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村に伝わる森の伝説  作者: marron
後編
24/25

魔法の杖

 その日は町に泊まり、次の日の朝出発をした。

 大きな町だった。

 その間、カールは重々しい足取りで、無言で魔女について行った。魔女はそんなカールの様子に気づいていた。一体どうしたというのだろうか。

 しかし、気を遣いつつも、魔女には魔女の仕事がある。

 次の日に、二人は町を抜けると、荒れ地を通る街道を歩いていた。町を抜けるととたんに、雨が降り出した。冬の冷たい雨だった。

 マントを身体に巻きつけ、二人は無言で歩いて行った。魔女の後ろを歩くカールの足取りは重く、まるで囚人のようだった。



 魔女とカールは街道を歩いていた。

「カールや・・・恵みの竜の話をしたことがあったかね?」

 いつもは、お喋りなカールがベラベラと無駄話をしながら魔女の後を歩いているのだが、このところカールは話しもせずぼんやりとついてくるだけなので、魔女の方から話し出した。

「え?う、ううん。」

 カールは虚ろな目をあげて魔女を見て、それから首を振った。そういえば、恵みの竜のことは、あんまり聞いたことがなかった。だいたい、なぜ「恵み」の竜なのだろう。

「恵みの竜は、普通の人間にはあまり見えないものだと聞く。お前さんはその姿が見えたようだがね、見えない人もかなりいるのだよ。」

「ふうん。」

「それは多分、お前さんに少しばかり魔法の才能があるからだろうね。だから、その才能を大切に使わなければならないよ。」

「あ、うん。」

 カールは少し嬉しかった。

 まだ魔法らしいものは使えないが、魔女に才能があると言ってもらえたのならば、きっと本当のことなのだろう。

「恵みの竜に水の剣をお返しするのを見ただろう?」

「うん。」

「水の剣はもともと、恵みの竜の物なのだよ。それを人間に恵んでくださっているから、恵みの竜と言うのさ。」

「うん?」

 つまり、人格を貸してくれてるってことだろうか?カールはよく分からずに頷いた。

「だけどその恵みを、いらないと思っているとだね、恵みの竜はそれを取りあげてしまう。」

「厳しいなぁ。」

 カールはポツリと言った。

「そうかね?自分のものでなくても、使わなくても、いらなくても、取り上げられるのは嫌なのかね。私から見れば、人間のほうが理解しがたいがね。」



 魔女の話を聞きながら、それを理解できないでいるカールを見て、魔女はため息をついた。魔女が覚えている限り、カールはまだまだ子どもであまり理解ができていない。こんなことを言っても、まだ分からないのだろうと諦めるしかなかった。

