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前日~10日目

【前日】


「こ、これで全部あ、あたしの、もの」


 いやそんなワケあるかーい、と。数少ない友人の野瀬氏にはそこそこのキレがあるねと褒められたこともありし自慢の突っ込みで、声高高にそう言い放ってやりたいのは山々だったけど。まあ正直無理でしたわ。だって包丁でパッカーですもん。僕の喉パッカーですもん。どこのワザモノかね? と尋ねたくなる程キレイに僕の喉が首裏あたりまでパッカーぶった切られているのですもん。

 ヨロヨロニタニタ揺れ動く頭上のストーカー女子に喋りかけようとしても、僕の喉からは最早コヒッと間の抜けた音しか出ない。最初のうちは血が絡むのでブピッと、レディーの前では少々下品な音が出てしまうこともあったが、喉からあまり血が出なくなってきてからはコヒッ、もしくはコヒューという物悲しいげな音しか出ない。

 …5年近く働いてきた職場の見慣れた白いフロアはその大部分が赤に染められている。出血死の致死量ってどれぐらいだっけかと考えを巡らせていると、10リットルの廃油缶をぶちまけた時の事を思い出した。あんときゃ洗剤かけてもモップで拭いてもダメで結局自腹で清掃業者呼ぶ羽目になったんだっけか。

 

 ……あー、ってかこの血って朝勤の箭内さんが掃除するんだろうか。油掃除するよりは楽かもだけどスプラッタ映画苦手って言ってたから申し訳ないなぁ。


 

 ………今度謝りついでにまた映画に誘って

 



 …………僕、今度こそあの子に――





10日目


 テレビか本か。とにかくどこかで、錯乱すると血圧が上がって出血量が下がらない、なんて情報を仕入れていたので軽い感じを前面に押し出しつつ無理矢理に自分を落ち着かせていたのだけど無駄に終わった。首から喉にかけてバッツリいかれてしまうと意味がない、という反省は今後活かせない事を願ってやまない。

 というかねー、あの子がねー。そりゃ挙動不審だし退勤まで店の前で出待ちしているしもろバレ尾行で自宅まで着いてくるくるしで、怖いなー怖いなー危ないなーなんて思ってはいたけどねー。そっかー。

 親父の「女の子に優しく出来ないやつはクズだ」の教えを、店前でうずくまってたあの子に30年の人生で初めて勇気出して実行してみたらこれかー。そっかー。僕ってば勇気出す相手間違えちゃった系男子だなーこれは。

 

 あ、そういえば僕は転生した。サブカル大国の住人として人並程度の知識を持ち合わせていた僕は比較的あっさりとそれ(転生)を受け入れられた。…それ()、受け入れられた――の方が的確だろうか。ぶっちゃけ転生どうこうの前に色々と受け入れなければならないことが多すぎたので、気付いたら受け入れていましたと言い換えてもいいかも知れない。

 

 けど、未だに環境には慣れることが出来ずにいる。

 今となっては既に前世での、とはいえ一週間前でしかない自らの死をてへぺろ系反省で締める事も可能なメンタルの持ち主たる僕だけど、転生してからの一週間はさすがに堪えた。というか現在大絶賛進行系で堪えている。

 

 …ここで現状の確認も兼ねて、ストーカー女子からのクリティカルヒット(首筋チョンパ)を耐え抜いた(メンタル)僕の精神力を総動員して客観的かつ無理矢理に良い点を挙げていこうと思う。

 まず転生、というかお引越し先は亜人族。これは炊き出しに並んでいる時に「普人族はこっちで亜人族はこっちねー。君亜人族だからこっちよー」みたいな軽いノリで判明。少なくとも現状、ラノベにありがちな亜人族マジぶっころ的な差別迫害には合っていないのでそこは一安心と言える。皿に盛られた食事とは名ばかりの圧倒的芋系根菜の量的に優遇不遇くらいはありそうだけど、そこは人とは違う個性の代償として受け入れた。

