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ショートストーリー

ミュージカルのない人生なんて♪

作者: 御影 夕介

 

 Scene 1 シンデレラ・シンドローム


 森堂静音の朝は早い。

(でも、この時間は嫌いじゃない)

 こうして、たまのぜいたくでモーニングセットの紅茶をすすっているときは特別に。

(さて、今日の予定は……)

 彼女はスケジュール帳にある「始業式」の文字から、起こりそうな出来事を予想してみる。

(大丈夫。夏休みの宿題も持ってきてあるし、髪とか服も変なところはないはずだし……。恥ずかしい思いをすることはなさそう)

 静音は恥ずかしいことが大の苦手である。ちょっと動揺するとすぐ取り乱してしまうので、いつからか予定をシナリオ化し、シミュレーションするのが習慣になっていた。

 チョコドーナツを口にくわえると、ふいに不安がよぎる。

(あれ? 今日って日直だっけ……?)

 少しだけどきっとしたが、あわてることはない。なぜなら今日はレミファドーナツでのんびりするために、かなり早く出てきたのだ。それにこの店は駅の構内だし、多少急ぐことになっても――

「んーっ!」

 静音は時計を見て、のどの奥で叫んだ。

(い、一時間、見間違えてた……!)

 さいわい、遅刻寸前の電車にぎりぎりで間に合う。静音は震えるティーカップを戻し、なんとか恥ずかしくない程度に急ぎながら店を出た。ホームへの階段を目指して走っている人たちにならい、彼女も駆けだす。

(ああ、ほんと何のためのスケジュール帳なんだろ! 遅刻なんてしたら、今まで守ってきた私のまともなイメージが台なしになるよ。急がないと遅刻、ちこくっ……!?)

 なぜだか静音は自分だけがじろじろ見られているように感じた。通勤ラッシュで、走っている人はたくさんいるはずなのに。

(あっ!? 私、ドーナツくわえっぱなしだった!)

 恥ずかしい、と思った瞬間、もう頭は真っ白だった。どうしたらいいかわからない。顔から火が出そうだ。飲みこんでも吐き出しても、ポケットに突っ込んでもよけい恥ずかしいだけだ。このまま走りつづけるしかない。

(最悪。なんで私、こんなにおっちょこちょいなの……。自分のこういうとこ、全然好きじゃない!)

 泣きそうになって走っていると、とつぜん前の人が止まり、静音は階段で勢いよくつまづいてしまった。

(あぶなっ……!?)

 宙を浮いている間、時が止まったかのようだった。

(下の人にぶつかる!)

 どっ、という衝撃。

 体は浮いたままだ。何が起こったのかわからないまま、おそるおそる目を開ける。

「キミ、けがはないかい?」

 息のかかる距離に、少年の顔があった。背中は腕に支えられて、足はぶらぶらしている。

(こ、こ、これって……)

 混乱しつつ抱え方の名前を思い出そうとする静音に、少年がささやく。

「それと、ドーナツごちそうさま」

「えっ?」

 静音は耳と目を疑った。しかし彼の口元にはたしかにチョコレートのかけらがくっついている。

「驚いたよ、朝ごはんを食べそびれてしまったと思っていたら、お姫様といっしょに大好物のドーナツがとびこんできたんだもの!」

 お姫様だっこの姿勢のまま、静音は変な声を出してしまった。

「おひっ、お姫、ド、ド、ド、ドーナツ、食べたの……?」

 少年が舌で口のまわりをなめる。

「ああ。とても美味しかったよ」

(イヤーーッ!!)

 力の限り叫んだつもりだったが、実際の静音は声を出せずに固まっていた。聞こえるのはただ電車の発車メロディだけだ。

「おっと、急がないと乗り遅れてしまう。ちょっとつかまってておくれ」

(えっ? な、なんで? わっ!)

 少年がひざをしずめたので、反射的に静音はぎゅっと彼の服をつかむ。

「それっ!」

(キャッ!)

 少年は静音を抱えて階段を飛び下りると、電車のメロディを口ずさむ。

「ラララララ、ララララララ、ラララ~……」

 さらに、リズムに合わせて静音ごとターンしながらドアにすべりこんだ。

「ラララララララ~!」

「ドアが閉まります。ご注意ください」

 少年の体から伝わる発車の振動。乗客の視線。女の子たちのひそひそ声。

(はっ、恥ずかしい! 死にたい!)

 おそってきたはげしい動悸で我に返り、静音は少年の腕からころがりおりた。

「……ぶ、ぶつかってしまってごめんなさい。助けてくれて、どうも、ありがとう……」

 かろうじて冷静さをかき集め、必死に平静をよそおう。

(そう、いつもどおりにやればいいのよ。冷静に、冷静にセリフを考えて……)

「いや、お礼を言うのはボクの方さ。あんなに美味しいドーナツを食べさせてもらって」

 ひっ、と漏れそうになる声を静音は押し殺す。体にはまだ、彼の温かさとつかまれていた感覚が残っていた。

「いいの。朝食にしては、少し物足りないかもしれないけど」

 多少は気が利いたセリフを言えた静音は、彼の制服にはっとした。

「あなた、もしかして学校は……」

「真鳴学園さ! ボクは新座 歌華季。今日はボクが初めて高校に行く日なんだ!」

 まさか同じ学校なんて、という驚きを超えるものが始まろうとは、静音は思いもしなかった。


  歌華季、歌う。


 ♪ さあ走り出そう まだ見ぬ夢に

   胸ふくらませて


「え、あの……」

 とつぜん、車内に歌声が響きわたる。さっきよりもたくさん、携帯をいじっていた人も、イヤホンをしていた人も、おそらくみながこちらを向いているだろう。


  歌華季、車内を進みながら歌う。


 ♪ 朝の陽あびて 歌ってゆこうよ

   赤信号も おまわりさんも とめられない

   ブレーキきかない このときめきに


(な、なんで歌ってるの!? この人……!?)

 少年は歌のリズムで左右のつり革を揺らし、華麗なターンを決め、タップダンスのような妙技をくりだす。そして、それがどれも見事だった。


 歌華季 「おはよう! 乗り過ごしてない!?」

 乗客1 「(起きて見回し)え? はい」

 歌華季 「今日から学校だね!」

 乗客2 「やばい、こっち来た(笑う)」

 乗客3 「まだ夏休みでいいよ~」

 歌華季 「(優先席で寝ている乳児を見つけ、口に人差し指)

      ボクも電源をオフにしなきゃ」


 ♪ 眠たくっても 疲れていても

   進んでいくのさ たのしい今日よ はじまれ


 あっけにとられている静音の近く、座っていた女性が荷物から楽器を取りだした。少年の歌に合わせてフルートの優しい音色が奏でられる。


 ♪ さあ飛び出そう 夜は明けたよ

   目をかがやかせて


 かと思えば、太った男性が立ち上がり、心地よいバスでハーモニーが織りなされる。

(だれなのこの人たち……。あの子の知り合い?)

 いったい何が起きているのか、静音にはまったくわからない。

(これ、テレビかなにかの撮影……? ううん、カメラはないみたいだけど)

 とはいえ、携帯で動画を撮っている人は相当数いた。珍しがるのも当然だろう。


 ♪ はじめての場所 はじめての仲間 ふるさとはなれて 

   今日からボクの学校は 真鳴学園!

   でもまって どうしよう?

