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第十一話

 昼食を済ませ、鳥車を再びマネンへと向けて進ませるうちに陽は暮れて、普通の旅人なら野営に備える頃になると、棺桶の中のアルゼリオが目覚める。

 陽が落ちるのを待ってから棺桶を出たアルゼリオは、ネネリ達と交代で御者台に座り、トンタ達の手綱を握る事となる。


 トンタ達は昼夜を問わずに歩き続ける羽目になるが、その分休憩は多めに取ってあるし、元々頑健な生物である事からトンタ達はまださほど疲労の色を見せていない。

 アルゼリオは自分と交代で荷車の中に戻ったネネリ達と、星を散らした夜の帳が降りた中で話をしていた。

 ヨンヨの村に居た時は心中を慮り質問攻めにする事を避けていたのだが、落ち着いた今ならば質問を再開できる。


 荷台に映ったネネリ達は、棺桶があるせいで少々窮屈な思いはしたが、敷かれた緋色の絨毯のお陰か揺れは全く伝わって来ず、自分達が鳥車に乗っている事を忘れそうになるほどだった。

 アルゼリオからは棺桶の中に収納されていた寝具の貸し出しを提案されたが、あんまりにも高級品過ぎて畏れ多いとネネリに辞され、彼女達は焼け残っていた家屋から持って来た布団に包まっている。


 すでにアルゼリオ達はここがレヴランド王国はおろか、自分達の住んでいた大陸からも遠い地なのではと推測していた。

 自分達が知っている地名や著名な人物の名前をネネリは知らなかったし、その逆もまた然りである。幸い天体観測の結果、同じ星々が輝いている事は間違いないから、同じ惑星のどこかである事だけは確かだ。

 そうなって来ると把握しておきたいのはこの国の状況だ。こちらに来てからの数日で見知った事だけで判断すると、どうも国としての体裁すら保てなくなる寸前のように思えてならなかったが……


「ではここがアサスミの国のサオカという県なのだな?」


 アルゼリオの問いに、荷台の方からひょっこりと顔を覗かせたネネリが頷く。


「はい。国主のニャニャル様が七つある県を治めています。アサスミは小さな国ですけれど、辺鄙なところにあるから他の国から攻め込まれる事はあんまりなくって、これまでは平和だったそうなのですけれど……」


「それが今の国主の代で重税に次ぐ重税。民は貧困に喘ぎ、国に仕える者共の心根が腐るのも道理か。士族だったな。その者達か他の王族の中に心ある者はいないのか?」


「私はあまり詳しくはないのですけれど、サオカの中ではスツラという街が特に栄えています。代官のシシマ様が大変お優しく賢い方で、下々の者にも心を砕いてくださっているとか」


「話通りならひとかどの人物だろうな。それでこういう時には謀反や一揆、義賊が出て来るのが世の常だが、そういった連中は居ないのか?」


「う~ん、確か大商人や士族の蔵を襲って、食べ物や金子を人々に配っているという義賊の話なら、何度か行商人の方から聞いた事があります」


「ふむ、どれだけ居るかは知らぬが、その内、黒いのは幾つある事やら」


「はい?」


 訝しむネネリに、アルゼリオは何でもないと口を噤んで答えなかった。そういった義賊や反乱分子の中に手の内の者を送りこみ、ある程度の規模に纏まったところを一網打尽にする。

 それが為政者側の常套手段である事を、ネネリに教える必要はないだろう。現在のこのアサスミという国の窮状を喜ばしく思う者と憂う者とでは、どちらの方が多く、そしてどちらの方がより強い力を持っているのか。


 アルゼリオの目的を果たす為の手段の一つとして、どちらを利用するのが合理的であるのか。手持ちの情報はまだ少ないが、アルゼリオの内心では絶えず考え得る選択肢と推測が提示されては却下、保留、採択され続けていた。

 さらにアルゼリオからの質問は重ねられたが、元来薬師見習い兼農民であるネネリの執心は早い。直に眠たげな素振りを見せるネネリに我慢せずに眠るよう告げて、アルゼリオはトンタを進ませ続けた。

 その傍らの席にギモーブが降り立つ。蝙蝠姿の老執事に、アルゼリオは荷台のネネリやモナカ達に聞こえぬよう気を配りながら話しかけた。


「私の言えた義理ではないかもしれんが、典型的な末期の国だな」


「はい、殿下の言われる通りかと」


「近隣諸国の手が及んでいるかどうかまでは判断しかねるが、わざわざ手を出す価値のない国と思われている可能性を否定しきれんな」


「となると内憂だけで末期までいったわけですな。我々は外患となりますかな?」


「さてな。さっさとこの国に見切りを着けるのもいいかもしれんが、人の手の及んでいないところには、えてして古来の魔獣や聖獣がいるものだ。それらの存在を確かめるまでは、このアサスミという国に腰を落ち着けておくべきかもしれんぞ」


