六章 11 ミョルニルの槌と旅立ち
「こんばんわ」
俺は弟子たち三人を連れて、ミョルニルの槌の母屋にある食堂へ入っていった。
「おぉ、レン。ん?お前らも今から食事か?」
親方が声をかけてくる。十人は軽く座れるくらいの長テーブルだ。既に親方、その隣にフォーゲルさんが座っている。
女将さんの食事の準備をを手伝って、リーンさんがせかせかと動いている。
「おやおや、じゃぁレン達の分も配膳するよ」
「あっ、俺手伝います」
「「「僕(私)も!!」」」
次々とワイルドボアのスープが器に注がれ、それをバケツリレーのように流れるように配膳して行く。
直ぐに全員が席について、それぞれの神にお祈り済ませた。
「おら!お前ら食え!そしてもっと強くなれ!」
ミョルニルの槌の食事風景に『お行儀良く』なんて言葉は存在しない。
ただ、肉も野菜も好きなだけ、好き嫌いせずに口に詰め込み、よく噛んで喉を鳴らして胃にしまう。
それがルールだ。
だから、幸福感がハンパない。消費量もハンパない。
勿論、鮮度は透明、味は逸品。美味い事はいい事だ。
食欲が綺麗に満たされていれば、恐れる事は何もない。
満腹感を征服するために、この時間は戦場と化す。
手元に置いてあるワイルドボアの透き通った山吹色のスープには、ワイルドボアの骨から出汁をとり、口の中に放り込めば、ほろほろと肉が溶けて行く一口大のワイルドボアの肉、キャロット、カリフラワー、オニオン、キノコが、何個も無造作に浸かっている。
テーブルの中央に置かれているバケットを、無造作に千切ってスープに浸して口に運ぶだけで、スープがなくなるまでバケットを貪れる。
また、ふた山に分けてある皮付き厚切りフライドポテトは、綺麗に土を落とした皮付きだ。
この地方のポテトは特有の風味があり、この大陸の北方で取れるポテトより味がいい。
勿論ざっくり大き目のオニオンもフライにしてある。
ただ、塩気は控えめにしてあって、塩とケチャップ、マスタードの中からちょんとつけて口に運び、その都度味をリセットして楽しめる。
横に置かれている水差しには、白丸で浄化した水にレモンを薄くスライスして入れてある。
それらを胃が満足するまで詰め込むのがミョルニルの槌の流儀だ。
そして、片付けも一段落して水を口にしている親方に向けて口を開く。
「親方…ちょっと話が…」
「王命の事か?」
「え…知ってたの?」
「あぁ、昼過ぎに通達があったからな。しかし残念だがまだ制限武具は出来とらんぞ」
「いや、大丈夫です。昼にギルマスに稽古をつけてもらった時に、十分今の装備でやれたんで」
「なんだお前、ゼオとやったのか?」
「はい、ギルマスの制限武具も見せてもらいました」
「ん!?で、お前の武具の調子は?」
「ピンピンしてます」
「ゼオの坊主の制限武具だと雷撃が追撃する。そこへ『ギア』による連続攻撃だ。お前の装備じゃ耐えきれんと思ったが…。」
「はい、途中までは…」
「何?」
「途中から『鬼力解放』っていうスキルが覚醒して、電撃を防ぎました」
「ふーむ、『超速再生』ではなかったのか?」
「ん〜どうなんでしょう?細かいところはわからないんですけど、全身の筋力、感知力の底上げと、そして鬼気が全身を守ってくれました」
「それが鬼力解放か…」
「使いようによりけりだとは思うんですけど、使い込みが足りないです」
「まぁ、そうだろうな。で、話は脱線したが、お前が帰ってくるまでにはなんとか制限武具をものにしといてやるよ」
「有難うございます」
「これからもうでるのか?」
「はい。で、何かあればルイ達に言ってください」
ルイ達をチラッと見る。
三人とも頷く。
「はっ!ひよっこの癖に泣かしてくれるじゃねぇか。
お前ら、レンがいない間、俺がシメてやっから覚悟しとけ!」
「「「えーーーーーー!!?」」」
ルイ達三人が悲鳴をあげる。
「こう見えても、うちの旦那は一等星の狩人だからね?」
女将さんの会心の一言が、皆の三半規管に突き刺さる。
「「「「「「えーーーーーーっ!!!??」」」」」」
コレには俺、フォーゲル(若旦那)さん、リーン(お嬢さん)さんもびびった。
「えっ、お父さん…狩人だったの?」
リーンさんは目を丸くしている。
「あぁ、貴重な鉱石や素材を集めるのにはどうしてもな…。
その旅の途中でコイツ(女将さん)とあって結婚した」
「ん?ちょっと待って。母さんもしかして…」
フォーゲルさんの頰が引きつっている。
「あたしは二等星止まりさ。それに…引退して結構経つからね。色々と肉が付いちまったよ」
「「うそ…」」
俺たちより、家族の二人が驚いている。
「ま、まぁ…俺に説教する時やけに真に迫ってたから、狩人だったのかとは思ってたけど…」
天は二物を与えずと言うけれど…親方は天才じゃないのかな…?
