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8/11

八抄.その思いの先へ

これまた予定日よりも早く更新です。


ようやく本作も中盤です。いやぁ、いつになったら終わるんだろう? 予定を大幅に超えてるなぁ(苦笑



それでも、これからは少しずつ時代の流れが速くなっていきます。


次回更新作などは後書きにあります。

 なんと言うべきだろうか。とにかく圧巻と圧迫に、息が詰まりそうと言うのが、正直な反応。伊丹空港に降り立って、中心街へ向かうバス乗り場でバスを待つ。鹿児島空港とは比にならない広さと人の数に、眩暈すら覚えそうだった。その上、空港の外はモノレールが空中を走っている。思わずその車両に見入り、田舎と都会の差を目の当たりにした。こんな所に美玖がいる。探せそうもない。途方もない地域で八年の時を経た。分からないのも無理はない。淡い期待がラムネの泡のように弾けてしまった。

 それでも都会の喧騒と新世界の遭遇には胸が高鳴る。見たこともない景色が、リムジンバスに乗り込むと移ろう。地理で学んだ淀川。ここまで大きな河川を見たことはなかった。それよりも驚いたことは多い。見たこともない巨大なビル群。梅田に入ると空が見えなくなった。俺の人生で空の無い世界なんて、ありえないことなのに、どこを見てもビル壁で、人が蠢き、圧迫感が少し苦しい。誰かを思うこととは違う胸の苦しさだった。

「すごいな……」

 それだけしか思い浮かばない。映像で見る世界とこの目で見る世界はあまりにも広角に差が生じた。丸ビルというビル前で下車してから、駅に向かう。予め地図を用意していたとは言え、ここがどこなのか、方角がどこなのか、それすらも分からないほどの都会に、ため息が漏れた。

 とにかく、向かう先はまずはホテル。荷物を置いて、どこかで昼食をとって、オープンキャンパスに行こう。何をしたら良いのか、判断がつかない中での最低限の行動に移ることにした。

「すみません。ここからここまでは、どう行けば良いですか?」

 大学のオープンキャンパス。目的はそれだけだ。明日には地元に戻る。時間なんてないに等しい。ホテルの受付で道を聞き、日差しと緑の少なさに熱が上昇する蒸し暑さに、駅を探して、テレビで見たような煩さなんてない電車の涼しさと、流れる景色に時間を潰した。

(俺の住む世界とは、ほんとに違うんだな……)

 都会の中を走る電車の車窓から、不意に美玖の手紙が思い浮かんだ。あいつはいつも鹿児島にいるこちらのことを伺っていた。嫌なのか? やはり手紙から感じれたように一人なのか? この都会の中から逃げたいのだろうか? そんなことばかりが浮かんでしまう。最も新しく届いた手紙に記されていた内容が、今日、美玖が鹿児島に居るというものだったのだ。気にならないわけがなかった。桜の写真を求めてきた美玖に、俺はまだ何も渡すことが出来ていない。少しでも時間が欲しい気分だった。

「俺は……どうなんだろうな……」

 都会が嫌いになったわけではない。むしろ地元にはない利便の良さには、悩むことがなく、とんとん拍子に目的地に迎えている。まだよくわからないことばかりとは言え、悪いとは思わない。ただ、経験がない分、意識がついていけないだけだ。それでも美玖はもう八年もこの町で過ごしている。いくら引っ込み思案だった美玖でも、生活環境には慣れているはず。それでも、相変わらず手紙を届けてくる美玖は、一体俺に何を求めているのか? それだけが、未だに分からない。持参した手紙にはきちんと住所が記されている。大阪府大東市。それがどこなのか、今の俺には皆目見当がつかない。正直な所、電車がどこを走っているのかすら分かっていないんだ。とにかく下車する駅の表示が出るまで、ドアの細い電光掲示板と景色を眺めることが、今の俺の精々だった。



