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第五話

 バンパイアは太陽の光を浴びる事が出来ない。

 もし浴びてしまったなら直ちに肉体は火を噴き、見る間に灰となって凄まじい苦痛を伴いながら崩れ去ってしまう。

 どうして自分達は太陽の光を浴びる事が出来ないのか?

 この謎の解明はバンパイア達にとって、長年の夢ではあったが、同時にそうあれと創造主に創造された以上は、この特性を受け入れるしかないとも考えていた。


 いずれにせよ王族級の高位バンパイアであるアルゼリオをしても、太陽が空に昇っている間は、太陽の光を浴びないように身を隠す必要がある。

 森を抜けだしたアルゼリオ、ギモーブ、モナカの三人は再び呪槍アンクロストを地面に突き立てて、東に倒れた事から反対方向の西を目指していた。


 森を抜けた先に広がっていたのは、人跡の見当たらない草原が広がっており、文明の匂いとは縁遠い地であった。

 アルゼリオの食事に関しては棺桶の中の蓄えと、野の獣の血で賄えるから当面の心配はないが、これではアルゼリオの配下達が野生動物や魔獣達だけとなってしまう。


 朝を迎えてからは草原の中に生えていた木立の陰に棺桶を埋め、太陽が地平線の向こうに沈むのを待ち、活動を再開する。

 今度はギモーブとモナカに加え、遭遇した兎や鳥、蜥蜴や蜘蛛などを一時的にアルゼリオの支配下に置き、彼らにも探索の一端を担わせる。


 せめて轍の跡なり、人間の足で踏み固められただけの簡素な道でもあれば、目指す先が決まるのだが、それすらないのだから進むしか選択肢がなく、少しばかりアルゼリオを途方に暮れさせている。

 野生動物達の目と耳を借りて探索網を広げ、ギモーブとモナカも必死に主人の望む物を探し、アルゼリオの望む物が見つかったのは森を抜けてから一昼夜の後であった。


「殿下、七キロル前方に村がございます。規模としては小さなものですな。人口は多く見積もっても五十人ほどでしょう」


 今宵も調査に精を出していたギモーブを左肩に乗せて、アルゼリオはその報告に耳を傾けていた。モナカも同じく左肩に乗っており、祖父からの報告に主同様耳を傾けている。


「ふむ、建築様式や村の構造などで見覚えのあるものは、と言いたいところだがそれだけではない調子だな」


 そう言って、アルゼリオは少しだけ深く息を吸う。風に乗ってここまで流れて来た臭いを、バンパイアである彼は鋭敏に嗅ぎ取っていた。


「は、どうやら襲撃を受けた後のようで、家々は燃やされて住人は殺されております。生存者がいる可能性は極めて低いかと。死体は人間と獣人が入り混じっておりました」


「襲撃者をどうみる?」


「はっ、放火や略奪の痕跡が見受けられます故、人間か亜人による襲撃の可能性が高いものと存じます」


「野盗の類か領土争いか奴隷狩りか。痛ましい事だ。今はどんな情報でも欲しい。立ち寄るぞ」


「殿下、執事長、村を襲った者達が再びやってくる可能性はないのでしょうか?」


 おそるおそる口を開くモナカに、アルゼリオはそれならば歓迎しようと言わんばかりに悪鬼の表情を浮かべる。

 穏やかな性質を持った青年ではあるが、同時に凶悪と言ってよい凶暴性もまた備えていた。戦場に立って死を撒き散らす彼に、敵対した者達は恐怖の眼差しを惜しみなく注いだものだ。


「ならばなおのこと都合がよい。生きた情報源の方が得られるものは多いのだからな」


 アルゼリオは支配下に置いた鳥や獣達に、ギモーブが見つけた村へと向かわせ、周囲への警戒を厳重に行う。

 それから腰掛けていた棺桶を左肩に担ぎ、右手には呪槍アンクロストを握り、村を目指して歩き出す。月が黒い夜空の真ん中に座している。アルゼリオの足でなら、村に到着しても夜明けまでは十分な時間があるだろう。


