくる。

 そうやってひとしきり騒いだ後、彼女の目は彩花達の方に向いた。

「この子が……! この子が新しい仲間なんですよね? そうなんですよね?」

「はい、そうです。巴さん好みの若い子ですよ」

 彩花が頷くと、女は心底から嬉しそうに絶叫した。

「キャーッ! やったぁ! やりましたよ本当に! これだけでもう生き返った甲斐があるってもんです! 彩花さんグッジョブ!」

 何が何だかさっぱり分からないマリーナだったが、とりあえず自分がこの巴とかいう女に気に入られたことは理解出来た。そしてこの女が、極めて特殊な嗜好の持ち主であることも悟った。悟るしかなかった。

「落ち着け馬鹿。ぎゃーぎゃーうるせえんだよ」

 褐色の少年の冷たい発言に、この時ばかりはマリーナも同意してしまった。





 御門ヶ原福音教会は、御門ヶ原市の郊外に建つプロテスタント系のキリスト教会だ。

 その建物は表側の教会堂と裏側の牧師館から成る。牧師館とは牧師が居住するための家屋であり、御門ヶ原福音教会のそれは教会堂と一体化する形で建てられている。

 藤堂彩花と三人の死者は、そこで奇妙な共同生活を続けていた。そしてこの日、彼女らは四人目の死者を新たな同居人として迎え入れたのである。

「では皆さん、少し早いけれど晩ご飯にしましょうか。いただきます、と」

 牧師館一階の、台所兼食堂。こげ茶色のテーブルに料理を並べ終えた後、彩花はそう言って両手を合わせた。

 既に全員が、椅子に座ってテーブルを囲んでいる。当然その中には、意味不明な展開の連続に当惑しているマリーナも含まれていた。

 本当に、訳がわからない。

 死んだと思ったらひどい悪夢を見て、それが終わったかと思えば見知らぬ場所で見知らぬ連中に囲まれていて、自分の意思とか理解とかを盛大に無視したまま話が勝手に進み、気が付けば食堂で着席させられていた。

 これはいったい、どういうことなのだろうか。

 夢なのか。現実なのか。現実だとするなら、自分はどういう理由でここにいて、どうしてこの面々と夕餉を共にしているのか。

 考えれば考えるほど、疑問ばかりが膨らんでいく。

「はいはーい、たーんと食べて下さいねマリさん。何杯でもおかわりしてくれていいですよ。あ、でも育ち過ぎちゃ駄目ですからね? 適度な発育が一番です」

 隣の席に座る巴という女は、やたらと上機嫌だった。さっきの部屋で嵐のように現れ、有無を言わさず抱きついてきてから、ずっとこの調子だ。いつの間にやらマリさんという略称まで付けられてしまった。

 自分の何がそんなに気に入ったのだろうか。理解に苦しむ。

「巴さん、そんなマシンガントークしてたらマリーナさんが落ち着いて食べれませんよ。ぶっちゃけかなりうざがられてます。いいから静かにしろよお前、って顔です」

 と、彩花がマリーナの心情を代弁してくれた。

「ほらマリーナさん、遠慮なさらずに食べて下さい。別に毒なんて入ってませんから」

「あ、はい……」

 促されて、マリーナはおずおずとテーブルに目を落とす。

 白米。秋刀魚の塩焼き。薩摩芋と玉葱の味噌汁。きゅうりと茄子の漬物。黒胡麻をまぶした大学芋。

 そこに並んでいた品々は、教会らしからぬ純和風であった。マリーナにしてみれば、見たことも聞いたこともない異界の料理である。

 その謎料理を、彼女以外の面々は二本の細い棒を使って器用に食べていた。どうやら食べ物を摘むための道具らしいが、これも初めて見る。それに、どうやって使ったらいいのかもよくわからない。見よう見まねで試してみたが、なかなか上手くいかなかった。

