表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/17

第八話

 やがて泣き止んだネネリは、目元を真っ赤に腫らしたまま村人の亡き骸を見て回り、一人ひとりの名前を擦れた声で口にして行く。

 埋葬の仕方についてはそのまま土葬でよいとアルゼリオに伝え、名前を確認した後にアルゼリオが調達したらしい円匙(えんし)(=シャベル)を使い、あっという間に埋める。

 土を盛っただけのお墓が出来たら、死者の名前を記した板きれを突き立てて墓標代わりにすれば、それでお墓づくりは終わりだ。


 この一連の作業を繰り返している内に、トトルも姉と恩人が何をしているのかを悟り、じっとひたむきな顔で死者への弔いを見守り続けた。

 最後の死者を前に、これまで堪え切れずに涙を零し続けていたネネリが膝をついて、嗚咽を漏らし始める。最後の死者は老婆であった。何処となくネネリにその面影があると、アルゼリオは思っていた。


「おばあ、ちゃん……」


 嗚咽に紛れて聞こえて来た言葉に、アルゼリオは目を瞑りネネリが再び立ち上がるまで待った。

 それだけ夜明けが近づき、アルゼリオにとっては眠らざるを得ない時間が迫る事を意味するのだが、アルゼリオはそれでも待つ事を選んだ。


「ごめん、なさい。それに、ありがとうございます。村の皆を、お婆ちゃんを、丁寧に扱ってくれて、ありがとうございます」


「それ位しか出来なかっただけだ。それでお婆さんの名前は?」


「ササラです。それが、私達のお婆ちゃんの名前」


 ネネリとトトルの祖母ササラを埋める前、トトルも呼び寄せて肉親との最後の別れをさせてから、アルゼリオは他の村人達と同じように土をかけ、そして簡素な墓標を立てた。

 いつの間に戻っていたのか、ギモーブは孫娘と並んで木の枝に止まっていて、自らの主君の行いを沈黙と共に見守っている。

 全ての死者の埋葬が終わった後、姉同様に目元を赤く泣き腫らしたトトルはアルゼリオに、にかっと大きく笑って見せる。


「お兄ちゃん、ありがとう。この村には全然縁なんてないのにさ、おれ達を助けてくれただけじゃなくって、皆の事までちゃんと埋めてくれて。

 何にもお礼らしいお礼なんてできないから、今はお礼しか言えないけど、本当にありがとうな。いつかおれがでっかい男になったら、でっかいお礼をするぜ!」


 まだ胸の内は悲しみではち切れんばかりだろうに、精一杯の笑顔を見せるトトルを見るアルゼリオの瞳は、心なしか優しい光を浮かべている。


「でっかい男か。君ならすぐにもなれそうだ」


 顔を突き合わせたばかりではあるが、こんな事を言う男には見えなかったらしく、トトルは少しだけ驚いた顔をしてから、えっへんと胸を張る。


「へへ、だろう? お礼の事を期待して待っていてくれよな」


 ネネリは流石に弟が調子に乗り過ぎたと感じたのか、慌ててその口を塞ぎにかかる。

 アルゼリオは恩人であったし、弟への反応を見るに意外と穏やかな人柄でもあるようなのだが、どうしても体と心のどこかが恐怖を感じ続けている。

 トトルに向けられているアルゼリオの瞳は、むしろ暖かみのあるものなのに、どうしてだかネネリは恐怖を拭い去る事が出来ずにいる。


「こら、トトル、調子に乗り過ぎよ」


「構わんよ。男の子ならそれ位の元気がなければな。さて、まだ心の整理がついていないだろうが、これからの身の振り方を考えねばなるまい」


 アルゼリオが容赦なく突きつけて来た現実に、トトルの笑顔は消えて眉を寄せて唇を尖らせ、むうっと唸る。子供らしからぬ仕草に、アルゼリオの口元がほんのわずかに綻ぶ。


「君達は自分達のこれからの他に、私達の事も聞きたいだろう。私達も君達に尋ねたい事がある。だが外では折角温まった体が冷えるだろう。話をするのなら、君達を運び込んだ家でしよう」


