ストレイキャット〜第一話〜
初めまして、オチモと言います。
この「ストレイキャット」は初めての投稿になります。
初めての作品で長編はハードルが高いかもしれませんが、書きたい物語を書こうと考え、この作品を仕上げました。
変な部分もあるかと思いますが、暖かい目で見て頂けますと幸いです…。
それでは、ストレイキャット第一話、お楽しみ下さい。
─「生きるとは何か」
なぜ生きているかなんて分からない
なぜ死んじゃ駄目なのか分からない
それでも歩くのを止めない
一歩でも前に進んでいく
己を輝かし導く陽明が沈んでも
禁忌の闇を照らす街灯が消えても
それでも前に進んでいく
それはまるで、迷える猫の様に─
*****
突然だが、私は猫が大好きだ。
野良猫と触れ合うのが好きだ。
幼い頃に外で一人で遊んでいたら、瀕死の野良猫を見つけたので、放っておけず自宅に連れて手当してあげた、という出来事がきっかけで猫にハマってしまった。
ペットショップの猫たちなどもかわいいが、それらには無い内なる強さが野良猫にはある、という事をその時に感じたのが理由のひとつだ。
だらしのない背中・可愛らしい耳・甘えん坊で気ままな性格。
それに加え、凛とした目付き!どんな苦難も乗り越える身のこなし!!そして、心に訴える様な静寂を蝕む何人も近付けない恐怖の唸り!!!
「おかあさーん、あのおねえさん、ヘンなポーズしてるよ〜」
「ん、どうしたの?あっ……ほ…ほら、猫がいるから近付いちゃダメよ。」
……コホン。テンションが上がって厨二病っぽくなったが要は威嚇の事だ。
これらを兼ね備える野良猫に、私は魅入られたのだった。
私は猫たちを優しく撫でつつ、別れを告げてから帰宅を始めた。
私が住んでいるこの街には、野良猫が沢山いる。歩けば猫、歩けば猫、また歩けば猫。物陰を探すと大抵何処にでもいるのだ。それなのに、ネコ観光地として名前が挙げられた事は無い。せっかく猫と沢山ふれあえるのに、地域づくりする気が無いのかと思ってしまう。
この街で生まれ育って来た私は、猫たちが集まりやすいポイントを記録しており、それを「ネコスポット」と呼んでいる。昔からよく外で遊んでいた私は、沢山のネコスポットを見つけていた。昔からこの街では大きな変化が無かったため、ほとんどのネコスポットも場所を変えずに在り続けている。
そのおかげで、高校二年生になった今でも「ネコスポット巡り」をすることが出来た。登校時に猫に癒され、授業中は窓から微かに見える猫たちのじゃれ合いに癒され、放課後もまたネコスポットで癒される、そんな生活をほぼ毎日、素晴らしいネコ充生活である。成績がそんなに良くないのは……まあ考えない事にする。
そして今日も沢山猫たちと遊んできた。本当に毎日でも飽きない充実感・満足感。あ〜もうにやにやが止まらない。男に生まれれば一日中外出出来るのにと、女に生まれた事を後悔する。まあ学生だからどちらにしろダメだけど。
自宅に帰って来たので、整頓された教科書だらけのリュックから鍵を取り出し、
(今日の夜ご飯は何作ろうかな〜……あっ、野菜買い足してない、あちゃ〜やっちった)
おバカっ!と、扉ではなく自分の頭をノックしつつ、「高橋」の表札があるドアを解錠した。
「ただいま〜」
「……はい………はい……かしこまりました。要件は以上でよろしいですか?………」
家に入ると、遠くでお父さんの声が聞こえた。
いつもの様に仕事関係の電話をしているのだろう。リビングまで来ると、案の定お父さんがテーブルの上で手帳を開き、忙しそうにメモを取りながら電話をしていた。
「……では、そのような形でお願いします。また詳しい事は明日伺いますので。…はい。よろしくお願い致します。失礼致します。」
電話を切ると私と目が合い、
「……おかえり」
と、それ以上の言葉は無く、そそくさと片付けて自分の部屋に行ってしまった。コミュ障だったりイライラしている訳では無く、常にこんな感じで素っ気ない。ほんっとうに仕事人間だなと呆れつつ、私は洗面所で手を洗い夕飯の準備を始める。
お母さんは、私が小さい時に亡くなってしまった。だからずっとお父さんが男手一人で育ててくれて、お父さんに負担をかけまいと家事を手伝っていくうちに、徐々に私も家事を覚えていった。
