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村に伝わる森の伝説  作者: marron
後編
22/25

魔女が歌う「魔女の物語り」

 村を去って、しばらく街道を歩いて行くと、魔女はカールに尋ねた。

「カールや、何か具合でも悪いのかね?」

「え・・・?」

 カールの様子は変だった。

 あの竜のことや、また恵みの竜のことだけでも、カールが初めて見る物は多かったはずだ。興奮して喋りまくりたくなるような事件がたくさんあったのに、どうもカールは大人しい。魔女はそれがずっと気になっていた。

「お前さんにしてはバカにおとなしい。何かあったかね?」

 カールは取り繕うように明るい表情を作ると魔女に言った。

「ううん、楽しかったよ。だけど少し、疲れたみたいだ。」

 そう言うと、わざとらしくあくびなどしていた。

 魔女はほんの少し訝しみながらも、カールは疲れたのだと聞くと、納得してそれ以上は聞かなかった。



 南に向かいながら、二人は小さな村を訪れた。


 その村でも魔女は歓迎を受け、村人は喜んで魔女に会いに来た。そしてそれに応え、魔女は病人を癒し、まじないをした。

 その日はその村に泊まることになった。

 魔女を泊めてくれるのは、その村の一番南の端にある家で、若い夫婦が二人で住んでいる静かな家だった。

 夕食が終わると若い夫婦は言った。

「ヘクセ様、よろしかったらお話を聞かせてもらえませんか?」

 これはどこの村でもそうだった。昼間は村の人たちと交わり、賑やかに過ごすことになるが、夜は宿泊を世話してくれた家で魔女は物語りをする。それが常だった。

 カールも、今までの村でも夜にはそうやって魔女の語りをいくつか聞いていた。それはお話しというよりは、あまり意味のないような簡単な歌であり、カールが子どものせいだから理解できないのかは分からないけれど、そんな感じのもので、カールは退屈であまり好きではなかった。しかし、どの村でも、魔女は語りを()われ、魔女はそれに応えて語り、そして、時に、聞き手である村人は涙を流したりするのだった。

 そうしてその日も、魔女は歌い始めた。

 暖炉の前の絨毯に夫婦が座り、魔女は大きめの椅子に座っていた。カールも、机を挟んで反対側に座って、いつものように大人しく聞いていた。



♪朽ちた木にも茶色い人は、

 喜んで立ちぬ。

 大きく育ち傘はまんまる。

 茶色い太い足一本。

 ひときわ大きなキノコの傘は

 朽ちて落ちて禿げ頭。

 これ聡明な禿げ頭♪



 魔女は静かに、しかしとても滑稽な節をつけて歌っていた。聞きながら若い夫婦はとても愉快そうに笑顔を見せていた。

 その顔を見ていて、カールは不思議な気持ちでいた。確かに魔女の歌っている歌は、滑稽な節が付いているし、内容も禿げ頭だ。だけど、そんなに可笑(おか)しなものではない。何がそんなに可笑しいのだろう?とカールは考えた。

 茶色い人って誰なんだ?茶色い太い一本足で傘がある、大きなキノコと歌っている。

 キノコだって?



 そう思った時、カールの視界が歪んだように感じた。

 たった今、温かい部屋の暖炉の前で魔女の歌を聞いていた。それなのに、なぜかカールは育った村の近くの森の中にいるような気がした。

 周囲には木がたくさん生えていて、目の前に朽ちて苔むした倒木が横たわっている。その上に、大きなキノコが一列にずらりと7,8本も並んでいる。その中の一番大きなキノコだけは、傘が落ちていて、確かに禿げ頭の爺さんのように見えた。

