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十抄.置別

今回は仕事で余裕がなく、少しの更新です。

「何してんだ? こんな所で」

 タイミング悪い。海津君とは全然察しが違う。早くどっか行け。心の中でそう思って、背中を向けた。今は、誰かと話したい気分じゃなかったから。

「おい、シカトかよ? どうしたんだよ?」

 背中で自転車を止める音が聞こえた。

「来ないで」

「は? 何で?」

 何も知らない足音が、砂利を転がしてくる。来ないでって言ってるのに。

「おい、梓紗? 何だよ? あっ、もしかして匠とデートでもして感傷に浸ってんのかよ?」

 その瞬間、全身を何かが通り抜ける。激震とは言わないけど、急に背中を押されたみたいに、心が強く痛んだ。そのおかしそうで楽しそうで、茶化す言葉が、すごく胸に響いた。

「うるさいっ! 来ないでって言ってるでしょっ……あ」

 思わずだった。気持ちが勝手にイライラして、声が出た。

葉桜が賢明に枝についている―――まるで縋るみたいに。でも、目の前でくっついていた葉っぱが、風に飛んでいった。

「お前、泣いてんのか……?」

「えっ? ち、ちがっ」

 言われて手を当てると、指先が濡れてた。自分でも気づかなかった。慌てて顔を背けて涙

を拭う。私、泣いてたんだ。匠君に会えなかっただけなのに。哀しい気持ち半分に、自分に

驚いていた。そうしたら、また思い出してきた。また、泣きそうに気持ちが高ぶった。

「おい、マジでどうした? どっか悪いのか?」

「うるさいっ! 関係ないんだから、ほっておいてよっ」

 鼻を啜ると、その分が涙に変わる。見て欲しい。もっと気づいて欲しい。どんなに遠くを

見ていても良いから。それでも、私はここにいるって。その為に今日は頑張った。色々と元

気付けてくれて、励ましてくれた人に、気持ちを伝えようって。でも、海津君はやっぱり遠

くしか見ていなくて、何も話してくれなかった。分かってる。頭ではそんなこと分かってる。

 でも、だからこそ心がついていかない。

「いや、でもよ……」

「いいからっ」

 しつこい。私がいいって言ってるんだから、どっか行ってよっ。そう言いたい気持ちが強

くなるけど、言葉に出来なかった。

「梓紗」

 肩に力がかかった。反抗しようとしたら、もっと強い力で撥ね退けられる。体が反転した。

「お前、匠と何かあったのか?」

 目の前に木津がいた。私の肩を掴んで、じっと見られる。俯くけど、言葉だけは背けられ

なかった。

「な、何にもない。関係ないんだから、ほっておいてよ」

 何もなかった。きっと初めからずっと。だから胸が痛いの。落ちた葉っぱはもう、元には

戻れないんだから。

「そんな顔して言っても意味ねぇんだよ。話せよ。幼馴染だろ?」

 だから何よ。関係ないじゃない。これは私だけの問題なんだから。

「おい、梓紗っ」

「うるさいっ! 馬鹿っ! 触らないでよっ」

 堪えきれない気持ちに、強く体を揺らして木津から離れた。話したくない。惨めで格好悪

い。それから、話したら絶対に泣く。そんな姿、木津に見られたくなかった。

「お前、喧嘩でもしたのか?」

 なのに、木津は話しかけてくる。

「……もしかして、お前……」

「言わないでっ」

 とっさに、木津の声色にそう言っていた。分かってることを聞きたくなんてない。耳を塞

いで叫んででも聞きたくなんてない。認めたら、全部なかったことになるから。全部消えち

ゃう。そんな哀しいことだけは、考えたくない。ただそれだけが、今日の私にある結果。

 木津の気配だけが背中にして、蝉の鳴き声が、泣き声に聞こえた。木津に怒っても仕方が

ないことは分かってる。小さい頃から知ってるだけだから、そんな八つ当たりなんて恥ずか

しい真似いている自分が、すごく情けなかったことも分かってる。でも、知ってるから、私

に入ってこようとすることが、恥ずかしくて嫌だった。

「……何が、あったんだよ?」

 木津の声が、少しだけ恐くなった。

「何もないって言ってるでしょ」

