終 執念の行方
「わたし」は誰か、どこから来たのか、何もわからない。
自分一人では生きていけない、あまりにも脆弱な存在。それが「わたし」だ。生存のためには、他者に依存していなくてはならない。それも、高度に発達した知性をもつ、選りすぐりの「他者」に。
だからずっと、「わたし」は一人の男の中で生きてきた。その男と一体に成り、彼そのものになったつもりで、脆弱な生命を永らえてきた。
しかし不幸なことに、ある日唐突に、男は壊されてしまった。小さな鉄塊を、頭蓋の内に撃ち込まれて。
「わたし」は他者に依らねば生きていけない。他者の、発達した脳がなければ、生存できない。
そんな時、男の傍らに生命の息吹を感じた。ヒトではない。四つ脚の、体毛に覆われた原始的な肉体だ。その生物もまた、腹部に瀕死の重傷を負っていた。
選り好みしている猶予はなかった。すみやかにその生物の体に侵入し、侵食し、成り代わった。脳だけを残し、ソレの知能に縋って生きていく。
はじめに目を開けた時、目の前に倒れていた男の死体が、自分そのものに見えた。
だから目を閉じて、「わたし」の内に残っていた、かつての男の思考の名残を、封じ込めた。
次に目を開けた時、「わたし」は一匹の犬になった。眼前に倒れていた男の死体が、足の先から、少しずつドロドロに溶けて、新たな「わたし」の方へと吸い寄せられてくる。彼の肉体は、脳髄以外すべて、「わたし」が融合し、再構成したものだ。やがて、小さな灰色の塊を一つ残して、彼の体は消え去るだろう。
一匹の犬として、その無残な死体に視線をやった時、「わたし」はそれを「主人」だと思った。
――「わたし」は、この男に愛されていた。
その胸に去来する想いは、いったい誰のものなのか。イメージとして浮かび上がってきたのは、四つの「仇」の顔だった。
――奪われたものを、取り戻さなければならない。
湧き上がる情念に突き動かされて、一匹の野犬は、暗闇の街へと駆け出していった。
その想いの由縁すら、満足に知らないままに。
……スワンプ・ドッグ 了
拙作をここまでお読みいただいた読者の皆さま、本当にありがとうございました。
物語的に、非常に中途半端ではございますが、「外郭十五番街」はこれにて完結です。
もともと本作は、自分がスランプを脱するための試みに、読み切りとして書き始めたものであるため、細部の設定がまったく練りこまれておりません。そんな不完全な状態でこれ以上話を膨らませても、中途半端な作品にしかならないと判断したため、ここですっぱりと打ち切ってしまおうと思います。
創作活動自体は定期的に続けていきますので、今後も叱咤激励いただければ幸いです。




