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報復の謳歌  作者: 莞爾
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きょがんはかわらずまだそこにいた

 寒気がした。

 何が起こったのかと禍霊のいる方向を見ると、巨岩は変わらずまだそこにいた。いや、違う。そこにはもう居ない。


 そこに佇むのは輪郭を成していた外殻であった。


 隣にいたはずのオウカが衝突音と突風の中に攫われて、視界から消えた。後方で地鳴りが再び鳴り響く。


「オウカッ!!?」俺は叫び、一足で間を詰める。


 禍霊は外殻から中身を打ち出すように脱皮して、恐ろしい速さでオウカに衝突した。

 俺はオウカにのしかかる禍霊に飛び掛かり横腹を殴り飛ばす。腕甲をつけていても分かる程堅牢で重厚な禍霊の外皮は、鮮血を飲んで昂る俺でさえも、横に退ける程度であった。


「オウカ! 無事か?」

「……安心せい。しかし、厄介じゃな」倒壊した民家の瓦礫の上で倒れるオウカは、無事だと返事をした。鼻から血を流し、唇も切れたらしい。傷はとうに癒えているが、オウカと禍霊の肉体面での強度を推し量る。

 ビキキッ……。パキ。

 背後から鳴り響くその音にぞっとする。オウカの心配をしている場合では無い。禍霊に向き合う。

 巨岩は脱皮して成長しているのか、一つの塊から四肢が生え、巨岩ではなく巨躯と表現した方が正しく伝わるだろう。黒く塗り固められた水晶のような双眸は何も言わずこちらを見ている。


「おう、来いよ。……抱きしめてやる」俺だって治癒能力は十分に備わっている。禍霊の一撃は確かに重いが、連続ではなく、打ち出されるまでの間に、治癒の隙がある。体力の限界が無い俺との根比べといこう。


 ベキ。バキキッ……ベギンッ!


 巨躯の外殻に亀裂が入る。竦みそうになるほどの沈黙の中で亀裂音だけが鳴り響く。爛れた鱗状の皮膚の裂け目から新たな砲弾が打ち出されようと二回目の脱皮を始める。


 パキッ、ベキベキ……。バゴンッ!!


 正面に立っていても、目視で捉えることが出来ず、破裂音よりも早くその巨躯は俺の体に衝突した。禍霊の巨腕と組み合った両腕が外殻に包まれたその掌にぶつかると、腕甲の締め付けにひしゃげ、内側から破裂し、俺の両腕は容易く潰れた。そしてほぼ同時に肋骨が全てが砕ける。

 肺の空気は喉へ押し寄せる血液とともに爆発したかのように吐き出され、それでも生まれ持った狼叢の脚の力で辛うじて相手を止める。集落の端から中ほどまで押し出される形で、なんとか禍霊の速度を殺した。

 オウカの鮮血を摂取してもこの力量差。だいぶ押し流されてしまった。民家を背中で幾つも叩き壊したのが分かる。飛び出した眼球が治癒能力で眼孔に収まり、視力が戻ると、禍霊の後ろ、遥か前方に瓦礫の道と禍霊の二つ目の脱け殻が見えた。

 肋骨が再構成され、萎んでいた肺が膨らみ、呼吸が出来るようになる。気管に詰まっていた血反吐を咳き込みながら吐き出し、体を確認する。破裂した腕も元の形に収まり、何もかも元通りだ。全身血だらけで、脚が滑る程の池を作っているが、どうしようもない。距離を取ると、余計に衝撃の威力が増すだろうし、なによりもう、禍霊は三回目の脱皮を始める音がするのだ。


「……やべぇな、……痛みで意識が飛んでたぞ……」解決策が無い現状では、このまま集落を一直線に突き抜けて、鳳仙の人間共を殺させないようにするしか無い。

 ビキッ、ベキッ……パキパキ。

 亀裂音が鳴り響く。そして禍霊は俺と組み合った手を掴み、空中に浮遊を始めた。


「あっ……やっべェ……」


 何をしようとするのか、嫌な予感がして、手を振り解こうと試みるが、禍霊は力強く握り締め、俺の手は細い枝のように折れ曲がってしまっている。さらに最悪なことに、禍霊の腹部の皮膚が溝に合わせて裂け始め、第三、第四の腕を形成して、俺の体の自由を奪った。下を確認すると、もうかなり上昇しており、亀裂音も、この距離で耳にすると絶望的な心境になる。禍霊は上空から地面に向かって突進するつもりだと確信する。そうなれば下敷きになる俺は治癒能力を抜きにして五体満足では無いだろう。

「死ぬかもしんねぇ……」

 

 ドゴンッ…………!!


 衝撃のあと、地面は大きくぐらつき、地鳴りは夜に雷鳴のように轟いた。

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