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7/11

七抄.夏の休み

予定より早い更新です。

この前はどこかで三抄ほどで終わらせるとか行ってましたが、ここに来て無理だな、と確信しましたので先に連絡しておきます。つまりは、まだまだ続きそう?

 夏になると時間が遅くなる。日が夜八時を過ぎてようやく西の空が茜色に染まる。なのに、カレンダーは選択した日を迎えようとした。

「匠、準備は出来てるの?」

「大丈夫。一泊だけだし」

 小さなキャリーケースには隙間があった。タオルを少し多きく畳んで詰めた。ドキドキしている。緊張している。けれど、それ以上に手紙を見る時間が長い。

 今更もう戻れない。夏休みに入って、八月に入った。宿題とだらける日々ばかり。たまに木津と遊んだ。暑さでゲームセンターかどちらかの家でゲームか漫画を読むだけ。その日々が二週間ほど経った。

「じゃあ、気をつけていくのよ?」

「心配しすぎだって。子供じゃないんだから」

 バスセンターまで送ってもらい、そこからは空港バスで空港に向かう。見送りに来た母さんは心配そうに言う。気を使ってそうは言うが、きっと母さんは俺と言う人間を誰よりも知っている。だから分かってしまうんだろう。どうしようもない。俺はこの人の息子だから。

「じゃあ、行くよ」

「お土産忘れないでよ」

 言うだけは言う母さんに笑った。バスの中は数人だけだった。会社員らしい男に、若い女性が数人。空港までのひと時の仲間だった。久しぶりに見るバスからの光景。見慣れた景色が消えていく。これから向かう先に、一体何があるのか。俺には分からない。高揚感は不思議となかった。

「今頃、どうしてるんだろうな」

 キャリーケースとは別に提げカバンの中から手紙を取り出す。車内で読むと酔う。昔から変わらない癖のようなもの。だからじっくりとは読まない。


 ―――実は八月十日から一泊二日ですが、鹿児島に行くことになりました。


 返事を書けばよかっただろうか? 緑の山間を走るバスの外は、燃えそうなほどに眩しい夏の日差しが貫いていた。

 その日は俺、大阪に行く。そう俺が返事に書いていたなら美玖はどんな反応を示しただろう? 俺は考えなかったわけではないが、選ばなかったことをバスの窓に頭を寄せて、バスの旅に躊躇いを感じていた。

 空港内は実に夏の旅行シーズンに賑わいを見せていた。鹿児島に降り立つ観光客が無料の空港の出入り口の傍にある足湯を満喫していたり、土産物品店の鮮やかな南国色に開放的な気分が漂っていた。電子掲示板には搭乗予定の航空機があった。出発時刻まで約四十分ほどあった。全日空大阪伊丹行き。午前十時定刻出発予定。手荷物を預け、二階の保安検査場へ行く。土産を見ることもなく、空港独特の高揚感を味わうこともなく、保安検査場を通過した。搭乗口五番。ロビーで自販機で買った珈琲を飲んでいると、大阪からの到着便が目の前の窓の外へ巨大な姿を寄せた。三分ほどして続々と大阪からの搭乗者が降りてくる。

「…………」

 分かるわけなかった。花柄のワンピースの可愛いと思える女の子もいれば、ジーンズ姿の子、スカートの子。家族連れ、サラリーマン、恋人同士、鹿児島じゃ見ないようなお洒落な女の子。美玖がいるとすれば……。そんな淡い期待を胸に降りてくる人の波を見ていても、誰が誰なのか分からない。

「……?」

 ふいに、数人がこちらを振り返る姿を、意味もなく見てしまった。似たようなお土産袋を持つ人や、俺と同じように何も持たない子もいた。

 ―――美玖、か?

 出てくる人の波が途切れて、不意に最後に降りてきた女の子と目が合った気がした。そう思った瞬間には、その子は出口へと背中を向けた。目が合ったわけじゃなく、ただ物珍しさ空港を見ていただけのようで、内心で自嘲した。何を考えているのか、俺は。

 暫く待った後、機内へ案内が始まって、乗り込んだ。もう引き返すことが出来ない。最後の選択も、俺は選ばないまま、流れに乗ってしまった。


 夏休み。もうすっかり慣れてしまった梅田のビルの日向と陰の温暖差。吹きぬけるビル風も夏色に染まって朝からどんどん気温が上がってる。

「じゃあ、気をつけて行きなさいよ?」

「うん。どうせ移動ばかりだもん」

 伊丹空港の全日空のビルディング。久しぶりに来た空港はまだ八時にもなってないのに、もう混雑してる。皆どこに行くのかな? 夏の旅行シーズンに便乗するように、私の胸も高鳴っていた。

