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剣士の路  作者: 真冬の蛍火
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第5話

「見えてきました。あれがバルツブルグですよ」


アナがはしゃいだ声を上げ、前方を指さす。その先には左右に大きく広がる城壁が見えている。


バルツブルグは木工職人達が住む街だが、彼らだけで立ち行ける訳もなく、職人達を支える形で様々な人々が移住してきていた。また、家具が売りであるためか、作った作品を仕舞っておくための倉庫はかなりの広さを誇り、それが幾つもあるために街自体を大きくする他はなかった。そのために城壁は端から端まで数十キロメートルの長さがあり、街中の移動も徒歩ですると非常に時間がかかってしまうほどだった。


レオンハルトはそのあまりの大きさに見惚れていたが、オルトが尻尾でつついてきたためにすぐさま我に返った。


「すごいところだな……」


「ふふふ、街もかなり広いですから迷子にならないよう、一度案内しますね」


「あ、ああ。そのときはよろしく頼む」


レオンハルトがアナの積極的な行動に若干戸惑いながらも言葉を返す様子に、残りの『大地の牙』のメンバーは生暖かい目で見守っていた。

メリッサはアナと同じ女性という立場から応援していて、ミドはそれにつき合わされていた。エリックはというと、娘を見守る父親のような気持ちで少しもやもやしていたが、レオンハルトが一晩一緒にいてそう悪い男ではないことを知ったために特に口を出すことはしまいと思っていた。

ただ一人……というより一頭はアナがレオンハルトに近づくのが面白くないのか、不機嫌そうなオーラを発していた。このオーラを察して一切動物や魔物が現れなかったのはご愛嬌である。








バルツブルグに近づくにつれ、城門前に数人の兵士と行商に来ている商人達が見えてきた。彼らのほうもレオンハルト達に気付いたが、オルトの姿を見て緊張感が走っていた。

そして、レオンハルトとオルト、それに大地の牙の面々がたどり着いたとき、彼ら、特に一人と一匹に対して城門前の兵士達が槍を構えて叫んだ。


「と、止まれ!」


レオンハルトはオルトを隠すように前に出る。それを見て、彼女は不機嫌そうに鼻を鳴らしながらも成り行きを見守っていた。自分が恐れられていることを十二分に理解していたのだ。

大地の牙の面々も動こうとしたが、レオンハルトが手で制したためまずは見守ることにしていた。


「驚かせて済まない。俺はレオンハルト、こっちの虎はオルトだ。ここから三日ほど歩いたところにあるドラカ村からやってきた。ここにはハンター登録に来たんだが……入らしてもらえるか?」


「そ、その虎はテイムされているのか?」


テイムという言葉に聞き覚えがないレオンハルトが首をひねると、兵士が訝し気に眉をひそめる。と、その時、横からエリックが慌てて間に入った。


「その虎は彼がテイムしたんだよ。彼の命令にはきちんと従っている。俺達『大地の牙』が保証するよ」


「ん、む……しばし待たれよ」


そう言うと兵士は槍を近くの同僚に渡し、詰所へと向かっていく。それをどうなるか少し心配しながら眺めているレオンハルトにミドが近づき耳打ちする。ちなみにオルトは毛繕いをしていた。周囲を怖がらせないためのアピールである。


「心配するな。ありゃ上司にお伺いに行ってるんだよ。この街はあまりお前みたいに魔物を連れている連中がいないんだ。それに、ほらオルトはかなり大きいし見かけは怖いだろ? いくら俺たちが保証するといってもただの兵士にゃ判断がつけられないのさ。おそらくあそこにお偉いさんがいるはずだぜ」


そんなものかと納得するレオンハルト。ただ、先ほどの聞いたことのない言葉(テイム)が何だったのか。ふと疑問に思ったレオンハルトはミドにこっそり問いただした。


「ああ、それは魔物を従属させるって意味だ。ハンターや兵士では普通に使われるから街中でも使うけど、まぁ専門用語っちゃ専門用語だな」


実際にはテイムではないのだが、オルトは非常に賢く、人を襲うというのが自身に不利益しかないと判断しているためレオンハルトは問題ないかと思った。実際にオルトはドラカ村での生活を通じて人との接し方を知っており、むやみやたらに力を振るうことを由としておらず、レオンハルトの考えは正しかった。


「なるほど……質問を重ねて悪いが、テイムしているという証拠とかってあったりするのか? ほら、なにか文様が出るとか……」


レオンハルトの質問にミドは軽く首を振った。


「いや、そんな話は聞いたことがないな。所謂自己申告というやつだが、俺が見たことのあるテイムされた魔物は全部従属の首輪を付けていたな。ま、テイムしているかは本人にしか分からないからこそ、一般人にとっては不安しか出ないからな。変ないちゃもんを付けられないように目に見える形で対処してるんだ」


