第2話 凱旋、逃亡、Tバック。4
ダールベルク王国とディアスキア王国の国境近く。ロベリア山脈はまさに両国を分断するように聳え立っている。この山脈の麓には古より地図には載らない地が存在する。
その名をロベリア・エリヌス。
ダールベルク王国の起源は別大陸より訪れた一人の魔導士に遡るとされている。その魔導士が初めに居住したのがこのロベリア・エリヌスであり、この地を礎として魔導士たちの文化が栄えたという。
この町はその存在を歴史からを消し去り、ダールベルクの危機に際してその灯を消さぬための焚物として存在し続けていた。この都市の存在は王家の者のみが口伝によって伝えられたきたが、初めてその真価が発揮されるべき時に、国家元首が国の滅亡を告げに来たとは皮肉と言えた。
ロベリア・エリヌスの中枢はこのポリゴナム城砦であろう。大小5つの砦を持つ要塞としての機能も備えている堅牢な都市と言えた。
人口は決して多くはなく、小さな村のそれと言って差し支えなかろう。すべての住民が備蓄を含めての食物の生産に従事する農夫であり、また有事の際に外敵と戦える戦士であった。
城砦内ではヨランドの話を訝しめに聴く人物が大きなため息をついたところであった。
「では、ヨランド様のご意志は変わらないという事ですな……。」
「そう、気を落としてくれるなハイデルベルク。新たな王となるであろう人物は、実際に会ってもらえば、すぐに私がこのような選択をした理由も理解してもらえるハズなのだよ。」
ヨランドの言葉にさらに嘆息しながら頷く初老の男は、この町を統治しているハイデルベルクというたくましい体躯をした魔導士であった。非常に稀有な存在で魔力をその身に纏い、肉弾戦を行う魔法拳士と呼ばれるクラスであった。
「ハイデルベルク、この人の頑固さはあなたも十分承知しているでしょう?ふふ、もう諦めて新しい時代を作り上げていくために、あなたの力を私たちに貸して下さい。」
しっとりとして、ザラつく感情を浄化するような声色だとハイデルベルクは思った。その声の主は、かつて「高潔の魔女」と呼ばれたダールベルク王国最強の魔導士フィオーラであった。
つまりヨランド・ダラゴンの「キレイな妻」「イタイ美少女エウリディーチェの姉」であった。
「確かに永きにわたる国の歴史の終焉に感傷しておっても仕方ありませんな。国の未来はこの地に住まう若い者達のものであるハズですからな。分かりました、もう何も言いますまい。ロベリア・エリヌスは全力で新たな国の勃興に勤仕致しましょう。」
生粋の武人でもあるハイデルベルクは、今は自分を友人と呼ぶかつての主君に、今後も変わらず仕えていく覚悟で、新たな壮途に就く事を決意していた。
「ありがとうハイデルベルク、当面は騎士たちの生活の面倒をみてやってくれ。計画通りならば備蓄は1年は持つハズだろう。もちろん1日でも早く「新魔王」殿の帰還を待ち、狼煙を上げるつもりだ。奪われたものは誇りを含めすべて奪い返す。国が変わろうとダールベルク人の国である事は変わりないのだからね。」
ダールベルク内での残党兵は実際には、ほぼ無傷に近い状態で確保された。ダールベルク王国は本来ならば国内での宰相ジョーアルゲンとの内乱の火種も抱えていた。恐らく、遅かれ早かれ内乱は起こり、国力は著しく毀損されていたハズだった。
そのような状況の中、被る人的、物質的、精神的な損害を考えると、国滅亡という悲劇は免れる事は出来なかったが、国民、国土の奪還という希望を持つには十分な体制を残せたと言えた。
そして今、彼らが待つのは言わずもがななハンス・ゲーネバインその人であった。
「時に、エウリディーチェ様はいずこへ?」
常にヨランド夫妻の傍らにいた少女の姿が見えない事に、ハイデルベルクは素朴な疑問を持った。
「彼女はハンスさんに同行してもらっているんだよ。」
「あの娘ももう16ですからね、そろそろ外の世界を経験して欲しかったのです。」
(たまには二人で過ごしたいしね。)との邪な思いは隠していた二人だが、そんな、ヨランド夫妻の安気な言葉に、ハイデルベルクは激しく憂苦する思いであった。
「ちゃんと生きて戻って来られますかね、ハンス・ゲーネバイン殿は……。」