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魔王との戦い

「随分静かなんだなあ。これならもっと早く攻め込んでもよかったかも」


勇者は独白する。もっと苛烈な戦闘の連続があるかと思ったのだが、時折襲い掛かってくる魔物も閃光一つで沈黙するほどのもの。文字通り指先一つで殲滅されるくらいのもの。


「拍子抜けだなあ」


つまらなさそうに呟く勇者。彼女に向け声が響く。


「よくぞここまで辿り着いたな、勇者よ」


漆黒のオーラに包まれた魔物。これこそ魔王。そして魔王が放つ言葉。そこには紛れもなく賞賛の色合いがあった。


「だがその旅路もここで終わる。いかにも惜しいことよ。どうだ、勇者よ。我のものになれ。そうすれば世界の半分をくれてやろう。無論、そなたが懸想している王子の身柄も、な・・・」


「お断りだね。私は王子君から魔王討伐の命を受けた。それを裏切ることなんてできないんだよ。それに――」


轟!と魔力の嵐、光の奔流が魔王を襲う。これまでの攻撃が何だったのかというくらいの術式を連続で叩きこむ。


「魔王はここで死すべき定めだからね!」


にまり、と勇者は笑う。更に追撃をかけようと魔力を高めるのだが。


「ん!?」


勇者の放った大魔術――驚くべきことに無詠唱である――の残滓が漂う、その場から凶悪な一撃が閃く。


「うぅ!」


咄嗟とは言え展開した魔力障壁は強力堅固。だが、魔王の一撃はそれを容易く貫く。


「うわあああああ!」


辛うじて直撃を防ぐも、その余波で勇者の右腕は根元から消し飛んでいた。


「痛い!痛い!いたいいたいいたい!うううううう!あああああ!いたいよう!いたい!いたい!いたい!いたい!ううわああああ!!」


 勇者は恥も外聞もなく転げまわる。


「ふん、見苦しいことよ。まあ、余の不徳か。苦しませずに葬るべきだったかの」


 そう言って魔王は再び膨大な魔力を練り上げる。この一撃で勇者も。ことによれば魔王城すら灰塵に帰するであろう。


「む?」


 違和感。


「痛い!痛い!いたい!ああ!あああああああ!ううううああわああああ!」


 相変わらず勇者はみっともなく煩悶している。が。勇者の内から溢れる力。その奔流。その色は人のものではない。


「貴様!混ざりものか!」


 その声と同時に勇者の右腕は。消滅したはずのそれは再生されていた。てらてら、と輝くその表皮には鱗のように……、いや、鱗がびっしりと。


「竜種か!」


 魔王のその言葉は虚ろな瞳の勇者には届かない。



「化け物!」


 かつて勇者がよくかけられた言葉である。

 勇者の母は勇者と同じく修道女――ただし将来を嘱望されるほどの才女――であった。そして突然の受胎である。不義密通として糾弾は極めて激しく。だが勇者の母は一言も相手について言及しなかった。

 それが、その相手が類推されたのは出産の時。産声を上げる赤子は全身を鱗に包まれており、その瞳孔は爬虫類のように縦に割れていた。


 そんな彼女。外界と断絶されたその環境。そこでは異物は容易く排除される。それは修道院でも例外ではない。守るべき母親は産褥で儚くなっていて。控え目に言って彼女の未来は絶望に閉ざされていた。

 だが、転機が訪れる。あるいは、運命が。


「阿呆が。働かざるもの食うべからず、だろうが」


 修道院でも孤立する勇者にそんな無遠慮な言葉を放ったのがたまたま療養に訪れていた王子であったのは幸いだったのかどうか。

 ともかく、腫物を扱うように。空気のように。そして害悪として扱われていた勇者に彼は遠慮なく声をかけたのだ。


「はう?王子君のお世話係は私じゃない、よ?」


「阿呆が。貴様が一番ヒマそうにしているだろう。ただでさえ俺が滞在して迷惑をかけているのだ。いいからさっさと動け」


 本来ならば修道院一番の器量よし。一番の才媛の役割であったはずの役目。王子の身辺のお世話をするという役目はそれほどに重要なモノなのだ。


「私は。だって、だって。ね」


 悄然として袖をまくる。二の腕からびっしりと埋め尽くされる鱗の紋様。――このころまだ勇者は竜種の血をコントロールできておらず、自然周囲からの反応は腫物扱い以下。

 だが王子はそれを見て僅かに眉をひそめるも。やれやれとばかりに溜息をもらす。


「それがどうした」


「え?」


「それがどうしたと言った。阿呆。見えるだけマシなのだよ。宮中の妖怪変化はな。その痕跡すら見せん。厄介というレベルではない。それと比べたら、だ。貴様が気にするそれ、な。はっきり言ってどうでもいい」