「なるほど……」


納得の理屈にレオンハルトはちらりとオルトのほうを見やる。彼女には聞こえているはずだが、そんなことはお構いなしにのんびりしていた。今は毛繕いの真っ最中だ。

その様子を見ながらレオンハルトは彼女に従属の首輪を付けるのは無理だと即座に判断を下した。プライドの高い彼女がそんなものを付けるはずがない。勿論、家族同然に思っているオルトにそんなもの(従属の首輪)を付けるのは彼自身反対ではある。


「ま、風虎なら一部では魔物じゃなくて聖獣と扱うくらいなんだからな。何かテイムしてますーって証を付ければ大丈夫だろ。

お、来た来た。じゃあな」


ミドはそう言うとメリッサのほうへ戻っていった。

入れ違いになるように先程の兵士と見た目からしてお偉いさんと分かる立派な鎧を着込んだ騎士がやってきた。騎士の表情は堅いものではなく、かと言って柔らかくもないが、中性的な顔立ちで妙に人を安心させる雰囲気を発していた。騎士はまじまじとレオンハルトを見た後、兵士に向かって問いかけた。


「彼があなたが言っていた方だね?」


「はっ! お手数をお掛けして申し訳ありませんが、よろしくお願いします」


「いやいや、あなた方は職務を忠実に行ったのだから申し訳なく思う必要はないさ。さ、他の人たちを待たせているのだから通常業務に戻ってくれるかい?」


「はっ! 失礼します」


兵士が騎士に敬礼すると、レオンハルトにも黙礼して持ち場へと戻っていった。

それを見送ってから騎士がレオンハルトへと声をかける。


「やあ、お待たせしたね。私はレヴィ、この国で騎士をしている。よろしく頼むよ」


言いながら手を差し出すレヴィ。

この国の騎士とは兵士の上位職であり。彼らを指揮する左官の役割を果たすものだった。つまり実力主義であり、半分ほど貴族の子弟で幹部候補として育成された者達だが、残り半分は兵士からの叩き上げである。

それはレオンハルトも知っていて、目の前のレヴィは態度や兵士との遣り取りから叩き上げのように見えた。故に、レオンハルトはあまり緊張することなく、手を取り挨拶を返した。


「ドラカ村から来たレオンハルトだ。こちらがオルトだ」


レオンハルトが紹介すると、オルトの尻尾がゆらりと揺れる。よろしくと挨拶しているのだった。それでも毛繕いは継続中だったが。

レヴィはオルトに目を向け、そして目を丸くした。ついで、納得の表情を見せてつい独りごちていた。


「なるほど……これは彼らも驚くだろう。しかし、まさか風虎とはな。集落から出て人についていくのは稀と聞いていたんだが……」


が、目の前にはレオンハルトがおり、彼には丸聞こえであった。


「風虎と分かるのか?」


「ははは、職業柄色々な事に首を突っ込んでいてね。前に一度だけ見たことがあったんだよ。もっともその時は、遠目だったんだけどね。と、世間話をしに来たわけではないし、さっさと本題を済ませようか。

確認だけど、君がそちらの風虎をテイムした()()()()()()()()んだね?」


「うっ」


実際はテイムしていないことがバレバレである。言われた瞬間にびくっとしてしまったレオンハルトにオルトが尻尾を叩きつける。


「ははは、風虎は誇り高いからね。テイムなんて受付やしないさ。まぁ、同じくらい知能も高いから、従魔として登録しても、勝手に暴れたりしないだろうし大丈夫だろう」


「その登録は何処でできるんだ?」


ホッとしながら聞くレオンハルトに、レヴィは嫌な顔一つせず、自分が出てきた詰所を指さした。


「あそこさ。従魔なんて街中で捕まえてくるものじゃないし、入口で登録しておかないと街中で問題が出た時に大変になるからね。なに、さほど時間はかからないさ。善は急げというし、さっさと済ませに行こうか」


「ああ、ちょっと待ってくれ」


レオンハルトはレヴィに断りを入れて、今まで成り行きを見守っていた<大地の牙>の面々に礼を言いに行く。


「ここまで付き合ってくれて有難う。取り敢えず、こっちはもう大丈夫そうだし、時間は取らないと言われたがどうなるか分からない。だから、先に行っててくれ」


「ああ、分かったよ。彼なら問題なさそうだし、お言葉に甘えて俺たちは先にギルドに戻らせてもうとするよ。アシッドウルフの件を報告しないといけないしね」


「うあ……それもあったのか。早く風呂に入りてぇな」


「もう、あと少しなんだからシャキッとしなさいな。あ、アナ。あんたは残りなさい」


ミドの頭をはたきながらメリッサは唐突にそんなことを言った。


「え?」


「レオンハルトの案内があるでしょ。兎に角まずはギルドまで連れて来ないといけないんだし丁度いいからあなたが案内しなさい」


それはメリッサなりに気を利かせたからだった。ミドは額面通りに受け取っていたが、エリックは苦笑しているだけで何も言わなかった。そして、3人はそのまま門のほうへと歩いて行った。残されたレオンハルトとアナは互いに顔を見合わせ苦笑するしかなかった。


