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誰もが忘れた勇者の名前は…  作者: しゆい
勇者と魔王
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第1話 あっ、どっ、どうも初めまして。4

 外では城門がついに破られる音がしていた。兵士たちの歓喜の怒声は「悪」たる魔族を打ち破る事への、自己陶酔を内包する狂気の喝采にも聞こえた。手段として暴力を振るおうと、どれだけの血を流そうと、勝った者が正義という人の世の輪廓(りんかく)は、どの時代にも不変の理なのであろうか。


 少なからずナルシズムが脳裏に絡みついた兵士たちは、もはや討伐「軍」というよりも討伐「群」と言った方がよさそうな勢いで場内になだれ込んでくる。


 「さぁ、もう時間がありません。ハンスさん。」

 ヨランドはハンスの意志決定を迫る。


 「俺はやらねー!」


 ハンスも兵士たちの怒号にあせっていた。

 短い時間とはいえ、ヨランドという王の人品骨柄の良さは間違いない。そして、その王が語った内容。それに比例するかのような、自分が属する陣営の指導者たちの醸し出すきな臭さ。

 それでもハンスはこのまますべてを享受し、それまで帰属していたものを、安直に否定する事はできなかった。


 「ハンスぅ〜。」


 「マジかよハンスよぉ〜」


 「童貞っ。」

 

 「やろうよハンス〜。」


 「うっせー、誰だどさくさに「童貞っ」って言ったヤツ!とにかく俺は一度セダム王国に戻る。話はそれからだ。」


 ハンスは頑なな表情で一同を見まわす。

 

 「だからねぇ、ハンス。そのセダムに戻るの危ないんじゃない?って魔王様はおっしゃっているのよぉ。」


 ハンスの頭を撫でながらマイ・グラニーが言う。無意味に巨乳の谷間をハンスに見せびらかすのは、単に彼女の性癖だと説明しておこう。


 「確かに頭では、いろんな状況や少ないながらの人生経験で、ヨランドの言う事はその通りなんだろうって感じているさ。でもな、セダムの王様。俺は頼りないながらに、あのおっさんは嫌いじゃないんだ。そのおっさんと必ず戻ってくると約束したんだ。少なくともおっさんには義理を通したい。」


 ハンスの決心は堅そうだな、と付き合いの長い仲間達は諦めはじめた。


 「ただ、確かに危険が付きまとうのは確かだから、今回は俺一人で行く。お前らはここに残るか、ヨランド達と一緒に行ってくれ。」


 ハンスは優しく微笑んだ。


 「ったく、融通の利かね~バカだな。」


 と言ったグルスの表情には、言葉とは裏腹に満足そうな様子が伺えた。


 「お前一人はナシだな。お前のトロさじゃ、報奨金を値切られそうだもんな。しゃあね~けど付き合うわぁ~。お前らどうする?」


 グルスの問いにサン・ガッデスはただ頷き、マイ・グラニーもパステル・モーヴもハンスと離れる訳ないじゃんとハンスにじゃれる。


 照れくさそうにハンスは「おう。」と請け負った。


 「とにかく一度セダムに戻った上で、改めて本当にヨランドが言うシナリオが待っているなら、俺たちはもう一度ここに戻ってくる。そんな奴らにこの国を蹂躙させちまう訳にもいかないしな。で、でもな、国王なんてまして魔王とか絶対やんね~からな。仮にも勇者とか呼ばれていた人間が、次は魔王になりま~すとか、どの舌が言うのかって感じだろうが。節操ないにも程があんだろ。」


 城内もだいぶ騒がしくなってきた。宰相ジョーアルゲンをはじめ、それに組していた貴族はすでにノイシュヴァン城を捨て、ある者は国外に亡命し、ある者は自分の領内に立て籠もった末に投降というケースがほとんどであり、すでに城内での抵抗はほとんどない状況にあった。おそらくこの「騎士の間」にも、まもなく参着する筈である。


 「まぁ、確かにハンスさんのおっしゃる事に道理があり、その流れが妥当な線ですね。というか予想通りの回答ではありますがね。では国に戻るのにあたり私側からは監視として、そしてあなた側からは人質として彼女を連れて行って下さい。これは条件ではなく、あくまでも懇願だと考えて下さい。」


 ヨランドの発言中、メンバーが現れたのと同様に、気がつけば白に近い金髪の美しい少女がハンスの目の前に現れた。


 「ご紹介致します。先程、会話の中でハンスさんが過敏に反応した私のキレイな妻の、キレイな妹のエウリディーチェです。」


 「誰が過敏に!……って…(ドキドキ、め、めっちゃキレイ…じゃね。)」


 ハンスの鼻孔はこれ以上ないほどに伸張され、その頬は淡紅色をたたえていた。

 それほどエウリディーチェという少女の持つ清廉さ、美しさ、そして儚げな空気感は説得力を持って存在した。


 「ごるぁハンスっ!我、何心奪われとんのじゃ!」


 「浮気者~、さっきまで私の足でムハムハ言ってたくせにっ!」


 マイ・グラニーとパステルの同時の突っ込みにハンスはかろうじて我に帰る。


 「ひ、人質なんていらね~し、あんたも監視とか…、信用しろよ俺を。」


 「ふふ、方便ですよハンスさん。本当は彼女はあなたの熱烈なファンなんですよ。連れて行ってあげて下さい。きっとお役に立てる筈です。さて、とにかく時間がない、私は自分の死体の幻影を残しここを去ります。あとはよろしくお願いします。」


 そう言い残しヨランドは自らの死体の幻影(感触のある高度の魔術)を残し姿を消した。


 エウリディーチェは改めてハンスを見つめてあいさつをした。


 「エウリディーチェと申します。ずっとお慕いしておりました。ハンス様が新たな魔王様として、また新たな国を率いて行って下さるとお義兄様からお伺いしております。私も微力ですがお傍で働かせて下さいませ。ふつつか者ではございますが、どうぞ末永くよろしくお願い致します。ハンス様。」


 一瞬の沈黙を挟み、ハンスがはにかむエウリディーチェに言った言葉は……。


 「あっ、どっ、どうも初めまして。「新魔王」のハンス・ゲーネバインと申します。よっ、よろしくお願いしま〜す♪」


 場内になだれ込んで来た討伐軍の兵士が見たものは、魔王の御首級と殴打されボコボコになった顔面の勇者の姿であった。

 



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