 それが、カールがわざと考えないゆえの理解力のなさだとは、魔女には分からなかった。

 とはいえ、わかることもある。それは見た目のことだ。

「カールや、怪我でもしたのか?」

 魔女はカールがなんとなく隠している左手が気になった。血が出ているようにも見えたのだ。

「え?ううん、何もないよ。」

 そう言ってカールは右手で左手を掴んで、魔女に見せなかった。

「なぜ隠すのだ?見せなさい。」

 魔女は、カールの手が確かに何か黒っぽかったのを見たのだ。それを隠されては、気にならないはずがない。

 カールは両手を背中に廻して首を振った。

「見せなさい。」

 魔女はカールが手を隠すことを許さなかった。カールを睨み、低い声で静かに言った。

「嫌だ。」

 カールは頑として見せなかった。

 しばらく同じやり取りをして、二人で見つめ合った。

「自分から出しなさい。」

 魔女は力づくでその手を取ろうとはしなかった。魔法を使えば一発でできることをせず、カールの意志に任せようとした。

 しかし、カールは絶対に見せなかった。

 これを見せればお終いだと分かっていた。



 仕方がない。もう見なくてもいい、と魔女が諦めたとき、急に空が明るくなった。

 シトシトと降っていた冷たい雨をサーッと巻きあげながら、雲が切れて西の空から夕陽が斜めに二人を照らした。

 魔女から見ると、カールは逆光を浴びて顔が真っ黒だった。その中に、カールの目だけが光って見えた。

「その目は・・・」

 魔女は信じられないという風に目を見開き、大きく息を吸った。

 その時、西から恵みの竜が飛ぶのがキラリと小さく光って見えた。魔女は顔をあげて言った。

「恵みの竜だ。カール、恵みの竜が来る。あの枝を出すのだ。」

 そう、次に恵みの竜が見えたときに、枝に息を吹き込んでもらい、魔法の杖を作ってもらうという話しだった。

 カールはハッとして、すぐに荷物からあの枝を取りだした。そしてそれを魔女に渡した。

 その手を見て、魔女は驚いた。

 カールの左手首に大きなかさぶたができていたのだ。どこで怪我をしたのか、盛り上がるほどのかさぶたが左手首を覆っていた。

「どうしたってんだ、コレは。」

 魔女が驚いてカールの左手首を触ろうとしたとき、カールはそれに気づいた。見せてしまったのだ。

 見つかった。

 もうダメだ。



 カールは顔を覆って逃げ出したかった。しかし、それはできなかった。

 なぜならすぐに、恵みの竜がやってきたのだ。魔女とカールが対峙している上を、ものすごい速度で通過し、上から大粒の雨をボタボタと降らせた。

 その雨がひと粒ひと粒当たる度に、カールは小さな声を聞いた。


― カール、待って!


― お前まで行ってしまうんじゃないかと思って、わしは気が気じゃないのじゃよ。


― 来ちゃいけない。


― みんな、この村の伝説よ。


― カール?


 雨の粒は、カールのそばにいた人たちの心だった。

 その雨粒が当たる度に、カールは身体がヒリヒリと痛んだ。心だけでなく、皮膚を通して痛んだのだ。

「痛い、痛い!」

 カールは頭を押さえてうずくまった。うずくまっても声は聞こえた。


― 僕もカールと一緒に行けば良かった・・・


「フィデリオ?」

 カールは思わず顔をあげた。耳元で聞こえたフィデリオの声は、カールと一緒に行けば良かった、と言った。

 あのフィデリオが、そんな風に考えてくれたなんて思いもしなかった。

 だってフィデリオは、イイ子で怖がりで言いたいことを言えないような大人しい子だ。カールが守ってやらなければ苛められたりするような子だ。その良い子のフィデリオが、カールと一緒に行けば良かった、と言うのを聞いて、カールは初めて後悔をした。

 カールは立ち上がり、空を見上げて大声で叫んだ。

「ごめんなさい!ごめんなさい!俺は、ウソつきだ、魔女の弟子だなんて嘘っぱちだ!ごめんなさい!」

 耳元に聞こえてくるたくさんの声に負けないくらい、カールは叫んだ。


― カール、待って!

 ジクムント、ごめん。

― みんな、この村の伝説よ。

 母ちゃん、母ちゃん!

― カール?

 父ちゃん!

― お前まで行ってしまうんじゃないかと思って、わしは気が気じゃないのじゃよ。

 じいちゃん、ごめんよ。

― 僕もカールと一緒に行けば良かった・・・

 フィデリオ、ありがとう。


「帰らなくちゃ。ごめんよ、母ちゃん、ごめんよ!」

 カールは必死になって空に向かって叫び、そして駆け出そうとした。どこに向かってか分かりもしないのに、帰らなければという思いが沸き立つと、いてもたってもいられなかった。

 ただ、雨粒が当たる皮膚は相変わらずヒリヒリと痛み、雨の中の声はカールを呼んだ。

「待て、カール!」

 走り出そうとしたカールの腕を、魔女が掴んだ。

 振り返ったカールの顔は焦っていて、思いつめたように魔女を見つめた。ウソをついていた魔女に何か言わなければならないのに、どうしてか喉が張り付いてしまったかのように、声が出なかった。

