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第十六話

そろそろ毎日更新が途絶えそうです。

 怪我人の手当てと埋葬が終わり、一段落が着いたネネリはトトルと共にアルゼリオが休んでいる棺桶を乗せた鳥車のところへと足を向けた。

 トトルがお兄ちゃんがどうしているか、見に行こうぜ、と言って聞かなかったからである。トトルはアルゼリオによく懐いていた。


 森の人気のない場所に停められた鳥車に辿り着くと、そこには不動の立ち姿で鳥車を守る人間姿のモナカが居た。

 忠実な従者であるモナカがアルゼリオの傍にある事は当然予想できたし、アルゼリオが起きているかどうか尋ねるつもりであったので、二人にとっては予定通りである。


「モナカさん、失礼します」


「お姉ちゃん、こんにちは」


 後ろに手を組み、全方位に神経をとがらせるのと超音波を発する事を行っていたモナカは、とっくに二人の接近に気付いており、にこりと異国の顔立ちに笑みを浮かべて姉弟に応じる。


「ええ、ごきげんよう。二人とも。マネンの人々の手当ては終わったようね。お疲れ様」


「いえ、私にできる事を精一杯しただけですから。まだ薬師としては見習い程度ですけれど、少しでもマネンの人達の役に立ててよかったです。それに、正直今はまだ何かをしている方が気も楽ですし……」


「おれも水を汲んだり、薪を割ったり、お湯を沸かしたり、色々と手伝いしたんだぜ!」


「そう、偉いわね。それで今日はアルゼリオ様に何か御用かしら? 私や執事長に用というのではないでしょう」


 なんでもお見通しらしいモナカに、ネネリはこれは遠慮をしないで素直に全てを打ち明けた方がよいと判断した。

 おそらく年齢はそれほど変わらないのだと思うが、受けた教育の違いか、育った環境の差か、モナカの方が遥かに落ち着いていて年長のように感じられる。


「ええ、トトルがアルゼリオさんに会いに行こって聞かなくって。でも、今は眠っていらっしゃるのですよね。そうでしたらお邪魔をするわけには行きませんから、すぐに戻りますね」


 鳥車の方からアルゼリオの起きている気配は感じられないし、物音も一切聞こえないからやはり眠っているのだろう、とネネリは少しだけ残念に思いながら、トトルを連れて帰ろうとした。

 しかし意外な事に鳥車の方から、するりと耳に入って来る不思議な聞こえ方で、アルゼリオの声が届く。分厚い石で出来た棺桶の中からどうやって声を届かせたのか、ネネリは不思議に思ったが、ことアルゼリオに関しては不思議な事を当たり前にする人だと、それで思考を停止した。


「その必要はないぞ、ネネリ、トトル。この棺の外には出られぬが、話をする位の事は出来る」


「アルゼリオさん! すみません、お休みのところをお邪魔してしまって」


「構わん。今日は別の用件で起きていなければならなかったし、君達と話をするのは私も好むところだ」


 アルゼリオの言う別の用件とは、ガガンやレンカと話をしているギモーブの事だ。

 アルゼリオは棺桶で休んだまま魔法を用い、ギモーブを通してガガン達との会話の内容を聞いていたのである。

 多くのバンパイアが昼となれば抗えぬ眠りに落ちる中、アルゼリオは数日であれば問題なく昼間でも起きていられる希少な例だった。


「よかった、お兄ちゃん、起きてたのか。よかった、無駄足にならずに済んだぜ」


「ふ、それはなによりだ。モナカ、二人に椅子と何か飲み物を用意してやってくれるか?」


「はい。ただいま」


 以前、森の中でモナカとギモーブに供した水差しとクリスタル製のグラス、それとこちらに来てからアルゼリオが日曜大工の要領で作って置いた組み立て式の椅子を二脚、庁舎の荷台から取りだして、ネネリとトトルを座らせる。

