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村に伝わる森の伝説  作者: marron
前編
9/25

道しるべ

 夏休みの終わり、フィデリオとジクムントは森へハイキングに行くことにした。その夏は色んなことがあり、子どもたちはあまり遊べなかったうえに、心が重苦しく、辛い日々だったのだが、夏の最後だからとフィデリオが誘い出したのだ。

 どうして心が重苦しかったのかと言えば、当然カールのことだ。一緒に森へ遊びに行ったカールは森の奥へ行ってしまい、行方不明になってしまった。そのままこの夏、結局帰ってこなかったのだ。

 カールはただ行方不明になったのではなく、竜に食べられてしまったと大人たちに聞かされた。フィデリオとジクムントは、親たちにさんざん泣かれた。そして、子どもたちは絶対に森の奥へ行ってはいけないと教え込まれた。カールがいなくなっても大人たちは探しに行くことをせず、ただ、森へ行ってはいけないと言うだけだった。

 フィデリオとジクムントは森へ行かなければ良かったと後悔ばかりしていた。そんな夏休みだったのだ。

 だが、フィデリオはただ泣いて後悔している日々ではなかった。



 二人は森へ、ハイキングのお弁当とおやつだけを背負って入って行った。陽が出ていて森の中はとても気持ちが良かった。夏のハイキングはこうでなきゃ、という青い空に、二人は久しぶりに爽やかな気持ちになった。

「それで、どこに行くんだい?子どもだけで森に行くのはダメってお父さんたちに言われたじゃないか。」

 珍しくジクムントが意見していた。

「うん、でもあっちじゃないから。お父さんにも良いって言ってもらったし。」

 フィデリオが先になり、二人は森を歩いていた。踏み均された固い土は歩きやすく、道沿いには小さな花の付いた低木が並んでいて、二人を森の中へ誘っていた。

「あっちじゃないなら、どこさ。」

「泉だよ。」

「泉?」

 そういうそばから、二人はもう泉にたどり着いた。

「ほら。」

「あ、へぇ!」

 森の中の道が倒木に阻まれた先に、水面がチラリと見えた。先に泉があると分かっていなければ通らないようなところで、倒木を乗り越え、藪が生い茂りなかなか近づけなさそうではあったが、かき分けてたどり着くと、そこは美しい泉であった。

 二人はしばし見惚れて立ち尽くした。人目を避けるように生い茂った藪の向こうに、こんなに美しい場所があったのだ。美しく青い葦が風になびき、澄んだ泉の水と一緒に風にキラキラと光っている。泉のそばにある朽ちた小屋さえも、若い緑のツル植物に装飾されて、いまだ生きているかのように景色と溶け合っていた。

「村からこんなに近いところに泉があったなんて、知らなかったよ。」

 ジクムントは感激しながら、キョロキョロと見回し、そして歩き出した。

「この日記に書いてあったんだ。ここは、魔女が住んでいたんだって。」

 フィデリオもジクムントに付いて歩き、そこにある白い木肌の美しい木や、見た事のない鮮やかな紅い実や、日の光りに光り健気に凛と立っている水盤を、確認するように触った。



 それからフィデリオは、泉のそばに建っている小屋に入ろうと、扉を押した。

「おい、大丈夫なのか?」

 ジクムントが心配そうについて来た。

「うん、多分。」

 扉は簡単に開き、二人は小屋の中に入った。

 外からはツタの絡まる朽ちた小屋に見えたが、小屋の中は片付き、なぜだか塵もなく綺麗だった。ほんの今まで誰かが住んでいたかのような温かみさえ感じた。それは魔女の魔法なのかもしれない。そして、誰かが来るのを待っていたのだろう。

 家の中には大きな机があり、ビンや器や薬草のようなものがたくさん並んでいた。向こうの壁には大きなかまどがあり、子どもが隠れることのできそうな大きな釜があった。いかにも、魔女の家という風情だ。

 ふとジクムントが言った。

「泉も魔女も、本当にいたんだなぁ。」

「そうだね。」

 フィデリオは笑いながら答えた。

 確かに、子どもたちはみんな、この村の伝説を親に教えられている。だけど、みんなただのお話しだと思っていたのだ。魔女はすでにいなくなっていたし、泉など森で見かけたことがなかったからだ。だけど、その泉のことは知っている。その泉の水を飲むと、瞳が美しく潤うという話しだ。他にも泉の水の話は色々あったのを二人は思い出した。



