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九抄.遠い世界

更新です。


もうそろそろ高校編を終わらせるつもりなので、ややはっきりと今後の展開が分かるような内容です。

まぁ、あと二抄くらいは続くかもしれませんね。

 オープンキャンパス。大学に通う前の疑似体験。それを選び、やってきた。賑やかに宣伝

をするサークル。講義室の見学や、研究施設の紹介など、目にする全てのもが新しく、驚き

を伴っていた。しかし、同時に子供ではいられないのだと、大人の世界の扉が目の前で広が

ることに、ひどく心が痛んだ。

「君、絶対にウチにおいでな? めっちゃ楽しいところやから」

 そんな常套句をいくつ掛けられたことか、まるで覚えていない。先輩に当たる人たちとは、

これで会うことはないかもしれないし、来年、また顔を合わせるかもしれない。それは俺が

選ぶことで結果は変わる。

「九十%の選択、か」

 不意にそんなことを思い出してしまう。きっともう、忘れているんだろう、美玖は。でも、

俺は覚えている。才能と努力だけではどうにもならない現実を知ってしまったから。振り回

される子供に、そんなものは意味がない。その後の運に賭けるしかないんだ。早く大人にな

りたい。そうすれば、努力でも才能でも、道は開く。

「百%選択なのかもしれない……」

 どれほど才能があろうとも、どれほど努力をしようとも、どれほど運に恵まれていようと

も、その全ては選択と言う範疇に収まってしまう。じゃあ、その選択すら迷い、答えを出せ

ない俺はいったい何なんだ?