 それでもどうにか口に運ぶことに成功し、意外と美味しいということを知った時、彩花が居住まいを正して言った。

「それじゃあご飯を食べながら、簡単な自己紹介でも済ませましょうか。さっきはバタバタしていて、名乗るタイミングを逃してしまいましたし」

 言われてみれば、マリーナはこの場にいる面々のことを何も知らない。

 彩花と呼ばれている女。人の良さそうな長髪の青年。寡黙で無愛想な褐色の少年。さっきの場がバタバタした原因である巴という女。

 年齢も性別も肌の色も違うこの四人が何故一緒に暮らしているのか、見当もつかない。

「では私からいきましょう。私は藤堂彩花。この御門ヶ原福音教会で牧師をしています。牧師ってわかりますか? 簡単に言うと、キリスト教の聖職者です」

「あ、はい。何とか……」

 マリーナが頷くと、彩花は言葉を続けた。

「他の人達と違って、私はちゃんと生きていて、この時代の人間です。ていうよりも、死者の皆さんをこの世に引っ張り出してきたのが私ですね。ちょっと事情があってしたことなのですが……まあその辺はおいおい語るとしましょう。では次、ヨハンさんお願いします」

 促され、長髪の青年が箸を置いた。

「俺はヨハンネス。こいつらからはヨハンって呼ばれてる。生まれはローマのフランケンで……生前は兵士やったり人に剣術教えたりして暮らしてた」

「ローマっていってもイタリアのローマじゃないですよ。この人の国は神聖ローマの方です」

 彩花が補足説明を入れてくれたものの、マリーナにはよくわからなかった。

 とりあえず、納得したふりをして頷いておく。

「今の暦だと俺が生きてたのって六百年くらい前になるんだっけ? 彩花さん」

「およそ七百年前です」

「そうそう、七百年七百年。だいたいそれくらい前の人間ね、俺……で、普通に病気で死んで……死んだと思ったんだが……気が付いたらここにいた。それが一月くらい前の話で、それ以来ずっとここで暮らしてる」

 先ほども言っていたように、彼もマリーナと同じ境遇らしい。七百年前の人間という話は、俄かには信じ難いものだったが。

「では次、シュラさん」

 褐色の肌をした少年に、彩花は視線を投じる。

 少年は味噌汁を啜った後、面倒臭そうに口を開いた。

「……本名は忘れた。じゃあとりあえずシュラとでも名乗れって言われたんで、そう名乗ることにしてる。生まれはコーサラ……どこだかわかんねえなら別にいい」

「インドですよインド。古代インドの人です。お釈迦様とかの同期生ですね」

 またも彩花の補足説明が入ったが、やっぱりマリーナにはよくわからなかった。

「他に語るべきことは……ねえな。次行ってくれ」

 無愛想にそう締め括って、少年は食事を再開する。あまり多くを語る気は無いらしい。

 そうして、マリーナの隣に座る騒がしい女が自己紹介する番になった。なってしまった。

「はーい、じゃあ次は私ですね、私。名前は中原巴です。巴って呼んで下さいね、マリさん。生まれは日本で……あ、日本ってのは今私達がいるこの国のことですよー。ジャパンとかヤーパンとかアホな外人は呼びますけど、正式名称はニホンもしくはニッポンです」

「あ、はあ……」

 よくわからないマリーナだったが、とりあえず頷いておく。詳しい説明を求めてもよくわからない説明が返されるに違いないことを、彼女は既に悟っていた。

「我が国、日本の代表はこの人です。強いって評判なので召喚してみたら、こういう人が出てきちゃいました。残念ながら」

 と、眉を八の字にして言う彩花。残念そうな顔をしているという点では、ヨハンとシュラも同様だった。

「生きてたのは九百年くらい前で、当時は武者やってました。サムライですサムライ。ジャパニーズソルジャーです。私の頃は、人手足りないんだから女も戦場で何かしろよみたいな空気がありましてねー、しょうがなく行ってやったら普段偉そうにしてる野郎共が死ぬほどだらしなくって……」

 その後、過剰に脚色されたと思しい武勇伝やら彼女の趣味やらどうでもいいこだわりやらが長々と語られたが、マリーナにはほとんど理解できなかった。彩花達三人はと言えば、早く終わらせろよそれ、とでも言いたげな目をしながら黙々と飯を食っていた。

