七章 ❶
タイトルが決まってません。
僕は爺ちゃんの書斎が好きだ。古い本ばっかり置いてある。
インクの匂いが、本棚に並んだ本の数だけ積まれていて落ち着いてしまう。
お父さんとお母さんは僕が小さい頃に死んじゃった。
それからはお爺ちゃんと二人で暮らしてる。
生活は楽ではないけど悪くもない。
何故なら、お爺ちゃんは魔法使いで五十を過ぎても現役だったから。
お爺ちゃんはお父さんとお母さんがいなくなった五才の頃から、僕に魔法使いの訓練を始めた。
毎朝街の外壁沿いを一周走る。それは、三歳ごとに一周追加された。
走り終わったら腕立て、腹筋、背筋、反復横跳び三十回。これは歳を取る度に十回づつ増やされた。
それから、ヘトヘトになって朝ごはん。胃の中に食べ物を詰め込むまでが訓練だった。
次にイメージトレーニングの為に、寝てしまうと電撃が走る真っ暗闇の中に三時間放置される。
最後に頭がボーっとしている状態で、失神する迄魔力を水晶に放出する訓練で終了する。
これを狩人登録できる十五歳まで続けられた。
それに十歳からは上の訓練に加え、月、火、水の日はお爺ちゃんの知り合いの剣士さん。木、金、土の日は同じくお爺ちゃんの知り合いの修拳士さんの所で訓練をした。
そして、本格的な修行が始まる狩人稼業初日、魔物の群れに襲われて爺ちゃんは死んだ。
もう、どうやって生きていけばいいの分からない。
まだ、火球の一つさえ放つことの出来ない、出来損ないの魔術師を育てながら狩りを行う狩人はどこにもいないからだ。
だけど幸い、薬草収集はお手の物だった。
スライムやゴブリン程度なら一人でも狩れた。
剣士さんと修拳士さんのおかげだった。
小銭を稼ぐ毎日、魔術師がソロで狩りを行なっているとやはり噂になった。
声を掛けてくれる人も何人かいた。でも全部断った。
惨めだった。魔術師が剣と盾を持って、剣術と体術で魔物を屠るんだ。
五等星に上がるまで、必死で家に置いてある魔術の本を読み漁った。
実践もしてみた。けれど、一向に魔法が使えるようになる気配はしなかった。
◆◇◆◇◆
今日も、一人で街の近くの森に出掛けた。
街の周囲でも魔物が現れるようになった。だから、なるべく近くの狩場に向かう事にしている。
いま思えば、爺ちゃんが魔物の群れと刺し違えた時期から、魔物は少しづつ増えていたみたいだ。
森、と言うより林に近く、この森の中は結構明るい。
しかも朝一ということもあって、靄がかかっていてどこか神秘的だ。
何故朝一かというと、目当ての花が夜と朝の境目しか咲かないからだ。
全く、なんて面倒くさい花なんだろう。
しかし、綺麗で匂いも良い。これが貴重な薬の素材となるのだ。何故か納得してしまう。
スコップで丁寧に掘り起こし、根を傷つけないように専用の採集箱に周りの土ごと植え替える。
そしてカードに封入して立ち上がる。
ぅん!?
汗が頰を伝う。
顎まで行き着いた汗が、溜まって滴る。
あぁ…なんて事だ…。
採集に気を取られて気づかなかった。
遠巻きにゴブリンの集団に囲まれていた。
二体か三体なら、今の僕の技術でも斬り倒せる。
五体や六体でも、何とか逃げおおせる事くらいはできる。
でもホブゴブリン迄いたら…。
ジリジリと包囲を狭めてくる。
まだこっちが気づいているとは思っていないのだろう。
どうする?ゴブリン達に捕まれば玩具のように遊ばれて最後には殺されて喰われる。
お爺ちゃんの言葉が脳裏を過ぎる。
足掻け、踠いて這い蹲ってどんなに無様でも逃げろ。
ニタニタと笑い涎を垂らすゴブリン達、その中で一匹だけ背の高いゴブリンへ正対する様に立ち上がる。
そしてゆっくりと、左腕の円盾を右肩へ持ち上げる。
目の前のゴブリン達は一斉に武器や盾を構える。
瞬間、左足を後ろへずらしながら反転して、盾に回転を加えながら盾の留め金のスイッチを押す。
後ろの正面のゴブリンは、急いで盾を構えようとするけれど、遅い!