   友達ができなかったら……


  歌華季、不安そうな様子から決意の表情。


 歌華季 「大丈夫! きっとみんないい人たちだ。

      それにボクには歌と踊りがある!」


 少年は車両の奥の方から、ふたたび静音のほうへ歌い踊りつつ戻ってくる。

(こんなに上手な歌も踊りも、目の前で見たのは初めてかもしれない。なんてきれいな声、なんてきれいな踊り……。ずっとみとれていてしまいそう)

 歌が一段落すると、車内に拍手が起こった。静音は胸の高鳴りがやまなかった。さっきまでの恥ずかしさとはたぶん別の感情のせいで。

(私、もしかしてこういうの、嫌いじゃないのかな……?)


  歌華季、静音にうやうやしく礼をし、大きく腕をのばして静音の手を取る。


 歌華季 「どうか、ボクと友達になってくれないか?」


 ひと時の間のうち、静音は顔面が燃えそうに赤くなる。

(こんなの全然、今日のシナリオにない! いったいなんてセリフで返したら……!?)

 思いとは裏腹に、静音はすでに叫んでいた。

「おっ、お断りします!」

「えっ?」

 少年どころか、見守っていた乗客たちも驚きをみせる。

「いきなり歌いだすとか意味わかんない! 恥ずかしいから絶対にイヤーッ!」



 Scene 2 ドーナツ & ティー


(なにもかもが想定外……!)

 ただし、悪い予感だけは的中した。


 ♪ 今からボクら 友達さ

   みんなよろしく どうぞよろしく


 先生が黒板に転校生である歌華季の名前を書くやいなや、彼は案の定歌いだしたのだ。不意をつかれたクラスメイトはもれなくポカンとしたが、しだいに手拍子や合いの手が入ってきた。


 歌華季 「ボクはニイザ カゲキ! キミの名前は?」

 咲綾  「わたし、コヤリ サアヤです」

 歌華季 「かわいい名前だね。好きなことはなに?」

 咲綾  「えっと、シェイクスピアを読むことです」

 歌華季 「シェイクスピア! 素敵だ! 

      ボクが好きなものは、歌と踊りとドーナツさ!」


 という具合に机の間をダンサブルな身のこなしでまわり、歌華季はあれよあれよとみんなに打ち解けはじめる。運動部の前ではそれぞれの球技のボールがスーパーボールのように飛びかい、硬派な強面の軽音楽部さえ自らエレキギターにアンプをつなぎ、歌華季のボーカルに合わせて渋いエフェクトを響かせた。

(うちのクラスって、こんなノリ良かったっけ!?)

 拍手喝采で自己紹介が終わると、静音は頭をかかえた。

(なんでみんな、おかしいと思わないの? むしろ乗せられてるのはどうして? 変に目立ったら恥ずかしくならない……?)

 ようやくチャイムとなり、静音はひと息つく。

「静音ちゃん。転校生、面白い人ですね」

 ほほ笑む咲綾に、静音は内心を悟られたくなかった。

「……そうね。歌が上手でうらやましいわ」

「歌にダンスに、ボールさばきもすごかったですね。机の上で片手で逆立ちしながらジャンプしてましたけど、どういう運動神経してるんでしょう?」

 たしかに、とてつもない身体能力だ。さらに言えば、精神も常人とは思えない。

(そういえば、駅でも私を抱えたまま階段を何段も跳んで……)

「どうしました?」

「な、なんでもないの。気にしないで」

 抱きかかえられたことを思い出すとまた恥ずかしくなる。取り乱して咲綾に変な子だと思われるわけにはいかない。

「それにしても、まるでミュージカルの舞台に入り込んだみたいです」

「ミュージカル……」

 静音の胸の奥がずきんと痛くなった。舞台の上。そこで歌う自分。

「ドーナツのお姫様。キミの名前をまだ聞いていなかったね」

(ひぃっ!?)

 変な声をあげずには済んだものの、歌華季とクラスじゅうに注目された静音は額の汗がひどかった。

「ドーナツが好きだということのほかでも、なんだかボクとキミは似ている気がするんだ」

(冗談言わないでよ。こんな恥ずかしい人と私が似てるわけない!)

 そらした視線の先、教室のドアにはどこから現れたのか女の子たちが群がっている。


 女子1 「ホントだ、あの人だ!」

 女子2 「わー、超かっこいい!」

 女子3 「すごい、王子様みたい……」


 歌華季とまともに目を合わせられず、静音は知らないふりをしてしまった。

「あの、どこかでお会いしたかしら……?」


 歌華季 「(首をかしげ)何を言っているんだい?

      けさ駅の階段で、ガラスの靴のかわりに

      ドーナツを落としそうになったシンデレラは

      キミじゃないか」


 まわりがざわめく。静音は墓穴を掘ってしまったと思った。

(うわ~!? 今のセリフは完全に失敗だった!)


 女子4 「なになに? 今なんて言った?」

 女子5 「なんかシンデレラって呼んでたような」

 女子3 「王子様……」


 鼓動がどんどん早くなり、静音には野次馬の話より心臓の方が大きく聞こえる。息苦しくて眉も動かせない。


 男子1 「お、森堂さん、こんな時でも冷静だな」

 男子2 「さすが俺たちのクールビューティ」

 女子6 「ねえ、あの二人すごいお似合いじゃない?

      本当に王子様とお姫様って感じ」


(どうしよう、どうすればみんなに変だと思われない? なんて言えば恥ずかしくないの……!?)


 歌華季 「舞踏会はまだ始まったばかり。さあ歌おう!

      そして教えておくれ、君の名前を!」


  歌華季、歌いはじめる。


 ♪ 人生は ふしぎさ……


「歌わないでっ!」

 まるで拒絶反応のように静音は歌華季をおしとどめた。

「え……」

 教室がしんと静まる。困惑する歌華季やみんなの視線がささってきた。

「どうして!? 私の名前なんて別に……」

 緊張して、静音はだんだん自分で何を言っているのかわからなくなる。

「どうしてもなにも、だって知りたいんだ。こんな気持ちは初めてだよ。今日出会ったばかりなのにふしぎなものだね、人生という舞台は」

 なんでもなかったみたいに、歌華季はにこっと笑う。

「もしかすると、ボクはキミが好きなのかもしれない」

 静まるというより、周囲は凍りついた。


 女子2 「えぇー!? 告白した!?」

 男子2 「(はらはらして)し、森堂さん……!」


  歌華季、静音にひざまづく。


 歌華季 「あらためて言うよ。どうか、ボクと友達に――」


 静音の中で、なにかが切れる音がした。

「もうイヤッ! いいかげんにしてよ! 私は……私はあなたの劇の登場人物じゃない!」

「あっ、静音ちゃん!?」

 止めようとする咲綾に振りむくことなく、静音は走って一目散に逃げだした。

(私、なにやってるんだろ。こんなことしたらもっと恥ずかしい……!)

 朝の電車でも、とっさに別の車両へ逃げてしまったのだ。歌華季の驚く顔をまだ覚えている。

(なんなのあの人、絶対変よ! 急に歌いだしたり踊りだしたり、確実にまともじゃない! それに、まさか転校生で同じクラスだなんて……。あの人に巻き込まれたらおしまいだわ。今みたいに私まで変だと思われる!)

 廊下で先生とすれ違いそうになったのに気づき、静音は足を緩めた。

(そう、自分を守るのよ静音……。クールに、冷静にセリフを考えて、ちゃんとした私でいればきっと大丈夫なんだから!)



 Scene 3 レット・ミー・シー


 ――私、大きくなったらお姫様になるの!