 有意義とは程遠い時間であった。

「……てなわけで、これからよろしくお願いしますね! わからないこととかあったら何でも訊いて下さい。私が手取り足取り教えてあげますから!」

「は、はい……お願いします」

 かなり苦しい笑顔で応じるマリーナ。わからないことがあっても他の人に訊きたいというのが本音なのだが、とてもそんなことが言える雰囲気ではない。

「どうでもいいんだけどよ……えらく上機嫌だな、お前。俺が来た時とはえらい違いだ」

 約一ヶ月前のことを思い出しながら、ヨハンが言う。巴は産業廃棄物を見るような目つきでそれに応じた。

「だってー、ヨハンさんの時はもう本当に心底からがっかりしましたよ。新しい仲間が入るっていうから、どんな可愛い子が来てくれるのかとムラムラしてた私の期待をものの見事にぶっ潰してくれやがりましたからね。あの時はもう、本気であの世に叩き返したい気分でした」

「あの世には返されなかったが、報復はされたぞ? 出された飯が目刺し一本だった時はマジで悪意を感じた」

 その待遇たるや、今回とは雲泥の差であった。陰湿かつ露骨ないじめが公然と行われていたのである。

 そのことを非難する被害者に、加害者の女は朗らかな笑顔で言い放った。

「男の子は十四歳、女の子は十六歳までが私のセーフティゾーンです。なのでヨハンさんはアウト。完全無欠のアウトです。この世にいなくていいんで、月まで飛んでって下さい」

「お前が行け。そして二度と地上に帰ってくんな、変態」

 罵り合う二人を前に、マリーナは苦笑いを浮かべるしかない。野良猫の喧嘩に巻き込まれた鼠のような心地だった。

 とはいえこの二人、本気で仲が悪いわけでもないようだ。口ではああだこうだと言い合っているものの、そこまで険悪な雰囲気は感じない。こうしているのが自然であるかのような、妙に緩んだ雰囲気さえある。

 そんなことを思っていると、ふいに彩花が微笑みかけてきた。

「では最後に、マリーナさんに自己紹介してもらいましょうか」

「わ、私ですか?」

 上体がびくっと跳ね上がる。自分の番が来るとは思っていなかった。

「はい。出身地とか経歴とか職業とか家族構成とか、何でもいいので適当に語って下さい。私達はまだ、マリーナさんのことを何も知りませんから」

 言われてみればそうだ。自分はここにいる四人に、マリーナという名前以外は何も伝えていない。

 一番自己紹介をしなければいけないのは自分なのだ。

「あ、はい……わたしは、マリーナという名前で……えっと……」

 記憶を手繰る。自分が誰で、どういう人間で、どのような生涯を送ったのかを思い出そうとする。

 風に揺れる葦原。柳の並木に縁取られた農園。運河を行き交う丸木舟。雪を戴く火山。湖の上に築かれた都。石灰の漆喰を塗られた神殿。海の彼方からやってくる船団。火を吐く武器を携えた兵隊。優しげに手を差し伸べてくる白い男。無邪気に笑う幼子。

 そういった諸々が、映像として脳裏に浮かぶ。しかしどれもがぼやけていて、正確な形を掴めない。

「……ごめんなさい。よく……思い出せないんです……」

 彼女は、苦しげに目を伏せた。

「マリーナが、名前で……夫、みたいな人がいて……子供がいて……それで……」

 どうにか言葉にしようとしても、やはり上手くいかない。

 自分でもわからないのだ。生まれた国も、時代も、家族も、自分自身も、全ての記憶が曖昧で、判然としない。

 だから、断言できないのだ。何一つ。

「それ以外は、思い出せないと?」

「……はい」

 俯き加減に答えると、彩花は優しげに微笑んだ。

「いいんですよ。無理に思い出そうとしなくても……まだ目覚めたばかりで、混乱しているところもあるでしょうし」

「そうそう、気にしなくて平気平気。俺もここで目覚めた時は自分がどこの誰だったか思い出すのに時間かかった。てゆうより、一月経った今でも思い出せない部分がけっこうあるんだけどさ……」