 そんなカールの様子を見て、魔女は静かに言った。

「カールや。帰らなければならないのはわかったよ。その前に、これを渡しておこうじゃないか。お前さんの杖だよ。」

 魔女はカールの手に、あの枝を渡した。

 カールが見ると、枝は先ほどまでと違って見えた。木の皮を剥いて真っ白だった枝は、ほんの少し茶色がかって見えた。それに一回り大きくなったような、重くなったような気がした。

 恵みの竜がこの枝に、息を吹き込んでくれたのだろうか。だからその分、大きく重くなったのだろうか。

 カールはそれを受け取り、魔女をジッと見た。そしてやっと口を開いた。

「へ、ヘクセ様・・・俺・・・」

 咳払いをして、それからゴクっとつばを飲んだ。

「俺・・・あの・・・」

 なかなか本題に入れないでいた。大きく息を吸って、静かに吐いた。

「あの、俺は・・・ウソをついていました。ごめんなさい。弟子じゃないんだ。本当は、弟子じゃないんだ。竜を見たくて、ウソをついたんだ。・・・ごめんなさい。俺、帰らなきゃいけない。母ちゃんが心配してるから、帰らなきゃ。」

 喉が締め付けられて、声がだんだんとか細くなるのを感じながら、それでもカールはやっと告げることができた。

 一番に言わなければならない人に、言わなければならないことを。

 魔女は何も言わなかった。

 カールはそれだけ言うと、魔女から杖に目を落とした。



 カールに魔法の杖を持つ資格はあるのだろうか。

 ウソをついて魔女の弟子になったというのに。コレを持っていて良いのだろうか。

 しかし、もし持っていて良いのならば、カールはまず初めにこれをしなければいけないと分かっていた。

 カールは震える手で杖を握りしめ、奥歯を噛みしめると、ゆっくりと杖を自分の胸に当てた。

 カールの足元から強い風が巻きあがった。その風に負けないようにカールは踏ん張って立った。傍から見ればカールは硬直しているように見えるだろう。実際に風などほとんど吹いていなかったのだから。

