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第二話

「ふっ!」


 鋭く短い呼気と共に突き出された呪槍は、穂先から靄のような暗黒を噴き出しながらディアエルへと迫る。

 ディアエルの背後の聖騎士や兵士達は、神の奇跡によってこの暗黒で満たされた広間でも昼と変わらぬ視界を得ていたが、にもかかわらずアルゼリオの槍の一突きを視認する事は出来なかった。


 神々しい白い光に包まれたディアエルの姿が、残像を伴いながら動いた事でようやくアルゼリオが攻めたのだと理解出来た。

 闇の中にあってなお闇より深く暗い力を放つ呪槍を一瞥し、ディアエルは人間らしさの欠如した無表情のまま右手の輝光剣ストラスレイの切っ先を右後方に流す。


 呪槍を引き戻したアルゼリオに対し、ディアエル自身の身体の影に隠されたストラスレイがアルゼリオの頭部を叩き割るように頭上から襲い掛かって来る。

 鮮烈な光に包まれた斬撃をアルゼリオは槍の柄で受け、バンパイアの王族の膂力で受け止める。

 本来、バンパイアと人間の種族の間に存在する膂力の差ならば、用意に押し返せる筈がまんじりとも動かない。


 聖人。祝福を受けた聖職者同士が子を成し、ごく稀に誕生する、生まれながらに神からの強い祝福を受けた人間の規格外。

 バンパイアとの種族間にある身体能力の差を埋めるか、アルゼリオは内心でそう吐き捨てて、自らの身体を一時的に真っ黒い霧へと変えて後方へと退く。


「暗黒を照らし光で満たせ、テラルブライト」


 闇と区別のつかない黒い霧と化したアルゼリオを、ディアエルが掲げた聖なる盾テラルブライトの発する烈光が照らし出し、元の人型へと強制的に姿を戻す。

 足音一つ立てずに着地したアルゼリオは忌々しさを隠さずに、ディアエルの掲げる盾を睨む。テラルブライトから発せられたのは、敵対者の使用した身体強化や付与魔法、幻惑の魔法などを全て無効化する光だ。


「お前達の信ずる神はずいぶんと過保護なようだな」


「慈悲深いと言って貰おう」


 アルゼリオが黒い風と化し、ディアエルは白い稲妻となって互いを目がけて駆けた。

 お互いの間に距離などなかったと言わんばかりの途方もない瞬発力を発揮し、すぐさまアルゼリオが槍の間合いにディアエルを捕捉する。

 周囲の闇すら憎いと言わんばかりにアンクロストから噴き出す闇は勢いを増し、それに呼応してストラスレイの放つ清浄な光も輝きを増して行く。


 一瞬たりとも動きを止めることなく激しく立ち位置と間合いを変えながら、ディアエルとアルゼリオの間に闇と光の軌跡が無数に織り重ねられて行く。

 間合いでは槍を使うアルゼリオが優位だが、長剣のストラスレイと大盾であるテラルブライトを肉体の一部のように自在に扱うディアエルが手数で勝り、またインフィールシャインそのものが持つ防御性能が、浅く届いたアンクロストの穂先を阻んでいる。


 バンパイアであるが故の高い再生能力と不滅性を持つアルゼリオだが、ディアエル自身の聖人としての特性と、三つの至宝がそれらに干渉して本来の再生能力が発揮されずにいる。

