六章 ❾ ムンティスと侯爵
ハンターズギルドを出る前に、受付嬢二人に軽く挨拶をした。
シンシアさんはいつ誘ってくれるの?という目で見つめている。
あーいつになるんだろうか?
約束が増えていっている気がしてならない。
早く一つでも消化しないと…。
そんな事を考えながら街を歩き、ギルマスから私服で良いから立ち寄る様にと指示されたムンティス侯爵の屋敷前に立つ。
と、言っても役所の隣に立ち、立派な出で立ちには見えない。
本当にここだろうか?と悩んでいると、衛兵に声をかけられた。
「レン殿ですな?お話は承っております。中へどうぞ」
「あ、はい」
衛兵に従い中へ入ると、外からは思いもよらないシンプルだが隅々まで行き届いた気品が漂う。
「はー」
感服していると
「こちらで御座います」
と、案内を変わった執事の方に言われ、小走りについて行く。
ギッ
重厚なドアを開けて中に入る様勧められる。
「旦那様、レン殿に御座います」
恭しく一礼をすると、高身長の壮年の男性が持っていたティーカップを置いて席を立つ。
「おお、貴殿がレン殿か。
私はノールマン・デレス・ムンティス侯爵だ。
此度はこのムンティスを守護して頂き、ムンティス市民に変わり礼を言わせて欲しい。
本当に有難う」
深々と頭を下げる。
本当に今日は頭を下げられる日だな…。
「いえ、偶然あの場所にいて、偶然指揮を任されていただけです」
「その偶然に我が領民は助けられたんだ。全く…これは僥倖だよ。
更に、このムンティスとレーテに産業を起こそうとしているとか?」
「えっ?丸薬ですか?」
「うむ。私は既に二日酔いの丸薬を使わせてもらっている。
あれは本当に良い薬だ。
貴族や商人衆…それはブルガルド王国内だけではない、王国外からも多数の取引の依頼が来ている」
「そんなにですか?」
「そうだ、更にポーション同等の丸薬まで…これで真光聖教に諂わずにすむ」
やっぱり、教会は狡っからい事をしてたんだな。
「一気に懸案事項が二つも三つも無くなった。
それに、産業が起きるのは街の活性化にも繋がる」
「けれど、それにつながる問題も起きるのでは?」
「そうだ、そうなる。でもな?現状維持と言うものは、やがて街を衰退させていくのさ。
そんな事よりも新しい何かが発展して、新芽が育ち風が吹けば、商人が往き来し、既存の商業も活性化し、ムンティスは大いに栄える。
そしてそれはブルガルド王国の発展にも繋がる。
その新芽の育成と風の流れを停滞せない為に、私達貴族がいて其々に尽力しているのさ」
ほぇ〜立派だな。
「我がムンティス家は領主領民共在を旨とする。
片方が潰れては片方も潰れる。
誠心誠意領民に尽力する為、屋敷は質素に、しかし、役所の隣にあって何があっても逸早く駆けつける。
君もそうなのだろう?」
「そこまで気高くはないのですが、何かあれば直ぐに駆けつけます」
「ふふっ…それでいい。
我がムンティスを命を賭して守ったのだ。
それだけで十分だ」
「しかし、私は今から…」
掌を向けて言葉を堰き止められた。
「聞いている。王命だとな。
それならば従わねばならん」
「んん…」
「むっ?どうした?」
「侯爵様。侯爵様は獣人についてどう思われますか?」
「ん?どうも思わんが?」
さらりと返事が返ってきた。
「そうであれば、私の弟子を残して行くつもりなので、依頼を出していただければ優先的に受けるよう伝えておきます」
「ほぅ?その年で弟子?しかし、ランクは?」
「先日のムンティス防衛戦にて四等星に昇格いたしました」
「四等星!?弟子であろう?」
四等星になれば一通りの依頼をこなせる狩人の中で一人前と認められる。
「旦那様」
「ん?ジェフ、何か知っているのか?」
「はっ、ムンティス防衛戦にて、強大な竜巻が発生した件はご存知かと思われます」
「おおっ!役所の三階から見えたあれか!?」
「はっ、その竜巻を起こし、北門の魔獣供を一掃した獣人の狩人が四等星に昇格したと聞き及んでおります」
「それです。私の弟子です」
「なっ…なんと!」
「まだまだ至らぬ所が多いのですが、三人とも精霊使いですので、攻防だけでなく探索などにも十分にお力添え出来るものと思います」
「なんと!精霊使い!それは…まぁ確かに獣人には精霊との共感性が高いとは聞いたことがあるが…三人全員が…」
精霊使いは総じて感知能力が高く、索敵にも優れる。
更に、獣人本来の感知能力と掛け合わせればかなり有能な追跡者になれる。
「旦那様、一度お会いになっては如何でしょうか?」
「そうだな、色々と依頼できる事もあるかも知れん」