「大地の牙」で(ただ)一人残されたアナはレオンハルトと共にレヴィの元へと向かう。彼女の足取りや表情が若干嬉しそうな気配になっているのは仕方のないことだった。


「済まない。待たせたな」


「構わないさ。人付き合いは大切にするものだよ。いざという時に助けてくれるのはやっぱり友人だからね。まぁそれはともかく、そちらの女性は君の彼女さんなのかい?」


彼女と言われた瞬間にアナが沸騰したみたいに真っ赤になる。レオンハルトは違うと答えていたが、2人の様子を見て、面白そうにしているレヴィだった。まさしく野次馬根性である。

3人と1匹はそのまま詰所に入り、そしてレヴィは棚から1枚の紙を取り出した。


「さて、それじゃあ従魔登録をするけれど、そんなに複雑なことはしない。要は街中で暴れません、人を襲いませんという誓約書を書いてもらうだけだ。そして、その誓約書がこちらの紙になる。これのこことここだな。この部分に名前とテイムした魔物名を書いてもらう。もし書けないというなら代筆するけど、どうする?」


「いや、大丈夫だ」


「じゃあ、書いてもらうけど、一応この部分にこの誓約書の規約が書かれている。ちゃんと読んでおいてね。書いた後で読んでなかった、知らなかったじゃ済まされないから」


「分かった」


「それと書けるから大丈夫だと思うけど読めないなら言ってね。こっちで代わりに音読してあげるから」


「それも大丈夫だ」


言われたレオンハルトはまず規約のほうを読んでいく。その内容は確かにレヴィが言っていたように従魔が人を襲わないというもので、破った場合は様々な刑罰が与えられると書かれていた。必要なところを次々に書き込んでいく。


「へぇ……村の出身なのに文字の読み書きができるのね。村の生活だと交渉事をする人以外知らなくても生きていけるからって知らない人は多いのに。もしかしてそういう家系?」


レヴィはすらすらと読んで書いていくレオンハルトに感心していた。そして興味本位にその理由を尋ねていた。特に深い意味はなく、単なる雑談の一つである。


「母さんが農民だからって知らないのは危険だーって幼いころから叩き込まれたんだよ」


「わぁ……じゃあお母様も読み書きがお出来になったんですね」


レオンハルトの返答にはレヴィではなく、アナが感心していた。それを聞いてレオンハルトは母どころか、父や近所の人も出来たというのを言おうと思ったが、別段問題があるわけではなく黙っていることにした。それに母が褒められて嬉しくないわけがなかった。


「書けた」


「ン、どれどれ…………よし、これなら大丈夫だ。じゃあ、あとはそちらの風虎にこれを付けておいてね」


そう言って取り出したのはロープで作られた簡易版隷属の首輪であった。もっとも簡易版であり、隷属させる効力は0であったが。ロープの繋ぎ目のところには木を通すようになっており、ベルトのように緩めたり締めたりできるようになっていた。


「ここの部分でロープの長さを調節できる。不要な時はこれで緩めて外してくれたら大丈夫だ」


「色々とありがとう」


「なに、これも仕事のうちだから気にしないでいい。それよりこれからのハンター生活頑張ってくれ。それとここがある意味検問の代わりになるから、このまま入ってくれて構わないよ。これが証明になる」


そう言って、簡易版隷属の首輪を指さす。

隷属の首輪を付けた魔物がいる場合、待ち時間なしで入れる仕組み――勿論審査はある――になっている。これは大体どの街でも同じ仕様である。

理由はテイムした魔物を登録した際、再度並ばせると他の入門待ちの人々から不安の声が上がるからである。街中なら罰せられるが、今いる場所は街中ではなく、処罰の対象にならないというのが彼らの言い分であった。これにはテイムした側のハンターも憤りを感じていて、両者の板挟みになった騎士団は困り果ててしまい、それならさっさと入門させようと決めたのだった。これに対しても一部から不満の声が上がったが、それでも概ね受け入れられている。


レオンハルトは再度礼をし、詰所を出る。そしてオルトに簡易版隷属の首輪を付けた。彼女も話自体は聞いていたので渋々つけるのを許していた。


「それじゃあ、レオンハルトさん。まずはハンターギルド迄でいいですか?」


「ああ、よろしく頼む」


「ふふ、頼まれました。さ、こちらですよ」


アナは楽し気に笑うと、レオンハルトとオルトを伴ってバルツブルグの街へと入っていった。

読んで下さり有難うございます

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