突撃魔王城
「ふんふふーん」
やや調子はずれな鼻歌を歌いながら勇者は魔王城をずんずんと進んでいく。その歩みにがさ、がさという効果音が付随してくる。
「駄目でもともとでやったけど、だいせいこう!だね!」
ぐ、と軽くガッツポーズをする勇者。彼女はどっから持ち込んだのか、シーツを頭から被り、そこに大量の木の葉を貼りつけている。これで植物系モンスターの擬態完了ということのようだ。
「自走する植物系モンスターがいるか!馬鹿め、勇者よ。貴様は死地に誘い込まれたのだぞ――」
開けたホールに差し掛かった勇者に、どこか甲高くイラつく――勇者にとって――声がかけられる。
声の方向に視線をやると臙脂色のローブをまとった魔物が中空から勇者を見下ろしていた。
「んー、ばれたら仕方ないねー。で、貴方はどこのどなた?」
よいしょとばかりに身に纏っていたシーツを投げ捨てて問う。
「ふははは。我こそは魔王様第一の臣下。魔道元帥――」
「光に、なれー!」
魔道元帥の口上の途中で勇者は光の束をぶつける。まあ、光属性ならば魔物に効果的だろうという安直な考えではある。そして高濃度の光の束。それは草原を荒野に変えたそれよりも密度が濃く、そして魔物に突き刺さる。
ニヤリ、と勇者の口角が歪む。
「他愛無いなあ……」
そして城の奥に進もうとするが。
「そーら、倍返しだ!」
その声に咄嗟に身を投げ出す。一瞬前まで勇者がいた空間を幾条もの光線が貫く。
「ほう、あれを躱すか。いや、そうでなくてはな」
ククク、と笑う魔導元帥に今度は勇者の手から火球が生成され、投げつけられる。その色は青白く、通常使われる火球よりも威力は数段上である。のだが――。
「ほう、器用なことよな」
そう言いながらもその火球を避けようともしない。そして炎に包まれるのも一瞬。そして。
「無駄なこと」
魔道元帥の手から白く熱された火球が生じ、勇者を襲う。
「くぅ!」
勇者は渾身の力で魔法障壁を展開。辛うじてその軌道を逸らす。
「いい貌だな?勇者よ。とても、とても憎々しげで――実に惨めだぞ?」
ぎり、と歯ぎしりする勇者を傲然と見下ろして魔道元帥は勝利を確信する。そう、彼は自らに放たれた魔術。その魔力を蓄え、その威力を倍にして返すという特性を持っていた。
「ふ、ざけるなぁ!」
冷たく輝く光が勇者の手元に生まれる。絶対零度のそれはダイヤモンドダストを巻き起こしながら魔道元帥を襲うのだが。
「なんとも器用なことよ。そして哀れと言わざるをえないな」
難なくそれを体内に取り込んで、反撃する。
「くっ!」
絶対零度の嵐が勇者を襲う。先ほどよりも更に強力な魔力障壁で直撃を避けるも、副産物である気温の急低下に体表面の水分が凍りついていく。
「か……、はっ!」
呼吸するだけで呼吸器が、内臓が凍りついていく。小さな火球をノーモーションで幾つも破裂させて周囲の気温をなんとか上昇させる。
「めんどくさいなぁ」
ぼそりと勇者は吐き捨てる。
「なんだ、もう負け惜しみか?なに、焦ることはない。じわじわと嬲り殺しにしてやろうほどに」
ニィ、と口を歪める魔道元帥に膨大な魔力が叩きつけられる。
「ふむ。無属性の魔力か。それでこれほどの出力。人としておくにはもったいないな?
どうだ?魔王様に降らんかね。悪いようにはせんよ」
ククク、と嘲笑う魔道元帥に勇者は応える。
「お断り、だね。私は王子君のために生きて王子君のために死ぬ。お前ら薄汚い魔物なんかの誘いなんかに乗らないよ」
「そう言うがな、ここまでの魔力を放つことのできる魔物なぞ魔王軍を見渡してもおらんよ。
なに、お前の懸想している王子とやらは助けてやろうではないか。その上で貴様の専属の奴隷とすればよかろうほどに。所詮身分違い。結ばれることなぞ叶わんだろう?」
「――うるさい」
魔道元帥に叩きこまれる魔力の奔流がその激しさを増す。
「ほうほう、自覚はあるようだな。愉快なことだな」
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!
その、汚らわしい口!王子君を汚したな!」
そしてさらに魔力の奔流は轟音すら立てて放たれる。
その魔力量、威力。それに魔道元帥は戸惑いを覚える。常人――いやさ、超一流の術者でもここまでの魔力を放出し続けるなぞできない。
「む――?」
ニヤリ、と勇者の口角が吊り上る。
「どうやらこれまで我慢比べでは負けたことがないみたいだね?それともしたことないのかな。
我慢比べで私が負けるわけがないんだよね」
余裕綽々といった風の勇者に魔道元帥はちり、と違和感を。
「貴様。これほど高濃度の魔力をなぜそうまで放ち続けられる・・・?」
ニタァ、と粘着質の笑みを浮かべて勇者は応える。
「汚らわしい魔物には分からないだろうね。人の愛、って奴が。
うん、そう。愛だよ、愛。
王子君のことを考えたらね、それだけで力が湧いてくるの。それこそいくらでもね。
ああ、王子君、好き、好き。好きぃ・・・」
片手で膨大な魔力を放ちながら勇者はもう片方の手で愛おしげに指輪の嵌った左手の薬指に接吻する。
「ああ、王子君。王子君。好き。好き。好き。好き。好きだよ。好き。もう、王子君のことを考えるだけで思考回路が破裂しちゃいそうだよぉ」
うっとりと桃源の域に至る勇者の放つ魔力は更にその出力を増す。増していく。荒れ狂い、飽和する魔力に空間が歪み、軋む音すら知覚する。
「ば、バカな!この私が弾き返す余裕すらないなぞ、認めん!認めんぞぉ!この私が処理できぬ魔力量なぞ、ありえん!ありえんのだ!」
魔道元帥の焦りなぞどこ吹く風で勇者はうっとりと自らの妄想に耽溺する。
「王子君。好きだよ、っていつか言えるかなぁ。ううん、できたら王子君から言ってほしいなあ・・・ってこれは流石に無理目だよね」
にへら、と緩む貌と反比例するように魔道元帥に叩きこまれる魔力はその出力を上げていく。
「馬鹿な。やめろ!それ以上は!」
処理しきれないとばかりに悲鳴を上げる。
その声に、ああ、と勇者は意識を目の前の魔物に戻し、にこやかに笑う。
「あは。でも、求められたら断れないなあ」
「ぐ、は!やめろ!やめてくれ!それ以上は!無理だ!入らない!」
「ダメ押し、ってやつかな?これでもくらえ」
にこやかに、勇者が笑う。花も恥じらうほどの可憐なそれ。それが魔道元帥の最期の記憶であった。
「うーん。花火としてはあまり奇麗じゃなかったなあ」
弾けとんだ魔道元帥の散り様を無感動に見やり、勇者は軽く反省する。
「次は魔力に色を付けたらいいかもしんない。それも、遅滞で発動する感じで。やっぱり華やかじゃないと王子君も退屈するもん!」
次の花火はもっとうまくやろう。もっときれいに、色とりどりの花を咲かせよう。
そう決意を新たに勇者は魔王城の深層にぐんぐんと突き進むのであった。