「私もです。大体のことは覚えてますけど、細かいことはけっこう忘れてます。若い頃に仕えてたむさい野郎とか、顔も思い出せません」

 ヨハンと巴が、励ましの言葉をかけてくれた。あまり心配させてはいけないと思い、マリーナに無理に表情を戻す。

 するとシュラが、彩花に向けて言った。

「つーかよ、こいつはお前が蘇らせたんだろ? お前はこいつがどこの誰だか知ってんじゃねえのか?」

「私は、加賀見さんに言われた通りに儀式を執り行っただけですし……加賀見さんに聞いてみないことには……」

「あのボンクラが帰ってくるまで待つしかねえ、か……まあいい。こいつが何者だろうと、大した問題はねえだろ」

 二人の会話から出た、加賀見という名前。

 それは誰だろうと疑問に思ったマリーナは、躊躇いながらも問いかけようとした。しかしその前に、彩花が皆に向けて言う。

「さて、自己紹介も済んだところで……本当ならここで、私達の教団のこととかをマリーナさんに説明しなきゃいけないんですが……」

 未だに硬い面持ちのマリーナを見て、彼女は笑う。

「今回はそれ、後回しにしちゃおうかと思ってます」

 意外な言葉に、皆が目を丸くした。

「こっちに来たばかりで、まだ右も左もわからないマリーナさんにああだこうだと説明しても混乱させるだけでしょうし、実感も湧かないと思いますので」

 そこまで言ってから、彼女はまるで家族旅行でも提案するかのように、楽しげな表情で全員の顔を見回した。

「そこで、どうでしょう? 明日はマリーナさんに、街を案内してあげてみては」

 街とは、この教会が所在する御門ヶ原市のこと。

 首都圏の外れにある、人口五万人程度の田舎町である。

「実際に街を歩いてみれば、ここがどんな所なのかおのずと分かるでしょうし……現代の街で暮らす以上、知っておかないと不便なことや危ないこともたくさんありますし……ね?」

「あ、いいですねそれ。賛成です、大賛成! では案内役は私が務めましょう。明日はマリさんに現代のことを余すところなく教えてあげます!」

 同意を求める彩花の視線に、巴が満円の笑顔で応じた。ヨハンもまた、茶を啜りながら静かに頷く。

「ま、悪くない提案だな……そういうことなら俺も行こう」

「……あ?」

 笑顔から一転し、ドスの利いた目でヨハンを睨む巴。

「いやいや、そこで凄むなよ。いやまあ……そんな反応されるんじゃねえかと思ったけどさ」

「何でヨハンさんがくっついてくるんですか? そんなに私の至福の一時を妨害したいんですか? はっきり言って邪魔です。いらないです。存在価値皆無です。農民は農民らしく畑で芋作ってて下さい」

 ひどい言われようだったが、ヨハンは引き下がらなかった。

「いいや、行かせてもらう。お前一人に任せとくと心配だ。お前のいい加減な現代知識をマリーナに植え付けられたら困る」

「失礼ですね。これでも私、この国のことならヨハンさんよりずっと詳しいですよ。地元ですし」

「地元っつっても千年近く前の話だろうが……それにお前はあれだ、金銭感覚がおかしすぎる。野放しにしたら一日でいくら使いやがるかわからん」

「女には何かと金が要るんです」

「さも当然みたいに言うな、こら。俺らは慢性的に金欠気味なんだぞ。そして原因の大半はお前だ」

「ま、まあまあ、二人とも……」

 子供のような言い合いを始めた二人を、マリーナが苦笑しながら宥める。

「わ、わたしは別にいいですよ……みんなで一緒に行った方が楽しいと思いますし……色々教えてもらいたいこともありますし……」

「……マリさんがそう言うなら、仕方ありませんね」

 不承不承といった様子で、溜息をつく巴。マリーナを一人占め出来なかったことが無念でならないらしい。

 一方ヨハンは、隣で黙々と秋刀魚を食べているインド人に問いかけた。

「シュラ、お前はどうする? 一緒に行くか?」

「勝手に行け。俺は畑耕してる」

 素っ気ない返答であった。

 せっかく誘ってやったのに愛想のないガキだな――と思いつつ、ヨハンは何も言わずに視線を戻す。

 この少年の愛想の無さと付き合いの悪さはいつものことだ。いちいち腹を立てていたらきりがないし、指摘したところで改めてくれるとも思えない。そう考えられる程度には、彼も同居人の性格を理解していた。