「ついたら連絡しなさいよ?」

「分かってる」

 お母さんの心配そうな声に、不思議とおかしさに笑いが漏れた。私ってやっぱり子供なんだね。お父さんとお母さんにしてみれば、いつまでも子供なんだろうけど、私は一人でも大丈夫、だと思う。初めての一人旅だから、ちょっと不安はある。でも、これから行く場所は帰る場所。だから大丈夫。

「それじゃあ、行ってくるね」

 エレベーターを上がるともう早速開店しているお土産屋さんには多くの人が行き来して、保安検査場も行列が出来ていた。こんな朝早くからどこに行くんだろう。人の多さには慣れているけれど、混雑ぶりにはちょっと驚いた。

 伊丹鹿児島線の始発便。午前八時十分発の機内は満員。隣には知らない男性と女性がいて、私は窓からもう住みなれた大阪の町の欠片を遠目に見た。これは帰る旅なのか、それとも新たに訪れる旅になるのか。ようやく叶う、長かった故郷への想いに緊張する高鳴りと、私が覚えているものがあるのだろうかという不安のドキドキが、離陸に座席に押し付けられる強さにさらに高鳴った。

 空はどこまでも青くて、雲は真白で、少しだけ耳が痛かった。近づいてるんだ。見慣れた大阪を離れて、広がる空と海に今まで感じていたものが、水に溶けるみたいにスーと消えた。

 機内アナウンスが着陸態勢に入ることを告げてから、私はすごく緊張してた。恐いとかじゃなくて、鹿児島なんだって。桜島が窓の外に見えた時、幼い記憶が少しずつ鮮明に瞼に映った。

 機内から降り立つ。大阪に居る時はちょっと派手かなって思ってきていた花柄ワンピースもそんなに目立つこともなくて、鹿児島の暑さには逆にこれで良かったかもしれないと、折り返し伊丹空港行きの飛行機を待つ人たちの目も、缶コーヒーを片手に据わっている男の子や携帯を弄ってるおじさんの目くらいしかなかった。

(帰ってきたんだ……)

 八年ぶりの鹿児島。オープンキャンパスが午後からだから、足早に空港を後にする。出入り口を出た途端に感じる、柔らかい熱気の壁にぶつかりながら、目的のバスに乗ってホテルと大学へ向かった。その近くには昔暮らしていた思い出の地があることを思い出しながら。

 変わってない。変わってなかった。それがどうしても嬉しくて、誰かと今、この気持ちを分かち合いたいくらいに私は見るもの全てに感動と興奮を覚えた。鹿児島市内の様子は変わっていて、都会チックになってたけど、目的の場所は私が覚えているおぼろげな記憶を鮮明に掻き立てなおしてくれるくらいに、ほとんど変化がなかった。すごく嬉しかった。もう帰る家も何もないのに、今すぐにでも帰りたいとキャリーケースを引く手がかすかに汗を帯びていた。ホテルについて荷物を部屋に残して大学に向かう。外は立っているだけで気分が悪くなりそうなくらいに強い日差しと夏の暑さに、木漏れ日を潜る涼しさが南国を醸し出していた。

「この後、行ってみよう、かな?」

 答えてくれる人はいない。昔はいつでも私のことを見てくれた人がいた。今は大阪に一人だけじゃない、沢山の友達がいる。でも、私が考えていたことは大学のことを色々と教えてくれる人の話じゃなくて、幼少を過ごし、かけがえのない大切なものをいつも私に与えてくれたたった一人のことばかりだった。


 夏休みに入ると、接点のない自分がもどかしく、つまらなく、何かを消失したショックに打ちひしがれてるみたいな、身の入らない気持ちが暑さに加速する。

「姉ちゃん、今日部活じゃねぇの?」

 弟も夏休みに入った。ただでさえ何もしないだらけた弟が、より一層ダメになってた。家事はいないでいつも起床はお昼前。夜は遅くまで起きてるし、日も高いうちから自分の部屋にクーラーをつけてる。

「今日は休み。ってかあんたね、ぐうたらばっかりしないで手伝うとかしないわけ? 宿題もよ」

「えー、夏休みだぜ? 休みなんだしいーじゃん。別に宿題なんて後半からでも間に合うし」

 間に合わないように、日ごろから取り組ませる為に宿題は多く出されてるってことに無自覚の弟に暑さも重なって、なんか腹が立つ。下の兄弟がいると良いよね、とか話題になる度に、あたしは否定する。こんなダメ弟がいるなら、一人っ子でいたほうがマシ。いつもそんなことを言ってる気がする。