 ひとりで茶道部の部室にいると、静音はぼんやり昔のことを思い出してきた。

(あの時から、恥ずかしいのが怖くなったんだ)

 湯呑みでお茶をすする。すこし熱かったので息をふいて冷ました。

(なにがお姫様よ。あの時の私に教えてあげたい。自分が物語のヒロインだなんて思うのは間違ってるって)

 忘れもしない、小学校一年生の劇の発表会だ。静音はもちろん自分が主役のお姫様を演じるものだと思っていたし、実際そうなった。本番もうまくいって、静音はみんなからほめてもらえた。しかし、両親の撮っていたビデオを見て愕然とした。

(演技は下手、セリフはボロボロ、歌はリズムも音程もあったもんじゃない。まるでダメ。……その時わかった。私はだまされてたんだってことが。みんなが笑ってたのは、喜んでたんじゃなくてただ面白かったから。上手だねとか可愛いねとか言ってたのは、ただのお世辞だった。そんなこともわからずに真に受けて、なんてバカだったんだろ)

 その後、静音はふさぎこんでしまった。心配した両親は学校を変えさせたが、静音が変わることはなかった。

(いじめでもなんでもないのに、過保護よね。……ううん、私が甘えすぎてたのがいけなかった)

 今ではだいぶ落ち着いたが、まだ立ち直ったとは思っていない。自分でも素直でないことはわかっているつもりだ。

(ほとんど人がいないから茶道部に入ったけど、緑茶はあんまり好きじゃない。紅茶の方が私は……)

 「好き」という言葉を、静音は頭の中で書き直した。

(紅茶の方が、嫌いじゃない)

 このセリフの方がしっくりくる。静音はちょうどよくぬるまったお茶をすすると、いつもの自分を取り戻せた気がした。畳に正座しながら青空の窓を見上げ、深く息をつく。

(それにしても、お姫様か……)

 女の子に生まれればだれでも、そういう扱いに一度は憧れたって仕方ないんじゃないか。歌華季はそんなふうに静音を抱きかかえた。そう呼んで静音に手をさしのべた。彼のことを思い返したとたん、静音は頬が熱くなってくる。

 それにこう言ったのだ。「キミのことが好きなのかもしれない」と。

(いやいや、ダメダメダメ! なに考えてんの私は!? そうよ、どうせきっとでまかせなんだ。だいたい、「かもしれない」ってなんなの!? 適当すぎる! 「好き」だとか「嫌い」だとか、思ってることをはっきり言うなんて恥ずかしいことなんだから! 私はもうだまされない……! 冷静に、落ち着いて……)

 火照った頬を両手でたたこうとし、静音は湯呑みをひざに落っことした。

「あーっつッ!!」

「静音ちゃん、どうかしたんですか?」

 あわててドアから入ってきたのは咲綾だった。静音はとっさにハンカチで濡れたスカートを隠す。

「べ、別に。……そう! ちょっと歌の練習をしていたのよ。あ、あ、あー……」

 咲綾はおっとりした笑みをうかべる。

「新座くん上手でしたもんねぇ。そうだ、静音ちゃんも一緒に練習しませんか?」

「一緒、にって、何を……?」

 静音はわかっていながらセリフがぎこちなくなったのだが、咲綾は冗談でとぼけているものと思ったらしい。

「またまたぁ。文化祭の劇じゃないですか。静音ちゃんがジュリエット役の」

(ホントにやめて! そういうの! ただでさえやりたくないのに、あんなのと一緒に練習させられたらどうなると思う!?)

 静音としては鬼の形相で咲綾の肩をつかみたかったが、ただため息が漏れたにすぎなかった。

「ふぅ……。ねえ、やっぱり今からでもだれかに代わってもらえないかしら」

「そんな……。もう三週間前ですし、それに、わたしは静音ちゃんがだれよりもヒロインのイメージにぴったりだと思います」

 咲綾にそんなふうに言われるのは、静音も嫌ではなかった。役を引き受けたのも、演出を担当する彼女が静音を推薦したからだ。

(ほかならぬ咲綾の頼みだからと思ったけど、本当にやめておけばよかった……)

 しかし、断ればみんなにどう思われるかわからない。どのみち選択肢はなかったのだ。

「はーい」

 ノックの音に、咲綾が返事をする。開けたクラスの男子は嬉しそうな声だった。

「おー、いたいた小槍さん。オレ、ロミオ代わってもらうことになったわ!」

(え……!? 今なんて……!?)

 気の弱い咲綾は本気で困っているようだ。

「え、ええーっ……。どういうことですか?」

「いや、なんかさオレ再来週試合だし、そもそもロミオって柄でもないし……。ていうかぴったりの人材が来たじゃん!? だからあと全部こいつに任せるぜ! それじゃ!」

「あっ、待って、ちょっとぉー……」

 力ない咲綾の呼び止めに、元ロミオが振り返ることはなかった。

「やあ」

 代わりにした声は、まぎれもない美声であった。静音は機械のように首をこわばらせていて見やることができない。咲綾の明るい声。

「あっ……。新座くん! もしかして、ロミオ役引き受けてくれるんですか!?」

「もちろんさ。友達と劇を演じられるなんて、まるで夢みたいだよ」

「静音ちゃん! 朗報ですよ!」

 いつになく目を輝かせる咲綾に連れられ、歌華季が畳に立った。

「どうして、あなたがロミオなの……」

 絞りだそうとして出たセリフがこれだ。静音にもはや思考力はない。

「フフ、友達にどうしてもと頼まれたら、断るわけにはいかないじゃないか。それにほら、こんないいものをもらってしまったし……」

「それは……!?」

 咲綾の問いに、歌華季は得意げに答える。

「アイハヴ、スリードーナツィズ!」

 歌華季が片手で指三本に差した三つのドーナツに、静音の視点は定まらなかった。

「い、いえす、ゆーはゔ……」


  歌華季、歌う。


 ♪ ドドド ドドド ドーナツ

   ドドド ドドド ドーナツ

   ドドド ドドド ドーナツ


   どれにしよう ドキドキするよ

   なんてすてきな まあるいかたち


(また始まった……)

 歌華季はドーナツを手に、静音たちのまわりをぐるぐる回っている。


 ♪ どこからたべよう グルグルめぐる

   まようこころ ころがってく


 歌華季 「プレーン、ホイップ、チョコレート! キミはどれが好き?」

 咲綾  「えっ!? えーっと……ホイップが好きです」

 歌華季 「よし。さあ、人さし指を」


 歌華季、咲綾の指にホイップクリームドーナツを差す。


 咲綾  「あ、ありがとうございます……」


 ♪ ドーナツ それは宇宙

   あるいは小さなブラックホール

   ひとみのぞけば 別次元

   ひとくちだけで ワンダーランド


(なんか滅茶苦茶言ってる……)


 ♪ どんなつまらないできごとも

   わくわくにかえてくれる Oh Sweet Ring

   ドドド ドドド ドーナツ

   ドドド ドドド ドーナツ

   ドドド ドドド ドーナツ

   キミはどれが好き?


 歌華季がたてた人さし指に、思わず静音もまねしてしまった。

「はい、どうぞ。キミにはチョコレート」

「ありがとう……」

 歌華季は歌っていたときよりも明るいとびきりの笑顔で、プレーンドーナツにかぶりつく。

「まむ、今朝のお返しさ……といいたいとこもまけど、これももらいものだっため」

「もぐもぐ言っててよくわかんないんだけど」

「ハハ、そっか。んー! おいしい! ドーナツは最高だなあ!」

 あはは、と笑いあう歌華季と咲綾の二人で、静音は違和感に襲われた。

(今、私……。声に出してた……!?)