「私も仕事がありますので、ここに残りますね。ちょっとくらい羽目を外しても構いませんから、明日は楽しんできて下さい」

 彩花がそう言ったことで、話はまとまった。

 それから夕食が終わるまで続いたのは、実に他愛の無い会話だ。どこの家庭でも見られるような団欒の光景が、教会に住む奇妙な一団の中で繰り広げられた。

「マリさんマリさん、服とか欲しくありません? いつまでもそんな野暮ったいの着てたくありませんよね? ご安心下さい、明日は私がいいの見繕ってあげます。マリさんに似合う可愛いのを!」

「あ、はい……ありがとう、ございます……」

「少しは自重しろっての、お前。どう見ても嫌がってんじゃねーか、マリーナ……あとあんまり金使うな」

「え……あ……えーと……」

「シュラさん、お醤油取って下さいな」

「ほらよ……どうでもいいが、醤油かけすぎじゃねえか? お前」

「好きなんですよ、お醤油。あと、ついでにお茶も淹れてくれたら嬉しいですね」

「……いいけどよ」

 やたらとすり寄ってくる巴に、そんな彼女を窘めるヨハン。微笑みながら色々と注文をする彩花に、文句を言いながらも従うシュラ。そんな四人に振り回されながら、マリーナは奇妙な感慨に浸っていた。

 つい状況に流されて、この連中と一緒に食事などしているが、どう考えてもおかしすぎる状況だ。

 何故自分はここにいるのか。そもそも自分は何者なのか。死者を蘇らせたなどという話は本当なのか。

 分からないことが山ほどあるせいで、正直困惑している。荒唐無稽な夢を見ているような気分だ。しかしその反面で、この状況に対する不安や危機感といったものをあまり抱いていない自分がいる。

 今この場にいる面々に、害意や悪意を感じないからだろうか。

 無愛想な人やおかしな人はいるし、何故この面々が一緒に暮らしているのかも謎だ。けれどもこうして食卓を囲んでいると、それほど悪い人達には見えない。むしろ、どこにでもいる普通の家族にさえ見える。

 これからどんな生活が待っているのか知らないが、どうにかやっていけそうな気も、しなくはない。

 そう思って、マリーナは――死者の国から生者の国に帰ってきた少女は、少しだけ口許を綻ばせた。





 夜――日付が代わって間もない真夜中のこと。

 一人の男が、無人の廃墟を訪れていた。

 田園地帯の中に建つ、二階建ての食肉加工所だ。昭和の末から稼働していたが、業務統合による移転がなされた後は放置されたままとなった。

 荒れ果ててはいるものの、撤去されずに残ったコンベアやクレーン、屠殺用のギロチン等が、在りし日の面影を今に伝えている。ビニールカーテンや壁のアルミパネルも健在だ。

 その一角にある、屠殺前の生体を待機させておくために使われていた場所で、男はある種の検分とも言える行為をしていた。

 手にした円筒型の懐中電灯で、足下を照らす。コンクリートの床に描かれた円形の図像を、仔細に観察する。

 そして、溜息を一つ。

 男は上着のポケットから携帯電話を取り出し、知り合いに向けて発信した。たった今自分の目で確認したことを、報告するために。

「どうも、先生……はい俺です。加賀見です。ご無沙汰してます」

 雑な敬語で、おざなりに挨拶。

 先生という呼称は、皮肉以外の何物でもない。

「ええ、はい……済みましたよ、それは……今日藤堂が儀式やって、無事に四人目を召喚しました。元気な女の子ですよ……とか言うと、無事にお子さんが生まれましたって報告してるみたいっスね」