 アルゼリオの護衛兼給仕役となったモナカは、背筋に鉄の芯を通したようにまっすぐに立ち、二つの役目のどちらでもこなせるよう気を張る。


「ありがとうございます、モナカさん」


「ありがとう、お姉ちゃん」


「いえ、これが私の役目ですから」


 アルゼリオの前という事もあってか、モナカの口調はやや硬いものだった。見た事もない美しい透明のクリスタルのグラスを、ネネリはおっかなびっくり、トトルはキラキラと輝く瞳で見てから水を飲む。


「落ち着いたかな? 実は私の方からいつか尋ねたいと思っていた事があるのだ」


「私達にですか? 学のない私達がアルゼリオさんにお教え出来る事なんて、ないと思いますけれど……」


「そう卑下するものではない。君達にとっては当たり障りのない話でも、他所から来た私にとっては未知の情報だ。知らないという状況は思わぬ落とし穴があるのと同じだ。出来るだけそれは埋めておきたい」


「アルゼリオさんがそう言われるのなら、私達でお教え出来る事ならなんでもお話します」


 アルゼリオがネネリ達に尋ねたかったのは、昨夜舐め取ったマアグの血から得られた情報の裏付けのようなものだった。


「この国に古くから伝わる昔話かなにかで、生き物を怪物にしてしまう魔物か邪神の話はないか? あるいはこの国の建国についての逸話などでも構わない」


「生き物を変える魔物ですか。ええっと……」


 ネネリとトトルが揃って考え込む素振りを見せ、記憶を掘り返すのをアルゼリオとモナカは黙って待つ。

 同時にギモーブはネネリ達にしたのと同じ質問を、ガガンやオオマ達に問いかけており、民間に伝わっている話をアルゼリオが、知識層であるガガンやオオマにはギモーブが尋ねている。


「この辺りでは私達は昔からなにか悪さをすれば、ジャジャネブリが来て、ばけものにされてしまうよって、よく戒められています。

 ジャジャネブリというのは真っ黒い泥の塊のようなおばけかなにかだそうで、ずっと昔から、それこそこのアサスミの国が出来る前から居たそうです。

 なんでも食べてしまうジャジャネブリは、時々自分に歯向かってくる魔獣や武芸者達を倒す為に、食べた生き物を作り変えて戦わせたんだって、お婆ちゃんが話してくれた事があります。

 そのジャジャネブリを初代の王様が仲間達と一緒に退治すると、ジャジャネブリの身体から今まで食べた生き物の命が溢れ出して、このアサスミの大地は豊かになり、王様が国を建てたのだと聞いています」


「食べた生き物を作り変える化け物か。それを封じた建国王。よくあるありふれた話ではあるが、なるほど概ね話の筋は見えてきたか」


 昔話というのは大抵は昔からその土地で起きる自然災害などを、神や魔物に喩えて分かりやすくした物が多いが、そこにはある程度は真実が含まれているのが常だ。

 アルゼリオが今日まで見て来たこのアサスミの国の技術と比較すると、いささか高度過ぎるマアグの製造技術の大元と、そのジャジャネブリとやらは決して無関係ではあるまい。


 建国王の子孫である現国王がなにかし過ちを犯したか、何者かにそそのかされたのか、あるいは封印されている筈のジャジャネブリが事を起こしたのか。

 真性の神と呼べるほどの高等な存在とは思えないが、相当に歯応えのある敵に恵まれる事になるりそうだ。屈服させて配下にするか、あるいはジャジャネブリの魂をアンクロストに食わせて、呪槍を更におぞましい魔性の槍へと鍛えるのもいい。


「為になる話を聞かせて貰った。他にも何か魔物や神獣の出てくる話はないか? そういったものを探す事も、私達の目的の一つなのだよ」


 これまでどうやってアルゼリオの恩義に応えようかと、日々頭を悩ませていたネネリとトトルにしてみれば、こんな話でアルゼリオの役に立てるのなら、と二人は腕を組み、首を捻って幼い頃から聞かされてきた話を一生懸命思い出す。

 そんな二人の仕草はなんとも微笑ましく、体の芯を揺らす事無く立ち続けているモナカも、そして棺桶の中のアルゼリオもふっと柔らかな笑みを浮かべるのだった。

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