幼い頃は仲良く家事をしていたが、お父さんの仕事が忙しくなり家にいない時間が多くなったため、今では私が家事のほとんどをやっている。ご飯の時くらい手伝えよとイライラした時もあったが、大好きな猫たちのご飯をこっそり作ってあげられたりするから、win-winだと思って気にしていない。会話が出来ないのはちょっと寂しいけど。
そんな事を思っていると、学校の疲れからだろうか、周りの空気が重く、冷たく、黒くなる。
お父さんが私と話す気が無くなっている事は、仕方が無いんだろうな。
だって
お母さんが事故に遭ったのは、私のせい。
だから、私の事を嫌いになっても仕方が無い。
私がお父さんに文句言える資格なんて無い。
私なんて居ない方が良かったのかな。
私なんて生まれない方が良かったのかな。
私なんて
私なんて
私なんて私なんて私なんて私なんて私なんて私なんて私なんて私なんて私なんて私なんて─
「いたっ」
ボーッしていたせいか、野菜を切っていた包丁が指に当たってしまった。幸い切り傷は無かった様だ。
……何やら水滴が目を覆っていたせいで不注意になってしまったが、多分玉ねぎを切っていて目が痒くなったからだろう。
「お父さーん、ご飯出来たよー」
リビングからお父さんの部屋に向かって声を出した。
が、反応なし。……返事くらいして欲しいが、お腹空いたら出てくるでしょ。ちゃっかり作ったお手製キャットフードをタッパに入れて自室に隠し、テレビをつけて食卓につき「いただきます」と言ってからお手製の甘口カレーを頬張った。
辛くないのに、まぶたの下は少し赤い色をしていた。
「いってきまーす!」
次の日の朝、返事の無い自宅から制服姿でウキウキと飛び出す。気持ちの良い快晴の朝六時半。登校前のこの時間に、昨日初めて見つけたネコスポットへ寄ろうと思っているのだ。
夏休みが明けて、半袖の服を着る人を見かけなくなったこの季節には、風が吹かなければちょうど暖かい天気である。絶好のネコ日和だ。
「美容院の角を曲がって、突き当たりを左、赤いポールの所を右……」
完全に記憶しているルートを辿りつつネコスポットを探していると、目的地についた。
古いビルが並ぶ狭い通りで、コンクリートの囲いの前に立つ自動販売機―全体は黄色いが年季が入っているため錆があちこちに出来ている―。交通量が少なく人気がない所にあるこの自動販売機の、ふもと部分の囲いには穴が空いており、くぐれば向こう側にあるビルの裏口に出る。
この穴付近がお目当ての場所だが、まだ猫は見かけられない。ワクワクしながら穴の前でかがんでしばらく待っていると、穴の中からひょっこり、可愛らしい耳をもつ白い動物が顔を出して現れた。
キュンとする登場に微笑ましくなるのも束の間、その一匹だけではなく、行進する様にぞろぞろと可愛らしい猫たちが穴から出てきたのである。
「おぉぉぉ…!!沢山いる!!」
さすがは新ネコスポット。興奮が止まらないが、いきなり猫に抱きつこうとしても逃げられてしまうため、まずは挨拶が必要である。
整頓された教科書だらけのリュックからタッパを取り出して、その中身―昨日作ったお手製キャットフード―を持参したスプーンですくって、猫たちの目線に入るようにスプーンを差し出した。すると、近くにいた猫たちが反応してスプーンの上にある食べ物に興味をもち、ジリジリと近づいて来た。
先頭の猫がまず一口、次の猫も一口、と次第にキャットフードに夢中になる猫たち。美味しそうに食べている隙に、ゆっくり優しくみんなを撫でてあげる。抵抗は無い、警戒を解いてくれた様だ。
幼い頃から猫とふれあっているおかげか、こうやって猫たちと仲良くなるのも手馴れてきた。この一連の流れを、この場にいる猫たちに繰り返していって、最終的にみんなと仲良くなる。自分で言うのも何だが猫とのふれあいに関しては玄人レベルなのではないだろうか。
「……気ままなのが一番いいよね。」
……やっぱり脳裏に過ぎってしまう。私は沢山の猫に囲まれながら、一番最初に出会ったあの子―幼い頃に出会った瀕死の野良猫―の事を思い出す。
*****
当時五歳の私は、自宅のとても広い庭にある公園もどきの小さな遊具たちで遊ぶ事がとても楽しみだった。そしていつもみたいに庭で遊んでいると、ガサガサッボトッと何やら家の囲いの上から落ちて来た音がした。ブランコから降りて確認しに行くと、そこには血だらけで今にも体力が尽きそうに横たわっている子猫がいた。