「ねえねえ、静音ちゃん。なんだか指輪みたい」

 ひかえめにはしゃぐ咲綾と同じ指にささっているドーナツ。静音は思う。これはもしかして、けっこう恥ずかしいんじゃないか。

(このままじゃダメだ……! このまま踊らされてたら、文化祭の劇でも文字通り踊らされるハメになる……! なんとかしなきゃ!)

 静音は今までに培った生き延びるための知恵を総動員し、最善と思われるシナリオをはじき出した。まずは自分を落ち着かせ、軽くせきばらいする。

「……こほん。あの、いいかしら、新座くん」

「なんだい、プリンセス?」

 さわやかな歌華季のスマイルが、静音にとっては打撃だった。

(な、なによプリンセスって!)

 いや、ここは冷静になるべきだ。そう思い直し、静音は息を深くするようにした。

「プリンセスかぁ……。なんかうらやましいです」

(そんなことない、私は咲綾のほうがよっぽどお姫様みたいだと思う。おしとやかだし、可愛いし、やさしいし、私みたいにドジじゃないし……)

 セリフを考えたところで、恥ずかしいので口には出せない。そう、咲綾の自分に対するイメージを損なうわけにはいかないのだ。

「新座くん。あなた、歌も踊りもとても上手だわ」

「そうかい? うれしいなあ」

「即興でそんなことができる人なんてなかなかいないと思う。おそらく自然に体が動くのね」

「うん。すばらしい気持ちになると、歌って踊らずにはいられなくなるのさ」

 よし、予定通り。静音は慎重にセリフを進める。

「……でも考えてみて。本番の舞台で突然、そんな気持ちになってしまったらどうかしら? もちろん多少のアドリブは大歓迎だけど、急に台本にない歌や踊りを始めてしまったら……?」

「そ、そうか……!」

 歌華季につづき、咲綾も不安になったようだ。

「見ごたえはあるかもしれませんが、上演時間は決まってますし……。それに、新座くんが踊ってる間、ほかのキャストがついていけなくなってしまうでしょうね……」

「恋人役の私も自信がないわ。お願い。新座くん、私たちに合わせてもらえない?」

 静音の予想以上に、歌華季はショックを受けているらしい。

「ああ姫……! ボクはいったいどうしたら……!?」

「そうね……。まずは、練習してみるのはどう?」

「練習って、何をですか?」

 静音は咲綾と歌華季を見くらべてから、もったいぶったように言う。

「歌って踊らない練習よ。日常生活のなかで衝動的に歌いたくなってしまったら、とにかく我慢するの。本番まで気持ちを抑えていられたら、舞台でも台本どおりに演じられるはず」

「なるほど、それは名案だ! ……でも、ボクにできるだろうか?」

「これから三週間、ずっと静かな役を演じていると思えばいいのよ。あなたほどパフォーマンスの上手い人なら、きっと簡単だと思うわ」

「そうだね……。そうすれば、うまくいくかもしれない」


  歌華季、すっと立ちあがって歌う。


 ♪ 約束だよ かの日まで……


 歌華季 「あっ。歌っちゃった」


 咲綾は感心したようすだ。

「すごい、本当に無意識なんですね」

「……うーん。なかなか難しいみたいだ。でもやってみよう。約束するよ、きっとキミと一緒に舞台に立ってみせる」

「ええ。約束よ」

 静音は心の中でこぶしを握る。

(やった、完璧だわ! 予定以上にいい感じ! これでもう劇に恥ずかしいことを増やされる心配はないわ。ふだん歌や踊りに巻き込まれることもなくなるし、文化祭までは安心ね!)

 鳴くのなら、鳴かなくさせればいいじゃない。静音の心に、お姫様とも殿様ともつかない謎の名言がうかんだ。

「精いっぱいがんばってみるよ。初めての友達と初めての劇だもの。これくらいのこと、なんてことないさ!」

「初めての友達、って……?」

 咲綾が首をかしげると同時に、彼女の携帯が鳴った。

「あっ、もうみんな待ってます!」

「小槍さん、今日の練習はどこだい?」

「えっと、今日は教室です。ごめんなさい、早く行かないと」

「そうね」

 久しぶりの安堵とともに、静音は立ちあがる咲綾にならおうとするが、腿がひんやりするので顔が青ざめた。

(ス、スカートの色変わっちゃってるんだけど……! これじゃまるで……)

「静音ちゃん?」

「ご、ごめんね咲綾。先に行っててくれない?」

 歌華季は畳にひざをついた。

「足がしびれたのかい? それならボクが運んで……」

「いらないってば! いいから先に行って!」

 咲綾にくすくす笑われ、静音は結局恥をかくことになった。

(ああ、もう最悪……! また思ってすぐ声に出しちゃった……。なんでこの人相手だとこうなっちゃうんだろう……?)



 Scene 4 ミスター・ドント・シング


 部室の窓から歌声が聞こえてくる。静音は少ししびれた足をゆっくりと運んで見下ろした。

(また歌ってる……)

 バスケット部の仮入部でミニゲームをしているらしい歌華季が、大声で歌いながらボールを運ぶ。あまりにリズミカルなのでドリブルなのかどうか静音にはよくわからなかった。ともかく、ディフェンスが社交ダンスのパートナーのように華麗にいなされていく。

「ブラボォー!」

 鮮やかなゴールが決まり、味方はおろか敵からも歓声と拍手が上がった。さらに外野から女の子たちの黄色い叫び声。

「キャー! カッコイイー!」

「いまっ、今こっち見なかった!?」

「カゲキ王子ー! あー! 手振ってるー!」

 まわりの男子たちから歯ぎしりが聞こえてきそうだったが、歌華季の声はよく通った。

「みんな、ありがとう!」

(なんだか、あそこだけ世界が違う感じ。まるでコートの上が舞台みたい)

 それにしても、静音は約束が守られていないのが気になった。

(すごいのはすごいけど、昨日のは何だったのよ。私と共演するより、あの子たちに良いところ見せたいってこと?)

 すぐさま、静音は心のホワイトボードを蹴り倒した。

(違う違う違う! そうじゃないでしょ!? 私がいま考えるべきことは! あの人が歌うのをやめられなかったら私は恥ずかしい思いをしなくてすむんだから、これでいいのよ!)

 静音はあらかじめ氷を入れて冷ましておいた緑茶を飲み干す。しかし、なぜか喉はからからのままだ。

「あれっ? おーい!」

 目が合って、静音はあわててしゃがみこんだが遅かった。

「やあ、そこにいるのは、ボクのジュリエットじゃないか!」

 窓に背を向けて座り込み、荒くなった脈の胸を押さえる。

(はー、びっくりした……。まったく、わざとやってるんじゃないかと思うわ)

 校庭の話声はやや遠くなった。

「なになに、ジュリエットってどういうこと!?」

「知らないの? カゲキ様が文化祭でロミオでしょ、その相手。同じクラスの」

「だれそれ!? うわー気になる! 羨ましすぎる! ねえ写真ない!?」

(そんなこと言われても、好きでやるわけじゃないよ! ああ、こんなさらし者にされる予定なんて全然なかったのに……!)

「あっ、そうだ、うっかりしていたよ……。ボクは今、歌ってはいけないんだった」

 再開される攻撃に味方が押されはじめたのが、こそこそと窓のふちからのぞく静音にも見えた。ゴール下で歌華季に相手が激しく迫ってくる。

「このヤロオォォ!」

 過剰なフィジカルが静音にも完全に逆恨みと思える。しかし、あの歌華季ならなんとかなるだろう。

「うわあーっ!」

(えっ? うそ!?)

