第2話 凱旋、逃亡、Tバック。1
魔王討伐軍の本体がノイシュヴァン城に入城したのは、ヨランド・ダラゴンがこの地を去ってから数時間後の事であった。ハンス達一行はそれまでに整える事が様々あった。
いかにも苦戦の末、魔王を打ち取った勇者の姿を演出し魔王の「死」を強調する事だ。しかし、ハンスの演技力の欠如では不自然さを強調させるだけで、メンバー達は一応に「役立たず」と心の中でつぶやくのだった。これにつては「最小限の事しかしゃべるな」という結論に至った。またマイ・グラニーやグルスが、兵士たちにずいぶん盛った英雄譚を聞かせてまわった。正直、盛り過ぎて現実感が希薄となり、この行為が是か非かはよく分からない。
他には、英雄の言葉として、改めて兵士達に占領下の民衆に危害を加えない事を徹底させた。これについては、さすがにハンスは強い信念を持っており魂のこもった演説により、多くの兵士の共感を勝ち取っていた。
最後に、パステルはエウリディーチェにヨランドが使ったのと同様の不可視の魔法をかける。当然、勇者一行に魔王に連なる者がいては都合が悪い。パステルが魔法を担当したのは、エウリディーチェが魔王の娘ではあるが、あまり魔法を得手とはしていないからだそうだ。
「ハンス様、ただいま魔王討伐軍本体がご到着し、イルセタ卿、ファネッテ隊長、ティスベ団長が入城致しました。ハンス様ご一行とのお目通りをご希望されております。」
セダム王国の伝令がキビキビと指令を伝えた。
「さてと、おでましですわね。ハンス、行きますわよ。」
修道士のマイ・グラニーが、気乗りしないハンスを促す。
「あ~、やだな~、やっぱあいつら来る前にふけるべきだった…。」
「それはそれで不自然じゃね?まぁ、とっとと面拝んで、マジでふけようぜ。」
グルス・アン・アーヘンも決して乗り気ではないが、ハンスよりは大人の対応を心得ているようである。
会見は再び「騎士の間」で行われた。中央にイルセタが着座し、その脇をファネッテ、ティスベが固めている。同盟国のパワーバランスが容易に判断できる並びである。
ハンス達はハンスのみが着座をし、他の者は後列にて頭を垂れた。
(うげぇ~、また、3人ともいんのかよ~。)そんな苦虫を噛み潰したような表情のハンスを見て、ディアスキア王国騎馬隊長ファネッテが軽口をたたく。
「なんだ、勇者殿、ご活躍すぎでお疲れか?我々の到着を待ってもらってもよかったのだぞ。それともお連れがべっぴんぞろいなのがお疲れの理由かな?が~はっはっはっ!」
(うへぇ~最悪ぅ~)とパステル。
(ホント疲れてみたいものだわ…♥)とマイ。
場内がすっかり冷え切ったところでイルセタが口を開く。
「ハンス殿、此度の目覚ましい仕事ぶり感歎の極みである。心より礼賛させて頂く。ご苦労であった。」
「身にあまるお言葉、痛み入りますイルセタ卿。」
心が籠っているのか、いないのか、の判別不明の絶妙な境界線の返答は、ハンスの得意とするところである。気持ちを籠めない対応なら演技の必要もなく、素でいいのだから。基本的に性格は悪いのだ。
「魔王ヨランド・ダラゴの首級は見聞させてもらった。聞いていた通りその名に似合わぬやさ男だな。それでも勇者殿を手こずらせたと聞いている。その顔の傷は激戦のあかしという訳か。」
まさか、自分のパーティーにやられたとも言えずハンスは口ごもる。
「えっ、ええ、聞きしに勝る魔王っぷりでございました。」
ハンスの後ろで、仲間が噴き出すのを必死に我慢している。ハンスは赤面しつつ、こいらいつか必ず痛い目に合わせてやると固く心に刻んだ。
そんな勇者一行の状況など興味がなさそうに、イルセタは事務的に話を進める。
「いずれその激戦の話でも聞かせて頂こう。長きに渡った戦いの後だ、貴公らにはゆっくりと休息を取られるがよかろう。また、これ以後のこの国の統治については我々同盟軍が引き継ぐ。後の処理については任せてもらおう。」
イルセタの言葉は一片の反駁も許さない威圧感があった。
「ええ、お任せ致します。また急ではありますが我々は会見終了後、直ちにセダム王国に帰投させて頂きます。ここでやるべきことは、すべてやり終えました故に。」
ハンスの抑揚のない言葉は、相変わらず感情を読み取ることが出来ない。
「そうか…、自由を身上とされる勇者の一行を、無下に引き止めることも罷りならんか。承知した、では道中くれぐれも息災でな。帰国後、王宮にて王より褒章をお受けするがよかろう。」
「御意に。」
退室する勇者一向。イルセタ、ティスベ、はハンスに対して人物としての「つまらなさ」を感じていたが、ファネッテはマイ・グラニーの「つまった」腰つきに感じ入り舌舐めずりをしていた。