勢いよく放たれた円盾は、一直線に突き進みゴブリンの額へ命中する。
もう僕は走っている。倒れ込むゴブリンの顔面を踏みつけながら、右手のブロードソードで何が起こったか理解できずに突っ立っているゴブリンの頚動脈を攫う。
円盾にはロープが付いているので、手繰り寄せながら走る。
こんなにも簡単に倒せるものなのかと吃驚してしまう。
何時も相手の出方を待ちながら対処してきたので、ちょっと気持ちよかった。
奇襲は成功した。そして、逃走が始まった。
◆◇◆◇◆
それでもやっぱり多勢に無勢、一体や二体倒したからとて形勢が逆転するはずもない。
直ぐにホブゴブリンの怒声で我に帰ったゴブリン達は、僕を追撃してきたからだ。
これが、ソロの怖いところだ。
四、五人のパーティなら、前衛がゴブリンの攻撃を弾きつつ、後衛の盗賊、弓士、魔術師が飛び道具で確実に敵を減らす。勿論、前衛の戦士や騎士が切り殺していくのもありだろう。
そして、慌てたホブゴブリンに鉄槌を下し終了だ。
でも、たった一人でそんなことができるわけもなく、採集とはいえ、狩りに出て狩られる側に回ってしまった。
他のパーティーの気配を探るが、朝一なので森に他の狩人の気配は掴めない。
当たり前だ、いたらラッキーなんだ。
ジグザグに動きながら街道を目指す。
誰でもいいからいて欲しい。
カッ
背筋がゾッとする。
恐らく、ゴブリンが放った矢が木に刺さったのだろう。
けれど、後ろを振り向いて確認する余裕はない。
後ろを振り向けば、ゴブリン達との距離を詰められてしまうから。
ジグザグに動いて木を盾にしながら走る。
修拳士のお爺ちゃんの教えが生きている。
「ハァッハァッハァッ」
鼓動は激しいが、まだまだ余裕がある。
伊達に走り込みを続けていない。
少しづつ光が強くなっている。森の切れ目だ!
ヒュッ
「んっ!」
左腕が熱い!矢が掠めたんだ!でも、街道へは直ぐだ!!
最後の茂みを強引に突き抜けて、転がるように街道へ出た。
遠目に街が見える。そして、ムンティスの街へ続く丘も見える。
だが、街道には誰一人として見えなかった。
でも、惚けている暇はない。
確認が終わって、また直ぐに走り始める。
絶望している暇はない。
何時も帰っている街にまた今日も帰るんだ!
ギャッ!ギャッ!と後ろで声が聞こえる!
追ってきている…。
クソッもう諦めろよ!
グラッ…
一瞬視界がグラつく…
まさか!
僕は走りながら左腕を確認する。
ジンジンと痛む傷口が青紫に変色していた。
毒だ。まずい…。
ゴブリンが使う毒は、獲物を弱らせるための毒が殆どで、主に麻痺毒か睡眠毒だ。
それはそうだ。獲物が死ぬような毒を使えば、自分達が楽しめないし食糧にもできない。
痺れはないので睡眠毒だろう。頭が強烈な眠気を訴えてきている。
走りながら腰に差している短剣を引き抜き、左腕を斬り付ける。
一瞬、激痛とともに視界が元に戻る。
よし、これで走れる!
ドッドッ
あっ…
単調になった走りに合わせ、肩と背中に矢が二本刺さった。
それでも前進をやめないが、強烈な眠気が輪をかけて襲ってくる。
足がガクガクと震えている。目の前は右へ左へブレている。
頭の後ろからドンドン近付いてくる、けたたましい人間のものではない笑い声。
さっき見たゴブリンのように涎を垂らしながら、遠のく意識の中で最後の抵抗を試みる。
方向転換!ありったけの力を込めてブロードソードを振り上げる。
目の前にいたのはホブゴブリン。
分厚い棍棒が、ヘロヘロと振り下ろされるブロードソードを弾き飛ばす。
そう、頭の中の行動は現実世界に即していなかった。
そして繰り出されるホブゴブリンの拳が、流れるように頰に決まる。
ドッゴロゴロゴロ…
強烈な衝撃が頭を揺さぶり、血の味が口の中を満たした。
けれどまた、冬の夜に毛布を四枚掛けたかのような睡眠欲が襲ってくる。
あぁ…僕は次、目を冷ますことがあるんだろうか…。
◆◇◆◇◆
「あれ…?『鷹の目』…ん!ブラド急げ!
『一心同体』!『疾風』!」
ヒルデも追随する。
丘の上から見えた景色に違和感を感じ、遠距離視認の魄術を使うとゴブリンに襲われている人が見えた。
そこからは猛ダッシュだ。
ヒルデと交代とはいえ、一昼夜走り通したとは思えない力強さでブラドは疾る。
「ヒルデ!先行してあの人を守れ!」
「ウォン!」
ヒルデは俺を乗せていない分身軽だし、元々最高速度はヒルデが上だ。
その速さで、ダラダラと涎を垂らしながら近い付いていくゴブリンに瞬時に迫り鉄槌が加えられる。
単純に体当りをしたのだ。それと同時に巻き起こる土埃。
何事かと目を丸くするゴブリン達は混乱に陥った。
体当りされたゴブリンは、遥か前方へ飛び去った。