 もう、すっかり大阪の生活が身についてしまっているんだって、バスを待っていて思っちゃった。大阪ならバスはそんなに待つことがないのに、ホテルに荷物を置いて、オープンキャンバスの帰り、少し寄り道をしようと思って待つバスは、なかなか来ない。時間は後十分くらいある。待ってる時間は二十分を越えてる。変則な時間にオープンキャンバスが終わったから、他にも私の知らない、多分地元の子たちがおしゃべりに熱中している。もしかしたら小学校の頃の知ってる子かなって、思う期待もあるけど、分かるはずがないってすぐに分かった。でも、ちょっとだけ思うこともある。私の友達よりも自然的。お洒落なんだけど、私の知る流行とは違って、少し田舎って思える格好。やっぱり鹿児島なんだって、私のふるさとの時間はゆっくりなんだって、きっと今の私の方がこの子たちの中では浮いている。それが恥ずかしくて、私はやっぱり帰ってきたんじゃないんだって、ちょっぴり痛感しちゃう。

仕方がないことだって分かってる。八年ぶりだもん。分からないよ、やっぱり。覚えている景色はそのままなのに、そこに居る人の流れは、私が知っている世界よりも随分と早く流れてる。それでも私が暮らす大阪には及んでない。おんなじ日本なのに、不思議な感覚があった。

「時間もあるし、ちょっとだけ、良いよね……?」

 懐かしい旅の思い出。オープンキャンパスでは大学内の色々なサークルが勧誘のチラシをくれて、ちょっとした小物とか、よく分からない資料みたいなものももらって、バッグの中はちょっと重みを増してる。その中にある、一通の手紙。消印のない手紙。これを投函したらどうなるかな? 匠君、驚いてくれるかな? そんなことを考えると、ちょっとだけ楽しくなる。それか、直接渡してみようかなとか考える。きっと気づいてくれるよね? 私も気づけるよね? 匠君、どんな風に成長したかな? 時が変わっても、私の思いはあんまり変わってないのかもしれない―――けれど、彼は? そう思うと、躊躇いに吐息が漏れる。

 バスがやってきて、整理券を取って窓際の一人座席に座る。流れる町並みに見覚えがあると、声は出なくても口が開いて、思い出が甦る。 近づく振動に八年前の映像が静かに私の心をくすぐっていく。降り立ったのは、小さな神社の近くのバス停。さびに標識が霞んでる。私が覚えてるバス停はまだ綺麗だった。雨風に晒されて見えずらい時刻表も、記憶のものとは違っていた。それでも―――。

「懐かしい……」

 昔遊んだ神社。喧騒はなくて、閑静な佇まいは、私の覚えている世界と繋がってた。友達が多くなかった私が、いつも匠君と遊んだ場所。二人で春には桜吹雪の中を駆け回って、夏は虫を探して、秋は落ち葉を集めてお手紙にして、冬には小さな雪ウサギを作った場所。ちゃんとあった。変わらない欠片で。

「ちゃんとあったんだね……」

 ベンチの傍にある一本の大きな木。陽光が木漏れ日の海を石畳に漂わせて、小鳥のさえずりが蝉時雨に負けないように響いてる。私が見たかった木。大阪にだって沢山の桜がある。でも、ここまで雄大で鎮座している桜はないかな。幹周りも一人じゃ全然届かない太さ。

「ここで、ぐるぐる駆け回ってたんだよね……」

 追いかける私を、匠君は逃げて、二人で桜の幹の周りを駆ける。それだけなのに、それだけが今の私の脳裏に焼きついていて、目の前の桜に、そんな私たちの姿が見えた。

「匠君、約束、覚えてないよね……」

 私がお願いしたこと―――写真が欲しい。でも、結局届かなかった。哀しいってことはないけれど、私の手紙が届いているのか、それがちょっとだけ、不安。一方的に送っている私。もしかしたら嫌がられているのかもしれない。そう考えてしまうことはある。でも、便りがないのは元気な証拠だって、言ってたのは匠君。きっと届いてるよね? ―――引越しとかじゃ、ないよね?