 瞬時に百に迫る連撃を交わし合い、すでに千を越す攻防を交わした果てに、アルゼリオの頬や肩口には浅い傷が刻まれている。


 聖剣の中でも屈指の名剣であり神性を備えたストラスレイが刻んだ傷は、瞬時に治る筈の傷でもじわじわとしか肉体が再生を始めない。

 武具と技量、身体能力では優劣をつけ難い二人であったが、防具の差が如実に表れて二人の勝敗を決めようとしていた。


「見事だ、ディアエル!」


 躊躇いなく強敵への称賛を口にし、アルゼリオは大きくコートの裾を翻した。同時にコートの裾が凶暴な妖鳥の翼の如く広がり、ディアエルを包み込まんとばかりに襲い掛かる。

 布地が広がりディアエルどころか十人でも二十人でも飲み込める大きさとなったコートの裾を、ストラスレイが縦一文字に斬り裂いた。


 二つに裂かれて元の大きさへと戻るコートの裾を翻し、アルゼリオは棺桶の向こう側にまで飛び退いていた。

 すぐさま追撃の一歩を踏み出そうとするディアエルを、アルゼリオの爛々と輝く瞳と心底からの称賛の言葉が止める。


「神遣帝国最高の聖騎士よ。なるほど、お前がその称号に違わぬ勇者である事は、この短い攻防で嫌と言うほど思い知らされた」


「ならば抵抗を諦めて我が刃を心臓に受けるがよい。夜の国の王子よ、貴公こそ私の記憶の中で数えるほどしか居ない難敵。だからこそ嬲るような真似はしたくない」


 ほう、とアルゼリオは呟いてささやかな驚きを表現した。人形のような聖騎士はアルゼリオが思いもしなかった事を口にしたのだ。


「嬲るか。私に勝てると確信した口ぶりだな」


「私にとっては揺るがぬ事実であるに過ぎない。王子よ、国を継ぐ地位にあった者であるのなら国と共に朽ちるがよい」


「一理はある。国を預かる地位にあった者ならばその命運を国と共にするべしか。だが、私はその道を選ばぬ。生き恥を晒してでも成さねばならぬ事がこの身に出来たのでな」


 これまでアルゼリオ達の戦いを見守っていた聖騎士と兵士達が広間へと入り、半月を描いてアルゼリオと棺桶を囲い込み始める。

 静寂を乱す足音とその主たちに苛立ちの混じる眼差しを向けてから、アルゼリオは背筋に鉄の芯が通ったかのように姿勢を正し、槍の柄尻で石の床を叩いてまっすぐに眩い光の聖騎士を見る。

 生涯を掛けて打ち倒すべき敵を見つけた者の目であった。


「自らを神の遣わせし徒であると称する自惚れ屋どもよ、今宵、我が国、我が騎士、我が民らは貴様らの手に掛りその多くが灰となった。

 だがこのアルゼリオは忘れぬ。悠久の時の流れの中に我らの歴史が埋もれようとも、この私は貴様らへの憎しみと怒りを、我らの民の嘆きと苦しみを決して忘れぬ。

 百年経とうとも、千年経とうとも、一万年経とうとも、私が必ずや貴様らの威光を打ち砕き、繁栄を蹂躙し、文明を破壊してくれるぞ!」


 それまでかろうじて理性の光を宿していたアルゼリオの瞳には、口にした通りの憎悪と憤怒の炎が轟々と燃え盛り、唇からは鋭く伸びた牙が剥き出しになる。

 血管を突き破りそこから溢れる血潮を飲む為の牙だ。ディアエルは正面からアルゼリオの狂気と憎悪を浴びた事で、初めてアルゼリオを危険と認めたかもしれない。


 ディアエル配下の聖騎士達が、王族級吸血鬼の放つ本気の負の感情を浴び、顔色を白く変えている中、ディアエルは一刀を浴びせる機を見計らう。

 この吸血鬼は、今ここで確実に灰に変えなければ途轍もない災いとなる、聖人として生まれ持った高い霊格が予知にも似た警告を発している。


「貴公はあるいはこの国以上に危険な存在だったか。いや、我々の行いが厄介な凶星を生み出してしまったのかもしれん」


「ならばいずれ私がお前達に齎す災いは全て! お前達のこれまでの行いが帰って来たものだと覚悟しておくがいい!