 彼なりのジョークだったのだが、電話の向こうから笑い声は返ってこなかった。

 受けなかったことを残念に思いながら、淡々と報告を続ける。

「出来はどうだか知らねえけど、暴れたりはしてねえみたいなんで……まあ大丈夫じゃないっスか? ……え? 記憶? ああ……そこら辺はやっぱり不具合が出たみたいです。名前くらいしか思い出せねえと……ま、しょうがないでしょ。俺らの技術なんてそんなもんですって」

 無責任極まりない物言いだが、電話の相手はそれを咎めなかった。

 代わりに、有無を言わさぬ口調で指示を下す。

「ええ、はいはい……わかってますよ。大事なのは黄金、ね……はいはい、わかってますよ。ちゃんと調べますってば……正直言うと、あまり気乗りしないんですけどね」

 気乗りしないという思いを声音に滲ませながら、男は渋々承諾する。

 それから、少しだけ声を低くした。

「ああそれと、もう一つ報告しときます」

 鋭い眼で、床に描かれた図像を睨む。

「下原の田んぼの中に潰れた食肉工場があって、今その中にいるんスけどね……まあそこが、ぶっちゃけて言うと儀式の場になってたみたいでして……」

 エノク文字を内包した二重の円と、その周りを囲う四つの三角形。水銀で描かれたそれは、エノク魔術の魔法円だ。

西洋の降霊術であり、魔物を呼ぶための術式である。

「儀式の方はもう終わってます。いや、直接見たわけじゃないんスけど……どう見ても終わった図ですよ、これ」

 室内に充満している不快な臭いを嗅ぎながら、男は足下に視線を落とす。

「ああ、そうそう……そんな感じです。クジ運悪かったんでしょうね、こいつら。まあ元々、ハズレの多いクジっスけど」

 そこには、大量の赤い液体が溜っていた。

 血溜まりだ。

「生きてる奴はいません。全滅です」

 血を流して果てたのは、牛や豚ではなく人間だ。無秩序に散らばった肉と骨が、それを如実に物語っている。

 疑う余地の無い、虐殺の跡だった。

「はい……わかってます。この分じゃあまり時間なさそうなんで、こっちも出来る限り急ぎますよ。あいつらにもすぐに伝えます。ええ、はいはい……それじゃあまた」

 通話を終え、電話機をしまう。首の骨をこきこきと鳴らしてから、男は誰にともなく一人ごちた。

「注文の多い人だな、相変わらず……御隠居なんだから大人しくしてりゃいいのによ」

 長い付き合いだが、年をとるごとに口やかましくなっていった気がする。今ではもう、二度と会いたくない知人の筆頭格だ。出来れば話もしたくない。

 とはいえ、そんな輩でも一応は雇い主。面倒だろうと報告はせねばならないし、理不尽な指示にも従わなければならない。

 明日は忙しいなと思いながら踵を返した男は、ふと思い立って後ろを振り返った。

 血の色に染まった、水銀の魔法円。

 つい先程まで、あれが門として機能していたのだろう。

 生者の世界と死者の世界を繋ぐ門。この世ならざる領域への出入り口。

 愚かな生者達は邪な理由で門を開き、その向こうから来た何かに殺された。簡単に言ってしまえば、そういう話だ。

 同情はしない。自ら進んで門を開いてしまうような愚か者など、死んで当然だろう。門の向こう側にいるものに何を期待していたのか知らないが、死者の国は悪鬼の国だ。そこに棲む悪鬼共は、生者に飼い馴らせるようなものではない。

 しかし――と、男は疑問を覚えた。

 今踏みしめているコンクリートの床は、血の海と化している。多くの人間がここで死んだに違いないと、迷いなく断定できるほどの量だ。

 にもかかわらず、死体が異様に少ない。というより、ほとんど無い。手足の先や眼球といった小片が、点々と散らばっている程度。

 何故、このような有様なのか。

 ここで死んだ者達の体は、どこに消えてしまったのか。

 男はそんな疑問を抱き、その答えを模索し、ほどなくして結論を出した。

「喰い千切られた痕…………狼、か」

 足下に落ちていた肉片を見下ろし、眉根を寄せて呟く。

 深い溜息とともに。

「……厄介なのが出てきちまったぜ」




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