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村に伝わる森の伝説  作者: marron
前編
6/25

目撃

4・5話目部分の1人称語りです。

 私の住む村には、優しい魔女がいました。

 彼女は村の近くの森に住んでいて、よく村に来ては薬を届けたり、井戸端会議に花を咲かせたりしているような、気さくな優しい魔女でした。

 私は小さなころからその魔女が大好きで、よく森の家に遊びに行っていました。友だちとケンカをして泣きながら魔女の家に行くと、彼女はいつも甘いものを作ってくれて、話を聞いてくれて、私はとても元気になったのを覚えています。

 魔女は魔法の薬を作るとお母さんは教えてくれましたが、私は魔女そのものが薬だと勝手に思っていました。魔女がいれば、私は元気になったからです。多分、村の皆もそうだったでしょう。



 私が結婚しても、子どもを産んでも、魔女はいつも変わりませんでした。彼女は歳をとることはないのでしょうか。まだ嫁入り前の娘のように若い顔をしておきながら、その目だけは酸いも甘いもかみ分けたかのような深い色をしていて、そのわりに高い声で話し、恰好は黒い長いワンピースに黒い帽子、それからなぜかいつもマントを着ていました。そうそう、話声は高いのに、話し方はおばちゃんそのものなので、まあ、ギャップが面白い方ななんです。それが、私が物心ついた時からずっと同じ、彼女の姿でした。

 私の結婚式にも、その真っ黒けのいでたちで現れましたから。だからといって、桃色のワンピースを着てこられたらそれはそれで驚いてしまったでしょうね。



 私は恋をしたときも、魔女に相談に行きました。魔女は笑いもせず、小娘ごときの初恋に真剣に相談に乗ってくれました。決して魔法の薬で振り向かせようとか、呪文をかけて恋を実らせるとかそういう方向の話は出ませんでした。だったら別に魔女に相談する必要はないのに、親には勿論、私は友だちにすら、その小さな恋の話を打ち明けることができず、どうしようもない行き場のない暑苦しい恋心を、魔女に聞いてもらうしかできなかったのです。

 私の恋は、後にも先にもその人だけでした。あ、そう言うと、主人に悪いですね。勿論主人のことは愛していますが、私にとって娘時代の恋というのは、結婚とはまた違うもののようなのです。

 私が好きになったその人は、私より2つばかり年上の、とても美しい人でした。男の人に美しいというのもヘンだと思うのですが、本当にその人は美しい男性なのです。彼は両親もなく貧乏でしたが、それでもひょうひょうとしていて生活感のない感じの人でした。私だけでなく、彼の美しさに恋をしている女の子たちはたくさんいて、そんな彼に洋服を縫ったり、料理やお菓子を届けたりしてあげているのを私は知っていました。でも、私はできませんでした。時々彼を見かけるだけで、話すこともほとんどしたことはありません。ああ、淡い初恋ってこんなかんじですよね。周囲の積極的な女の子たちと私はちょっと違う人種のような気がしてなりません。女の子たちの積極的なアプローチにもかかわらず、結局彼は町に行ってお金持ちの女の人と結婚したと聞きました。



 大して実のない初恋話はおいといて、私はその後主人と結婚しました。主人は優しくて人の気持ちを思いやる良い人です。この村の村長の息子で、結婚してしばらくすると彼が村長を引き継ぎました。

 私たちは子宝に恵まれて、4人の男の子を授かりました。

 4人目の子を産んだとき、魔女が我が家を訪れました。上の子たちのために綺麗なお菓子を持って来てくれて、お産をした私にも母乳の出が良くなるというお茶を持って来てくれました。

 私は彼女と話している時に、ポロリと

「でも、また男の子だったのよ。」

 と、言ってしまったのです。別に男の子が悪いわけじゃないんです。勿論男の子だって可愛くて、生まれてくれてとても嬉しかったのですが、すでにやんちゃな男の子が3人もいたので、なんとなく言ってしまったのです。

 それを聞いて魔女は、4番目の赤ちゃんに気を使うように頭を撫で、それから私に言いました。

「わかっているよ、女の子も育ててみたいんだろう?」

「まあ、ヘクセ様。」

 私は何も言えませんでした。魔女には何もかもお見通しだったからです。でも、それも誰でもが思うようなことだと彼女は教えてくれました。

「そうは言ったって、女の子を育てるのは、男の子にはない心配事が山ほどあるさ。今は4男坊で良かったと思うさ。」

 魔女はそう言って、また息子を撫でてくれました。



 その3年後、私はまた出産しました。

 今度こそ、女の子でした。5人目にして待望の女の子と言うことで、私は勿論、主人も上の子たちも大喜びでした。上の子たちは女の赤ちゃんをそれはそれは可愛がってくれました。