幼い私は非常に驚いた。この頃まで虫やら動物やらにふれあって来なかった私は、いきなり目の前に生命が終わりそうな瞬間を見せつけられ、恐怖を抱かずに居られなかった。それでも、責任感が人一倍強かったからだろうか、この子を助けなきゃ、という強い想いが恐怖を押し退けて小さい私の身体を動かした。
しかし、気持ちだけではどうしようもない。瀕死の猫を助けようにも、知識が全く無かった為どうしていいか分からず、泣き顔になりつつも家にある本を散らかしながら助ける方法を探していた―今思い返すと、当時の家に猫に関する本などある筈が無い―。
冷静さを失いかけてた時、ポンポンと優しく後ろから肩を叩かれた。
「どうしたの?」
本を散らかした事を怒りもせず優しく声を掛けてくれた女性、今は亡き私のお母さんだ。
私は泣きながらお母さんに助けを求めた。
「わあ、猫さんとても酷い傷。でももう大丈夫だよ。」
お母さんは絆創膏などの入った治療セットを持って来て、手際よく怪我している猫に手当てをした。
今思えば、本当に酷い傷なら医師ではないお母さんでは手当て出来ないので、すぐに病院に連れて行く必要があったが、お母さんは、この猫の怪我が脚の浅い切り傷一つだけである事・この猫は痩せ細っていたため怪我ではなく空腹により体力が奪われていた事・この猫が血塗れなのは怪我して動きづらい脚を引きずって転んでを繰り返して身体全体に血が付いたから重症に見えた、という事を見抜いていた。
「よし、手当ても出来たし、ご飯も沢山食べてるね。これでもう大丈夫だよ。病院に連れて行っても猫ちゃんは酷い扱いされちゃうから、私たちで面倒見てあげよっか!」
私が猫とすぐ仲良くなれるようになったのは、幼い頃から猫とふれあってきただけでなく、同じく猫好きで物知りのお母さんが、その日から優しく猫に関する知識を私に与えてくれたから。一緒にご飯を与えたり、一緒に撫でてあげたり、一緒に名前を付けたり。沢山の事をお母さんから学んだ。
お父さんの許可もあってこの子猫を私の家で飼うことになり、子猫もとても元気になって、お父さんもノリノリになって来て、私はこの三人と一匹の家族に居れることが凄く幸せだった。
*****
正直な話、野良猫が好きだからネコスポット巡りを続けている、というのは建前だ。この世に居ないお母さんと、あの時の子猫、ハナに会いたい、という寂しい気持ちを紛らわすため、私は今になっても猫たちに会いにいくのを止められないのだ。成績が悪くて赤点になりそうでも、この先の進路を微塵も考えなくて友達に置いていかれてても、どうしても、猫たちに会いたくなってしまう。
お母さんはもう居ないけど、お母さんの様に優しい人になりたい。
あの子はもう居ないけど、あの子の様にみんな元気であって欲しい。
「……お母さん…ハナ……」
切ない気持ちが胸に詰まって息が重くなる。
突然膝の上に猫が乗って来た。猫たちの気ままな姿を見て、かわいいな、と微笑んだ。
……そろそろ学校に向かわなければ行けない時間だろう。深呼吸をゆっくりと一回、心が落ち着いたところで、じゃあねと猫を撫でて学校に向かおうと立ち上がった。
「猫、好きなの?」
不意に背後から男性の透き通った低い声がした。気配が何も無かったため、非常に驚き振り返った。
そこには、だらしが無く汚い服装をしていて、男性の中では平均的な身長、男性にしては長いミディアムボブの様な髪型の男がこちらを見て立っていた。目が前髪で隠れていて、表情が全く伺えないが、汚い服装を見るに、典型的な"ホームレス"に見えた。
私はその場に立ち尽くし返事が出来なかった。しかし、言葉が出ないのは動揺によるものでは無かった。
少し強めの風が吹いた。男性の前髪が揺れて、隠れていた表情が伺えた。私は、自分のスカートがめくれていることを気にもかけず、目の前の男性をボーッと見つめてしまった。
だらしのない背中・可愛らしい福耳・ホームレス特有の気ままで汚い服装。
それでいて、凛とした目付き・どんな苦難も乗り越えそうながたいの良い身体。そして、
「随分懐かれてるんだね、珍しいな。」
そして、心に訴える様な静寂を渡る優しい囁き。
それはまるで、
「……ね……こ………?」
男性が続けて私に質問して来た。
「……ん?その制服……もしかして、第七高校?」
「えっ!あ、えっと…」
「奈那!何してるの!?」
言葉を出せずにいると、女子何人かがこちらに駆けつけているのが見えた。その女子のうち一人が、ホームレスの様な男性から私を庇うように私の腕を取って、駆けつけてきた方向へ走って連れていった。