 アルゼリオの言う事はもっともであったから、ネネリとトトルに反対の言葉はなかった。

 春を迎えたとはいえまだまだ夜は冷え込むし、二人とも一度は井戸の底で冷え切った体なのである。また冷えてしまってはどうなるか分かったものではない。

 アルゼリオがネネリ達を連れて墓の列から離れると、木の枝に停まっていたギモーブとモナカが飛び立って、それぞれが主人の肩へと着地する。


「まだ紹介していなかったな。こちらの白髪の蝙蝠がギモーブという。モナカの祖父になる」


「ギモーブと申します。畏れ多くも殿下の家臣の末席を務めておりますぞ」


 アルゼリオがネネリ達を救出した時には、非常食ですかな、などと、とんでもない発言をしたギモーブだが主君から紹介される形での挨拶ということから、澄ました顔で優雅に礼をして見せる。

 その姿を孫娘はあんな事を言っておいて、と白い目で見ているが、ギモーブの発言を知らないネネリとトトルは、目を白黒させたり好奇心で輝かせたりしている。


「え、あ、ネネリです。あの助けていただいてありがとうございます」


「トトルだよ、よろしくな、お爺ちゃん」


「お爺ちゃん……まあ、この場はよろしかろう」


 ギモーブのどこか不満げな口調は、かすかにアルゼリオの顔に愉快そうな色を浮かべるにとどまった。

 一夜で数を増した墓場から、タタムの家に戻るまでの間、ネネリとトトルは一度だけ墓場を振り返った。一度だけ、アルゼリオが足を止めない程度のほんの短い時間の間だけ。

 それが祖母と生まれ育った村の仲間達にから離れる決心をするのに、必要な時間だった。


 アルゼリオはネネリが小さくない恐怖を自分に抱いている事には当然気付いていたが、バンパイアを前にしたそれ以外の生物としては当たり前の反応であり、仕方のない事だと受け入れていたが、トトルの方から向けられる好奇心や感謝の感情はほんの少しだけくすぐったかった。

 常なら二人はとっくに眠っている時間なのだろうが、アルゼリオのバンパイアとしての特性上、もう少しだけ眠りたいのを我慢して貰い、話したいところだ。


「殿下」


「うむ。火事場泥棒か、それともそれの逆か……。ネネリ、トトル」


「は、はい」


 アルゼリオが呼び掛けると、トトルはきょとんと首を傾げる位だったが、ネネリは大仰な位に肩を震わせる。そこまで怖がらなくても、というのがアルゼリオの正直な気持ちだ。


「歓迎するべきか否かは分からんが、十名ほどこの村に近づいて来る者が居る。速度と足音からして、馬かなにかに乗っているようだな。村に何かがあった時、助けに来てくれる相手に心当たりはあるか?」


