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剣士の路  作者: 真冬の蛍火
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第2話

見送る者が誰も居ない村を出て、レオンハルトは街道を歩いていた。

行く先は近隣で一番大きな街である「バルツブルグ」である。


バルツブルグの最大の特徴はなんといっても城壁の外に街を囲うようにして広がる広大な森である。レオンハルトが住んでいたこの村の近くにまでその森は広がっている。

それ故に木材に関する産業が盛んな街で、職人も最高級の腕前を持っており、ここで生産される家具などは国内だけでなく国外にまで輸出するほどである。


レオンハルトはとりあえずはここを目指し、ひとまずはハンターを目指すつもりでいた。そうしてある程度の資産を築ければそれを元手に別の仕事に取り掛かりたいと漠然とした思いで歩いていた。

父親からは農業につていだけでなく、剣術も厳しく仕込まれており、ハンターとしては暮らしていけるだろうと楽観視していた。


レオンハルトが目指すハンターとは、そもそも初めは何の職にも付かない無頼漢などを何とか働かせるために生まれた制度だった。その実態は万屋と大差なかったが、決定的に違う点が一つだけあった。それは「魔物の討伐」である。


魔物とは空気中に漂う魔素を吸収して突然変異した動植物の総称である。押し並べて魔物となった個体は好戦的となり、例え魔物化する前は大人しい動物であっても人々を襲うようになる。いや、他の動物よりも率先して襲うべき対象として人々を認識している。

王立研究機関の研究によると魔物の主食とも言うべきものは魔素であるとされている。そして、人は他の動物と違い魔素を溜め込む性質を持っており、これが魔物からすると非常に都合が良かった。つまりはご馳走に見えるために襲われるのではないか、というのが研究者の主張である。


兎にも角にも魔物は人を襲う。しかもただの動植物だった時よりもはるかに強化され、しかも好戦的になるために被害は尋常ではなくなる。

警備隊や騎士団が対応しても、国という視点で見ると守るべき場所は広大である。その対応が全く追いつかなくなっていった。そこで統治者たちは力自慢が多い無頼漢に処理させれば街の治安も良くなり、魔物被害も減ると考えたのだった。

一見無頼漢にはメリットがなさそうだが、しかしこれは無頼漢達にとってもメリットがあった。命を落とす可能性はあるものの、合法的にその力を振るえ、その結果金銭を手に入れられる上に人々から感謝される。街の屑として扱われていたのが一転して英雄となれるのだ。無頼漢達はこぞって魔物狩りへと身を投じていった。

これが正式に纏められていき、制度化されたのがハンター制度である。


無頼漢の多くは魔物との死闘でその命を散らしていったが、ほんの一握りの者達は莫大な資産を得られた。これが呼び水となり、無頼漢だけでなく職にあぶれた若者や一攫千金を試みる若者もこぞってハンターとなるようになっていった。

そうして時代は流れ、ハンターの制度もどんどん改善がなされていった。また倒した魔物の皮や骨、爪牙などを素材として武具や防具も作られるようになったため、それらを扱う鍛冶屋、武具屋も展開していき、今や国際的に一大事業の一部となっている。


レオンハルトもそうしたハンターに憧れた時期があった。子供ならだれでも一度は思うことである。それでも自分は父の後を継いで村で平穏に暮らしていくと考えていただけに、現状に不思議な思いがあった。


「お、看板がある。えーっとバルツブルグまで後2日……遠いなぁ」


看板の字を読み、その距離に辟易する。右手側には森があり、街道はそれを迂回する形で続いている。一瞬、この森を突っ切れば問題ないんじゃないのかと思ったレオンハルトであったが、すぐに(かぶり)を振って思い直す。


「森で迷子になったら洒落にならない。大人しく街道を進みますか」


父親から森を油断するなと耳が痛くなるまで言われていただけに、その教えを忠実に守った結果だった。


と、その時、森側からがさがさという音が聞こえてきた。

レオンハルトはすぐに剣を鞘から抜き構える。森から出てくるのは大体が魔物だからである。

稀にシカやイノシシといった動物が出てくることはあるが、彼らは自らの縄張りからは出ない。それに対して魔物の場合、魔素を求めて彷徨(さまよ)っている。そしてより魔素が多いところへと向かい、結果として人里へと向かっていく。

実体験からそのことを知っているが故にレオンハルトは警戒していたのだが、音の発信源が姿を現したことで逆に力を抜いて剣を鞘に収めなおした。


「なんだ、オルトか。驚かすなよ」


森から出てきたのは、一頭の虎であった。正確には虎型の魔物である。全長は優に4メートルはあり、白い毛並みには緑色の虎模様が入っている。


この虎型の魔物は風虎と呼ばれる種類で、名前の示すとおり、風を自在に操り、強力な個体になると空を()()こともできる。ただ、深い知性を持っており、魔物にしては珍しく森を縄張りとして暮らしている。別名「森の賢者」とも言われている魔物である。

その知性のおかげで、これまた魔物にしては非常に珍しく人類を襲うことは滅多にない。滅多にというのは、その縄張りで不埒なことをしでかした――子供を盗み出すなど――人間を惨殺したという記録が残っているからである。基本的には人間と共存する魔物である。


オルトと呼ばれた風虎は名前を呼ばれたことなど気にせずに、まっすぐレオンハルトへと向かっていく。そしてすぐ目の前まで来たところで、前足を挙げた。まるで招き猫のようなポーズにレオンハルトは意味が分からず首を傾げる。


