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村に伝わる森の伝説  作者: marron
前編
8/25

日記

 カールがいなくなって、フィデリオは夏休み中ほとんど外出をしなかった。まだ心の中に重くて痛い塊がずっと動き続けていて、苦しくていられないのだ。子どもながらに様々な後悔が押し寄せてきては、泣きながらその夏を過ごしていた。

 フィデリオのお母さんはそんな息子を気遣い、時々気分転換に買い物に誘ったり、美味しいものを作ってあげたりしたが、フィデリオは無理に微笑むだけで、心から笑うことはまだできずにいた。

 ある日、フィデリオのお父さんが書斎にフィデリオを呼んだ。



 フィデリオは村長の息子である。彼の家は代々村長を務め、村人たちから尊敬される名士だ。暮らしは他の村人と同じように質素ではあったが、学があり、慈愛に満ちた人格であったので、子どもの代へ移っても、フィデリオの家系の者がまた村長を務めていた。

 そのフィデリオの家には、伝えられている日記があった。それはとても古く、もう100年以上も昔のものだ。多分フィデリオのお父さんの祖父の祖父くらいの時の日記であった。

 村長の家の日記は代々受け継がれ、その村の記録として大切に扱われた。そして、ついに次期村長となるフィデリオもその日記を見る日が来たのだ。

 それは悲しいきっかけだった。

「フィデリオや、この日記はこの村の歴史そのものなんだよ。」

 お父さんは3冊の、立派な装丁の本を書斎机に置きながら言った。そして次に言った言葉はフィデリオを苦しめることになった。

「先だっていなくなった・・・カールのことは、お前がここに記さなければならないよ。」

 それが村長としての務めだった。陰ながら村を守る村長の仕事は、こうして静かな日常である歴史を記すこと。

 カールはこの村の歴史の1ページとなるのだ。

 それを、仲良しのフィデリオが書かなければならないという。

 フィデリオは日記を受け取ると、涙を流して頷いた。それはただ、カールがいなくなって寂しいからとか悲しくてしょうがないからというだけではなかった。フィデリオはちゃんとカールのことを書いてやろうと決心していた。どうしてカールが森へ入ったのか、どうして戻ってこなかったのか、子どもには子どもの理由がある。

 カールはただ無知で無鉄砲だっただけではないことを、書かなくてはならないと分かっていた。子どもながらに、フィデリオは村長となる器だったのだ。気が小さくても、人を思いやる心は誰よりも大きい。彼はカールのことも誠実に歴史に織り込まなくてはならないことを誰に教えられなくても知っていた。

 ただ、まだ子どもであったので、それをどう表現したらいいのかは分かっていなかったが。



 フィデリオは父から渡された日記の他に、父の書斎の壁を飾る歴代の村長の書いた日記を、夏の間何度も読み返し精読した。古いものは文字も古く、100年も前のものは読むのが大変であった。しかし、フィデリオはそんなことは気にならなかった。なぜならその内容が、とても興味深かったからである。

 フィデリオも村の子どもたちと同じように、お母さんからたくさんの伝説を聞いて育った。しかし、その元となっているこの日記はすべて、おじいさんたちが見て聞いて体験してきたことばかりだったので、その時代に引き込まれるかのように読むことができた。

 特に興味を引いたのが、村長ばかりが書いている日記の中で、一日だけ、その時の村長の奥さんが書いたものだった。この人が書いたものを読むことで、村の伝説の始まりが分かるようだった。

 そこには、魔女が封印の魔法を施したところにいた、化け物のことと、魔女の最期が書いてあった。

「竜じゃなかったんだ。化け物は人間だったなんて。」

 だけど、子どもたちには竜がいると教えた方が分かりやすい。だから「竜」だと言い伝えられたのだろうと言うこともわかった。



 日記はその後しばらく、泉の水と魔女の話が続き、魔女がいなくなったあとは、平穏な村の様子も描かれていた。この村の人たちはみんな働き者で、他人を思いやる良い人たちだということがたくさん書いてあった。