「つーか、姉ちゃんこそ何かないわけ?」

「何よ?」

 ごろ寝したまま見上げてくる。姉を姉と思わない態度には見慣れているけど、やっぱりこいつは……とか呆れちゃう。

「せっかくの夏だぜ? 夏祭りとか海とか好きな奴とか誘わないわけ?」

 彼氏がいないことは知っている。だから好きな奴という。とっさに浮かぶ人が、いた。

「あ、いるんだ?」

「うるさいわね。あんたに言われたくない」

 顔に出てたみたい。茶化されて急な恥ずかしさに弟を蹴った。

「それに、そう言うのって誘うものじゃないでしょ?」

 誘われるものだと思うし。でも、夏休みに入ってから一度も顔を合わせてもいないし、声も聞いてない。

「誘われてねぇのに何言ってんだよ。このまま期待だけして結局何もない夏休みとかでいいの?」

 その指摘は、胸に響く。期待してないわけじゃない。海津君との仲は未だに付き合ってると思われてたりする。海津君はそれを否定しないでいつも笑顔で受け流している。私は甘えてる。でも、実際は何もない。それがもどかしくて、汗でべたついた胴衣をいつも来ている不快感のようなものがあった。

「大体さ、今の世の中男より女のが強ぇんだって。男から誘えるわけないじゃん」

 だから俺、待ってんの。漫画を広げながら言う弟にはため息しか出ないけど、言葉はそうなのかも、とか思うものもあった。

「どうせ休みなんだし、誘いにでも行けば?」

 無責任な言葉。出来るわけがない。海津君の家は知らないわけじゃないけど、直接尋ねて、なんてとてもじゃないけど無理。

「それか手紙。顔合わせないし楽じゃん?」

「手紙?」

 手紙、か。それなら……。

「って、何であんたにそんなこと言われないといけないのよっ」

「いてっ」

 ニヤニヤしてあたしを見る弟の顔は羞恥を隠すために叩いてごまかした。部屋に戻ったら、すぐに机を漁った。手紙なんて書いたことなんかほとんどない。まして、男の子に宛ててなんて書いたことなんかない。それでも、弟に言われるがままにあたしは探した。

「……やっぱりダメ」

 便箋はあった。昔ちょくちょくお遊びで持ってた便箋の残り。淡いピンクの桜柄。いざ書こうと思って、一文字も書くことが出来ないまま机に突っ伏す。近いうちに近所の夏祭りがある。とっくに海開きだってされてる。一緒に行ければ楽しいよね、なんてペンを転がす。でも、書けない。答えが分かっちゃったから。

「絶対に、断らないよね、海津君」

 いない人を想うのは、複雑でちょっと辛い。その相手が海津君だとなおさら。まっさらな便箋には何度も瞼にしか映らない言葉が消えていく。集中出来ない。答えが分かっていることに、歓喜出来ない自分がいる。優しすぎる彼だから。彼は優しすぎるくらいに優しい。であった当初は意識なんかしてなかった。きっかけなんてほんの些細なこと。それがいつの間にか無意識に背中を捜して、言葉を待って、朝誰よりも早く登校して、不純な思いに弓を引いてた。でも結果はついてきた。不純でもちゃんと練習できたから。褒めてくれて笑ってくれることだけに、いつしか弓を引いてた。

 でも、夏休み前のあの日から、その優しい笑顔が恐くなった。裏切らない彼だから、その優しさに思いを伝えることが出来なかった。

「あのこと、聞かなければ良かったの、かな……」

 笑顔の中にあった、海津君が笑顔でいる理由。あたしの勝手な憶測だけど、あたしだって女の子。分かっちゃう自分が嫌だった。海津君は優しい。けど、それは誰かに対する好意じゃなかった。勝手な勘違いの交差の中にいるあたしは気づいた。海津君は近い笑顔の中に遠くの寂しさを見せてるんだって。

「書けないよぉ……」

 もっと時間が浅ければ。もっと海津君との時間が短ければ。それかいっそ気づかない鈍感なあたしでいることが出来ていれば。気づいた思いを打ち消すには、時間が長すぎた。顔を埋める腕の中は、洗剤の夏の匂いが胸をもっと締め付けた。




これからは連載が滞っていた作品も更新していこうと考えているので、更新頻度は落ちます。他作品がやく十作ほどあるので、早くて週二ペースで更新しますので、約三週間毎の更新とお考え下さい。

あくまで余裕がある時の話ですが(^^;

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