 アルゼリオに問われたネネリは、さあっと顔色を青くする。何を語るまでもなくそれだけで答えは出た。

 助けに来る者のない村に来る者となれば、決して歓迎できる相手ではあるまい。


「ギモーブ、モナカ、二人を守れ」


「はっ」


「はい」


 アルゼリオの両肩から二匹の蝙蝠が飛び立ち、ギモーブはネネリの、モナカはトトルの傍らでパタパタと翼を動かして滞空する。

 アルゼリオが向ける視線の先に、ぽっぽっと火の玉が浮かび上がり始める。松明の炎だ。

 蹄か爪らしきものが地面を抉る音が次第に大きくなり、それらは徐々にゆっくりとしたものに落ち着いて、アルゼリオ達の前で足を止める。


 アルゼリオの知識にはない体高三メット近い二本脚の鳥に乗った男達だ。あの鳥がこの土地での馬代わりの騎乗生物なのだろう。

 人間の他にも猫や犬系統の獣人も混じっているが、全員が藍色の服の上に鉄板で補強した革の胸当てと肩当て、すね当てと鉢がねを身に着け、槍と刀で武装している。

 手入れはあまり行き届いては居ない様子だが、装備からして野盗の類ではあるまい。かといって襲われた村を助けに来たとは、口が裂けても言えない雰囲気と顔立ちの者共だ。


「こりゃあなにも残っちゃねえかと思ったが、見慣れねえ格好のあんちゃんに女が一人残っていたか」


 先頭の鳥に乗った隊長格らしい男が、無精髭に包まれた口を動かして、聞く者にとって不快な声で喋る。

 賊だな、賊ですね、賊ですな、とアルゼリオ、ギモーブ、モナカは分かりやすい相手に素直な反応を胸の内で零す。


 ネネリは男達から向けられる獣欲塗れの視線に、アルゼリオの陰に縋るようにして隠れ、トトルはそんな姉を守るように怒りの籠った視線を男達に向けている。

 鳥達に咥えさせた手綱を操り、男達はアルゼリオを中心に包囲を始めている。 アルゼリオの手に呪槍アンクロストはなく、殴打武器としても利用している棺桶も今はない。

 見慣れぬ格好の見慣れぬ顔立ちの男だが、無手とあれば数と武器を持つ自分達に恐れるところはないと考えたに違いない。


「その口ぶりからするとこの村が襲われる事を事前に知っていたようだな」


 アルゼリオの言葉を耳にして、男達は何故だかぶるりと背筋が震え、言い知れぬ気味悪さに襲われたが、よもやそれが目の前の青年に対する本能的な恐怖とは気付かず、それを糊塗するように口を開く。


「そうよ。ここら辺にある小せえ村々を回って、食いものや金めのもの、女なんかを集めろってお達しがあってよ。おれ達もそのお零れに預かっているっつう話だ。ここはどうやら遅れっちまったがな」


 目が見ている。

 衣服は見慣れないものだがこれまで見た事がない位に上等なもので、服に施された刺繍なども驚くほど繊細で細かい。

 赤い目が見ている。

 男達の知るどんな女よりもきめ細やかで美しい肌をし、また匂い立つような気品を纏い、月の光が慕うように纏わりついて見える。

 赤い、血のように赤い目が見ている。


「お達しと言ったが、誰からの指示だ? お前達の身分は?」


「おれ達が知らなくていいお偉い方からだと、隊長殿は言っていたぜ。おれ達はベヌ砦の四番隊のもんよ」


 あれ、おかしい、どうしておれはこんな事を喋っているんだ? 隊長に絶対に言うなと言われていた事を、どうしてこんな風にぺらぺらと喋っている?

 ああ、そうだ、あの赤い目だ。あいつの赤い目に見られると頭ん中がぼうっとしちまって、言わないといけねえ気持ちになる。そうだ、聞かれた事は全部答えなきゃあ……

 煌々と輝くアルゼリオの赤い瞳に魅入られた男が、滑らかに舌を動かすのに、アルゼリオは自分の催眠眼がこの土地の者にも問題なく聞いている事を確認し、質問を重ねた。


「何人かが捕らえられたようだが、お前達は捕らえたものをどうする?」


「男も女も奴隷だよ。男なら死ぬまで働かせる。女なら、まあ、見た目次第で側女か娼館送りだ。場合によっちゃ上の方々に気に入られて妾んなれるだろうぜ。

 そうすりゃ綺麗なべべを着られて、腹いっぱい上手い飯が食えて、むしろ良い事三昧さ。むしろおれらに感謝してくれてもいいんじゃねえか」


 アルゼリオは男の言葉を耳にし、心底から不愉快な顔に変わったが、まだ聞く事はあると耳にするのも汚らわしい言葉を聞く作業を続ける。


「捕らえられた者達はどこへ連れて行かれる」


「ここら辺ならまずはモッカだ。あそこには奴隷商が集まっているし、駐留している隊長もそいつらと懇意にしているからな。がっちり手を組んで金儲け三昧よ」


「そうか。ネネリ、モッカとやらへの行き方は分かるか?」


 視線は男達に据えたまま、アルゼリオが後ろの二人に問いかける。


「は、はい。一度だけ薬種を仕入れに行った事があります」


「そうか。なら、もう聞く事はない」


 アルゼリオは兵士達に掛けた催眠を解き、ごきりと拳を鳴らした。この程度の連中にアンクロストを使うのは勿体ないと、握りしめられた拳が言葉なく雄弁に語っている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