「日記にもちゃんと泉の水のこと書いてあるんだよ。」

 なんだかとても居心地の良い家で、自然とフィデリオはそこにある椅子に座りながら言った。

「日記ってなにさ、さっきから何のこと話してんの?」

 ジクムントも椅子を探して座って身を乗り出した。

 フィデリオは、父にもらった日記を見せた。重厚な歴史のある日記は、ジクムントから見ると、それだけで魔法がしみ込んでいるかのようだ。実際にはそんなことはないのだが。

「これさ、ウチに伝わる日記なんだよ。僕のお父さんのおじいちゃんのおじいちゃんの頃から、ずっと書かれてるんだ。みんな、本当のことだよ。寝るときにお母さんがしてくれるお話しじゃなくて、おじいちゃんたちが経験してきた本当のことが書いてあるんだ。それで、今度は僕の番。僕、カールのこと書かなくちゃいけないんだ。」

「お前が?」

「うん。」

 ジクムントは古い日記をパラパラとめくってみた。おじいさんたちの文字は妙に達筆で読みにくかった。しかし、そこにはその時の村長たちが見たこと、聞いたこと、感じたことが、きちんと記されているのが分かった。

「うわ、524年だって、すげぇ!でもさ、なんて書くんだ?カールが親の言うこと聞かないで、森に行っていなくなっちゃったって書くわけ?」

「ううん。僕、カールのこと、ちゃんと書きたいんだ。うまく言えないけど、行方不明になったってことだけじゃなくて、なにか、救いになるようなことが書きたい。いなくなっちゃったって書くのは嫌なんだ。」

 フィデリオは思いつめたように懸命に言葉を探して言った。ジクムントもその気持ちが分かった。仲良しの友達が、ただいなくなったことだけを記すのは、とても辛いことだ。



「それでね、日記に泉と魔女のこともたくさん書いてあってね、魔女が何か、化け物を鎮める魔法を残していないか、捕まった人を助ける手がかりを残していないか、探しに来たんだ。」

「そんなこと探したって、お前は魔法使いじゃないんだから、何か手がかりが見つかったって、無理だろうが。何、お前、竜をやっつけられるって思ってんの?」

 ジクムントの実に冷静な言い分に、フィデリオは驚き、そして下を向いた。そんなこと考えもしなかったのだ。それが子どもの思い込みというものなのだろう。ここに来れば、きっとカールを助ける、というか、カールの死が無駄にならない何か、そんな手がかりがあると勝手に思い込んでいたのだ。

 だけど、そんなにうまく行くはずはない。フィデリオは魔法使いでもない、ただの子どもなのだから。

 その時、フィデリオは机の上にある小さなガラス瓶に気づいた。その瓶が急に淡く光り出したからだ。そしてその瓶の横に紫色の封蝋の施された封筒があった。

「手紙だ。」

 フィデリオは手に取った。手紙がフィデリオに読んで欲しがってる、とフィデリオは思った。少し迷って、そしてそれを開けて読んだ。

 中には緑色の美しい文字がまるで生きているかのように、読んでほしいかのように書かれていた。

『この手紙を読んでいる方へ。私が戻らなかったら、どうか森に残る娘たちの魂を、あるべき場所へ返してあげてほしい。月の晩に、水盤に泉の水を汲み入れ、このガラス瓶に入った水を一滴だけたらすこと。』

「これだ!きっとこれだ!」

 フィデリオは飛び上がって叫んだ。

「これだって、何さ。」

 ジクムントが聞いた。さっぱりわけがわからなかった。

「森に残る娘たちの魂をあるべき場所へ返すってことだよ。カールも、きっと一緒だよ。カールも、カールも・・・」

 フィデリオは手紙を持ったまま泣き出した。

 カールがもう帰ってこないことはフィデリオだって分かっていた。だけど、何かカールを助けることがしたかった。本当はフィデリオだって、この手紙の意味はよく分からなかったのだけど、でも、きっとこの通りにしたら、カールが助かるような気がしたのだ。