 言葉は、書けないけど分かるし話せる。けど日本語でも英語でもない。これに気付いた時はゾッとしてしまった。口に触れて‘リンゴ‘と発音して、聞こえてくる言葉も‘リンゴ‘なのに自分の口はそうは動いていないからだ。まあ言葉が全く分からないよりは万倍マシだと思うことにしている。めちゃ怖いけど。

 転生場所は街の中の貧民街だ。今はそれ以外分かっていない。これも閉鎖的な寒村や未開の森とかじゃないだけマシだろうな。

 後は、剣と魔法があって、それを使って魔物を倒す冒険者がいるぜみたいな話も聞いた。魔物とかはそま!? 案件だけど、魔法は目の前でそれ的な現象を見たから存在しているんだろう。

 

 …さ、て。

 ここからは現状僕自身の知識から考えてちょっといただけないかなーと感じている部分なのだけど、僕自身のと前置きしたのは入ってくる情報が少なすぎて比較対象がそれしかないからなのだけど、いただけないかなーと軽めに流しているのはそうやっていつの日かいただける余裕を作っておかないとほぼ百でメンタル詰むからです! さ、メシウマ転生いくよ!

 まず僕は目覚めてすぐに殺されかけていました! ハハ! エキサイティング! まあ正しくは死んでいると思われていたから処理されようとしていた、なんだけど体感的には殺されかけていたでオーケー! そうして間一髪助かった僕はどうにかこうにか生きています! 

 ……え? それじゃあ何が起こったのか良くわからないって? フン、まったく世話のやける坊やだね。しっかり説明したげるから耳の穴かっぽじって良く聞きな!


 僕はその時、バチバチジュウジュウと、何かが燃えるような、強烈に胃袋を揺さぶってくる音と香りで目が覚めた。死んだはずの僕が目覚めた事への疑問なんかはなかった。寝起きの時みたいな、まだ夢との境界がおぼろげな感覚だ。それよりも空腹と喉の渇きがひどかった。口の中は舌と上顎がこびりついているのに唾も出ないから引きはがすのに苦労したし、ごつごつと寝心地の悪い地面でひどく体が痛かった。

 で、寝返りでも打とうかと思い、ようやく自分がまだ目も明けていない事に気が付き苦笑。おいおいしっかりしてくれたまえよ山田君。自嘲気味に目を開き、――人の山が轟轟と燃えていた。周りを見て、自分が地面だと思っていたモノに目をむけて、それが目の前で燃えている彼ら(・・)と同じモノだと気付いて、すっとんきょうな叫び声をあげて人の山から転げ落ちた。

 それが貧困街での死者を弔う(処理する)教会主導の月一行事なのだとは後で知った事なのだけど、それを知るまでは世紀末すら生ぬるいストロングスタイル(火刑でGO!)な世界なのかと戦々恐々としていたのはご愛敬だと思う。

 そうして出血死から焼死へのペットボトルも真っ青な高速リサイクル(輪廻転生)を免れた僕は、焼死を逃れたラッキーボーイとして教会での従事(無給、長時間拘束、休憩なし、まかない(炊き出し)アリ)を許され、毎日貧民街と教会の往復を日課として第二の人生を過ごしている。

 

 ちなみに僕が話した(推定)魔法現象は、教会のシスターが聖火ランナーの人が持っているような逆三角錐の松明から火をボウボウと噴出させる、いわゆる火炎放射的なアレだった。多分魔法だと思う。ファイヤーうんたら的な。でもこの世界で初めて見た魔法が自分を殺しかけていた火刑だというのはロマンも何もないので、魔法じゃなければいいなとも少しだけ思っている。

 

 死んだ判定されていただけあって体がボロボロすぎだったり、結局住まいは貧民街の路上なので気まぐれに殺されかけたり、装備所持金を気にするどころか今夜の寝床を気にしなければいけないとか色々あるけど…


 どうにかこうにか生きています!

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