 どっ、と接触した歌華季が地面に倒れた。その背後でボールはリングに入る。

「悪い、大丈夫か?」

「ああ、大丈夫さ。気にしないでおくれ」

 腰の砂を払う歌華季に、味方の男子が不思議そうにたずねる。

「お前、さっきと動きが全然違うぞ。どうしたんだよ」

 歌華季は腕を組んだ。

「いつもこうなんだ、歌を歌いながらじゃないと調子が出なくて……」

「いや、どんなシステムだよ。酔拳的なやつ?」

「さっきから思ってたけど、いくらうまくても試合中は歌っちゃダメだろ。惜しいけど大会に出られないなら入部は厳しいな」

「そうなのかあ……」

 肩を落とす歌華季に、静音は同情しなかった。

(いい気味だわ。これだけ人に恥をかかせてるんだから、歌なんてやめて、こうやってちょっとは反省したらいいのよ!)

 ふたたび窓に背を向けた静音は、歌華季を倒れさせたバスケット部の面々のほうがよほど女子たちから反省させられていることなど知らなかった。


  ♪


(この一週間、これまでの人生で一番にぎやかな一週間だったかも……)

 通学中でも授業中でも、歌華季がところかまわず歌って踊らない日はなかった。静音は公共の場で手すりの上を滑り降りる人を初めて見たし、まして着地が宙返りなのはなおさらだった。音楽の授業は当然のように歌華季の実演にカリキュラムが変更され、少なくとも二回は先生が感涙した。静音が駅前で路上アーティストの演奏にふと立ち止まったとき、たまたま居合わせた彼はさすがに遠慮して鼻歌だったのだが、まわりに背中を押されて演奏に参加することになり、通りかかる音楽・ダンスに覚えのある猛者たちが続々と加わってそれはもう壮観な大イベントと化してしまった。制服のせいで恋人と間違われはやしたてられた静音は靴が脱げださんばかりに逃走しながら、歌華季が派手ないでたちの人物と握手していたのを目撃したが、あれはもしかすると有名なダンサーか音楽プロデューサーか何かかもしれなかった。

(おかしいわ……。歌って踊ってるのは私じゃないのに、なんでこんなに私が恥ずかしがってるの……!? しかもあの人、全然約束守ってないじゃない! いや、その方がいいんだっけ!? もうなにがなんだかわからなくなってきた……!)

 静音は廊下で深呼吸する。そうだ、いったん冷静になろう。部室でひとりでお茶でも飲んで、予定を立てながらセリフを考えよう。一週間の荒波で乱れた気持ちを整えなければ。

 しかし、どかどかと足音が息を止めた。

「王子歌ってるって!? どこで!?」

「東階段三階の踊り場って言ってたけど、いま屋上に移動したみたい! 急いで!」

「今度こそ俺のサックスが火を吹くぜ……! 見てろよあの野郎!」

 楽器やら携帯、カメラ、チアリーディング用のボンボンを手に男女数人が駆け抜けていき、後には静音と静けさが残った。

「はあ……」

 深呼吸はため息に変わる。

(……みんなどうしちゃったの!? ほんのちょっと前まではもっと静かだったのに。今は……。今の感じは、あんまり好きじゃない)

「咲綾。来てたの」

 部室には、近ごろ劇の練習で顔を見せない咲綾がいた。といっても、茶道部の活動はあってないようなものだったが。

「静音ちゃん、見てください、これ」

(……また、新座くんの動画かな)

 いろんな人から彼のダンス動画を見せられていて、静音はだいぶうんざりしていた。

 畳の上の画面に、階段を降りる歌華季が映る。


 女子7 「カゲキくーん! 踊って踊ってー!」


  歌華季の上の階から紙吹雪が降る。


 歌華季 「これは……! とてもきれいだなあ!」


  歌華季、その場で手を広げターン。


 歌華季 「くっ……」

 女子8 「あれ? どうしたの?」

 歌華季 「すまない、少し事情があって、いまは踊れないんだ」

 女子9 「まあ、一日中やってたらそりゃ疲れるか。

      じゃまた今度ね!」

 歌華季 「ああ、きっと」


「それと、もうひとつです」

 咲綾が切り替えると、動画は体育館の舞台になった。劇の練習だろう。全体の練習では歌華季が歌ってばかりなので、よく咲綾が後に残ってあげているのを静音も知っていた。


  ひざまずいている歌華季。画面の外から咲綾の声。


 咲綾  「……名前など何になりましょう?

      バラをほかの名前で呼ぼうと、

      あの甘い香りはするのです。

      ロミオがロミオ、その名でなくとも……」

 歌華季 「ああ、その言葉! そのとおりにボクにください!

      たった一言――」


  歌華季、いきおいよく立ちあがって歌う。


 ♪ 愛の名で 呼ばれればボクは……


  歌華季、力なくひざをつく。


 歌華季 「……ごめんよ小槍さん。つい」

 咲綾  「い、いいんです。じゃあもう一回初めから。

      次は台本どおりでお願いしますね」

 歌華季 「ありがとう。がんばるよ」


 動画はそこで終わった。

(……ふうん。すこしは努力してるみたいじゃない)

「静音ちゃん、どうですか?」

 どう、と言われても、静音はここで認めてしまうわけにはいかなかった。

「そうね。でもまだまだだわ。咲綾も見ているでしょう、学校内外での彼を」

「たしかに、そうですけど……」

(あ、まずい)

 咲綾がしゅんとしてしまい、静音はどう言って取り繕おうか考えだす。

「……静音ちゃんは、新座くんのことが嫌いなんですか?」

「そ、そういうわけじゃないわ」

 歌華季に好きかもしれないと言われたのを思い出し、静音は鼓動が早くなった。

(好きだとか嫌いだとか、新座くんも咲綾もどうして簡単に言えるの……?)

 静音はいつものセリフで答える。

「嫌いではないけど、好きでもない。べつにふつうよ」

「そう、ですか……」

 静音は耐えかねて目をそらしていたので、咲綾がどれほどがっかりした様子だったかわからなかった。

「……じゃあ私、ちょっと早めに練習行ってますね。新座くんにはもう一息だって伝えておきますから!」

「ええ。またあとで」

 忙しそうに咲綾が部室を出ると、静音はようやくほっとした。

(はあ、なんとか乗り切った……)

 息で冷ましたお茶をすすり、青い窓に浮かぶ雲を見上げる。夏らしい大きな雲だ。

(雲の形がどんどん変わっていく。……きれいなんだから、ずっとそのままでいいのに)

 動悸はおさまり、顔の赤みもひいた。安心すると静音はなんだか眠くなってしまった。

(平和だわ。世はすべてこともなし。ひとまず、これで予定通りね)



 Scene 5 ファンタスティック・ライフ


(蝉の声が、こんなに心地よく聞こえるなんて!)

 歌華季の歌が耳から離れず、静音は一時期おかしくなってしまうのではないかと恐れていたが、ここ二、三日で歌華季がほとんど歌わないため感覚が生まれ変わったかのようだった。

(だれも騒いでないし、ちゃんとした話し声だ。変にメロディーに乗ったりしてないし、リズムも韻も踏んでない。これがまともな世界っていうものよ)

 例によって部室で緑茶を飲み、満足げに息を深くはく。

(静かね……。この感じ、嫌いじゃない)

 九月も半ばの日ざしはまだ高くて暑い。しかし、昼休みも授業も終わるとだいぶ過ごしやすくなった。

(一日が予定通りに進むのは久しぶりだなぁ)

 とはいえ、放課後に控えているのは最も予測できない要素満載な劇の練習だ。気をひきしめてのぞまなければ、また大恥をかかないとも限らない。

(あれ……?)