 魔女も私たちの気持ちをよくわかってくださって、一緒に喜んでくれました。

 可愛い子どもたちに囲まれて、忙しくも充実した日々はアッという間に過ぎました。こんなに幸せで良いのかしらというくらい、私は幸せでした。

 時々子どもたちが病気や怪我をしては、魔女のところに担ぎ込み、随分と子育て中もお世話になりました。

 我が家は子どもが5人もいるから特別魔女と仲が良い、わけではないでしょう。

 子どもが1人でも、風邪くらいみんなひきます。老人は勿論、大人だってそうです。

 ということは、魔女は村人たちみんなのお医者さんのようで、もしかするととても忙しかったのではないでしょうか。

 それなのに、魔女はいつ会っても、喜んで話を聞いてくれましたし、主人や子どもたちのことを気にかけてくれました。子どもたちも魔女になついていて、子どもの頃の私のように、何かあると森へ行っては、魔女に会いに行っていました。

 魔女は村人全員のお母さんのようでした。



 ところが、そんな平和で幸せな生活が一変しました。

 ある日の夕方、夕飯の時間になっても娘が帰ってきませんでした。娘はすでに16歳になっていましたから、そのくらいの時間に戻らないこともあるだろうと、少し心配しながらも、待っていました。

 お友だちと外でお喋りしているのかしら。

 そんなことを思いながらも、主人と私は夕食を済ませ、寝る支度までしてしまいました。ところが、そんな時間になっても娘は帰ってこないのです。

 さすがに心配して探しに出ました。

 市のたつ中央の広場にも、畑の方にも娘の姿はありませんでした。私は身体が震えるような気がしました。

 何かあったんだわ。

 最悪のことをいくつも考えました。でも、今はそれどころではありません。もしかするとただ、お友だちとどこかへ遊びに行って迷ってるだけかもしれません。とにかく探すしかないのです。

 もうすでに結婚して家を出ている4人の息子たちにも連絡して、探してもらうことにしました。でも、その日にはもう探せませんでした。

「明日森へ行ってないか見てくるよ。」

 と、主人は言いました。魔女のところに行ってるかもしれません。それならば安心です。

「じゃあ、私は町の方へ行ってくるわ。」

 次の日、私たちは別々に行動することにしました。息子たちは引き続き村を探してくれることになりました。



 私たち家族は、娘を探し回りました。

 ただ、主人は村長の仕事があり、その日魔女のところへ行かなかったと後で聞きました。とにかく私は町へ行き、娘を探して歩き回りました。人づてに聞いてもらおうと手を回していたこともあって、帰るのに1週間も経ってしまいました。

 それでも娘は見つかりませんでした。

 1週間も行方不明。連絡もなくなんの情報もないのなら、娘が無事ではないと、私は思いました。

 それからまた、私も森へ行き、町へ行き、娘を探し回りました。

 娘は、いませんでした。

 ところが、その後他にも村の娘たちがいなくなったという話を聞いたのです。みんな、若い娘たちでした。

 これは何か悪いことが起きていると、主人と男衆で森にいる魔女を訪ねました。

 その次の日に、魔女は村へ来て、こう告げたのです。

「森の中に、人をおびき寄せるモノがおる。人を食らう化け物だ。それが娘たちを誘い、娘たちはそれに食われて死んでしまった。」

 娘は死んだ。

 知っていたような、聞きたくないような、それが事実でした。

 その時の私は、きっと石像のような顔をしていたでしょう。自分でも顔が強張ってしまったのがわかりました。クっと苦しくなって、めまいがしました。でも全く動けませんでした。

 娘が死んだ、その事だけが頭の中をぐるぐるとまわり、他のことは何も考えられませんでした。自分だけが一人でそこにいるかのような静けさの中に座っていました。

 愛して育てた娘が死んだ。



 私が呆然としている間に、話がまとまっていました。つまり、その化け物をどうするかということです。

 化け物は殺すことができないので、化け物が飢え死にするのを待つこと。そのために、村人がそこに立ち入らないように、魔女が魔法をかけに行くということでした。

 娘たちのために泣く母親や、森や村を案ずる年寄りたち、子どもたちを教える若者など村中の者がそれぞれの思いの中にいるのを、魔女は寂しそうに眺めていました。その目を見ていて私はひどく胸騒ぎがしました。