 しかしカールには信じられないくらいの風が、カールをもみくちゃにして引き倒すほど吹き荒れていた。

 耳元で、ザラザラと何かが落ちるような音がした。

 見ると、カールの左手首にあったかさぶたが金属のような音を立てて落ちていた。

 自分の胸が青く光り、そこから熱い油のような固まりが体中に溶けて行くような感覚を覚えた。熱いけれど、少し心地よかった。

 風が収まると、カールはやっと夢から覚めたような気がした。自分がこだわっていた「竜」のことが頭から落ちたような、捨てることができて安堵したような気分だ。

 どうしてあんなにこだわっていたのか分からないが、竜を見たいという執着心は消えていた。



「まあ、なんて子だ。」

 魔女が笑っていた。

「ヘクセ様、すみませんでした。これ、お返しします。」

 カールはさっぱりした顔をして、出来たばかりの杖を魔女に差し出した。

 魔女はカールの杖を見ながら、それを受け取らなかった。そして言った。

「お前が弟子でないことは、うすうす分かっていたさ。」

 それを聞いてカールは真剣な顔をして魔女を見た。魔女は、知っていたのだ。カールが弟子ではないことを。だけど、カールの言葉を信じようとしてくれたのだ。

「弟子など、いるはずがないのだから。私は確かにお前との出会いを覚えてはいない。だけど、だいたいのことは分かるさ。きっとお前と私はなにか契約をしたのだろう?」

「けいやくって?」

 カールがまた、その言葉を知らなかったので魔女は微笑んで教えてくれた。

「契約というのは、約束のことだよ。私はお前と約束をしただろう?きっと、竜を見せてやるという約束をしたと思うのだよ。どうだね?」

「うん。」

 カールは素直に頷いた。

「だからお前さんに、竜を見せてやろうと思ったのさ。だけどね・・・」

 魔女は言葉を切って、カールの胸の辺りをジッと見つめ、そしてそこをそっと触った。

「私はまた、竜を作ってしまうところだった。また・・・私は、償いの旅に出なければならなくなるところだったよ。」

 魔女はカールの手を、杖の上から握った。カールにその杖を、持っていても良いのだと、分かるように、カールの手で杖を包んだ。カールは魔女の顔を見るばかりだった。

「カール、お前さんは自分で自分の始末をしたね。どうやって生きたらいいかを思い出して、帰ることにしたんだろう?だから、ちゃんと生きなければならないよ。この杖は、恵みの竜からの新しい恵みさ。恵みは使わなければならない。それが生きることさ。」

「使わなきゃならないって?俺は杖の使い方なんてわかんないよ。」

 カールは困った。魔女が言っていることのひとつも意味が分からないうえに、新しい恵みとやらをもらってしまったらしい。魔法の杖が手に入ったことは嬉しいが、それを使わなければならないというのはどうしたら良いのだろうか。

「いらないのなら恵みの竜に返すが。」

 そう言われると、返すのが惜しい。

「くれるって言うならもらうけど、どうやって使うの?」

「そうだね、一つだけ使い方を知っているだろう?それに、他の使い方も、必要ならば出来るようになるさ。」

「そうなの?」

「だから、大事なのは、もらった恵みを使うことだよ。最初からお前さんの胸にあるものも、今新しくもらったその杖も、使おうと思うことだね。」

 カールは考えた。どう考えてもよく分からなかったけれど、使ってみようと思った。

 何もせず手元に置いておくだけ、そんなことをするつもりはなかった。

 それが正解だった。



 間違った使い方をしてしまうかもしれない。だけど、それでも良いのだと教えてくれた。もらった恵みは使えば良いのだ。間違っても、使い果しても良いから、使えば良い。逆に、間違えることを恐れて使わなかったり、ただ持っているだけで何もしないのならば、それは取り上げられてしまうのだ。

 だから、使うこと。

 カールが分かったのはそれだけだったけれど、それで良かった。



「さあ、それでは帰ろうではないか。」

「え?どこに?」

 急に魔女がそんな風に言ったので、カールは驚いた。一体どこへ帰ろうというのだろうか。

「お前さんの村に決まっているじゃないか。カール、お前が自分から帰らなきゃと言ったんだろうが。」

「だって、ヘクセ様、俺んち知ってんの?」

 カールが素っ頓狂な顔をして真剣に尋ねてくるのを見ると、魔女は笑った。

「私を誰だと思っているんだね?旅の魔女がどこに行くかを知らずに歩くことはない。さあ、行こうか。」

 そう言って歩き出した。

 先ほど出てきた町を背にして夕暮れの街道を歩いて行くと、北東の方に森が見えた。大きな森だ。

 いつもなら夜になると、魔女はカールを休ませるが、その日は休まず歩き続けた。冬の冷たい月が登り、いつしか沈み、星は出ているものの夜の暗い道を歩いて行った。

 二人は、先ほどから見えていた森の外れまで歩いて行った。

 たき火の跡とたくさんの葉っぱが積まれているところを見つけると、カールは思い出した。

「俺、ここでヘクセ様に会ったんだよ。」

「そうかね。」

 小さな声でカールが言うと、魔女は頷いた。



 少年カールは竜を探しに森へ行った。彼が見たものはこの森の伝説の真実。そして、森の外で見た真実の竜の姿だった。

 この森に、もう竜はいない。しかし、カールはまだどこかに竜がいることを知っている。

 カールは本当のことを知ったのだった。

 半年の間、カールはこの森の外を歩き回り、新しい伝説を持って帰ってきた。カールの冒険は終わった。

 この森に、もう竜はいない。

 カールは森へと帰って行った。


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