「俺の鍛治の師匠は言ってたな…、狩人が持ってくる素材がどう言う場所で生まれて、どう言う特性があって、どう言う武具に適しているのか…。本で見たり読んだだけの知識じゃろくな武具は作れないってな…。
まぁ、師匠と共に大陸中を放浪させられて、俺が一流と言われるようになるまで二十年はかかった。
そして、路銀稼ぎにもちょうど良かった狩人稼業をこなしていくうちに、気づいたら一等星になっていた。
そして、だからこそ魔獣共の恐ろしさと危うさが見に染みていやがる。
俺が怒鳴るのもそう言ったことがあるからだ」
「親方…」
「そしてだからこそ、お前らが命張って持ってきた素材を無駄にしないし活かし切ってみせる。それが俺の信条だ」
「あんた…」
「カーラ…」
そして手を取り合って見つめ合う二人…。
なんだこの惚気…。
でもまぁ、だからこその逸品なんだろうな。
はっきり言って親方の装備でなければ、戦い続ける事が出来なかった事が何度もある。
全く…親方様様だ。
と言うか、なんか静かだな。
って、ふと横を向くと三人が青い顔をして引きつった顔で笑っていた。
「どうした?良かったな、この頃姉さん達も自分の王命で朝稽古出来てなかっただろ?ちょうど良かったじゃないか」
「い、いや、その…今朝も三人で朝稽古してた時に練習付き合ってもらったんですけど…」
ルイが怯えている。
「領主様から依頼がくるかもしれないんだ、頑張れよ」
「何ぃ!?そうか…それならもっとバッチリ鍛えないとな…。ミョルニルの槌の名折れだ」
「「「は…はぃ…」」」
相当きついらしいな…。
◆◇◆◇◆
「それじゃ、行ってきます」
「おぅ、コイツらのことは俺に任せろ」
親方がガハハと笑う。
それに対して弟子達三人の顔は暗い。
「「「一日も早く帰って来てください!!!」」」
俺が帰ってきたところで解放されるかわからんのに…。
弟子の懇願に内心呟いた。
「でも、夜に出て行かなくてもいいんじゃない?」
リーンさんが名残惜しそうにつぶやく。
「ん〜夜の方が魔物も出やすいし、それを退治しとけば地元の狩人の負担が減るからね。後は夜間戦闘の訓練かな」
「ふーん…あたしもお父さんに稽古つけてもらおうっかな…」
ん〜、リーンさんが親方みたいにムキムキになるのはどうなのか…。
「じゃぁ、すぐに戻ってくるとは思いますけど…」
「気をつけてな」
「危なかったらすぐ逃げるんだよ?」
「帰ってくるまでには父さんと制限武具を作っておくよ」
「早く帰ってきてね」
「「「師匠の留守は僕(俺)(私)たちが守ります!!」」」
「じゃぁ、行ってきます!」
◆◇◆◇◆
ブラドに跨り微速で、街灯で照らされている大通りを北上し、中央の役所まで来たとき、見慣れた人影が右手を上げた。
「リスティさん?」
暗がりだが何となくわかる。
「どうして、何も言わずに行っちゃうの?」
おっと…これはどう言うことだ…?
確かに一声かけるのを失念していたが…。
「お昼過ぎに通達が来たの…」
んんんんん〜?なんかいろんなところに通達いってないか?
「王命だから仕方ないとは思うけど一言はあっても良かったな…」
俯きながらやっと聞こえるような声で話すリスティさん。
「よっと…」
ブラドから降りてリスティさんの前に立つ。
「こ、この子がレン君の乗騎なのね…」
恐る恐る近づいて横腹あたりを撫でる。
するとブラドがリスティさんに頬擦りをした。
「こいつブラドですよ?」
「えっ?この子ブーちゃんなの?いつのまに大っきく…」
めちゃくちゃ驚いている。
「いや、普段は幼獣化といって、街中で怖がられないようにしてるんです」
「そうなんだ…ブーちゃん大っきい!」
ブラドに抱きつくと、ブラドも答えるようにペロッと舐めた。
その眼鏡美人の見せる仕草とは思えないギャップにズキュンときた。
「じゃぁ、ヒーちゃんも?」
「えぇ」
「お留守番?」
「外に出たら解放して、並走しながら走っていく予定です」
「そっか…いつ頃戻ってくるの?」
「ん〜一月程度ですかね?」
「そうなんだ…。一月も…」
なんか凄く落ち込んでる感じがするんだけど…?
「どうかしました?」
「あっ…いえ、大丈夫です」
ん?
「じゃぁ…ずっとお引き留めするのはいけないので…これを…」
スッとアクセサリを渡された。
「まだ会ってそんなに立ってなくて、重いかもしれないけれど…」
丁寧な細工だ。気品もあるが、微量だが付与魔術による全ステータス上昇効果がある。
付与魔術はかなり廃れてしまったので、今ではかなり貴重だ。
「私の代わりに持って行って下さい」
「えっ…こんな貴重なものを?」
「はい。母の形見だったんですが、こういう仕事なんで必要ないんです。
だから、レンさんに持って行って欲しいんです」
まっすぐな目だ。下手に断るより…
「分かりました、絶対に帰ってきてお返しします」
「はい、じゃぁちょっと下を向いて下さい」
「えっ?」
と、目の前が真っ暗になって、首の後ろにちょっとした重みを感じた。
間を置かず唇に暖かく柔らかいもう1つの唇が重なった感じがした。
そしてすぐにその感触は失われ、目の前も光を取り戻す。
後ろ歩きで二、三歩程後ずさったリスティさんがバイバイをしながら言った。
「約束ですよ、早く戻ってきて下さいね!」
これは一日も早く戻らねばいけなくなった。