私が言葉を発するより前に連れていかれてしまったが、あの男性はこちらを見たまま追いかける様子はなく、その場に立ち尽くしたままだった。駆けつけてきた女子たちは、学校で私と同じクラスの女の子たちだった。
「奈那、大丈夫!?何もされてない?」
「う、うん。大丈夫だよ…」
「なら良かった…警察呼ぼうか?」
「いや大丈夫だから遥菜!!本当に何も無かったし!!!」
謎の男性が見えなくなったところで、私の腕を取った女子に心配された。恐らくあの男性を不審者だと認識して私を庇ってくれたんだろう。
今声を掛けてくれたのは、私の隣の席でとても仲がいい村上遥菜だ。凄く気配りが出来る子で、困っている人がいたら率先して行動してくれる。普通、不審者に自分から立ち向かおうとは、力の弱い女の子なら尚更、考える人は少ないと思う。だけど遥菜は私を見知らぬあの男性から庇おうと立ち向かってくれた。私と遥菜、お互いに困ったら助け合うとても大切な親友だ。
ところで話は変わるが、私は高校生になってからネコスポット巡りがあまり出来なくなっている。理由は三つ。
一つ目は家事をやるようになったから。
二つ目は高校生になって勉強や部活が忙しくなったから。
三つ目は―
「もーびっくりしたよ奈那。なんかめっちゃ汚い人に絡まれてるんだもん」
「警察呼んだ方がいいんじゃない?うちの学校の生徒にあんなキモいやつが絡んでくるなんて、明らかに悪意しかないでしょ。」
「本当にあの手で、何処か触られたりしなかった?いきなり気持ち悪い人に声掛けられて、怖かったよね…」
「それにしても遥菜かっこよかった!良くあんな人外に近づけるよね〜」
「えっ…あ…いやその別にきたな……じゃなくて、奈那が心配だったから…」
女子たちがさっきのホームレスについて語り始めた。
三つ目の理由は、私が通っている学校の校風に、極度の潔癖が含まれている事だ。
私の通う学校、第七高校はかなり金持ちのボンボンが通うような高校であり、この学校の生徒全体で、身なりの整ってない人・少しでも違和感のある匂い・少しでも清掃が行き届いていないと思われる場所、これら全てを差別するような風習があるのだ。
あのホームレスの様な男性も差別の対象になってしまう。だから不審者に見えたとかそれ以前の話であって、この学校の関係者と汚らわしい人間が一緒にいる事自体が信じられないと考えられてしまうのだ。
そして私にとって一番ネックなのが、この街の野良猫たちも「汚らわしい」と酷い扱いを受けているという事である。
だから私が野良猫とふれあっている所を学校の皆に見られると、私がいじめられるだけでなく猫たちにも飛び火がかかりそうなので、登校前・放課後など皆に見られないタイミングでしかネコスポット巡りが出来なくなっているのだ。
この潔癖文化に気づいた高校一年生の時に、一度は担任の先生や校長に相談しようとした事があったが、すぐに諦めた。
この風習は校外には知られておらず、生徒のみに広まっている。だからお金持ちの高校生とその親に対して発言力の無い教師たちはこの文化に手を出せず、問題があった時に校外に知られないようにする事しか出来ないのを知っている。だから私はこっそりとネコとふれあうようにしたのだ。
遥菜や私と仲のいいクラスの友達は、決して悪い人では無い。高校一年生の時からの付き合いだから、お金持ちである自分の親に頼っていない芯のある人間という事くらい分かる。だけどそれと同時に、この優しい人たちにもかなり根深くこの学校の校風が染み付いている事が、余計にショックだった。
なんでそんなに学校の事情に詳しいかって?
……まあ色々あったから。
遥菜たちと学校に向かっていると、校門が見えて来た。
さっき出会った男性の事が頭から離れない。
覚悟の決まった顔、何にも属さない孤独の佇まい、悪意の感じられない声。
それはまるで、
「…野良猫みたいな人だった」
「ん?奈那、なんか言った?」
「ううん、なんでもないよ、遥菜」
「それより奈那、時間やばいよ!走ろ!!」
あの野良猫の様な男性に出会う事で、私の迷える心と、校門を走り過ぎようとするこの脚は、前に進み始めるのだった。
ストレイキャット〜第一話〜[完]
この作品、ストレイキャット第一話を読んで頂きありがとうございます。
初作品なので拙い部分もあるかと思いますが、これからも頑張って書き続けていきますので、どうかよろしくお願い致します!