 今宵は敗北の泥濘に塗れて敗残者となろう。だが私は必ずやお前達の前に再び姿を見せるぞ。それまで精々健やかに過ごすがいい、神遣帝国の諸君。ギモーブ、モナカ!」


 それまで闇と同化したように沈黙を守っていたギモーブとモナカが、アルゼリオの叫びに応じて、アルゼリオが槍の柄尻で跳ね上げた棺桶の中へと飛び込む。

 アルゼリオもまたコートの裾を翻し、棺桶の中へと飛び込もうとするのを、ディアエルが全力疾走で阻もうとし、それが周囲に起きた異常によって止まる。


 周囲の床、壁、天井の全てに一斉に大小無数の罅が走り、咄嗟に部下達を保護する守りの奇跡を展開する間こそあれ、信じ難いほど膨大かつ多種多様な呪いと毒に汚染された水が雪崩れ込んできたのだ。

 非常時の脱出用のこの広間に地下水脈が利用されたのは、脱出を阻む敵をこの場で呪い殺すか毒殺し、棺桶の利用者を逃がす為であった。


 棺桶には広間を急速に満たす呪毒(じゅどく)に対する完全な耐性が出来上がっており、また密封性も確保されている事から、利用者の安全は確保されている。

 部下達を入ってきた道に送り返し、最後に残ったディアエルは闇の中で水に飲まれつつある棺桶に、聖騎士の称号に相応しくない冷徹な瞳で睨んでいる。


 三つの神器と自身の持つ呪いや毒に対する耐性、祝福による防護を最大限に発揮すればしばらくは行動できる。

 ディアエルの決断は即座に下され、その体を覆う光が白銀から黄金へと変わり、岩盤に閉ざされた天へとストラスレイの切っ先が振り上げられ、唐突に小さな太陽が生じたかのように、広間に満ちていた闇を払拭する。


 過剰なまでに清らかで神聖な光に照らし出された呪毒の水は、その表面に苦悶する数多の生物の顔が浮かび上がり、血の涙を流しながらディアエルを憎い、憎い、生きている者が憎い、羨ましい、ここに来いと声なき声で訴えかけていた。

 魂まで震えるような恐怖を覚えておかしくないが、ディアエルにとってこの程度の憎悪の嵐などそよ風にも満たない。


「憎まれるのは慣れている。神の威光たる輝きを発せよ、ストラスレイ! 神意たる我の手にある汝は神威なり。故に抗える者なし、防げる者なし、滅びぬ者なし、極光昇陽刃きょっこうしょうようじん!」


 ストラスレイそのものを構成する神の力と、ディアエルの魂が持つ霊力と聖性が最大限の輝きを発し、この光を浴びる者が形ある事を許さぬとばかりに猛り狂う。

 まだ頭上の城には味方の聖騎士達が残っているが、広間を満たしつつある呪毒である程度は威力が削がれるし、射程範囲をディアエルの方で絞れば、王城が崩落する事態は防げる。


 ディアエルがストラスレイを振り下ろすと同時に、その刃の軌跡の延長線上に極限まで圧縮され、原子すら斬るこの世の法則を越えた奇跡の斬撃が棺桶へと走る。

 呪毒を二つに割りながら走る光の斬撃が、棺桶に達するその寸前、地面に紫色の発行する魔法陣が展開されて、棺桶がその魔法陣の中へと吸い込まれて消える。

 ディアエルの放った光の斬撃は、棺桶の消え去った空間を切り裂き、呪毒を強制的に浄化して一部を光の粒子へと変えたが、ディアエルの顔に何らかの変化が生じる事はなかった。


“いつか再び相まみえる時を楽しみにしているぞ、神意とやらの騎士よ!!”


 棺桶と共に何処かへと転移したはずのアルゼリオの声が木霊する中、ディアエルは更に呪毒の水が流入してくるのを認めて、深紅のマントを翻して逃がした部下達の後を追った。

 バンパイア達の巣窟であるレヴランド王国ばかりでなく、神の意を受けて聖戦を行う彼らには戦わねばならぬ敵が他にもまだまだいるのだ。

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