「おい、梓紗っ」

「何でもないったらっ」

 私をこれ以上惨めにさせないで。そう強く言葉にした。

「んな顔してっと、気になんだよっ」

「何でよっ! 関係ないでしょっ」

 関係ない。

「あっ……」

 その時、はっとした。関係ない。その言葉に、全身が強張った。関係ない。何も、関係な

かったの? その疑問が、鳥肌のような不快なものを帯びさせた。

「関係なくねぇよっ! 俺はなっ……俺は、お前が前から……」

「言わないでっ」

 でも、木津の言葉がすぐに聞こえて、さっきよりも泣きそうになった。その続きは聞きた

くない。聞いたら、もう全部がどうかなりそうで、言葉で塞ぐ。

「こんな時にそんなこと言うなんて、最低っ」

「あっ、おいっ、梓紗っ」

 気づいた時には、逃げ出していた。こんな時にあんなこと言われたら、絶対にダメになる。

違うんだから。私はそんなこと思ってない。最後に見た木津の顔と言葉が胸の中で新たに渦

を巻いて、逃げ出す足が震えてた。


 少しだけ、心臓がドキドキ言ってる。

「どうして、こんなことしてるのかな、私……」

 背中を砂利を踏み走る音が遠くなっていく。どう言う事なのか、分からない。何があった

のかも良く聞こえなかった。ただ、女の子が泣いて走っていた。さっき見かけた、匠君の彼

女が。そして、私は何をしてるんだろう? 境内の木に隠れている。

「もう、良いのかな?」

 そっと顔を出してみると、女の子はもういなくて、男の子が自転車に跨ってた。たぶん、

もう大丈夫。そう思って、そっと木陰から離れる。

「何なんだよ、あいつ……」

 じゃりじゃりって自転車を漕ぎながら男の子とすれ違った。一瞬私を見ていたけど、すぐ

に通り過ぎていった。複雑な表情で何かを呟いていたけど、見ちゃダメだったかも。今更後

悔しても、きっともう会うことも、見ることもないから大丈夫って思って、歩く。気になら

ないわけじゃない。匠君の彼女さんのことは気になる。でも、私には出来ることなんてない。

もう、私はそんな繋がりを持っていないから。

「色々なことあるのかな?」

 見上げる葉桜。ずっと昔の私たちにとって大きすぎる命で、今も大きい。ただそこにいて、

きっと私の今もただじっと見ている。

「あなたは、どう思っているのかな?」

 何も帰っては来ないし、それがあることも期待はしていない。ただ、たくさんの事を見て

きて、どう思っているのか、少しだけ興味があったり。

「あのね、きっと、これが最後だと思うの」

 カバンから手紙を取り出す。きっと、もうこの木の下で戯れることも、思いを馳せること

も、満開の下を見上げることもないと思う。だから、これは最後の思い。

「ごめんね。あなたに押し付けちゃって」

 きっと全部を見てきた桜だから、結末も一つ、ここに残しても良いよね? もう、持って

帰るなんて出来ないから。

「もう少しだけ時間をもらうけど、良いよね?」

 そっと幹の根の部分に手紙を置く。ここに残していけば、もうきっと大丈夫だと思うから。

「それから一つ、お願いしても良いかな?」

 そっと触れる桜の木は、硬くて真面目そうに佇んでいるのがよく分かる。小さい頃は傷と

つけたり、枝を持って帰ったり、悪いことをしたのに、それでもここでずっと見守っている。

 だから、話せるのかもしれない。もうこれ以上迷惑を掛けたりしないから、その誓いに一

つだけお願いを添えても良いよね?

「ありがとうって、伝えて欲しいな」

 言葉じゃなくて良い。それだけは純粋な思いだから、伝わる形があれば、そうなってくれ

れば良い。

「それじゃあ、行きます」

 一礼して、もう一度だけ見上げる。雄大で静かに、これからもここにあり続けてくれるこ

とと、これまでの感謝を込めて、この地とお別れをした。



15日に更新予定のフルキャストイーブンも、恐らく仕事の為、量は少量です。

18日にはユースウォーカーズを予定しています。

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