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第十四話

 アルゼリオ達の姿に気付いたネネリ達がはっと顔を向けるが、すぐに怪我人達への治療行為に戻る。アルゼリオやレンカ達が到着する前に怪我を負わされた者達の中には、一刻を争う者がおり、悠長に話している余裕はなかったのだ。

 自分の仕事を間違えないネネリに、アルゼリオは満足げにうむと零した。負傷者たちの呻き声を耳にし、レンカがぴしゃりと額を叩く。


「こいつはいけねえや。おい、おれ達も手伝うぞ。持ってきた薬は全部使え。ケチんなよ!」


 気功による治療を行うべく足早に駆けて行くレンカの姿を見て、その背中にアルゼリオが聞こえない呟きを零した。


「なんだ、やはり義賊ではないか。胸を張ればよかろうに」


 アルゼリオのすぐ傍に人間の姿に変化したモナカが駆けつけて来た。汚れてもよい服装に着替えている。所々に血が付着し、薬草類の匂いが染みついている事から、何をしていたかは考えるまでもない。


「アルゼリオ様、御無事のご帰還、大変喜ばしく」


「よい。忙しい時に邪魔をしたな。モナカ、人間への使用に耐えられるかどうか分からんが、棺桶の中にあるもので使えそうなものは好きに使え。私が許す。遠慮しなくてよいぞ」


 あまりに寛大な、それこそ寛大すぎて上空のギモーブが眉根を潜めたほどである。対照的にモナカはこれぞ我が慈悲深き主君と顔を明るくし、喜び勇んで立ち上がる。


「寛大なるお言葉、臣下としてなんと申し上げればよいことか」


「許すと言ったぞ。出来るだけ多く助けてやれ。それがこの場におけるお前の役目だ。私は見回りをして来る」


 アルゼリオは自分が立ち去らないと、臣下であるモナカが治療に戻れない事からやや足早に踵を返し、その場を後にした。

 見回りとは言うが今のところアルゼリオの目や耳、鼻、直感に触れる敵意はない。アルゼリオの目的は村の中に置き去りにしたマアグの死体だった。


 ギモーブを伴い、レンカとアルゼリオによって倒されたマアグの死体まで足を運び、死体検分を始める。

 どうも最近になって国の側が投入し始めた魔獣だそうだが、どこから調達したのか、それとも造り出したものか。


 目を封じるように何重にも巻かれた包帯を解くと、太い紐で瞼が縫い付けられていた。何とも念のいった事である。

 生殖器らしきものはなく、臓器や骨格も戦う事に特化した配置と造形になっている。脳の方にも手が加えられていて、一部が切り取られていた。

兵士の持っていた操作用の杖と包帯が、法術によってマアグと接続されて切り取った脳の部位の代わりに、命令を利かせるもののようだ。


「法術とも魔法とも区別がつかんが、術には確実にネクロマンシー系統が混じっているな」


「キメラとネクロマンシー、それにホムンクルス系統の技術も混じっておりましょうか。

いかんせんまだこの国の端にしかおりませんから、中央の方の技術力が分かりかねるのが、口惜しゅうございますな。

近年で回ったものといいますが、この国特有の技術かそれとも周辺諸国から仕入れたものか。いやはや、知らぬと言う事はなんとも不便な」


「言うな。敗残の身なのだから、贅沢は言えまい。さて、あまりしたい事ではないのだが……」


 嫌々という素振りを隠さず、アルゼリオは仕方なしと地面にしゃがみ込み、まだ乾いていないマアグの血に指先を伸ばし、何種類もの生物の血の臭いが混じった赤黒いそれに舌先を伸ばす。

 サルーシアン神遣帝国の高位の聖騎士ならともかく、そこらの魔獣の血ならば飲んだところで害はない。口に含んだマアグの血の味を確かめ、アルゼリオはそれを飲み下さずに吐き捨てた。


「若、いかがでございましたか?」


「ふん、どうやらこの国の腐敗はいささか根が深いようだ。素知らぬ顔をしてこの国を後にするのも選択肢にあったが、こういった呪法があるのなら、思わぬ神器か宝物、あるいは封じられた悪魔の類があるやもしれん」


「この国に残る価値が見つかりましたか。外の世界は思わぬ物事が転がっておるものですな」


「そうなるな。さて、ネネリやレンカ達はまだ治療中か。私が言っても邪魔にしかならんし、あちらの出迎えをするか」


「また来訪者でございますか。あわただしい一日になりましたな。せめて朝を迎える前であった事をよしといたしましょう」


「お前達を休ませてやれんで悪いとは思っている」


「勿体なき御言葉。我ら家臣、お好きなように使い潰して下さりませ」


 ギモーブの言葉には答えず、アルゼリオはマアグの死体を放置して再び足を動かす。またヨンヨの村でのように襲撃のお零れに預かりに来た屑共か、それとも助けに来た心あるまともな兵士達なのか。