 カールはそれが不思議だとは思わなかった。

 しかし驚いた。その爺さんのように見えたキノコは目を開けたのだ。そしてカールと目が合うと、低いしわがれた声で歌い始めた。



♪わしの帽子は魔法の帽子。火の子どもに貸してやる。

 火の子どもは秘密を望むが、それを教えてやりはせぬ。

 秘密の意味を知った時、火の子どもは息絶える。

 望みが叶えられるのは、生きることとは違う道。

 望みが聞かれていることは、生きることにつながろう。

 こころして時を待て。

 ああ、幸いな者。叶えられず聞かれた願いを持つ火の子どもは♪


「叶えられないのに、幸いだなんて、どういうこと?」

 歌の途中だというのに、カールは思わず聞いてしまった。ただの「詩」なのだから、比喩はカールには難しくて理解できないが、それでも気になる表現だった。

「願いが全て叶えられて、幸せになった者はおらんのじゃ。」

「そんなことない!」

 カールは思わず叫んでしまった。なぜならそれを肯定することは、希望が絶望で終わることを受け入れることだからだ。

 するとそのキノコは、その聡明な目をきらりと光らせて、カールを見た。

「いかにも。そんなことはない。正しい者の願いが叶えられるならば、それは幸せじゃ。ただし、ヒトが正しい者であるかは・・・」



 急にカールの視界が歪み、

「カール?」

 と、魔女に声をかけられた。

 魔女の語りは終わっていた。

 夢だったのだろうか?カールは表情も変えず、若い夫婦と魔女を交互に眺めた。しかし、夢ではないことは分かっていた。カールは起きていた。魔女の歌も聞いていた。その上で、あの歌を聞いて考えていると、魔女の魔法でカールの「物語り」の中に引きこまれたのだ。それが魔女の物語りなのだ。だから、同じ歌を聞いて、涙を流す者もいれば、大笑いする者もいる。不思議な「魔女の物語り」を、カールはこの家で初めて体験したのだった。



 その晩、カールは考えた。暗い部屋で目を開き、闇の中の天井をぼんやりと眺めながら、眠るには煩く喋りつづける自分の頭の中身を少し出してしまわなければ、とても目を瞑れなかった。

『願いが全て叶えられて、幸せになった者はおらんのじゃ。』

 あのキノコの爺さんは、そんなことを言っていた。それが妙にひっかかった。ただのお話の中の、カールの妄想で済ませてしまえばいいのに、カールはその爺さんのことが、ただの幻にしては記憶にこびりついている。

『願いが全て叶えられて、幸せになった者はいない。』

 理不尽だと思った。

 カールはあのキノコの爺さんが他に何を言ったかは、忘れてしまっていた。ただその一節だけが心に残っただけなのだ。

 詩は、その一節だけでできているのではない。前後の節と密接に絡んでいる。それに、ただ字面(じづら)を追えば良いというわけではなく、それが何を意味するのか行間をほんの少し考えなければならないものであることが多い。

 カールはそれを知らなかった。

 だからただ、理不尽だと思ったのだろう。まだ子どもなのだからしょうがない。カールの知識では人の「願い」の欲深さや浅はかさには、思いは追いつかなかった。

 でも、だったらどうしてこの言葉が心に残ったのだろう。

 それは、カールの心が、実は人間の願いの欲深さや浅はかさをよく知っていたからだ。ウソをついてまで竜を見に行こうと旅を続けるカールこそが、その立場に立っているのだと、無意識に知っているのだ。だから、そんなことはないと、理不尽だと、全力で暗闇で考えることに至ったのだが、カールは自分のことなのに、それを知らなかった。

 ただ、知っていた。

 あの竜は苦しまずに死んでいった。

 あの竜の死の時の顔は、忘れられない。魔女が杖を押し当てたときに、恍惚の表情をしたのだ。あれが忘れられない。

 カールが小鬼に殺されそうになった時は、ただひたすら恐ろしくて、死にたくなくて、大暴れした。きっとひどい形相だっただろう。

 「死」を前にした時のカールの願いは「死にたくない」「生きたい」だったはずだ。

 あの竜だって、死にたくなかったはずだ。生きたいからこそ、エサである人間を襲うのだろう。死にたくないからこそ、ああやって竜になってまで長生きするのではないか。

 欲しがって、生きたがって、そうして竜になったアレが、殺されるその時に、至福の表情を見せたのだ。

 願いに反して、至福を手に入れた。

 死を受け入れたあの顔と、キノコの言葉がどこかでつながりそうなのに、カールの心がそれをさせなかった。それを認めることは、カールの今の立場を考えなければならないからだ。