「いずれにせよ情報が必要です。次のマネンという集落はヨンヨとそう変わらぬ規模という事ですし、もっと大きな街へ向かう必要がありましょう。

失礼ながらお力を売り込むと言う意味では、さきほど話の出ていたスツラという街はちょうど良いでしょう」


「シシマとやらが黒でも白でもな。この国を足がかりにこちら側を制圧し、神の下僕共の喉笛に食らいつくべきか否か、見定めるのは今少し後になる」


「そうなりましょう。神遣帝国の者共と再び相まみえるときはしばし先ですが、必ずや訪れまする。今は雌伏の時にございますれば、焦ってはなりませんぞ」


「分かっている。レヴランドに残った民達の事が気掛かりだがな。それと話は変わるが、ギモーブよ、今の私を殿下とは呼ぶな」


「は? しかし御身がレヴランドの正統なる後継者である事に変わりはございませんが……」


「私自身がそう名乗る事も呼ばれる事も許容出来んのだ。我儘に過ぎんが再びレヴランドの地に立つまでは、そう呼んでくれるな」


 今よりもずっと幼いころのように頼んで来るアルゼリオに、ギモーブは否という返事を選ぶ事は出来なかった。それに我儘とは言うが、それもまたアルゼリオの祖国奪還と復讐に対する覚悟の表れであると感じていた。


「承知いたしました。ではこれよりは若とお呼びいたしましょう。後ほど、モナカにも申し伝えておきまする」


「そうしてくれ。しかし、焦ってはならぬとはいえ、レヴランドに攻め込んできた高位の聖騎士十二名の内、十名は討ち取ったが、奴らの後継が育つ前に戦いたいものだな。いっそディアエルの寿命が尽きるまで待つか? 奴一人で他の聖騎士百人分の手強さだ」


「お戯れを口になされますな。ディアエルめが死してもあの帝国が後継者を用意しておらぬわけがありますまい。奴らは後継を用意するのが周到を越えて奇妙な域にあります。

 通常なら時間は悠久の時を生きる御身に味方しますが、あやつらとの戦ではそうとも限らぬのが頭の痛いところ」


「やつらにはどうもバンパイアとしての強みが通じぬのが手痛い。神の祝福を強く受けたやつらの血は、我らにとって何よりの猛毒となるから、血を吸って眷属にする事も出来ん。まさに我らの天敵だ。やはり同族以外の戦力を揃える必要があるか」


 夜の闇が更ける中、アルゼリオとギモーブの語り合いは払暁の時を迎えるまで続くのだった。



 昼はネネリ達が、夜になればアルゼリオが手綱を握り、トンタ達の体調に気を配りながら進む速度は通常の旅人よりもはるかに速く、マネンの集落へと辿り着いたのは更に数日後の夜半であった。

 途中でいくつかの集落にも寄ったが、うちいくつかはヨンヨ同様焼き討ちに遭い、壊滅しており、居場所を求めて流離う生き残りの人々とすれ違う事は一度や二度ではなかった。


 そういった人々とすれ違う度に、ネネリとトトルの顔色は曇り、村ごと滅ぼされる悲劇が自分達にだけ訪れたのではない事を思い知らされていた。

 いずれ野垂れ死にするか野盗と化すであろう人々とすれ違った先に待っていたのは、勢いよく燃えるマネンの集落だった。


 一旦、集落の外で一泊して朝になってから訪れる予定であったが、まだ床に入っていなかったネネリとトトルは聞こえて来た喧騒と炎の明かりに跳び起き、荷台から降りて呆然と立ち尽くす。

 彼女達がほんの数日前に経験したばかりの惨劇が、すぐ目の前で再び起きている事実に、ネネリも普段は闊達なトトルも何も言えずにいる。


 御者台から降りたアルゼリオはそんな二人の横顔を見つめ、すぐに何かを決めたようだった。

呪毒を撒き散らさない為にも、普段は棺桶の中に収納しているアンクロストを取り出し、長剣を腰に下げたアルゼリオにギモーブとモナカは主君の心中を察し、ギモーブは飛び立つ用意を、モナカはネネリ達の傍へと移る。


「ギモーブ、あの狼藉者達を片付ける。供を致せ」


「はっ」


「モナカ、ネネリとトトルの傍に控えていよ。逃げて来る者が村の者であるなら助けてやれ。そうでないのなら片付けよ」


「はい」


 アルゼリオの言葉にそれまで呆然としていたネネリがはっとした顔で振り返り、縋る光を瞳に宿していた。

ヨンヨでトトル共々命を救われた。このマネンまで無事に連れて来てくれた。アルゼリオにはアルゼリオの思惑があるにせよ、返しても返しきれない恩が山ほどある。


それを分かった上で、マネンの村を助けて欲しいとネネリが願わなかったと言えば嘘になる。

だが、アルゼリオに命をかけた行いをしろとこれ以上願う事は、あまりにも図々しいのではないかと、そう恥を感じるだけの思慮がネネリにはあった。

 そんなネネリの内心の葛藤など、アルゼリオにはお見通しであったらしい。


「ネネリ、村から持ち出せたのと道中で煎じた薬があったな。ここまで逃げて来られたものがいたら、治療してやれ。それと後で口利きを頼むぞ。同じ境遇のお前とトトルが居れば、マネンの者達にそう怪しまれずに済むだろう」


「は、はい。分かりました。トトル、急いで薬箱を」


「うん、分かった。お兄ちゃん、気をつけてね」


 アルゼリオが戦いに赴くと理解し、心配の色を隠さずに言うトトルを、アルゼリオは静かな瞳で見ていた。


「ああ。モナカ、任せたぞ」


「はい、お任せ下さい。ご命令はこの命に代えても」


「お前の命も大事だ。いざとなれば三人揃って逃げろ」


「は、はい!」


 感極まった声を出すモナカとネネリ、トトルの三人に背を向けて、ギモーブを従えてアルゼリオは悲鳴と笑い声の木霊するマネンの集落へと足を向けた。

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