 そして、その時代の終わりも書かれていた。

 フィデリオの曽祖父の時代と思われるもので、その曽祖父は文章を書くのがうまかった。他のおじいさんたちは淡々と出来事を記しているのに、その人だけはまるで物語のように軽快に描かれていた。


――645年 5月21日

 カールのところのくそガキ、パウルから恐ろしいことを聞いた。

 パウルによると、魔女の印を壊してしまったらしい。詳しく聞こうと呼び出したら、くそガキはカールに連れられて泣きながらやってきた。あいつはくそガキの癖に、素直な良いやつだ。

 パウルによると、あのガキは友だちと連れだって、度胸試しで竜を見に行ったらしい。度胸試しはしばらく前から、ガキどもの間で流行っていたが、まあ、危険はないと思っておった。

 パウルは悪ガキの友だちの名前を言わなかった。あと2人ばかしで行っただろうが、多分、カイとヤンだろう。いつもツルんでるやつらだ、わしを騙そうったって、わかるわい。ガキどもの考えることは、底が浅い。

 まあ、そんなことはどうでも良い。とにかく、パウルはガキどもでつるんで森の奥に竜を見に行くという度胸試しに行ったようだ。

 その時のことをこう言っている。

 何か変な音がした。その音は人の声のようだった。それで、恐ろしくなって、木の上に隠れようと登っている時、その声が耳元で大きな音になって聞こえたらしい。それで驚いて木から落ちた。木から落ちる時に枝を折ってしまい、その枝が、魔女の印を傷つけたらしい、ということだ。

 それから、急に嵐のようにすごい風が吹いて、ものすごい臭いがして、怖くなって叫んで逃げてきた。ということだ。

 パウルにしてはなかなか筋だって話しているようだが、それだけではよくわからん。パウルのようすだと、枝を折ったのはパウルではないだろう。アイツは仲間思いの良いやつだからな、きっと誰かをかばっていることだろう。

 さて、魔女の印が壊れてしまっては、また忌々しい伝説が繰り返されるだろう。近いうちに確認に行くことにする。



――645年 5月23日

 パウルの話の真偽を確かめるために、昨日魔女の印まで行ってきた。わしとカールと長老二人の計4人で、朝9時に出発した。

 昼を挟んで2時過ぎに、魔女の印に到着。確かに、印は傷が付いていた。傷つけただろう木の枝が例の木の下に落ちていた。焼けたように少し黒くなっていた。こんなに太い枝が、ガキどもがぶら下がったくらいで折れるというのはちょっと信じられなかったが、まあ、多分そうなんだろう。

 印の方は短い印がほとんどなくなっていた。枝がひっかき傷を作ったから印が壊れたのではなく、枝がひっかいたから、印の力が壊れたと考えるのが良いだろう。とにかく、魔女の印が壊れたということは危険だということだ。これ以上、先へ人間が進むことのないように、罠を置いておいた。とはいえ、本当に罠にかかってしまうと困るので、壊れて使えないやつだ。単なる目印だから、それで良いだろう。これで分からん奴は、何やったってダメだろうからな。

 とりあえず、わしら4人は無事に帰ってきたことをここに記しておく。



――645年 5月24日

 臨時長老会を開き、今後について話し合われた。

 この時、パウルが長老たちの前に立って謝っていた。あいつはなかなか見込みのあるやつだ。学校も出たことで、親父カールはわざわざ付いてこなかったらしい。一人でやってきて、謝るのは勇気がいっただろうが、そういう意味でパウルは大人になれたようじゃ。

 それから、村人たちを集めて、魔女の印がなくなったことを言う時にも、パウルがちゃんと前に出てみんなに頭を下げとった。なかなか出来ることじゃない。偉かったと思う。村人も誰も、パウルのことを責めたりしなかったからな。パウルもホッとしたことじゃろう。

 村人のほとんどは、森が危険なことを承知しておったわい。ただ、若い者はなかなか理解できんじゃろう。フェイがいなくなったことを知っているのは、わしらより年上の連中だからな。