 いろんな不安があった。でも、今は不思議とそう言う気分が湧いてこない。そう―――ただ、懐かしいの。今思えるのはそれだけ。

「うん。これ、出しに行こう」

 小さな決意が夏風に背中を押されるように、踏み出す。もし、私の手紙を読んでくれているなら、きっと今日、私が鹿児島にいることは伝わってる。会って何かを伝えたい気分とは少しだけ違うの。ただ、会いたい。私のことをいつも見守ってくれた人だから。蝉時雨がエールみたいに神社の森の中から響いて、私は記憶を頼りに懐かしい、あの人の下へ歩き出す。



「……来ちゃった」

 目の前のお家。何度か帰り道で覚えた海津君の家。表札にもそう、ある。弟に踊らされている気がしないでもないけど、変わらない噂と、尾がついていく噂。それを誰も否定しない。それは嬉しいような哀しいような。つまりは苦しい。手を握ることもなければ、肩を寄せることもなくて、思えば思うだけ痛みを増す彼の唇も、ない。

 だから私は―――ずるいことをする。考えれば考えるほど自分が醜くなる。でも、それでも、私は好きなんだって気持ちには嘘をつけない。きっと優しい人だから。泣きたくなるくらいに優しい人だから、伝えたい。受け止めて欲しい。そう思うと、自然と足は覚えている、忘れることなんてない道のりを辿って、そこへ着いた。

「……どうしよう」

 ため息混じりの、怖気。

 無理だと思っていたのに、私は来てしまった。考えることよりも幾らも簡単に。だけど、そのインターフォンを押す勇気だけは持てない。ここに居る。彼が居る。その壁を隔てた先に。なのにその壁は私には大きすぎて、叩くことすら出来そうにない。

《誘われてねぇのに何言ってんだよ。このまま期待だけして結局何もない夏休みとかでいいのかよ?》

 こんな時に出てくるのが弟の言葉って言うのが嫌だけど、変わっていく中で、変わらない私たちの関係に、私はこれ以上耐えられそうにない。夏が終われば、もう受験の波の中。最後のチャンス。分かってる。分かってるけど―――。

「……はぁ」

 勇気が出ない。緊張してる。弓道の大会でも感じたことがないような胸の痛みと足のすくみ。力を抜いて、ただ的と向かい合うだけ。でも、その的は遠いから落ち着いていられる。でも、海津君は私が呼んだらすぐ目の前に居る。そんな状況で力なんて入らない。矢を打つ前に、弓から手が離れる。もどかしさも加わってきて、どうするべきなのか、どうしたいのか、力が入らなかった。

「少しだけ、休憩してからにしよう」

 そう思って、一旦離れようとした。でも、すぐに足が止まった。―――今、私がここから離れて、その間に匠君がどこかへ出かけたら? そう思ったら、それ以上陽炎が立ち昇る場所を歩けなくなった。

 私は今日を選んで、来た。私自身が選択してきたのに、ここでこの場を離れることは、逃げることになるんじゃ? 自ら選択したことから逃げる? 私には才能も努力も出来ない。きっと、ここに来たのだって努力じゃない。ううん。努力したからこそ来れた。きっと弟が何も言わなかったら来なかった。

「やっぱり、自分で選んでないよね、私……」

 これも結局弟の背中押しあってのこと。やっぱり私が立つ場所は、ただ押されるだけなんだって、ちょっとだけ自嘲が浮かんだ。

「ダメだよね。最後は自分でしっかりしないと」

 ここまで来て怖気づいていたら、海津君との距離は絶対に交わらない。周りが囃し立てるだけ囃し立てて、ただその流れに乗るだけ。誰も否定しない。だけど、誰も肯定もしない。私と海津君のことを勘違いした木津の言葉から広がったこと。私と海津君は傍にいても、ただ並行しているだけ。それが周りから交差しているように見えても、私はずっと海津君の後ろに居る。それが鮮明になってきた今、辛くなってくる。