「分かったよ。」ジクムントも、そんなフィデリオの気持ちが分かった。「今夜また、ここに来よう。」

 それで、それ以上何も言えなくなったフィデリオと、魔女の手紙に書いてあったことをすることにした。



 夜になり、二人は再度泉に向かった。フィデリオとジクムントの両親は二人の真剣な様子を見て、二人の気持ちを分かり、夜に森に入ることを許可してくれた。そして、カールの両親も一緒についてきた。

 その日は満月で、雲の少ない夜だった。空は明るく、夜とは思えないほど眩しく感じられた。

 泉はまるで、水が命を得て自ら光っているかのように輝いていた。風は時折優しく吹き、森の香りを運んでいた。

 そこに、フィデリオとジクムントはやってきて、無言で水盤の前に立った。水盤には枯葉が少し積もっていたので、二人でそれを退けた。

 フィデリオはお母さんから借りてきた、ひしゃくを使い、水盤に水を汲んだ。子どものフィデリオが使うからと、ひしゃくが小さかったため、何度も何度も水を汲まなければならなかった。

 水盤に水を汲むたび、水盤はキラキラと光った。月が水の中で踊るように揺れ、反射する光も踊っているようだった。

 水盤のふちまでいっぱいに水を汲み、水が静まるのを待った。途中何度かサーっと風が吹き、そのたびに水面はさざ波を立ててきらめいた。フィデリオはガラス瓶を胸に抱き、ただジッと水面を見てそれが静まるのを待っていた。

 リーリーと静かに鳴く虫の声が、ピタリと止まったその時、水面もまるで示し合わせたかのように静まった。丸い明るい月が水盤の中心にぽっかりと光り、そこから光りの精が生まれてきそうなほど神々しく見えた。

 フィデリオとジクムントはその水面に見入っていた。何かがその明かりの中に見えた気がしたのだ。はっきりとは見えないものの、それはカールの今の姿だった。あれはカールの服だ。ぼんやりとそれしか分からなかった。それでも、カールが苦しみ泣いているように見えた。

 フィデリオは泣くのをグッとこらえ、握ったガラス瓶をジクムントに見せた。それから、ふたを取り、月明かりに透かすようにしながら、ガラス瓶を傾けた。

 ゆっくりと、ガラス瓶から一滴の水が落ちた。

-ピタンッ-

 高い音がして、水盤の水が揺れた。落ちた水は、水盤の水の中をゆるい油のように螺旋を描きながら、ほんの少しの淡い光りと一緒に溶けていった。



 水の中を見ている間に、空は急に曇った。月が隠れると森は真っ暗になった。今まで大きな明るい月を映していた水面から月の姿は消え、水の中に落ちた少しの光りだけしか見えなくなった。

 暗い森に風が吹き、木々の葉をざわめかせた。

 と、その時だった。水盤の水が光り出した。光りは真っ直ぐに空へ登り、雲まで一直線に光りの道を作った。光りの道の行きついた雲が丸く光った。それほどの強い光りが空を照らしたのだ。

 森は真っ暗なのに、そこだけが信じられないほど明るかった。フィデリオとジクムントはその光りを後退りながら見上げた。

 そして、フィデリオは気付いた。シャボン玉が飛んでいるのだ。シャボン玉ではないかもしれないけれど、そうとしか表現できない、薄い球が空を飛んでいた。森の奥からそれはいくつもやってきて、そして光りの道を登っていった。

 そのうちの一番小さなシャボン玉が、水盤の周りをくるくると回り、それからカールのお父さんの顔の前で一度止まった。そしてまるで意志があるかのように大急ぎで上へ登って消えてしまった。

「カール。」

 カールのお父さんが呟いた。

 すべてのシャボン玉が光りの道を登り終え、そうして水盤の光りも徐々に弱まり、また月が現れた頃、フィデリオとジクムントは互いの顔を見て微笑んだ。



 フィデリオとジクムントの苦い夏は終わった。

 あの月の晩に光りの道を登って行ったのは、カールだったのだろうか。その真意はフィデリオには分からなかったが、それが本当にあったこととして、フィデリオは日記にありのままを記した。

 それから、数か月かけてどういうわけか森がどんどん小さくなり、村人が迷うこともなくなった。そのこともちゃんと日記に書き加えておくのだった。


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