 まだ燃えている家屋などを、延焼を防ぐ為に倒壊させるという気遣いを見せながら足を動かし続けたアルゼリオは、レンカ達と同じように装備の整っていない武装集団と出くわした。先頭にはトンタに乗った額に十字傷の男――ガガンがいる。


 義賊その二か、と密かにアルゼリオが呟く一方で、ガガン達は思いもよらなかった人物の姿に、わずかに戸惑いを見せていた。

 見慣れぬ衣服と見慣れぬ顔立ちの怖気の走る槍を携えた青年。果たしてこれをどう捉えたものか、咄嗟に判断がつかなくても仕方のない事だろう。


 ガガンの横から、鯉口を切ったキキルがトンタを操って進み出ようとするのを、ガガンの左手が制す。

普段は泰然自若としているキキルが冷や汗を流しているのを、ガガンは見逃さなかった。

なにしろガガンも同じで、アルゼリオを前にこれは危険だと本能が全力で警鐘を鳴らしている。全力でぶつかってもさて腕の一本も取れれば上出来か。

 口火を切ったのはアルゼリオであった。


「私はアルゼリオ。故あってこのマネンの集落に立ち寄り、襲われていたところを助けた者だ。で、数を揃え武器を持ったお前達は何者だ?」


「おれはガガン、こいつらの頭領だ。口幅ったいが、一応反乱軍なんてもんを率いている。

アルゼリオだったか、おれ達が来たのはここの近くのヨンヨって村が襲われたってのを聞いたからだ。ヨンヨにはおれ達は間に合わなかったが、他の村もあぶねえだろうってここらを回ってて、ちょうどこのマネンに来たのさ。ただこのマネンも間に合わなかったみたいだな」


「全員が死んだわけではない。義賊の者達が助けたおかげで、大部分は生きている」


「一人でも死人が出ていたら間に合わなかったのと同じさ。生き残った連中の前では口に出来んがな。で、死人は出ちまったのか?」


 ガガンの言葉とまっすぐな瞳に、嘘がないと見て取ったアルゼリオはこちらも嘘は語らない事に決めた。


「出た。埋葬は生き残った者の手当てが終わってからだ。レンカという少年の率いる荒くれ者共の集団の事は、知っているか? 彼らが村人を守っていた」


「ああ、そいつなら有名だぜ。赤い髪を三つ編みにした武術家だろう。まだ子供だが強くてすげえ生意気で口が悪いって評判だぜ。義賊みたいな事をして、国に追われているんだとか」


「顔見知りではないのか。だが知っているのなら話は早い。お前達も怪我人の手伝いをせよ。助けが間に合わなかったのだから、それ位はするのだろう?」


「言われんでもそうするさ。後でレンカとお前さんと腰を落ち着けて話をしたいもんだね」


 構わんぞ、とだけ告げてアルゼリオは来た方向へと戻り、ガガン達をネネリ達の下へと案内し始める。

 ガガン達を待たずに歩を進めるアルゼリオの背を見つめて、キキルが声を潜めてガガンに話しかける。


「信用するの、ガガン」


「お前さんが不安がるのは珍しい。だが気持ちは分かるぜ。ありゃ人間の見た目をした別の生き物だな。

 おれとお前の二人掛かりでも博打に打って出て、それでどんだけ勝ちの目があるかって話だ。まあ、文化的に話し合いで済ませられるうちは話し合いで済まそうぜ」


「ガガンがそう決めたのならそれでいいよ。話し合える相手でよかったで済むといいね」


 まったくだ、とガガンは頷きアルゼリオの後に続いた。そして自分が感じた新しい風は、目の前の青年なのではないかと、ガガンはちりちりとする首筋を撫でながら思うのだった。

 その後、ガガンの率いる反乱軍の一団が加わり、マネン村の負傷者達の治療活動は人手が増えた事で一気に進んだ。


 これからの行動に関しては村人達と強行軍で助けに来た反乱軍や、レンカ達を休ませる為、夜明けに改めて話し合う事となり、あわただしい夜はようやく静寂を取り戻しつつあった。

 かすかな呻き声と虫の鳴き声がある位で静かになった森の中、馬車の棺桶に戻ったアルゼリオはモナカとギモーブを交えて翌朝の行動について話し合っていた。


「若がお出になれませぬ以上、僭越ながら私が代理として赴きましょう」


 当然、バンパイアのアルゼリオは日の出ている間は行動出来ないから、代理としてギモーブが話し合いに向かうのに、アルゼリオとモナカに異論はない。


「私達の事情を何処まで話すかはお前の裁量に任せよう」


「若の代理として恥じぬ働きをして参りましょう。モナカ、若の御心を乱さぬよう心掛けるように」


「はい、執事長。お任せ下さい」


 主人の傍に控える事への喜びを滲ませる孫娘の声に、ギモーブはアルゼリオも気付かぬ程度に目元を緩めた。

 モナカは、臣下として命を惜しまずにアルゼリオの為に仕えるだろう。同じ覚悟を持った臣下として嬉しく、祖父として誇らしく感じる。それがギモーブという老人だった。

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