「―――うん。行こう」

 振り返る。遠くにぱっと女の子が見えた。綺麗な髪と可愛い服。私よりもずっと女の子に見える。ううん、きっとそう。でも、私は私。海津君の玄関前に立ち直る。大きく大気を吸い込むと、身体の中に熱気が一気に体温を高める。日差しが少しずつ痛みを伴う中で、私は腕を伸ばそうとした。

「あら? 梓紗ちゃん?」

 心臓が一気にどこかに飛んでいったかと思うくらいに、びっくりした。

「あっ、こ、こんにちはっ」 

 勢いよく頭を下げた。もうほとんど反射。何がどうなったとか、誰だっけ? とか考える前に。

「はい、こんにちは。どうしたの。今日は?」

 そこで初めてその人を直視する。海津君のお母さんだった。何度か顔を合わせているから、おばさんもすぐに気づいてくれた。でも、二の句が出てこない。私の想定外。

「あっ、え、えっと、あの……その……」

 言いたいことを口にする。それは途方もない努力の賜物なんだって、おばさんを目の前に、ただ一言―――海津君、いますか? それが出てこない。

「あぁ、匠ね? ごめんね、梓紗ちゃん」

「……え?」

 でも、高鳴りと緊張が、おばさんの一言と、頬に当てている手に静けさを取り戻す。

「匠ね、明日まで大阪に行っているのよ。オープンキャンパスにね」

 一瞬にして、全身が引き締まるような、圧迫されているような、小さくなった気がした。海津君が大阪にオープンキャンパス? 初耳だった。そんなこと、一言だって海津君との話題になかった。

「ごめんね。もしかして、何か用事だったかしら? 伝えておくわよ?」

「あ、い、いえっ。大したことじゃないですからっ。そ、それじゃあ、失礼しますっ」

 高揚から衝撃に変わって、私は逃げ出すようにそこから走った。おばさんの呼ぶ声が聞こえたけど、私には海津君のことだけで、もういっぱいいっぱいだった。

「っ!」

 さっき見かけた女の子が、角を曲がるといた。今の顔を見られたくなくて、急いで走った。


 ―――逃げる。今日、私が選んだたった一つの選択だった。


拝読ありがとうございました。


本作は読者も少なく、正直更新していて自己満しかないような作品ですが、それでも、少ない読者様を見捨てることなく最後まで書きます。



今後の展開は、恐らく皆様の予想通りです(笑


答えは読んでもらえればな、と思います。



次の更新予定作は、「youth warkers」の後編です。

これはちょっと長くなるかもしれないので、予定日は16日とさせてもらいます。恐らく14日くらいに何だかんだで更新してるかもしれませんが、16日には確実に更新させるようにします。


その後は、現在アルファポリスでファンタジー大賞が開催されていて、それにエントリーしている作品が三作ありますので、10月までは、その三作品を集中的に更新して、10月からは「波の間に間に」「ライブラリアン」などを更新していきます。恐らくその途中で、「ココクラ」を挟むかもしれません。それから、ほのぼの日常ファンタジーを新規連載するかもしれないので、お楽しみに下さい!



追記。


連載中でした「fine art club」ですが、手違いにより削除してしまいました。


あの作品は、途中からバックアップをとっている作品で、ともみつの手元には、途中部からの作品しかなく、改めて掲載する場合、少々古い話なので覚えていないことが多いため、途中からの連載にして、人物表などを「ココクラ」のように書いていこうかと思っています。


読者様が比較的いらした作品を削除してしまい、ご覧頂いている皆様には疑問を与えてしまったことだと思いますが、もし、連載の再開をご希望する場合は、ともみつへメッセージでも評価からでも良いのでお知らせ下さいませ。連絡がない場合は、申し訳ありませんが、「fine art club」の掲載は無しと言うことにさせて頂きたいと思います。


いつまでも待っても仕方が無いので、9月20日までに連絡がない場合は以上の措置をとらせていただきます。再開の声が多ければ、多少内容は変更になると思いますが、覚えている範囲で最初から連載を改めて行うかもしれません。

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