 静音はスケジュール帳を閉じて耳をすます。空耳ではなさそうだ。

(どこから聞こえるんだろう)

 こんなに美しい歌声の主は、静音の知り合いに一人しかいない。それも、このメロディーは今度の劇の劇中歌だ。

(まったく、もうすぐ練習の時間だっていうのにどこで油売ってるのかしら)

 携帯にかけようかと思ったが、番号を交換していないことに気づいた。だいたいいつも騒がしいところにいるので必要なかったのだが、静かになればなったでこういう不便もあるらしい。

 近場の窓からの眺めには見つからなかったので静音は屋上にのぼる。これだけ歌っていれば人だかりがありそうなものの、校庭にいるのは運動部だけだ。腕を組みながらよく声の方向を確かめてみる。

(あっ、あんなところにいた!)

 歌華季がいたのはプールサイドだった。静音は速くて重い足取りで階段を下っていく。

(なんで私がこんなこと……。約束を守ってくれてるんじゃなかったの? 百歩ゆずってひとりきりの時に歌うのはかまわないとしても、劇で歌うのをみんなに聞かれちゃ楽しみがなくなっちゃうじゃない)

 くぐもって聞こえていた歌は、金属の扉を開けるとすぐにやんだ。

「新座くん」

「やあ」

「やあ、じゃないわよ。もうすぐ練習よ? それに劇の歌をこんな大声で歌ったらだめでしょう。それに、約束が……」

 水面の乱反射を受けて近づきながら、さっきまでに用意したセリフをすらすらと読んだ静音だったが、歌華季の笑い声にさえぎられた。

「ははは。ボクじゃないさ。このスピーカーだよ」

「えっ?」

 陰になっていたところにあったスピーカーで歌華季が再生すると、もう一度同じ歌が流れる。よく聞くと声は歌華季ではなく、本物の役者だった。思いもよらなかった静音はとっさに適当なことを口走ってしまう。

「そ、そんなのずるい! あなたの歌がうますぎるから……まぎらわしいことしないでよっ!」

(うわー、なに言ってんだ私……)

 歌華季は座ってまた笑いだした。

「はー……。面白いね。勝手にキミが勘違いしたっていうのに」

「うっ……。ご、ごめんなさい。約束を守ってくれてるのよね。その、ありがとう……」

 歌華季は置いていたカップに口をつける。

「いいさ。キミの言うとおり、本番で歌う歌だもの。もう少し静かに聴くべきだったんだ」

「それにしても大きすぎよ」

「どうにも、にぎやかなのが好きなたちみたいなんだ」

「みたい、ってレベルじゃないと思うけど」

「かもね。だけど、今は静かな役を演じている最中だから、ちゃんと気をつけないと」

「そうしてくれると助かるわ」

 歌華季はにこりと笑顔を向けると、それきり静かになった。いたたまれなくなって、静音の方から話しだす。

「……ねえ、あんまり大変だったらやめてもいいのよ」

「何をだい?」

「静かな役を演じて、歌ったり踊らないでいること」

 歌華季はまだ水のきらめきを見つめている。

「とんでもない。せっかくはじめて友達と劇ができるんだもの!」

「はじめての劇?」

 静音としては思い出したくないが、普通の学校なら小中で何度も劇があったはずだ。

「うん。ボクはこれまで離島で暮らしていてね。日本であって日本でないようなところさ。学校の生徒はボクひとりだった」

 そういうところもあると知ってはいたが、静音は現実として聞いたことはなかった。

「……さびしかった?」

「よくそう言われるけど、全然。家族や島の人がいるからね。それに歌も踊りも思いっきりできるし。……というかまあ、ほかにすることはなかったんだけど」

「もしかして、それで上達したの?」

「島に陽気なおじいさんがいて、その人が師匠なんだ。凄腕で元プロらしいんだけど、その話をすると機嫌が悪くなってしまうので本当のところはだれも知らない」

「どうしてそんな濃い人ばっかりなのよ……」

「ともかく、ボクはずっと島にいてもよかった。だけどあるとき、父さんが本土に出て見聞を広めてこいと言ってね。試験を受けてここへ来ることになったってわけさ」

「ふうん。そうだったのね」

 静音は意外だった。どこかの劇団に所属しているとか、感情表現の豊かな国から来たんだろうとか勝手に想像していたのだ。

(思えば、会ってから二人でまともに話すなんてはじめてだな)

「本土にわたってから驚きの連続だよ。まずひとつ、だれもボクのことを知らない」

「あたりまえでしょう」

「ふたつ。町なかで歌ったり、踊ったりしてる人がいない」

「それも当然」

「みっつ、ほとんどの人は一緒に歌ってくれない」

「……」

 歌華季にかぎってそんなことはないと思うが、静音はまるで自分のことを言われているように感じた。

「そりゃあ、みんなあなたほど上手なら恥ずかしいことはないわ」

「そんなことないよ。うまいか下手かなんてたいしたことじゃない。気持ちの問題さ」

 静音はすこし腹が立った。気持ちでなんとかなるなら、こんなに苦労するものか。

「そうかしら? だってあなたは恥ずかしくもなんともないんでしょう?」

「いいや。怖いさ。いつだってね」

「え……?」

 歌華季は微笑むとカップをあおる。

「うれしくて楽しくて、すばらしい気持ちを伝えたいと思っても、だれも見向きもしなかったらどうしよう? それどころか、嫌われてしまったらどうしよう? そんなことを考えて、心臓がバクバクなんだ」

 静音は昔の自分と重ね合わせる。あの日自分が思わなかったことを、歌華季はいつも思っているのだ。

「……それなら、無理に歌ったり踊ったりしなければいいのに」

「それも良い方法だ。だけど、ボクが取りたい方法じゃない。いいかい? 見ててごらん」

 歌華季はカップの氷を一粒、プールに投げ込む。

「ドーナツ円状に波紋が広がっていくよね」

 ふつうは同心円状と言わないかと静音は思ったが、あえてセリフにはしなかった。

「この場合、氷がボクで、波はボクの歌だとしよう。じゃあ次はこう」

 今度は氷がいくつも投げ込まれ、同じ数だけ丸く波が立った。

「たくさんの人がいると、それぞれの波があるんだ。もちろん、それは歌だけに限らない。スポーツや詩や学問、みんな好きなものが違う。ときに、波どうしぶつかり合ってしまうことだってある」

「そうよ。……みんな勝手を言えば、そうなるに決まってる」

「だけど、面白いことに波はぶつかっただけでは消えないんだ。波どうしが合わさって大きな波になることもあれば、ほかのものを震わせて、何かを変えることもできる。だから、大切なのは好きだっていう気持ちさ。それがなければ何もはじまりはしない。ちょうどこんな風のない、暑苦しい日の水面みたいにね」