 月と星が見守り、夜の闇に包まれた世界を歩む旅人となり、アルゼリオ達は村を目指して進む。

 ギモーブの案内がなくとも、アルゼリオの鼻には燃えた家屋の臭いや、何人もの血の匂いが届いており、それらがアルゼリオを村へと導いてくれている。


 やがて見えて来たのは周囲を組んだ木の柵で囲った、いかにもな僻村だった。地図にも載っていないような小さな規模の村で、どこにでもあるような場所だ。

 こうして何者かに襲撃をされて、壊滅して、ひっそりと廃村となるのも、どこにでもある話だ。


 その何処にでもある話と違ったのは、バンパイアの王子とその従者たちが訪れた事だろう。

 村の中でまず目につくのは焼け落ちた家屋や、そこらに無造作に転がっている殺害された村人達の死体、地面を赤黒く染めている夥しい血液。


 子供を庇い折り重なって倒れている親子の死体や、何度も何度も執拗なまでに切り刻まれている老人の死体、複数人から凌辱を受けたと推察される無残な死体。

 行けども行けども目に映るのは、様々な方法で殺害された死体と荒らされ尽くした無残な村の光景ばかり。


 アルゼリオの許しを得て棺桶に停まったモナカは痛ましげな様子を見せているが、ギモーブは変わらぬ表情のままで、アルゼリオもまたピクリとも動かぬ表情からは、内心を窺い知る事はできそうにない。

 何十人もの死体がそのままになっている村の中は、血を糧とするアルゼリオにとっては本能を大いに刺激されるものだが、事前に腹を満たしていた事で、理性が本能に振り回されずにいる。


「死体の数が少ないな。何人かは連れて行かれたか」


 一通り村の中を見回ったところ、見つかった死体の数はギモーブが想定した数よりも少ない。大多数は殺害されたようだが、襲撃者に連れて行かれた者も十数名から二十名前後は居たのだろう。


「奴隷として売り払うか、労働力とするか、あるいは食べる為か、苗床にする為か。襲撃者の死体の一つもあれば、そこらへんも分かるのだがな」


「村人達が持っていたのは鋤や鍬、粗末な槍と弓矢程度ですからな。周囲に強力な魔物は居りませんから、まっとうな武器の類は持っていなかったようです。あるいは所有を許されていない可能性もありますな」


 民から戦う力を奪う、よくある話だ。よくある話であるし、支配者層であったアルゼリオにとっては理解も出来る。出来るからと言って気分の良い話ではないが。


「野盗ではなく領主が私兵を派遣して搾取している可能性も、これで出て来たな。その方がやりやすくはあるが、この地の民にとっては不幸な事だ」


 アルゼリオのその言葉の中に、どこまで心からの哀れみが含まれていたか、モナカのみならずギモーブにも分かりはしなかった。

 ふとアルゼリオが踵を返して、村の一角に設けられていた井戸へと足を向ける。水を欲しての事ではあるまい。


 棺桶を井戸の傍に置くと、アルゼリオはひょいと体を伸ばして井戸の底を見る。棺桶から井戸の縁にぴょんと飛び移ったギモーブとモナカも、アルゼリオと同じものを見た。

 冷たい井戸水の底で十代前半の少女と十歳になるかならぬかという男の子が、お互いを抱き締めあいながら、震えていた。


「ほう、生き残りの姉弟ですかな?」


「取るものだけを取って引き上げたか。杜撰ずさんな襲撃者達だったようだが、それに救われたな」


「殿下、あの、この二人はどうされるのですか?」


「非常食ですかな?」


「執事長!」


 あまりに率直な祖父の台詞に、悪ふざけが過ぎるとモナカが激昂する傍らで、アルゼリオは重力を感じさせない軽やかな動きで井戸の中へと跳び込み、ギモーブ達が何かを言う前には、姉弟を担いで戻ってきた。

 ずぶぬれになった二人はどれだけの時間、井戸水に浸かっていたのか、すっかり体が冷え切っており、顔色は白く変わり、唇も紫色になっている。


 中々器量の良い姉と可愛げのある顔立ちの弟だが、井戸から引き揚げたとはいえこのままではあえなく命を落としてしまうだろう。

 アルゼリオは迷いを見せずに手早くギモーブ達に指示を出した。折角の生きた情報源と考えているのか、ギモーブの言う通り非常食と考えているのか。両方かもしれない。


「ギモーブ、モナカ、まだ無事な家があったな。そこに運び込んで着替えをさせてやれ。それと体も温めねばなるまい。これを持って行け」


 棺桶の蓋を開き、そこに腕を突っ込んだアルゼリオが取り出してモナカに渡したのは、琥珀色の液体で満たされた硝子の瓶だった。強い酒精と刺激臭を持った気付け用の酒だ。

 アルゼリオがアンクロストを脇に挟み、姉と弟を右肩に担ぎあげて、家屋を目指して歩いて行く。


「ギモーブ」


「はっ」


 モナカの耳には届かない、特殊な発声法による二人だけの会話だ。


「この二人はお前達に任せる。貴重な情報源だ。丁重に扱え」


「殿下はいかがなされるので?」


「野暮用を片付ける」


 そういうアルゼリオの視線は、倒れ伏す村人達の死体へと注がれていた。

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