 やれやれ、と疲労と愚痴を吐き捨てる王子。だが、裏に隠されたその真心は彼女に届き、心を貫く。人の顔色を窺い、びくびくと日々を過ごしていた彼女だから分かる。彼の言葉は本心からのものなのだと。


「貴様とて役立たずのごくつぶしでいたくはないだろうが。分かったらさっさと働け。労働とは尊く、そして人に課された義務だぞ?働け、阿呆が」


 その日。彼女は誓ったのだ。彼のために生きて死ぬと。そして彼に魔王を討て、と命じられたのだ。ならば、果たさないといけない。



「う、う!ああああああああ!あああああああ!」


 めきり。不吉さすら感じさせる音が響き、勇者はゆらりと立ち上がる。さながら幽鬼のような佇まいに流石の魔王が絶句する。

 それを隙とみなしたのか、完全に復活した右腕を振り上げて勇者は魔王に飛びかかる。


「くら、ええええええええ!」


 その腕の振りは音すらを置き去りにして。摩擦熱と魔力の光で真紅に染まった拳を叩きつける!


「ふ、ぐ!」


 それを受けてたまるものかとばかりに魔王は魔力障壁を幾百層にも展開。勇者の初撃はその十数層を砕くに留まる。が。


「まだまだいくよー!

 くっらえー!」


 瞳孔が縦に開かれ、竜種の加護――と言う名の圧倒的な魔力生成――を纏うその拳。


 轟音を立て、幾百、幾千、幾億の拳が魔王が壁に叩きつけられる。圧倒的な暴力の前では魔力障壁なぞ意味をなさず、魔王はその身に恐るべき拳を喰らい続ける。


「王子君が言ってたんだよ。レベルを上げて物理で殴るのが最強って。うん、王子君はいつも正しいね!」


 うっとりとしながら勇者は独白する。どう、と横たわり沈黙した魔王を見てやや狼狽する。


「ああ、いけないいけない。トドメは王子君に貰った伝家の宝剣じゃないとなー。うん、王子君がくれたこの剣がなかったら魔王には勝てなかったなー、やばかったなー。ほんとこの剣がなかったらやばかったなー」


 無造作に背負っていた剣を抜き、いそいそ、と。ざくざく、と魔王の身体を串刺しにする。


「むう。見事だ、勇者よ。まさかに、な。単身で魔王たる我を誅するとは、空前絶後であろうよ」


「そう?私は正直拍子抜けだけどね」


「そうか、そうか」


 その無邪気な勇者の言に魔王は哂う。嗤う。笑う。


「勇者よ。貴様に祝いをくれてやろう。呪いをくれてやろう。魔王たるこの身を討ち果たした勇者よ。

 貴様は最早な、人としては生きられぬよ。

 人という種を根絶やしにするだけの力が我にはあった。そしてその我を単身で討ち取る貴様。それは果たして人に受け入れられるものかな――?いや、無理だと断言しよう。

 貴様は貴様が守った人類の手によって殺されるのだ。排除されるのだ!

 その生存すら危うかった人という種。守ったそれから排除されるというのはどんな気持ちかな?」


 ククク、と魔王は哂う。

 勇者は応える。


「ばっかじゃないの?別に君を殺したのは王子君に頼まれたからだし。人という種とかそんなのどうでもいいし。

 まあ、とりあえず大人しく死ね。私のために。王子君のために今すぐ死ね。さっさと死ね」


 ざく、ざくと立て続けに剣を突き立てる。


「クハハ、滑稽だな。貴様の死にざまが浮かぶわ!貴様は戦場では無敵だろうよ。そしてその無敵故に同族たるヒトから排除されるだろうよ!なんとも愉快なことだろうか!」


「うるさいなあ・・・」


 埒が明かぬとばかりに勇者は更に剣を振るう。

 そしてついに魔王はその活動を停止する。その様子を見た勇者は念のためにゴリゴリとその身体をなます切りにしてみて、反応がないのを確認する。


「よし!魔王、討ち取ったりー」


 晴れやかに勇者は宣言する。高らかに。


「王子君。わたし、やったよ。やり遂げたよ。王子君――」


 満面の笑みで勇者は勝利宣言を。魔王の呪いの言葉なぞどこ吹く風。喜色満面で勇者は帰路につくのであった。


 ――そして、この日。人類は間違いなく救われたのである。


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