 オープンキャンバスで分かったこと。それがそれだった。

 一日と言うものは当然のごとく過ぎ去り、鹿児島では見たことのない人の波の中を掻き分

け、いくつものアンケートを取るよう声を掛けられ、無視して歩いた。鹿児島よりも小さな

場所に、無数に蠢く人。改めて、美玖と出会えることはあり得ないと痛感する。こんなこと

なら、美玖に手紙を書いて、家でじっとしている方が、鹿児島に戻っている美玖と出会う機

会に恵まれたかもしれない。後悔することで覆る事象はない。陸橋を通過する電車の轟音に

紛れて、叫んでみればこの気持ちもどこかへ吹っ切れただろうか。―――無理だろうな。

 あくる日、大阪に別れを告げる。思い出はない。後悔はある。本来の目的を達成したと言

うのに、空港へ向かうバスの車内から眺める大都会には、後ろ髪を引かれた。

 空港に着き、飛行機に乗る。手順は何も変わらない。とりあえず、いくつかの土産袋を手

に、見納めになるかもしれない光景に馳せる思いを探してしまった。


 でも、不思議と落ち着いてしまう自分に気づいた。想像すれば簡単に予想出来ること。何

を期待していたのか、そんな自分に対する嫌悪までいかない、残念な気持ちが少しだけ、胸

を締め付けた。

「当たり前だよね……」

 昔から優しくて、格好良かったんだもん。彼女くらいいて当然なんだよね。

「そっかぁ……」

 哀しい気持ちよりも、少しだけホッとした気持ちがあった。一つの分からない、不安だっ

たものが解消されたんだもん。

「匠君、大事にしてたんだよね……」

 思い返す手紙の内容。きっと、私がそれを見たら勘違いしちゃうかもしれない。匠君は忘

れっぽいんだとか、面倒臭がり屋さんなんだ―――なんて、そんなわけがない。

 返事のない手紙が、ずっと匠君からの答えなんだって、私、気づけなかったな……。

「これ、もう渡せないよね……」

 良かったかもしれない。もし、あのまま匠君のお家に行っていれば、彼女さんと鉢合わせ

しちゃったかもしれない。その時、私は再会の喜びの中で、何を考えられたか分からない。

 だから、良かったんだよ。私が気づかなかっただけなんだもん。

「どうしようかな、これ」

 今まで色々なことを聞いて、変わりがないかを聞いていた。でも、変わらないものはなか

った。皆、歩いているんだよね。立ち止まってたのは、私なんだ。返事を期待して、ポスト

の確認を日課にしていた私は、ただ、そこから動こうとしていなかった。匠君がいつも助け

てくれて、優しくしてくれて、一人にしない人だから、ずっと気に掛けていて欲しかった。

 きっとまた戻れる日が来るから。そんな夢を信じていたから、こんな所まで来ちゃった。

「匠君……」

 匠君はやっぱり匠君だったんだよね。新しく歩き始めて、新しい道を選んだんだね。

 もう、終わりにしよう。匠君は大切な人が出来たから、返事を書かないようにしていたん

だもん。これ以上は迷惑、だね。

「ばいばい、匠君」

 出せない手紙。破ろうと手に持った瞬間、急に色々なことがその手紙の中から湧いてくる

みたいに、思い出した。

「人は、一%の才能と、一%の努力。それから八%の運、だったよね……」

 運がなかった。才能もない。努力も足りない。私が選んだ道の先には、もうあの日に戻れるものはないんだよね。

沢山遊んでくれて、いつも守ってくれて、どこまでも引張ってくれて、ありがとう、匠君。

「好き、だったよ……きっと」

 初恋。きっとそう。いつからとかじゃなくて、気がついた時にはそうだったはず。だから、お別れをしなくちゃいけない。匠君はもう、私の手を引いてくれることはないから。私が匠君の手を引張ることは出来ないから。沢山の思い出をその手紙に込めて、私は少しだけ震える指先に力を込めた。

「はぁ……はぁ……っ!」

「え……?」

 それは、一瞬の風の中にあった、長く、ゆっくりとした瞬間。

その時だった。私の目の前を角から走ってきた女の子が、息を切らせて目の前を駆けた。気づいて顔を向けた時、その子は私に少しだけ驚いたみたいに歩幅を変えた。さっき見た時にはなかった少しだけ赤い顔。ショートカットの似合い女の子で、私でも可愛いなって思える人だった。

でも、目が合ったと思った瞬間、それは風の中に消えて、その子は走り去った。

「どうか、したのかな……?」

 すごく焦っていたようにも見える。でも、誰かも分からない、きっと匠君の彼女。私が気にしても駄目なことだから、私はあの子の背中を追いかけるように、心の中で匠君にさよならを告げた。破ろうとした手紙をカバンに仕舞い込んで、誰もいないところで、もう一度、そっとお別れをすることにして。

「やっぱり、あそこかな……」


 ショック、なんだと思った。ううん。ショックなんだよ、やっぱり。

 冷静さを欠いた。弓道なら間違いなく得点はなし。私らしくない。

「違う。違う……」

 私らしいわけじゃない。違う。これも違う。知らないだけなんだから。

「落ち着け、わたし……」

 私らしいとか、そういうのじゃない。だって、海津君は言っていた。大阪に行くかもしれないと。だから、不自然じゃない。不自然なのは私。今の時期なんだから、当然のはず。でも、胸の中に宿るものは、消えてはくれない。ただ、一言だけが欲しかった。それだけなのに。

「浮かれて、何やってんだろ……馬鹿みたい」

 走りつかれて、今気づいた。またあの神社に来てた。どうしてだろう? 誰もいないところに来たかったから、かもしれない。

「今頃、大阪にいるんだよね……」

 どこにもいない。何も言ってくれなかった。どれだけ甘えていたのか、幾ら甘えれば良いのか、馬鹿だった。子供だった。一人で浮かれてた。そして、恥ずかしくて―――哀しかった。皆が勘違いして、つられて勘違いして、でもそんな現実はなくて、皆が騙されてる中で、海津君だけは何も干渉を受けなくて、ただ一人、何も見失っていない。きっと、海津君だけはずっと、ずっと遠くの世界を―――その世界だけを見ていたんだ。今いるこの場所じゃなくて、決めていたその場所だけをずっと。

「分かってた、はずだけど、でも……」

 もう少しだけ、もう少しだけで良いから、こっちも見て欲しい気持ちが強くなって、また哀しくなってきた。

「あれ? 梓紗?」

 背中から聞こえた声に、体が少しだけ引き締められるような驚きがあった。

「木、津……?」

 振り返った時、自転車に跨った木津がいた。


閲覧ありがとうございました。


次回更新予定作品は、前もって連絡していた通り、11月1日にユースウォーカーズです。


さらに今後は、アルファポリスにて青春大賞が開催されるにあたって、ユースウォーカーズと明日のキミへを登録しているので、その二つを主に更新していくつもりですので、11月中はそうなることをご了承下さい。


 もしかしたら、本作もエントリーするかもしれませんので、その時はどうぞよろしくお願いします。

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