 カールは考えることをやめた。

 考えなければ、今日もゆっくりと休むことができる。明日も喜んで魔女について歩き、魔法の練習ができる。

 そうして、考えることをやめると、カールは目を瞑って、すぐに眠りに引き込まれた。



 翌朝、カールは元気に起きた。魔女から見ても、いつも通りのカールだった。疲れは癒えたのだろう。魔女は安心して、また旅を続けた。


 北の方から、冬に追いたてられるように、少しずつ南に向かいながら、魔女とカールは歩いた。

「この村は寄らないんですか?」

 ほとんどの村に寄ったものの、時々素通りする村があり、カールは不思議だった。

「ああ、この村は大丈夫なのさ。竜がいるのは、洞穴のある森や岩場だからね。」

 なるほど、と思いながら、森や岩場とは無関係の土地を横目に、通り過ぎて行った。

 そうは言っても、ほとんど毎日どこかの村へ寄った。竜がいないことがほとんどであったが、時々竜のいる情報があった。

 その情報をもとに、洞穴を探し、そして竜を見つけた。

 ひと月ほどの間に、6匹もの竜を「始末」するのを、カールは魔女との旅で見たのだった。そんなにたくさんの人間が、なにがしかの理由で竜になるのだと思うと、カールはゾッとした。

 しかしカールは、あまり考えなかった。

 考えようとすると、頭の中が煩くなって、なんだか自分が悪い人間のような気がするのだ。そんなことは考えたくない。目の前の竜退治のことを考えていれば、むしろ自分は良い人間だと思えた。なにしろ、竜はやっかいだからだ。それを退治して回るなんて、普通の人にはできない。魔女が退治して回るのだから、良いことじゃないか。

 カールはそう思いこんでいた。



 しかし、そうも言っていられない。そのことにカールが気づくのはそう先ではなかった。


 いつの間にか、冬は魔女とカールの足に追いつき、そしてその色を深めて行った。南に向かっているのに、村々は冬景色だった。

 雪が降るほどではないものの、木々は葉を落とし、冷たい風が背中を押すように吹いている。どこへ行っても寒々しく、そして何もかもが固く冷たかった。

 カールは魔女にもらった衣服を着けていたので、あまり寒さは感じなかった。それでも、景色の寒々しさに加え、指先の冷たさは感じていた。

 もう冬なのだ。

 カールが出てきたのは、真夏だった。夏休みの明るい陽の時だった。

 それが、今はもう冬だ。

 カールは道々、木の枝を折り、それを使って地面に円を描いていた。それが魔法の修業だ。飽きずに毎日円を描いていた。この辺で折った枝はあまり脆くはなく、地面で擦るとすぐにボロボロになった北の方の枝とは違い、硬く書きやすかった。どうやら南の方の木は硬いようだ。

 カールはその枝を気に入って、そのゴツゴツとした皮を剥ぎながら歩いた。そうすると、枝は白くツルツルの芯が現れる。

「ヘクセ様、見て。」

 カールは得意げに、皮を剥いた枝を見せた。

「おやまあ、良いじゃないか。どれ、見せてごらん。」

 カールは魔女に枝を渡した。長さ30センチ程の細い枝ではあるが、硬いのに思ったよりもしなり、ツルツルではあるものの、自然の凹凸(おうとつ)があって持ちやすかった。

 魔女はそれをブンと振ってみて、大きく頷くとカールに返してやった。

「それは杖になるから、大事にすると良い。」

「杖に?杖って、魔法の杖?」

 カールは目を輝かせて魔女に聞いた。こんな枝が魔法の杖になるのだろうか?しかし、もしそうならば、カッコいい。ついに魔法使いの仲間入りのようではないか。

 カールがニヤニヤと枝を眺めていると魔女は空を見上げながら教えてくれた。

「恵みの竜が、その杖に息を吹き込んでくれれば、それは魔法の杖になるだろうね。良い枝だ。」

「ふうん。」

 恵みの竜、と聞いて、カールの表情は少し曇った。とはいえ、魔女には気づかれていなかったが。

 カールは、なんとなく恵みの竜のことを思い出したくなかった。どうしてか、その竜のことを思うと、気分が沈むような気がするのだ。実際、北の地で恵みの竜を見たときも、心の中は熱く燃えようとしていて、喜んで踊りだしそうだったのに、急にどこか冷めた自分がそれをさせなかったのだ。恵みの竜を見たら、家に帰らなければという、小さな良心が一瞬芽生えて、それを抑え込むように、無意識のカールが恵みの竜のことを考えさせなかった。