 静音にもそんな気持ちがあった。しかし、それは自分を恐ろしい場所に導いたのだ。

「……でも、その気持ちが本当だってどうしてわかるの? 自分ではそう思ってても偽物かもしれないわ」

「そんなときはあとで確かめられるように、好きかもしれない、って言えばいい。ボクはキミにそう言わなかったかい?」

「そそ、そうだったかしら……!?」

 あからさまに恥ずかしがっているからか、歌華季は話を戻した。

「好きだって気持ちのない人生なんて、穴だけのドーナツみたいなものさ」

「穴だけのドーナツって?」

「つまり、何もないってこと。さいわい、ボクには歌と踊りがあったからそうならずにすんだ。ボクにとっていちばん大切なのは歌と踊りだと思ってた。今まではね」

 とつぜん過去形になったので、静音は彼と目が合った。

「だけど今は代わりに友達がいる。小槍さんやクラスのみんな、そしてキミが。静かな役を演じる約束をしてよかったよ。すこしばかり大変だったけど、もっと大切なものを見つけられたんだから」

 歌華季は、すっと立ちあがった。

「ボクにはもう、歌も踊りもいらないのかもしれない」

「えっ……」

「そろそろ時間だ。練習に行かなくちゃ。今日は失敗しないようにしないと」

 スピーカーを手にして去ろうとする歌華季の背に、静音は声を投げかけられなかった。

 こんなとき、どんなセリフを――



 Scene 6 ソリチュード


(静かだわ……)

 意識を向けて、ようやく蝉の鳴き声が聞こえてきた。

(これで予定どおり。この静けさを私は望んでいたはず。……だけど、どうして胸が苦しいんだろう)

 恥ずかしくて逃げ出したくなるときよりも、ずっと今のほうが苦しかった。気を紛らわせようとしても静音がほかに聞こえるのは自分の靴音くらいだ。

「ねえ! ちょっと待ってよー!」

 大きな声にびっくりしたが、単に女の子たちがふざけながら階段を駆け下りるだけだった。

「ボォー……」

 汽笛のような遠い音は吹奏楽部の楽器。ホルンだろうか。

(ただの声や音。歌や音楽じゃない)

 静音には、もはや否定することができなかった。

(私はあの感じが、嫌いじゃなかったんだ……)

 心のノートに、なかなかピリオドを打てない。

(こんな言い方じゃない。もっとしっくりくる、なにか別の……)

 探そうとすればするほど、より激しく静音の胸はしめつけられる。この気持ちの正体を、本当は知っているから。

(言っていたとおり、新座くんは私と似てるのかな? でまかせだと思ってたけど、今は不思議とどこか通じあうものを感じてる。なぜだかわからないけど、彼と話すときは考えたセリフじゃなくて胸の奥から自然と声があふれてくる……)

 セリフで話すようになって以来、こんなことははじめてかもしれない。一番仲が良い咲綾といっしょにいるときでさえ、静音は常に気を遣ってしまうのだ。

(新座くんは、言葉よりも先に歌や踊りが出てくるような人だ。考えてみたら、私も昔はそうだった。あの劇の日まで……。私は新座くんから歌と踊りをうばって、まるで私と同じようにさせようとしてる? すこしも好きじゃない、今の私を守るために……?)

 だめだ。いったん冷静にならなくては。静音はいつものように深呼吸し、部室のドアに手をかけた。

(でも、この中に入ればもっと静かになってしまう。本当にそれでいいの……?)

 ためらったが、こうするしかない。自分を守るためには。

「あっ、静音ちゃん」

「……咲綾。来てたの」

 咲綾は正座しながら照れた様子で手招きした。

「ちょっと、これ見てください」

 静音の予想にたがわず、やはり歌華季の動画だった。


 女子7 「カゲキくーん! お願いだから踊ってよー!」


  歌華季の下の階からミラーボールがきらめく。


 歌華季 「(段を降りつつ)ごめんよ。もう、踊りはやめにしたんだ」

 女子8 「やっぱり、うわさは本当だったんだ……」

 歌華季 「今はみんなと同じように過ごすのが楽しいのさ」

 女子9 「そっかぁ。まあ、カゲキくんがそう言うなら。

      あ、劇は楽しみにしてるよ!」

 歌華季 「もちろん!」


 何も言わず、咲綾はふたつめを再生する。


  ひざまずいている歌華季。画面の外から咲綾の声。


 咲綾  「……ああロミオ……どうかその名を、

      あなたのではないその名を捨てて、

      代わりに受け取ってください、私のすべてを……!」


  歌華季、たまらず立ちあがってさけぶ。


 歌華季 「君の言葉の、そのとおりに僕におくれ!

      呼んでほしいんだ、愛の名で……。

      そうすれば僕は新しく生まれ変われる、

      ロミオなんかじゃない僕になれるから!」


  歌華季、歌わない。


 咲綾  「……やった……! やりましたね! 台本どおりです!」

 歌華季 「ついにできたよ! ありがとう小槍さん、

      キミが練習してくれたおかげだ!」

 咲綾  「いえ、そんな……。新座くんが頑張ってくれたからです」

 歌華季 「きっとだめだったさ、ボクひとりでは――」


 動画を途中で止めた咲綾は、ひどく顔を赤らめていた。

「ど、どうですか? 静音ちゃん……?」

「どうって……」

 明らかに咲綾がいつもと違う。静音の知っている、おとなしくてひかえめな咲綾と。

「咲綾、もしかして……」

 咲綾はこくりとうなずく。

「……好きです。新座くんが」

 時間が止まったみたいだった。血はこんなに強く波打っているのに、まるで水を打ったような静けさ。

「明日、告白しようと思ってるんです」

(告白?)

「それで、一人じゃ怖いので……。静音ちゃん、うしろから見ててもらえませんか?」

(なんで? どういうこと?)

「も、もちろん、新座くんが静音ちゃんを好きなのは知ってます。振られちゃうのは覚悟してます。でも……。でも、この気持ちを隠したままじゃ、私もう生きていられなさそうで……」

(生きていられなさそう?)

「あっ、も、もう練習の時間ですね! 私先に行ってます、あとでメールしますから!」

 部室に残された静音は、ひとりだけ時間に取り残されたかのように思えた。

(みんな変わっていっちゃう……。これが私の望んだシナリオなの? 私、どうしたら……)


  ♪


 校門はあたかもこちらと舞台をへだてているようだ。上手に歌華季、下手に咲綾。隠れて見守っている観客席の静音。

 傾きだした陽のスポットライトで長く伸びた二人の影に、下校のチャイムが効果音で響く。

「話ってなんだい? 小槍さん」

「……あ、あの。劇の練習、お疲れさまでした。もうすぐ本番ですね」

(まるで戯曲の主役とヒロイン。だけどこれは、筋書きもセリフもない現実……)

 すこしだけ距離のある歌華季と咲綾のそばを、たくさんの生徒が通っていく。静かなところだと泣いてしまうかもしれませんから、と咲綾は言っていた。

「そうだね。本当に楽しみだよ! キミのおかげで、どうやら無事にロミオを演じられそうだ」

「新座くん……」

「……小槍さん?」

 初めから咲綾は歌華季のことを魅力的に話していたし、ロミオを演じてもらえることになってあんなに喜んでいた。居残りで練習もしていたり、静音に歌華季をどう思っているか確かめようとしたりしていた。静音は自分のことで頭がいっぱいで気づいてあげられなかったことが恥ずかしかった。

(でも、咲綾は今、私とくらべものにならないくらい恥ずかしさと戦ってる。自分の気持ちを伝えるために勇気を出して。咲綾はすごいな、どうしてあんなことができるんだろう……)

「私……」

(咲綾の声、震えてる。新座くんが言ってたとおりなのかもしれない。大切なその気持ちがあれば、その波が震わせて、何かを変えることができるんだ……)

「新座くんのことが……」

(それなら、私はどうしてここで見ているだけなの? 先に新座くんに出会ったのも、最初に友達になってほしいと頼まれたのも、「好きかもしれない」って言われたのも私だった。私がシナリオどおりにセリフを進めたから……ううん、私が何もしなかったから、私には何もないんだ。咲綾が新座くんと恋人どうしになるかもしれないのに、私は新座くんを友達にしてすらいない)

「……好きです」

 きゅっと静音の胸がきついくらい痛む。

(私、バカだ……。こんなことになって、やっと自分がどんな気持ちでいたかわかるなんて。これ以上何もしなかったら、本当に私には、なにも……!)

