窓恐怖症
人生も有限。体力や頑張れる力が有限でも不思議はない。
「ふー。終わった」
と須藤美紀は一息付いた。
ここは銀座にある有名デパート店。そこの正面通りに面しているショーウィンドーに6月の売り出し商品である有名ブランドの傘と、流行りの可愛い奥さんコーデを着たマネキンの飾り付けが終わったのだ。
「相変わらず須藤さんの飾り付けはセンスがいいですね」
須藤美紀に声をかけたのは手伝ってくれたアシスタントの安藤ちゃんだ。芸術大学に通う大学生で、将来はファッションデザイナーになりたいらしい。
「安藤ちゃんお疲れさま。どう?今回は雨でも可愛いイメージで仕上げたんだけど?」
「最高ですよ!服と傘の組み合わせといい、背景のセンスの良さも見習いたいです」
「ありがとう」
須藤美紀は結婚している28歳。学生時代は演劇部で大道具と舞台美術を担当していたが、劇団では食えないので有名デパートなどのショーウィンドーの飾り付けを担当するフリーランスのデザイナーに転職したのだ。ここ以外にも表参道で有名なスイーツ店の内装や、宝石店のショーウインドーも担当している。
「じゃあ私は帰るけど、安藤ちゃんはどうする?」
「私も帰ります。可愛い服を見つけたので」
「そう、じゃあね」
そう言って須藤美紀は帰宅した。マンションの鍵を開けて自宅に入る。
「ただいまー。賢治さん、帰っている?」
「いるよー。夕飯は作っておいたから。今日はスペアリブのカレーだよ」
「わあ、美味しそう」
旦那の飯田賢治は宝石店のショーウインドーの仕事をしているときに知り合った。同い年の銀行マンだ。
「ごちそうさまでした」
「はい、おそまつさま。洗い物やっておくから美紀さんは休んでて」
「そうもいかないわよ。SNSに投稿と動画作成が残っているから」
ダイニングキッチンから自室に向かう途中の廊下で美紀は脱ぎっぱなしの靴下を目にした。
「んもー、賢治さん。仕事は真面目でも家じゃだらしないんだから」
脱衣所に行き、洗濯機に靴下を放り込む。夫は優しいし、料理もうまいが、妻の仕事をあまりわかっていないフシがある。デザイナーたるもの自宅も作品の一部なのだ。
自室に入りパソコンの電源を入れ、スマホを取り出す。スマホでは今日飾り付けたショーウインドーの写真をSNSに投稿し、パソコンでは自宅の窓の飾り方動画の作成と編集を始めた。SNSでは2万フォロワーもいるし、ネット動画チャンネルの登録数は6千人を突破している。
「そろそろ家のリビングの出窓も変えないとね。同じパターンだと飽きられるし」
今の自宅の出窓はぬいぐるみを中心にした動物のパーティーがテーマだが、今度はヴィクトリア王朝時代の貴族風のアンティークな飾りにする予定でいる。スマホで撮影した動画をパソコンに取り込み、加工と編集をして動画サイトに投稿する。仕事場だけでなく自宅もセンスが良くないとイライラするのだ。
翌週。
「新作動画をアップしたせいかしら。仕事の依頼が増えたわ」
仕事依頼はメールで受け付けている。新規の顧客から打ち合わせがしたいとの内容だ。代官山のファッションショップだ。
「また仕事が終わったらSNSにアップしないとね」
フリーランスで縛られない代わりに事務や打ち合わせも自分でこなさないといけない。このまま忙しくなりそうなら個人事務所を立ち上げて事務員スケジュール管理のマネージャーを雇わないと間に合わない。
「忙しい、忙しい」
3ヶ月後
「おかえり、美紀さん。最近帰りが遅いけど大丈夫?」
「賢治さん心配しないで。疲れているけど、売れっ子の宿命よ。それより新作動画作らないと」
確かにここ最近は忙しい。飾り付けをしたショーウインドーの評判が上々で仕事の依頼は増えているし、動画のアクセス数も好調だ。疲れているが、仕事がなくなることが何より怖いのがフリーランスだ。
「リビングの写真を撮らないと・・・あ、賢治さん出窓に自分の趣味のおもちゃを飾っている。ここの出窓は私の商売の一部だから自分の部屋に飾ってと何度も言っているのに!」
おもちゃをどかして写真を撮り、SNSにアップする。みんなが見ているのだ。仕事中は通行人が見ているし、仕事が終われば自分の作品が注目される。自宅もネットの住人が見ている。いつ、どこで、何をしているか全部知られているのだ。
翌日の朝
「美紀さん、おはよう。って美紀さん!?」
いつもの時間に起きてこない妻の様子を見に来た賢治はびっくりした。雨戸もカーテンも閉め切り、パソコンのコードも抜いてあるし、スマホも得意先からの電話が鳴っているのに出ず、キャンプ用のテントを引っ張り出してその中で寝ているのだ。
「美紀さん!大丈夫?美紀さん!」
「賢治さん、もう駄目。みんなが見ているの。仕事中もみんなが私を見ているし、自宅も見張られているの。好きで始めたけど、もう仕事は無理。これ以上頑張れない」
人が唯一自由に使える財産は何かをやろうとする意思の力。