 その昔、若い娘が森で化け物に食われて死んだということを、きちんと言い伝えねばならん。

 長老会で決まったことは次の通り。なん(ぴと)も森の奥へ入ってはならない。魔女の印より奥は絶対に立ち入り禁止。もし、間違えて入ってしまっても、救出に行くことはしない。

 ということだ。この意見を出すのは辛かったが、皆も分かってくれた。若い者にもその辺をよく言い聞かせる必要がある。



 フィデリオはふと笑った。曽祖父が「カールのところのくそガキ」なんて書いている。日記なのだから別にかまわないけれど、そんな風に言うおじいさんがいたなんて、ちょっと信じられなかった。自分の父も祖父も真面目な人で、とてもよその家の子どもを「くそガキ」なんていうことはあり得ないからだ。

 それにしても、この「カールのところのくそガキ、パウル」というのは、きっといなくなったカールの祖父のパウルじいさんのことだろう。カールはこのパウルじいさんが大好きで、よく遊びに行っていたのを思い出した。フィデリオも何度か一緒に遊びに行ったもので、子ども好きな優しいおじいさんだった。確か1年くらい前に亡くなったはずだ。

 カールの家系は「カール」という名前が多いから、きっとカールの曽祖父も「カール」という名前だったのだろう。それで、その「カールのところのくそガキ、パウル」がカールの祖父のパウルじいさんだということは、すぐに分かった。

 パウルのことを、「学校を出た」と書いてあるから、少なくとも16歳以上だと言うことが分かる。今696年だから日記から51年、生きていれば70歳くらいで、年齢的にも合う。

 この日記を書いた、フィデリオの曽祖父はパウルのことを「くそガキ」なんて書いてはいるものの、本当に手におえない「くそガキ」だと思ってはいないようだった。パウルは魔女の印を壊したと言ってきたけれども、それがパウルの仕業ではないと書いてある。ちゃんとパウルのことを見ていることがわかる。それに、パウルがやってしまったことを告白したことや、みんなの前で謝ったことを評価していて、「仲間思いの良いやつ」とか「なかなか見込みのあるやつ」とか「なかなかできることじゃない」とか、本当はとてもパウルのことを好きだということがよく分かる。そういうこともここに記すことを忘れていない。

 フィデリオはそれが嬉しかった。

 そうだ。フィデリオも、そういうことを書けば良いのだということが分かった。

 カールは大人の言うことを聞かないで森へ行ってしまったけれど、カールは決して悪い子じゃないということを書けば良いのだ。



 たとえば、フィデリオとカールが仲が良いのはなぜか。それは、カールがフィデリオのことをいつも気にかけて、時には守ってくれるからだ。

 カールが竜を見たいと言ったのはなぜか。それは、昔、フィデリオが竜は本当にいると言ったことを、友だちにバカにされたのを、かばってくれたからだ。

 そうだ、そういうことがあったじゃないか。フィデリオは昔のことを思い出した。子どもたちの中には、竜なんていないと言う者がわりといる。それでも、フィデリオは大人に言われたことを素直に信じていたために、バカにされたのだった。フィデリオだって、うまく言い返せばよかったのだろうけど、それもできなかった。それを、カールが見つけて、かばってくれた。

「見たことがないから信じられないって言うのは間違いだ。竜は本当にいるさ。」

 よくカールはフィデリオにそう言っていた。それは、カールがそう思っているからだけでなく、フィデリオのことを肯定してくれているからだ。フィデリオはそんなカールの優しさが大好きだった。

「大人が言うことは、なんか変だよな。本当のことが知りたい。」

 カールはそうも言っていた。

 そうだ。カールは本当のことが知りたかっただけなんだ。竜が本当にいることを、証明したかったのだろう。そういう真っ直ぐなところがあった。

 そういうことを書くにはどうしたら良いのだろう。フィデリオはしばらくそう考えていた。それからまた日記を読み返した。読めば読むほど、色んなことが分かった。

 そして、

「そうだ、魔女の家を探してみよう。そこにきっと伝説のかけらがある気がする。」

 フィデリオはそう思いついた。そして伝説のかけらを友だちのジクムントと探すことにした。


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