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勇者の戦い

勇者は旅立つ。そしてその旅路は孤独であった。それでも、彼女は満たされていた。思い人の激励、それがあるから彼女は力を振り絞ることができるのだ。

人の強さというのは、思いの強さなのである。

「勇者が到着した、だと?」


「は、そのようで……」


 王弟の呟きに騎士団長が応える。


「今更、今頃になって……!」


 今更、今頃。そう、そうなのである。通常、魔王が降臨すれば通常は一、二年の間に勇者に女神の加護が与えられるもの。そう、伝えられている。それが、今回は五年の長きに渡って現れなかった。

 故に王国は総力を挙げて魔王軍に当たったのだ。当初は随分押し込まれ、幾多の犠牲があった。だが、戦術を研ぎ澄まし、装備を整えて、魔王の住まう城までほど近いところまで迫っているのだ。それで、今更勇者、だと!

 憤りを抑え、つとめて冷静に言葉を発する。発しようとする。


「問題は如何に軍に組み込むかということですな。正直素人に毛が生えたようなものでしょう。作戦行動に支障をきたすわけにはまいりません」


「兵卒として扱えばよろしい。肉壁くらいにはなりましょうよ」


 喧々諤々と勇者の扱いについて議論が湧き上がる。が、いずれも勇者に好意的なものではない。なんとなれば王国の盾として、人類の矛としてこれまで戦ってきたと云う矜持が彼らにはあるからして。


「ふうん?思ったより立派なんだね。最前線とはいっても、えらーい人がいるとこんなふうになるのかー」


 場違いな、少女の声が響く。


「ゆ、勇者様をお連れいたしました」


 慌てたように兵卒が事情を説明する。


「ご苦労。そして地獄にようこそ、勇者よ」


 勇者は無言でその言葉の主である王弟を見る。長年軍を掌握しており、利権を貪るだけではない。きっちりと魔王軍相手に優位に戦況を構築したその手腕は褒められるものであろう。

だ が、勇者の感想は実にシンプルなものであった。


「悪人顔だなあ。王子君とは大違いだよ。うん、がっかりだなあ。次の王様が貴方だなんて。うん、がーっかり」


 場が凍る。まさかの暴言。さしもの王弟も言葉を失う。


「――貴様は明日から一兵卒として軍に編入されるのだ。そして。その無礼看過できん!

 修正してやる!」


 騎士団長が一歩踏み出し拳を振りかぶる。


「それとね?」


 その動きに気づかぬのか勇者は言葉を続ける。


「舐めるな!」


 騎士団長は振り上げた拳を振り下ろす。多少痛い目を見ないと分からないようだ、と苦い思いを内包しながら。


「なん・・・だと・・・」


騎士団長の振り下ろした拳は、その動きを封じられていた。それも指先一つで、である。


「足手まといなんだよ」


 やれやれ、と嘆息しながら勇者はとん、と騎士団長を押しこむ。拮抗していた指先を軽く振ることでそれを成す。


「ぬわぁ!」


 それだけで騎士団長は派手に吹っ飛び、土ぼこりを上げながら大地を転がっていく。

 その有様に場はしん、と静まりかえる。

 騎士団長は断じて血のみでその地位を得たのではない。それに相応しいだけの実力を持っている、王国でも三本の指に入るであろう剣士であるのだ。その剣技の冴えは、飛んでいる燕さえ切り落とすことができると言われているほどのもの。

 その騎士団長を容易く吹き飛ばした勇者。それをどう考えればいいのか。


「まあ、老若男女、一切合財を脅かす魔王。それを倒すのが私のおしごと。王子君にお願いされた大切なおしごと。

 でも、孤立無援というのは慣れてても楽しいもんじゃないなー。

 当てになる味方がいないのはしんどいかもなー」


 くすくす、と笑って勇者は悠然と歩き出す。目線を上げたまま。


 付き従う者もなく、数十分歩いたろうか。

 眼前を埋め尽くす魔物、その軍勢。その威容。まあ、これを相手によくぞこれまで戦線を支えてきたものだなあと勇者は思う。

 何となれば、眼前の魔王軍と後方の友軍の戦力分析をすれば。


「もって、一時間。かなあ・・・」


 まあ、自分には関係ないことであると勇者は思考を切り替える。

 見たところ十数万の魔物。それを殲滅するのだ。全く、めんどくさいことだ。だがまあ、ここで自分が王国軍を見捨てたとなれば愛しい王子――その顔を思い出すだけで勇者は頬が上気するのを自覚する――の立場が悪くなるであろう。