「……ありがとう小槍さん。ボクもキミのことが好きだ」

 歌華季は静かに答える。両手で顔をおさえた咲綾は涙声だった。

「でも……。静音ちゃんの方が好きなんですよね」

「いいや、ふたりとも。ボクは……みんなのことが好きなんだ」

「そんな……」

 咲綾はさらに顔を手にうずめる。

「ダメだよ、そんなのっ……!」

 静音は大声でさけんだ。

「お姫様、まさか聞いていたのかい?」

 驚いた顔の歌華季。まわりの生徒たちも不思議そうに見ている。

「聞いてたよ。ごめんね、でも……。私も言わずにはいられないの。今こうして私が二人の間に入るのも、最低だってわかってる。最低だから言うわ」

 心が高ぶって、静音には言葉があふれてきた。

「ひどいよ新座くん……。そんな人だと思わなかった。好きだって言われてるのに、みんなのことが好きだなんておかしいよ! 困ってるならそう言って! 嬉しかったら歌ったり踊ったりしてよ! 本当の気持ちを隠すってことが、一番人を傷つけるんだよ……。私、あなたなんて大嫌い……!」

 静音は目に涙がうかんできたのがわかった。自分にはこんなことを言う資格などない。どんなふうに思われても仕方ない。しかし、こうすることがせめてものつぐないだった。今までふたりに何もしてこなかったことへの。

(大嫌い、こんな私も……)


  咲綾、歌う。


 ♪ ありがとう はじめてだね

   本当の気持ち 話してくれた


「えっ……?」

 振り返ると、咲綾は静音に顔を上げて両手を開いた。


 ♪ 静音ちゃん あなたはいつも さびしそうで

   心配だった 助けてあげたい そう思っていたの


「咲綾……? なんで歌ってるの!?」


 ♪ だけどあなた わたしにはウソばかり

   だまされたふり つらかったよ


 なにがなんだかわからないまま、静音は咲綾の歌と話す。

「違うの……! そんなつもりじゃ……」


 ♪ わかってる なにかあったのは

   でもなにがあったかは 話してくれなきゃ わからない


 咲綾 「だからこれは、いつものお返しです」


「お返し?」


 ♪ 新座くんが好きなんてウソ

   あなたにはわかったはずだけど

   わたしの好きなシェイクスピア

   舞台にはウソがつきものなんだから


「えっ……。ウソだったの? いつから!?」


  歌華季、進みでて歌う。


 ♪ 好きでも嫌いでもないと キミが言ってのけた日さ

   ふたりで練習して キミをだますことにした


 歌華季 「ボクは勇気を出して言ったんだけどなあ。

      好きかもしれない、って!」


 静音はふたりをかわるがわる見る。

「ごめんなさい……。私、自分のことばかり考えていて……」


  歌華季と咲綾、ハーモニーで歌う。


 ♪ 本当にそう思っているのなら

   教えてください その声で!


(まさか……)

 ふと気がつけば、周りにはちらほらと人が集まりだしていた。校門に呼び出されたのはこのためだったのかと思うと、静音は悔しくてたまらなくなった。

(恥ずかしい! 私には無理だよ!)

 だが、ふたりはずっと静音を待っている。

(……もう、どうなっても知らないから!)



 Scene 7 ラヴ・ソング


  静音、歌う。


 ♪ ご、ごめんなさい……


 静音  「(恥ずかしがって)や、やっぱり無理!」

 咲綾  「大丈夫です、私にもできたんですから!」

 歌華季 「さあもう一度。さん、はい!」


  静音、歌う。


 ♪ ごめんなさい…… 怖かったの

   変だと思われたら 恥ずかしいから……


 咲綾  「その調子です!」


  静音、すこし勇気が出て歌う。


 ♪ ありがとう 私きっと変われるわ

   好きと嫌いも はっきり言える

   緑茶よりも 紅茶が好き

   ただのドーナツよりも チョコドーナツが好き


  静音、どんどん歌う。


 ♪ 流れる雲が好き 歌と音楽が好き

   みんなのことが大好き……


 男子1 「なんだ? こんなシーンあったっけ」

 女子7 「じゃまじゃま! みんないくよ! せーのっ!」

 歌華季 「みんな! すばらしい演奏じゃないか! よし、ボクも」


  歌華季、歌って踊る。


 ♪ 人生は ふしぎさ

   好きだって たったひとこと言うだけで

   歌が生まれて 心は踊る

   この世は舞台 すてきな仲間とおくる劇

   ミュージカルのない人生なんて

   まるで穴だけのドーナツさ


 静音  「新座くん」

 歌華季 「おや、キミはだれだい……?」

 静音  「シンデレラやお姫様、ジュリエットって呼ばないで。

      そんな名前はいや」

 歌華季 「わかっているさ、恥ずかしかったんだ。静かな役の名前は?」

 静音  「演じるのはもうやめたわ。ただの森堂静音。

      ……私と、ま、まずは友達になってください……」

 歌華季 「もちろんさ、静音さん! さあ歌おう!」

 静音  「ま、待ってよ。まずは、ってセリフ、

      ちゃんと意味があるんだけど……」

 咲綾  「どういう意味ですか? もしかして……」

 静音  「えっ!? 私いま、声に出してた……!?」


 (終)






















(2021/7/8追記)


公募用に書いた作品の5番目。


だいぶ前のことになってしまったのであんまり思い出せないんですが、

「天然色カメラ」を書いた後やはり書くことがなくてネタ探しで苦労しました。


そろそろ読む人のことを意識して書けるんじゃないかと思って構想を始め、

せっかく例の賞に応募するなら動きがあってイケメンが出るとなお良いだろうという打算があり、

今までは避けてきた恋愛要素を入れざるを得なくなり、

時間が足りなくてオチがわかりにくくなってしまったというのがだいたいの流れ。


本当にこのネタでいいのか?と書き始めるまで悩んでましたが、

ミュージカルの世界から転移してきたみたいな人がいたら面白いなというアイディアが

最後まで書ききれるだけの熱量を持っていそうだと思ったとき書き出せました。


あと小説の地の文とミュージカルの台本が混ざってたら視覚的に楽しそうだというのと、

そういう実験的なところで独創性が出せそうだったからです。


で、結局読む人のことはあんまり考えてないんですね笑

落選の理由はそういうところだと思います。

これからは読んで楽しいと思えるようなものを書いていきたいです。


(2021/9/14追記)


改めてあとがきを読んだらすごいドライな感じになっててびっくりしたので補足。

構成がうまくできるように頑張ったのはたしかなんですが、けっこう感情任せで書いてました。

冷静に読み返すと「ここはこうじゃないだろ」っていうのが大体そう。


作中で静音は自分のことばかり考えてしまってましたが、

自分もキャラクターの気持ちをもっと考えてあげられたら良かったです。

そして読む人のことも考えたいと思います。

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