 この悲しみの時に、さらに魔女までいなくなってしまうのではないかと。

「ヘクセ様は、森でまじないをかけたら、また戻ってきますよね?」

 私がそう言うと、魔女は何も言わず私を気遣うように笑顔を作ってくれただけでした。それから向こうを向いてしまいました。魔女がどんな顔をしていたのかは、わかりません。だけど、なんだか魔女の姿がいつもよりずっと年老いたように見えました。

 それから魔女はポツリと言いました。誰にも聞こえないような小さな声でした。ほんの独り言だったのでしょう。だけど私はそれを聞いていました。

「私が悪かったのだ。これは私の償いだ。」



 魔女は森へ戻りました。いつ魔女の印を付けに行くのかは聞いていませんでしたが、私はもう一度魔女に会いたくなり、次の日に魔女の家に行きました。

 魔女の家の扉を叩いても、誰もいないようでした。もう魔女は出発したのでしょう。私は魔女を追いました。

 私の、いえ、村のお母さんである魔女が、もういなくなってしまうような気がして、どうしても会いたかったのです。娘が死んでしまって、お母さんに甘えて慰めてもらいたい、そんな子どもみたいな感情でした。

 森の中はあまりちゃんとした道がなく、方向がわかりませんでした。でもきっと、森の奥の方でしょう。どこが「奥」なのかわからず、それでも帰り道を見失っては困るので、遠くにちょっとこんもりと木が大きく茂っている方向、そうそこから北西の方向を決めて歩き出しました。

 半日ほど歩いたでしょうか。もう昼を過ぎていました。

 私が懸命に森の中を歩いていると、地震がありました。長い地震ではありません。ドスンと一回、森全体が一歩踏み出したかのような強い地震があって、揺れはそれっきりでした。ただ、森の木はゆさゆさと揺れ、少し先の方ではバリバリと大きな音がしました。見ると、そちらの方に煙が立ち上っていました。火事かと思いましたが、どうも、土煙のような感じで、モワモワと煙があがって、そのまま拡散していくとすぐに収まりました。

 恐怖ではなく、私は魔女がそこにいると感じました。大急ぎでそちらの方へ走って行きました。きっと魔女の魔法でしょう。

 魔女は無事か、心配でした。こんなに大きな地震を起こすほどの魔法を使っているのです。普段は魔法を使っているところを見た事はありませんが、彼女は立派な魔法使いなのです。でも、限界だってあるでしょう。私はとにかく走りました。



 もう、あの煙の辺りまで走ってきたと思った時でした。私の身体が急に網にでも引っかかったかのように、止まりました。走ってきたのに、何かに跳ね返されたのです。

 驚いて良く見ると、私が走り抜けようとしたそこは、地面が大きく陥没していました。さきほどの勢いで走り抜けていれば、そこから落ちていたでしょう。ゾッとしました。

 そこは落雷でもあったかのように、木が何本か折れて、下に落ちていました。

 そこから私は見ました。陥没して落ち込んだ地面の底に魔女がいたのです。ああ、ここは魔女が魔法を施したから、これ以上先へ進めなかったのだと分かりました。

 魔女がいた。魔女がいた。彼女は無事なの?と、思ったその時、小さな男が剣を魔女に突きたてたように見えました。

 血が凍って私は呆然としました。

 遠くて良く見えないとはいえ、明らかに刺されたからです。魔女は・・・そこにはもういませんでした。男は剣に刺さった魔女のマントだけを持ち、驚いた様子でした。少し笑っているように見えました。

 信じられない。

 魔女が死んだ。魔女が消えてしまったのです。

 私は叫ぼうと思いました。だけど、そこに見えた男を見て、もっと驚きました。

 あの立派な衣服はヨハンの物。あの顔はヨハンの顔。私が大好きだったヨハンから美しさを抜き取った顔でした。それに、ずっと若く見えました。私より年上にはとても見えません。だけど私には分かりました。あれはヨハンです。