 だったら派手にやろう。そうしよう。


「うーん、やっぱちょっと神々しくいった方が勇者らしいかなあ。王子君に嫌われたくないしー。

 神々しいってなんだろう?光?太陽?」


 ぶつぶつと呟く言葉を聞く者はいない。

 ただ、無造作に近づく勇者の動きを見て魔王軍も慌ただしく陣構えを整えつつある。

 ゴーレムや巨人族を前衛にする非常にオーソドックスというか、堅実な陣構えである。


「――よし。

 ええと。こんなかんじかな?うん。

 こほん。

 

日輪の輝きを借りて!いま、ひっさつの!」


 勇者の手に魔力が集まる。集まる。人の身としてはありえないほどの魔力を集積して。


「ソーラ・レイ!」


 手の平いっぱいのそれを解き放つ。


「なっぎはっらえー」


 そして世界は光で満たされた。




「ふむ。順調、か」


 見事な鬣の獣人が満足げに頷く。ようやっと、である。彼が魔王軍の前線に赴いてから半年。それまでずるずると下がっていた戦線はようやく立て直されようとしていた。

 魔王軍と言っても最前線では獣の類をまとめて突撃させるだけだったのが実情である。

 通常ならば肉体的スペックの影響で圧倒できるはずであったのが、想定外なヒトの組織的な抵抗により苦戦を強いられていた。

 それも今は昔の話。後方にアンデッドを十万揃え、航空戦力も確保した。一時的にしろ戦線を下げてしまったのは口惜しいが、それも今日まで。明日からは、反撃と蹂躙が始まるのだ。

 その、蹂躙する獲物を見てやろうとばかりに身を乗り出す。やがて大地を朱く染めるであろうヒトの群れ。なんとも健気で、脆そうな。闘争本能がぐずり、と刺激される。

 そして、違和感。危機感。本能的な、恐怖。


「光が、広がっていく――?」


 それが彼の最期に発した言葉であった。



 焦土、とはこのことであろうか。

 王弟は一面の焼野原を見てそう思う。なんということか、と言葉を失う。


「よくやった」


 それでも、彼の口から洩れるのは勇者に対する讃辞である。

 正直見誤っていたと言わざるを得ない。ここまで強力な戦力――などと言う範囲におさまらない。勇者というのはここまで階梯が違うものか。


 これは、危険だ。


「よくぞ数万の敵軍を単身で討ち破った。その栄誉を讃えて勲章を――」


 だから国家の法において管理せねばならない。そして、この勇者は気に食わないことに王子に心酔していたとのこと。いかにもまずい。


「うるさいなあ。勲章なんかでお腹はふくれないし、邪魔なだけだね。義理は果たしたから私はもう行くね」


 やれやれ、と言った風に勇者はその場を立ち去る。


「ま、待たんか!」


 騎士団長の声にも全く反応せず、歩みは止まらない。

 そして、彼女の歩を止められる者はその場にいなかったのである。



「ぶ、無礼にもほどがありましょう!」


「然り、然り!あれではいかに勇者と言えど問題視せぬわけにはいきませんな!」


 侃侃諤諤と勇者の態度の非を鳴らす配下を見渡しながら王弟は思考を巡らせる。あれは、危険だ。この上なく危険だと本能が告げる。幾多の政争を勝ち抜いてきた本能が告げるのだ。

 あれは目の前で繰り広げられる国家の論理から逸脱した存在。あれを国家がその権威で制御するなぞ絵空事。


「困ったものだな」


 口元が歪む。笑顔に見えるようなそれ。その表情を浮かべさせた政敵は今現在、一人として生きてはいない。



「困ったなあ・・・」


 瘴気漂う魔王城に向かう勇者は内心頭を抱えていた。なんとなれば、今回相対する魔王軍の適当な魔物の皮を剥いでそれを被って魔王城に突入しようと思っていたのだが。


「どうしよっかなあ」


 いっそ魔王城そのものを魔法でぶっ壊してしまおうかなあなどと物騒なことを考えるが。


「駄目駄目。きちんと魔王を倒したって証拠がないといけないよね」


 いけないなあ、と勇者は頭を振る。


「待っててね、王子君。今に魔王を討ち取ってくるからね・・・ 」


 うっとりとした表情で荒野を歩く。


 ぱきり、と彼女の歩みが音を立てる。それは骨が奏でる命の残滓。


「王子君・・・」


魔王が住まう城。その禍々しさなぞどこ吹く風。

奇をてらうでもなく、真正面から門扉に向かうのであった。


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