「一体どうしたん――」


「ガルゥ!」


「ぬがっ!」


前足は勢いよく振り下ろされ、そのままレオンハルトの頭をぱしりと叩き伏せた。



オルトは既に成獣であり、その筋力は馬鹿にならない。軽く一撫でのつもりでも一般人であれば、下手をすれば即死する可能性がある。もっとも不意を打たれたレオンハルトは父親の教えに従い、日々トレーニングは欠かしていなかったので、地面に頭突きする程度で済んでいた。これは魔素がある分トレーニング次第で人の身でも尋常でない強さが得られるからだ。


先の一撃で機嫌は良くなったのか、尻尾をゆらりゆらりとリズムよく振る。追撃をするようには見えない。じっとレオンハルトを見つめている。

地面に頭突きをかましたレオンハルトはいうと、暫くはそのまま地面に転がっていたが、がばっと起き上がるやいなや、風虎(オルト)に猛然と抗議しだした。


「いきなり何すんだよ。俺じゃなかったら死んでるじゃねぇか!」


「がる……」


「あん、なんだよ?」


レオンハルトの抗議を受け、オルトは不機嫌そうに喉を鳴らす。そして、自分を指差したレオンハルトに頭を一擦りした後、睨みつける。その動作にまたもや首をかしげたレオンハルトだったが、あることに思いついたので、恐る恐る聞いてみた。


「もしかしてお前も一緒に来るの?」


「ガウッ!」


正解だったようで、元気の良い返事が返ってきた。森からばさばさと鳥たちが飛び立っていく。喜びのあまり闘気が盛大に漏れ出していた。

鳥たちの姿をあきれて眺めてから、オルトに向き直る。


「棲家は良いのか?」


「ぐる……」


こくりと頷くオルト。それを見て、頭をがりがりと掻いてからレオンハルトは手を差し出した。


「お前が居てくれるなら百人力だよ。宜しく頼むな」


オルトはその手をじっと眺めてから、一度レオンハルトの顔を見て、再度その頭をしばき倒した。


「……ってぇぇぇぇぇぇぇ!! テメェやんのかゴラァ!? ていうか放せえええええええええええ!!」


いきり立つレオンハルトの頭を手で押さえながらオルトは空を見ながら昔に思いを馳せた。







「オルト」


ドラグが呼ぶ。彼が座る前のテーブルには珍しく酒瓶が置かれている。彼は農業をするようになってから全然酒を飲む姿を見せていなかった。

酌をするのは妻のアメリーだ。ただ、彼女はニコニコと楽しそうにしているが、酒は飲んでいない。元々下戸であり、飲めないからだ。匂いだけなら大丈夫なので夫の横で酌を楽し気にしている。

ドラグは既に出来上がっているのか、顔は真っ赤になっていた。

オルトは視線を少し横に動かす。その視線の先では5歳になったばかりのレオンハルトが気持ちよさそうに寝ていた。そのレオンハルトの頭はオルトのお腹の上にある。つまり、枕にされている。仕方なしにドラグを見て首を振ると苦笑された。


「聞こえているなら良い。もし……もしだぞ。もし、俺やアメリーがレオから何らかの理由で離れなければならなくなったら、お前がレオの面倒を見てやってくれ」


そう言うと、また酒を一杯呷る。既に視線は胡乱気でもう少ししたら前後不覚になるのは目に見えている。

そんなドラグに頓着せず、当然とばかりに「ぐる」と喉を鳴らして応える。その返事に気を良くしたのか再び酒を呷るドラグ。彼はまた頼んだぞと言うと、案の定それきりでテーブルに突っ伏した。


「あらあら……ふふふ、この人も弱いのに好きよね」


アメリーは楽しげに言うと、甲斐甲斐しく介抱していく。そして肩で支えて立ち上がったとき、オルトに声をかけた。


「この酔っ払いの言うことだけど、あれで案外本心なの。私からも頼むわね。本当ならこんなことは言わないほうがいいのだけれどね……あ、後でレオも寝室に運ぶからそれまでは枕になるの、我慢してね」


そう言って、オルトの返事を聞かずにドラグを連れて部屋を出ていった。


オルトは元々レオンハルトが見つけてきた魔物だった。まだ3歳のレオンハルトがその逞しい冒険心を発して近くの林の中で見つけてきたのだ。父親のドラグがほんの少しばかり目を放した隙の出来事だった。

その時はオルトもまだまだ子供で、この時はたまたま他の野生動物に襲われて運悪く怪我を負っていた。コミュニティに戻る力もなかったオルトはレオンハルトに抱きかかえられて家を訪れたのだった。

自分の息子が見つけてきたのが、人と交流のある風虎なのにすぐに気付いた父親は一旦レオンハルトとオルトを家に連れて帰り手当を施す。この時ドラグはコミュニティに帰すつもりであったが、レオンハルトがだだをこね、オルトも彼のそばを離れようとはしなかった。色々悩みアメリーとも相談した後で、風虎のコミュニティに顔を出し交渉を持ちかけた。そうして諸々の交渉の末にオルトはドラグの家に引き取られることとなった。


それから共に暮らして14年。楽しい時も辛い時も悲しい時も常に共にあり続けた。オルトからしてレオンハルトは手のかかる、しかし大切な家族(弟)となっていた。ドラグやアメリーが病に倒れたとき、レオンハルトからはコミュニティに帰るよう言われたが、今更家族を置いて帰ることなど出来る筈もなく、ずっと傍にいた。


レオンハルトはそんなオルトを見て、自分こそがコミュニティに戻らない原因と思い、一人で旅に出たのである。気を利かせたつもりだった。が、オルトはそんな彼の心を見透かしていたかのように追いかけて、現状に至るのだった。


彼女の胸にはドラグとアメリーとした約束と、レオンハルトとの家族の絆が今もしっかり残されていた。

読んで下さり有難うございます

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