 ヨハンが、魔女を殺したのです。

「ヨハン!」

 私は叫びました。そしてその場で、大声を出して泣きました。

 ヨハンが魔女を殺したのです。



 私は自分がどうなったのか分かりませんでした。一度にたくさんのことが降りかかってき過ぎて、自分が保っていられなかったのです。娘は死に、魔女の死を見て、それを殺したのが初恋の相手で、その人は化け物になってしまった。そんなことが、起こり得るのが理解できず、頭の中がめちゃめちゃになりそうでした。いえ、なっていたのかもしれません。

 とにかく、私は歩き出しました。森の中を。帰ろうと思ったはずですが、どこへ向かうのか分かりませんでした。

 娘と魔女が死んだことが、受け入れられなくて、目の前で見たことが信じられなくて、自分の足がどこへ向かっているかなど、考えることができませんでした。

 暗くなっても歩き続けました。どこへ行っても森の中ですから、迷うにはうってつけです。もうどうなっても良いとすら思いました。頭の中に何か大きな音が鳴り響いていて、ただ苦しくて、意識もせず足が動いていました。

 それでも、私は生きた人間です。疲れて動けなくなりました。

 それで、木の根っこにもたれるようにして、座りました。泣きすぎて、もう涙も出ませんでした。ただ頭がガンガンと痛く、吐き気がするような気がしました。これだけ衝撃的なことを見てきておきながら、自分がちゃんと痛みを感じていることに、少し驚きました。

 目を瞑ると、ヨハンが魔女を刺したあの光景が頭に浮かびました。私は慌てて目を開けて、また立ち上がりました。これ以上、思い出したくありません。

 私は少し、自分を取り戻しました。娘のことも魔女のことも考えれば考えるほど、悲しくて仕方がありません。だけど、私はまず帰らなければなりません。

 森の中をやみくもに歩き回ったので、道も分からず、だけど、ここで目を瞑るとあのことを思い出してしまうのなら、歩きたかったのです。

 日が出ていればだいたいの方角が分かりますが、森は暗く全く分かりませんでした。つまり私は、夜の森で迷子になっていたのです。



「ヘクセ様。」

 私は心細くなり、いなくなった魔女を呼びました。呼んだってしょうがないのですが、今は彼女が死んでしまったことが悲しくて、どうしても思い出してしまうのです。

「ヘクセ様。」

 一度言葉に出すと、また悲しみが襲ってきました。私の目から、もう出ないと思っていた涙が、また流れてきました。頭が痛くても、今はもう泣くことしかできないのです。

「ヘクセ様。」

 私の声はか細く、自分の涙にまみれた声が誰か他人のもののようにポツリと森に吸い込まれました。

 ふと、森の中にシャボン玉が見えました。そんなはずはありません。だけど、シャボン玉がふわふわと流れていました。一つだけ。とても大きなシャボン玉でした。

 暗い森の中でキラキラと虹色に輝き、ふわふわと漂うシャボン玉を、私は不思議には思いました。だけど少しも怖くは感じませんでした。

「綺麗。」

 そう言って、私はシャボン玉に近づきました。シャボン玉はスーっと向こうへ行ってしまいました。あ、と思って追いかけると、またシャボン玉は向こうへ流されていきました。

 不思議なことに、シャボン玉は木の幹にぶつかってパチンと消えたりはしませんでした。それどころか、私のことを待っているかのように、少し進んではキラキラと光るのです。私はそれを追いかけて歩きました。



 夜中歩いたようでした。空が白み始める頃、シャボン玉は見慣れた泉に私を連れ出しました。ここまで案内してくれたのです。

 シャボン玉は、泉のそばにある水盤の上をくるくると回りました。何か言いたげでしたが、私には分かりませんでした。ただ、そのシャボン玉はヘクセ様だろうと思いました。

 シャボン玉は一度私の身体の周りを周り、それから高く木の梢ほどに上ると、森の奥へと飛んで行ってしまいました。



 私は村へ帰りました。

 村の人たちはみんな魔女の帰りを待っていました。きっと帰ってくると思っていたのです。

 だけど私は、魔女は私たちを守るために死んだということを言わなければなりませんでした。

 私の見てきた魔女の最期を、私は伝えました。村人みんなで泣きました。私たちの愛した魔女は、いなくなってしまったのです。

 ヨハンのことも言いました。だけどヨハンのことは、誰も何も言いませんでした。

 その日の主人の日記には、私が見てきたことを書きました。

 これがこの村の、伝説の始まりでした。


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