しんぞうがないというものは
「――ところで、心臓がないというのはどんなものじゃ?」
オウカは道すがら、そんなことを訊ねる。俺が死んでから三月半も過ぎて、この旅はまだまだ長くなると思い始める。玉の汗が頤に滴り、生前からの形見のように未練がましく首に巻きつけた襟巻きに落ちる。乾いた汗が潮を吹いている厚手の布は、通気性が悪く、熱が籠る。
日差しが熱い。逃げ水と草いきれが延々と続いているこの土地は、慢性的な干ばつ地帯らしく、とてもじゃないが俺は生きてはいけない。
――まぁ、生きてなどいないが。
そんなふうに、身体を引きずりながら半ば思考を放棄していた俺の脳に、時間をかけてオウカの声が届く。
「そうさな、心臓がないってぇのは、…もっと涼しいと思ってたよ」俺は渇いて声が出ない喉に唾液を二度程飲み込み、張り付いた唇を舌で舐め剥がして、そんな皮肉を言った。涼しげな顔で横を歩くオウカを一瞥する。
茹だる程の快晴。荷台に積まれて運ばれているもう一人は鳳仙の生まれなのだから、ただの女子供であろうと、暑さには強いはずだ。
「少なくとも死ぬ前の俺なら、死んじまいそうな程暑っちぃなァ!」俺は荷台をがらがらと引きずりながら愚痴をこぼす。暑さのあまり語尾はもはや怒りで声を荒げていた。
荷台には鳳仙の少女――サイカ――と俺が道中で脱いだ鎧、そして旅に必要最低限な荷物が載せてある。明らかに無駄な荷物が一人。負担を強いられる俺は怒りと熱気と、見渡す限りの干ばつ地帯に憤りが隠せない。
その隣、頭に笠を被り、肌を全て布や鎧で覆い隠した長身の女は俺を一瞥する。名はオウカ。訥弁としてあまり会話を好まないが、俺の荒ぶりを見かねたのか、それとも本当に暑さを感じているのか同意する。
「……トーマは暑いのか。私も少し暑いのう」オウカは右掌で首元を扇ぐ。そんな微風で凌げる暑さなのだろうか、にわかには信じ難い。きっと俺の暑さの欠片ほどしか共感できてはいないのだろうと思うと、寧ろその共感の態度は深い谷を作る。
二本の角を大きな笠で隠していると、オウカは人間にしか見えない。……とても、人間を喰らう禍霊だとは思えない美しい女である。
「匂い。臭い。に、追い。…香る。薫る風……」
独り言。
オウカは時折こうして呟いて、言葉を探してはまた黙り込む。
俺には何をしているかわからないが、もしかしたら意味なんてないのかもしれない。
兎に角、会話は何時ものように打ち切られたのだと理解して、俺は額の汗を腕で拭い、オウカの言葉を聴き流す。
呪術諷経のように独り言を呟くオウカの、暑さなど感じていないような態度と声音が再び繰り返される。
……あぁ、暑い。周りにはまだ集落の気配は無い。日陰もなく、人心地つくことも叶わなそうだと考えてどっと疲れる。肉体面では無く、精神的に追い詰められる。気が滅入るとでも言うのだろう。
もともと狼叢の男である俺には、やはり暖かい気候は堪えるのだ。羽根を休める場所も無い。もっとも、羽根を持つ民のサイカは、俺の苦労も知らずに休み続けているが。