 魔法の杖は欲しいが、恵みの竜には会いたくない。

 それがカールの気持ちだった。そんな虫のいい話はないのだと、分かっていてもそれを考えることはしなかった。



 随分と南の方までやってきた。

「この辺りは、よく雨が降るねぇ。」

 歩きながら魔女が言った。

 数日前から、まとわりつくような細かい雨が降っていて、魔女もカールも、マントを被って歩いた。魔女はつばの大きなとんがり帽子をかぶっているので、雨でも視界をふさがないが、カールにはそれがない。顔の周りを小雨が濡らすのを、ジッと耐えていた。魔女の帽子はこのためにあるのだと分かった。

 それにしても、雨が鬱陶しい。

 この辺りに、森は見当たらないのに、岩山もないのに、どうしたことか。

 竜のせいではなく、ただの自然現象なのだろうが、それにしても、まるで雨雲が魔女たちの旅にくっついてくるかのように、どこへ行っても雨が続いた。

 それから数日、やっと森の近くの村を訪れた。

 ずっと雨が続いていたのは、このせいかもしれない。その村では、竜の言い伝えはなかったものの、しばらく雨が続いていると聞いた。

 また、ある家のウワサも流れていた。その家は、父親が怪我をしたと聞いてから、姿を見ていないということだった。家にはいるようで、母親が怪我をした父親の世話をしていて大変だと言うことだ。それに子どもたちも父親が働けない分、代わって畑に出たり、猟に行ったりしているとのことだった。

「怪我をしているのか。では見舞いに行ってみよう。」

 魔女は早速その家を教えてもらい、訪ねて行った。


―トントン―


 魔女が扉を叩いても、誰も出てこなかった。

 怪我をした父親がいるはずだ。出てこられないほどに悪いのだろか。気になり魔女は何度も扉を叩いた。家は静かだった。

「ヘクセ様?まあ、ヘクセ様。」

 魔女の後ろに、その家の母親が驚いた顔をして立っていた。手にはたくさんの荷物を持っている。買い物に出ていたのだろう。

「ご主人が怪我をしたと聞いて、見舞いに来たのだよ。寄らせてもらって良いかね?」

 魔女が優しく言うと、母親は激しく首を振った。

「いいえ、いいえ、大丈夫です。もう、元気になりましたから。」

「扉を叩いても誰も出てこなかった。具合が悪いんじゃないかね?」

「いいえ、いいえ、本当に大丈夫です。ええ、大丈夫ですから。」

 そういう母親は不自然に取り乱していた。怯えるような目をしていて、身体も震えていた。具合が悪いのはこの母親の方ではないかとカールは思った。

「では、お前さんのためにまじないをしてあげよう。」

 魔女が母親の目を見ながら優しく言うと、母親は観念したように、それどころかすこし安堵したように震えが治まり、魔女とカールを家に入れてくれた。

 家の中はよく片付いており、暖炉には火が入っていて暖かかった。鍋には野菜が煮込まれているようで、良い匂いがした。

「お邪魔するよ。」

 魔女はそう言って、家に入ると、さっそく部屋の真ん中にある大きな机の上に、魔女の魔法の粉を少しばかり振りかけた。

 それから南側の窓を開けて風を呼び、両腕を広げてまじないをした。

 家の中に爽やかな風が入り、カールも気持ちが晴れるような気がしたときだった。

 向こうの部屋からうめき声が聞こえた。怪我をしている父親の声だということは魔女にもカールにも分かった。

 しかしその声は、普通の声ではなかった。

 この声は竜の声だ。魔女とカールは顔を見合わせて頷いた。


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