「ただ、経験が不足しておりますので、そこを考慮に入れていただけると助かります」
「そうか…善処する」
「旦那様、あれを…」
「おお、そうだ。驚嘆してばかりで忘れるところだった。
これを持っていくといい」
一枚のカードだ。
「コレは…?」
「我が領地で発行している通行証だ。
それにはレン殿の身分や、他の領地へ入る事を無償免除する事が記載されている。
加えて、高位警察権、高位検察権、中位裁判権を王国から与えられている旨、記載されている」
「はっ?ど、どういう事ですか!?」
「君はかなり王様から信頼されているのだろうな。
つまり、レン殿が不正ありと判断した者を、場合によってはその場で斬り捨てる権利まで持つという事だよ」
「えっ!?いや、そんな事…法律なんて知らないですよ?」
「そうだろうな?ただし、高位警察権や高位検察権、中位裁判権を持つものは王都にしかいない。
つまり、一旦停止させる事が出来るんですよ」
「停止?」
「我がブルガルド王国では、何らかの事象に警察・検察・裁判権が適用された場合、その一切を停止する事が高位の権力に認められている。
私達侯爵でさえ持っているものは下位裁判権以外は中位だ。
つまり、レン殿は我々侯爵をも止める抑止力を手に入れた、と言うことさ。
そして、その説明を受けさせる為にここに赴かせたのだろう。
勿論、下位権力の命令は君に適用されない。
思う存分正せと言う事なのだろう」
「えー」
「こんな権力を持つものは他にもいてね?商人や、旅人に混じって暮らしてたりするんだ」
「そうなんですか?」
「しかし、危険を伴う。
何故なら、その場でその人が殺されて仕舞えば誰も立証出来ないのだから。
その点レン君は問題ないよ。
君を殺せるとしたら上級魔族や、二つ星クラスの狩人に限られるからね」
「成る程…うってつけだ…」
俺も、そうそうやられる気はしない。
なにせ、ギルマス直伝の『ギア』とミョルニルの槌製作の武具一式があるからね。
「ああそうだ、もし使うときは『●●権を発動する』とカードに向かって宣言する事。
これで宣言した瞬間から、十分間の音声と映像を魔素レコードに記録するよ。
それと、詳しい取扱いについてはこの用紙に記載してある。目を通しておくように」
「えっ…これ…凄い技術なんじゃ…」
素直に感心した。
「だからこそ持てる人間も限られてる。
それに選ばれた事を感謝するといい。
因みに、現宰相たるドレファン様も、これを持って各地を回られてましたね」
「あーあの人なら…」
「ご存知ですか?」
「はい、一緒に行動した事があるので…」
「それは珍しい!
ドレファン様は王の右腕にして盾と呼ばれております。
けれど、その勇姿を拝見した事がなく…」
「凄かったですよ?
うちの姉達を、油断していたとはいえ捕縛しましたからね…」
「な!?あの勇者の直系や聖戦士達を…?
あぁ…一度でもいいから拝見してみたい…」
相当、ドレファンさんに傾倒してるなぁ。
「じゃぁそろそろ一度戻って街を出ます。
色々と有難うございました」
「うむ。あぁ、その通行証で一度に通れるのは4人迄だから気を付けてな」
「はい。分かりました。色々とありがとうございました」
俺は席を立った。
「あぁ、何か困ったらムンティス出張所に顔を出すといい。支援するように通達しておく」
「重ねて有難う御座います。それでは失礼します」
「うむ。それでは良い旅を」
ギッ
ドアが閉まった。
◆◇◆◇◆
ギッ
ドアがゆっくりと開く
「旦那様」
「彼は?」
「お帰りになられました」
「ジェフ。お前から見てどう思う」
ジェフと呼ばれた執事は、空になったカップに持ってきた新たな紅茶を注ぎ、一旦ポットを横に置き答える。
「は、実をとるタイプの人物かと…それと、並々ならぬ闘気を内に秘めております。『ムンティスの英雄』は違わぬ二つ名かと」
「何方だろうな?」
「それは間違いなくこのムンティス…いえブルガルド全体に益になる人物かと…」
「まだ若いぞ?力に溺れないか?」
「恐らく、その時は『姉』達の仕置きがあるでしょう。相当鍛えられたご様子ですし…」
「ふむ。まぁそうだな…。
あの『姉』達で抑えきれん事もなかろう。
それに、今回の一件で彼にも『姉』達にも色々と借りがある。
今後のムンティスの為にも、良き関係を結んでおいた方がいいだろうな」
「仰る通りに御座います」
「では、各街のムンティス出張所と出入りの商人達に通達を。
今後、各街を通過するであろう狩人レン・ミングルスに最大級の支援を。
決して失礼のないようにと伝えよ!」
「畏まりまして御座います」
ジェフは深く一礼して直ぐに部屋を出た。




