第2話 凱旋、逃亡、Tバック。3
この名状しがたい違和感はなんだ?
占領下に置いたノイシュヴァン城の「魔王の間」、そのテラスから望む景色を眼下に見下ろしながら、セダム王国騎士団長イルセタはその鋭い眼光をより犀利にしていた。
「イルセタ卿、浮かぬ顔ですな。何か問題でもおありですか?」
ネメシア公国騎士団長ティスベは、気疎い表情のイルセタに問う。
「魔王の首級、捕縛した貴族ども、各地の一部の抵抗勢力があるとは言え、城の陥落からたった5日で国土の8割を掌握……。この状況、ティスベ殿はどう読む。」
「これも、かの勇者殿の力とも言えるのではありませんか?『勇者ハンス』と聞けば無抵抗で投降した砦もいくつかあったと聞いております故……。」
ティスベは横目でイルセタを見ていた。どこか自らの回答でイルセタを試しているような様子にも見えた。
それに気付いてか、気付かずか、イルセタはさらに訝しさを口にする。
「報告では魔族どもの死者も、かなりの数に達している。だが、負傷者となるとその姿はほとんど見かけない。さらに、ハンスはこの「魔王の間」においてヨランド・ダラゴンの首級を挙げたと聞いている。だが、この空間の清浄さはなんだ。」
心の中で(さすがだな)と一人ごちながら、ティスベは受ける。
「実は私も入城以来似た疑念を持っておりました。魔王自体は戦力にならぬ事は織り込み済みでしたが、魔王の妻はこの国でも最も強力な魔導士の一人だと聞いております。そう考えればハンス殿一行が無傷どころか、疲弊すらしていないように見えたのは甚だ腑に落ちぬ話ではあります。ああ、ハンス殿だけは顔面にひどい打撲を負っていたようですが……。」
イルセタもまた横目でティスベを一瞥すると、部下を呼び指令を出す。
「ウィン・サムにただちに本国に帰還する準備をさせ、王への伝令を持たすと伝えろ。」
「純朴そうな勇者殿も、叩けば埃が出るのかもしれませんな。」
ティスベの乾いた視線にイルセタは妖しい影を感じた。(この男もいずれ叩く必要があるかもしれんな)そんな感情を抱かせるのに十分な剣呑さが、確かにティスベという男にはあったのだろう。
「時にファネッテ殿はどうされている?」
間を取るためか、イルセタは話を変えディアスキア王国騎馬隊長の行方を尋ねた。
「街に出ると言っておりました。あの男が軍規を守るとも思えません。略奪でもしているのではないですか?兵士のいいガス抜きにはなりますか。責任はすべてディアスキアが負うのでしょうから、干渉は不必要でしょう。」
「あのような者が隊長とはな。ディアスキアも底が知れている。まぁ、よい、私は伝令の書簡をしたためねばならぬ、ここはティスベ殿に任そう。」
退室するイルセタの背を眺めながら、ティスベは何を思ったのだろう。その歪んだ口角には決して友好的な印象は受けなかった。