アイの手紙
10年前に某新人賞に送った小説です。
楽しんでいただけたら幸いです。
アイの手紙
ちょっと前まで肌寒かったのに、だんだん暑くなってきたね。夏が忙しなく駆け足に訪れようとしているみたい。木々はまぶしいまでに青々と茂り、太陽は刺すように輝いている。うだるような季節だけど、私はこの季節がとっても好きだな。庭の畑に植えたお花や野菜も、立派に育ってくれたし。やっぱり夏野菜はみずみずしくっておいしいね。料理にもついつい腕によりをかけちゃう。できればこの野菜をマリアちゃんにも食べてもらいたいけど、運送してもらうと鮮度が落ちちゃうからなぁ。残念。
なんだか季節とか野菜とか、年寄り臭いあいさつになっちゃったね。お手紙読んだよ、ありがとう。いよいよマリアちゃんたちも、日食祭の準備を始めるんだね。みんなで力を合わせてやれば、どんな出しものだって素敵なものになるんだろうなぁ。
私の村でも日食祭は催されるけど、この村には同世代の子がいないから、私ひとりでやることになったんだ。
いろいろ悩んだけど歌をね、歌おうと思ってるの。
私、実は恥ずかしがり屋で、そんな私が人前でいったい何ができるか、よーく考えてみたの。そしたら、朝のお仕事に行く途中の岬で、私、いつも歌ってるんだ。波音と海風を全身で受けながら歌うと、広大な海原の一部になってるようで、とっても気持ちいいの。
ねぇねぇ、知ってた? 海鳥って歌が大好きなんだよ。たまに海鳥が私の歌声に合いの手を入れてくれるの。
こんな風に人目を忍んで毎日歌ってるから、歌にはちょっと自信があるんだ。だから、お祭りの時も緊張しないでお披露目できると思うの。私が上手に歌えたら、村のみんなはびっくりしてくれるかな? そうなってくれるとうれしいな。そのためにはこれからもっともっと練習しないとね。
そうそう! マリアちゃんと文通を始めて、もう一年が経ったよ。思い返せば、いろんなことをお話したよね。うれしいことや、楽しいこと、いっぱい。
ずっと遠くにいて会ったことないから顔はわからないけど、実際に会ってみたら、絶対にマリアちゃんだって気づく自信があるよ。なぜなら、この一年を通して、私はマリアちゃんのこと親友だって思ってるから、気づけないはずないよ。マリアちゃんは私のこと、どう思ってるのかな? なぁんてね。
あー、もう余白がなくなってきたよ。名残惜しいけど、今回はこれぐらいにしようかな。マリアちゃんの息災を祈ってます。お返事よろしくね。アイより
◆
私は手紙を読み終えると、丁寧に折りたたんで机の抽斗に入れた。抽斗の中には、たくさんのアイちゃんからの手紙が整然と入っている。私たちふたりだけの思い出の軌跡だ。
――そろそろ別のところに保管しなくちゃ、そう思って布団に潜り込み、目蓋を閉じる。まだ眠るわけではない。彼女の言葉を反芻して、余韻に浸るんだ。アイちゃんの手紙は自然と頬を緩ませる。
「返事、何書こうかな」
ついつい独り言がこぼれてしまった。前回、私が彼女に手紙を出したのは、十日前のことだ。その間に起きた書きたい出来事はたくさんある。私は手紙に書く内容を思い描きながら寝返りを打った。
時刻は太陽もとっぷり沈んだ深夜だ。今夜は新月。月のない空は、ほかの星の姿もなく一面真っ黒だ。横になって、あれこれと夢想していると、いやでも睡魔は押し寄せてくる。ゆっくりと、体が軽くなっていく。
――夢を見ているようだ。いつの間にか、私は眠ってしまったらしい。その夢は、大空にぷかぷか浮かんだクラゲの姿になる、心地のいい夢だった。